第4話 魔法訓練

 誕生日を迎えてから五日後──つまり、ハルトに転生してから三日後、俺は屋敷にある訓練所に来ていた。


 シルバレイ伯爵家では、子供が五歳になると魔法や剣術などの訓練を始める。


 今日が俺の訓練初日だったのだが、訓練所には俺とティナのふたりしかいない。兄たちの時は外から著名な魔法使いや、騎士たちを呼んで訓練を行っていた。


 俺にはふたりの兄と、ひとりの姉がいる。三人の兄たちとは歳が離れていて、一番上の兄は既に騎士として王国に仕えていた。姉は魔法学校、二番目の兄は騎士養成所に通っている。


 兄たちも姉も非常に優秀で、シルバレイ伯爵家は将来安泰だと噂されており、父と母は三男である俺には好きに生きてくれればいいと言ってくれていた。


 そういった理由から、俺には魔法も剣術も教えてくれる教師が居ない。


 いや、居るにはいるのだが……


「ハルト様、まずは魔法の訓練を始めましょう」


 いつものメイド服とは違い、動きやすい恰好をしたティナが俺の前に立っている。俺の魔法と剣術の訓練は、どちらもティナが担当してくれることになっていた。


 嫌なわけではないんだけど、いつも俺を甘やかしてくれるこの童顔メイドが、魔法や剣で戦う様子など想像できず、ちょっと不安があった。


 まぁ、俺はステータスを上げることができないから、訓練したところで意味がない。


 知識チートで財を稼ぐこともできないが、伯爵家三男なので、お金に困ることも無さそうだ。


 訓練や勉強を適当にこなして、将来は親が用意してくれるであろう仕事に就いて、親や兄たちに迷惑かけないように生きていけばそれで良いか──そんなことを考え始めていた。


 ただ、それでもここは異世界。

 剣と魔法のファンタジーの世界だ。


 レベル1で少ないとはいえ、俺にも魔力があった。


 つまり魔法が使えるのだ。

 初めての魔法に、俺はワクワクしていた。


「よろしくお願いします!」


「はい、よろしくお願いします」


「ティナ先生に質問があります!」


「せ、先生? は、はい、なんでしょう?」


 ふざけてティナのことを先生と呼んでみたら、少し照れている様子だった。嫌がってる様子はないので今後、訓練の間はティナのことを先生と呼ぶことにしよう。


「先生は魔法とか、どれくらい使えるんですか?」


 自分に魔法などを教えてくれる先生にどれくらいの力があるのかは、やはり気になるところ。


「ハルト様には私のステータスボードをお見せしたことはありませんでしたね。はい、どうぞ」


 そう言ってティナが俺にステータスボードを見せてくれた。


 ステータス

 名前:ティナ=ハリベル

 種族:ハーフエルフ

 加護:勇者の血を引く者

 職業:魔法剣士(レベル250)

 技能:メイド(極)

 状態:健康


「──は? れ、レベル250!?」


 最強と言っても過言では無いメイドが、少し誇らしげに俺の前に立っていた。


 ちなみにステータスボードは、他人にどこまで見せるかを本人の意思で調整できる。ティナはレベルだけを特に見せたかったようで、魔力や攻撃力などは見せてくれなかった。


 多分、聞けば教えてくれるけど、実力差に愕然とするだけなので止めておこう。


「いかがです? 私が先生では物足りませんか?」


「いや、そんなことないよ! ティナって……強かったんだ」


 ティナのレベルは、兄たちを訓練してくれていた騎士や魔法使いたちのより数倍高かった。そんな人が先生になってくれるという。文句などあるはずがない。


「ふふふ、私はハルト様の専属メイド兼ボディガードですからね!」


「そ、そうなんだ」


 いや、ボディガードとしても過剰戦力だ。ティナがその気になれば、恐らくこの国の騎士団を相手取って一人で勝ててしまう。そのくらいティナのレベルは高い。


 この国グレンデールにおいて最強と言われている騎士団長で、レベル130だそうだ。ちなみにレベル130とは、単独でオークキングやオーガといったAランクの魔物を討伐できる強さ。十分、強者の部類である。


