第一章 新たな始まり
第2話 転生
重苦しい、気分が悪くなるような黒いオーラが蔓延する神殿に、
目の前には邪神を名乗る男と、その男に付き従う少女が立っている。
「つまり、俺は貴方に殺されて、貴方たちが治める世界に転生させられる──そういうことですか?」
「そうだ」
いつの間にかこの神殿に居た遥人は、初めは取り乱したものの邪神から話を聞き、自分の置かれた状況をなんとか把握しつつあった。
邪神が遥人の運命に干渉し、彼の命を奪ったのだという。そして自分を殺した相手とは言え、この空間における邪神の存在感が強すぎて、遥人は自然と敬語になっていた。
「俺を殺す意味あったんですか? 神様なら殺さずに連れてくるとかできなかったんですか?」
遥人は学校からの帰り道、居眠り運転の車に轢かれて死んだ。
死んだ瞬間にこちらの世界に転送されたらしく、痛みはほとんど感じなかったが、車が高速で自分に向かってくる恐怖は今でも鮮明に覚えており、トラウマになりそうだった。
「貴様をこちらの世界に連れてくるのに、死に際の恐怖や絶望という負のエネルギーを利用する必要があったのだ」
本来、異世界から人間を転移、転生させられる力を持つのは創造神のみ。
しかし、邪神は神界のエネルギー、そしてこちらの世界に連れてくる人間自身のエネルギーをきっかけにすることで異世界人を転生させることができた。
「ほんとに俺、死んだのか……」
現在、遥人は身体が透けていた。
霊体のようなものになっているらしい。
転移の場合、肉体ごとこちらの世界に連れてこられるが、転生の場合は肉体が元の世界に置き去りにされ、魂のみがこちらの世界に連れてこられる。
そして神がこちらの世界に用意した肉体に、転生者の魂が入ることで転生が完了する。半透明の身体を見て、遥人は死を実感していた。
ただ、絶望はしていなかった。
邪神は遥人を転生させると言っており、これから第二の人生を送ることができるはずなのだ。元の世界での人生に不満があったわけでも、夢が無かったわけでもないが、転生というものには憧れていた。
「あの……転生させられるなら、なにかスキルとかを貰えるんですよね?」
遥人は元の世界で異世界転生もののネット小説を読んでいたため、この後の展開に期待していた。
──そう、神から貰えるチート級の能力だ。
魔物を圧倒できる腕力
極大魔法を使用しても尽きない魔力
いくら攻撃されてもビクともしない防御力
一撃必殺の剣を作れる鍛冶スキル
どれも心躍る能力だ。遥人にはそれらの能力を使って、やりたいこともあった。
少人数で大軍に立ち向かい、絶望的な戦況をたったひとりでひっくり返してみたり。
普段は力を隠しておいて、いざと言う時『やれやれ』と言いながら強敵を圧倒して美少女のピンチを救ってみたり。
「あぁ、貴様には我から渡すものがある」
「きたぁ! スキルですか!? 特殊能力ですか!? それともチート的なステータス? まぁ、どんな能力でも活かしてみせますけどね」
どんなに使えないと思われたクソスキルでも、使いようによってはその世界で無双できる。
なぜなら生前読んでいたネット小説では、異世界に転生した主人公は必ず、転生先の世界において色んな方法で
そして遥人は転生させられた。
つまり、この世界の主人公は自分である。
──そう思っていた。
ただし、遥人は忘れていた。
彼を転生させたのは、彼がよく読んでいたネット小説にあったような創造神や女神などではなく、
無邪気にテンションをあげる遥人を見ながら邪神が口を開いた。口元は笑っていた。だが、その眼には邪悪なものが潜んでいた。
「貴様に渡すもの、それは呪いだ」
「……はい?」
邪神が何を言っているのか分からず、遥人の思考が停止する。
「我らの世界で、貴様に活躍してもらっては困るのでな。貴様には『ステータス固定』の呪いをかけさせてもらう」
「な、なんで呪いなんだよ! それにステータス固定ってなんなんだ!?」
遥人が邪神に詰め寄ろうとするが、邪神に近づけば近づくほど、遥人の動きが遅くなる。思考は普通にできるのに、身体だけが思うように動かない。
「この空間において、貴様程度では我に近付くのも不可能だろうよ。さて、そろそろ我らの世界に転生してもらおうか」
「お、おい待て!」
邪神が遥人に指先を向けると、遥人の身体がサラサラと崩れ始める。
「せめてもう少し説明し──」
言葉半ばで、遥人は邪神によって転生させられた。
転生させる際に、邪神は遥人の魂に呪いをかけた。
一度かけたら邪神ですら解除できないという制約を付け、更に大量の神界エネルギーと邪神の力の大半を注ぎ込むことで、創造神からの干渉すら拒絶する超強力な呪いを。
「これで、しばらくは安定して力を得られそうですね」
邪神と遥人のやり取りを黙って見ていた式神が邪神へと話しかける。
「あぁ、アイツの転生と呪いで、かなりこの神界のエネルギーを消費してやったぞ。できることなら奴の職業も下級職にしてやりたかったが、
「三次職とは言え、ステータスを固定されていれば、まず魔王を倒せるほどに強くなれるはずはありませんし、低レベルな魔物にも負けるかも知れません。もう、我々が彼を気にかける必要などないでしょう」
「それもそうだな」
そう言って邪神は神殿の椅子に崩れるように座り込んだ。その顔には疲労の色が見えた。
「我は、かなり力を使ってしまった……暫く休む。後のことは頼んだぞ」
「はい」
邪神は眠りについた。
己すら解除できない呪いを遥人にかけたこと。
遥人の職業がたまたま『賢者』になったこと。
更に邪神が呪いをかける際にミスをしていたこと。
これらが、遥人にとって奇跡的な幸運となり、逆に邪神を窮地に追い込む原因となるのだが──
邪神がそれに気付くのはもう少し先のことであった。
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