 しかし、レベル150を超えるとその強さは更にが変わる。そもそもこの世界の普通のヒトは、レベル150を超えて三次職異次元の強さにたどり着けないのだ。


 ティナの職業である魔法剣士とは、魔法と剣術を極めた者だけがなることのできる三次職だ。三次職になるにはレベルをヒトの限界であるレベル150まで上げて、更に『神の試練』というものを達成する必要がある。


 まずレベル150に辿り着くヒトが少ない。

 そんな三次職に、初めからなる者たちが居る。


 異世界から来た勇者たちだ。


 転移勇者はこの世界に来た瞬間から、賢者や聖騎士といったレベル150の三次職になるのだ。勇者も三次職のうちのひとつ。更に異世界から来た勇者たちは、レベルが上がるのも早いらしい。


 そりゃ、魔王が簡単に討伐されるわけだ。


 まぁ、そんな勇者の話は置いといて、問題はティナのステータスだ。この世界では魔物や魔族を倒すと職業のレベルが上がり、それに応じて攻撃力などのステータスが上昇する。


 レベルが上がれば、更に強い魔物を倒さないとレベルは上がりにくくなる。そういったことを考えると、ティナのレベル250というのは、正直いって化け物である。


「ティナって、勇者の子孫なの?」


「えぇ、私の曽祖父に当たる人が異世界から来た勇者だったようです。勇者の血統のお陰で、結構レベルが上がりやすかったんです」


「それでも凄いね」


「ありがとうございます。さて、そろそろ訓練を開始しましょうか」


 なんでティナが俺なんかの専属メイドになってくれたのか気になるところだが、待ちに待った魔法の使い方を教えてくれると言うので、その話はまた今度聞くことにしよう。


「ハルト様の戦闘職業は使ですので、魔法への適性があります」


 俺が転生する前、ティナにステータスボードを見せたことがあったらしい。ティナは俺が呪いにかかっていることと、職業が賢者になっていることは知らない。


 ハルトの肉体に転生した時に、ステータスに呪いがかかり、更に転生特典(?)として職業が賢者に固定されたことで、賢者でありながらレベル1というステータスになったようだ。


 つまり、ティナは俺の職業は魔法使い見習いだと思っている。呪いのことを説明するのは、何だか止めておいた方がいい気がする。


 俺が転生した勇者だと思われても困る。レベルが上がらないので、俺は強くなれない──戦えないのだ。ティナには今後、出来の悪い教え子として苦労を掛けてしまいそうで気が引けてしまう。


「ハルト様は剣士の適性の方が良かったですか?」


 俺が考え事をしていたせいで、ティナが不安そうに聞いてきた。


「ううん、大丈夫。魔法を使ってみたい!」


「分かりました。では、まず私が手本を見せますね」


 そう言うと、ティナは訓練部屋の奥にある魔法訓練用の的に向かい、腕を掲げた。そのティナの手に魔力が集まっていくのが分かる。


 集まった魔力が手から少し前の空間に移動し、空間に炎が生まれた。炎は次第に細長くなり槍の形状になっていく。


「ファイアランス!」


 ティナが詠唱と同時に手を前に突き出すと、炎の槍は的に向かって高速で飛んでいった。


「──っ!?」


 炎の槍が的に当たった瞬間、的が大きく燃え上がった。その熱量が凄まじく、思わず腕で顔を覆う。


 炎は直ぐに収まった。


 大きく穴が空き、真っ黒に焼け焦げた魔法訓練用の的がその姿を現した。本来なら中級以上の魔法攻撃にも耐えるはずの的が、見るも無残な様子になっている。


 兄たちの訓練をしていた騎士も、姉に魔法を教えていた魔法使いも、この的をここまで破壊することはできなかった。


 ちなみに、ファイアランスは炎系の最下級魔法だ。


「あー、ハルト様にいいところ見せたくって、ちょっと張り切り過ぎちゃいました」


 誤魔化すように笑顔を見せるティナを、俺はちょっと可愛いと思ってしまった。

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