第77話、甘きにすぎる妄想(ゆめ)を、なかよしがぶっとばす
SIDE:潤
「……潤は、『デリシアス・ウェイ』が人々を滅するための数ある災厄の一つであることを知っていますか?」
「災厄? それって……」
「増えすぎ、地球に害を及ぼすまでになった人間を間引きするために、地球自身が送りつけた、いわば呪いです。気付けば私の中にあったこの力は、そのうちのひとつにすぎないんです」
キクちゃん自身が『デリシアス・ウェイ』を認識し、受け入れたせいなのか。
どこか超然めいた響きを持つキクちゃんの言葉。
未だに変化のない闇の中、不意に振られた、おそらくは『デリシアス・ウェイ』の知識であろうそれに、私は目をしばたかせる。
「つまり、キクちゃんみたいな子が、他にもいるってこと?」
「はい。そして、私たちのような呪われた者たちの対抗策として、人間側から送られたのが、紅恩寺さんたち【ジャスポース】と呼ばれる機関のものです」
「え? 吟也って妖の人じゃないの?」
「ええ、それも正しいと思います。だからこそ、私を滅ぼす刺客としてやってきたのだと思ったのですが……」
そこで、キクちゃんは自分がしてしまったことを改めて思い出したのかもしれない。
ぐっと、何かを堪えるように俯いて。
「いつか私を滅ぼすものがやってくると、私はずっと恐れていました。やらなきゃやられるって、ずっと思っていたんです。何もかも忘れて、なくなってしまうことが、死ぬことが怖かったんです。その果てに私は、無抵抗のあの人を手にかけてしまった……」
それは、キクちゃんが今までずっと溜め込んでいた秘密。そして懺悔。
キクちゃんは、その話を私にすることがどういうことかって、よく分かってるはずだった。
そんな私でも許せるのかと。
受け入れられるのかと、そう問うてきているのだ。
「さっきも言ったでしょ。吟也は女の子が傷つくことはしないの。必ず戻ってくるよ。仮にキクちゃんの言う刺客だったとしても、助けてくれるに決まってる」
私はそんなキクちゃんに対し、変わらぬ、大雑把さで身も蓋もない自信を覗かせる。
内心では、私も『デリシアス・ウェイ』にとりつかれればおいしいのかもって打算も働いていたりした。
本当にキクちゃんの言う通り吟也が刺客なら、私のことずっと気にかけてくれるじゃんかって、そう思っちゃったのだ。
「後悔しても、知りませんよ?」
もしかしたら、そんな妄想がただ洩れだったのかもしれない。
どこか呆れた口調でため息をつくキクちゃん。
だがそれも、いつもの、そう、いつものいじわるっぽい雰囲気に変わって。
「棗の家は、代々その災厄を研究し続けてきた一族だそうで……人間を、破滅へと導く災厄たちを、真っ向から滅ぼそうとすればお互い共倒れに、ひいては最悪の結末になると、独自の見解を示しました」
そんなこと、棗ちゃんは一言も言ってなかったけど。
どうやらその共倒れじゃない方法に何かあるらしい。
もったいぶるキクちゃんを促すように見つめていると、珍しくその表情が照れたものになって。
「では、災厄を抑えるためにはどうするか。答えは、潤が言った通りです。災厄を受け入れ、二つに分けること。それは繰り返し後を継ぐものに伝えられ、やがて細かくなった災厄は、人の中に溶けるのです」
「……ええと、つまりその方法は?」
あまりにもったいぶるから我慢できなくなって。
勢い込んでそう聞くと。
「…………キスです。古くは呪いを解くための最後の魔法とも呼ばれ……」
やけっぱちというか、キクちゃんもテンパってるのか、吐き出すようにそう言った後、変な講釈を始める始末。
だから棗ちゃんは話さなかったのかと、ひどく納得する一方で。
「き、キスっ? いやや、無理だって! あ、その、キクちゃんがいやだってわけじゃなくて、私初めては決めてるから……」
私自身も相当おかしくなっていたんだろう。
口にする必要のないいらんことまで口走って。
「ほほぅ。良い事を聞きました」
「え? ちょ、ちょっとま……」
そんな妄想ぶっ潰してやる。
その瞬間のキクちゃんの瞳は、そんな風にギラギラしていて。
その後のことは、二人だけの秘密。
まぁ、いやよいやよも好きのうちってことだけは、ここに述べておくけれど。
至福は一瞬。
場面が切り替わるのも、あっという間の出来事だった。
気付けば私たちは、抱き合ったまま紅葉台山のてっぺんに立っていて。
慌てて離れる、私とキクちゃん。
だけど、その決定的な現場を目撃したものはいなかった。
何故ならそこにいる誰もが、魔物ですらも天を仰いでいたからだ。
思わずつられて、私も空を見上げて……。
「あ……」
呆けた声を上げたのは私かキクちゃんか。
そこには、虹色のプリズムを蒔く翼を生やし、空を舞う吟也がいたんだ。
「やっぱりさっき見たの、気のせいじゃなかった……」
「……」
お互いの距離は遠く、その表情ははっきりと伺えない。
言葉を失ったキクちゃんが、震えているのが分かる。
それも仕方のないことなんだろう。
太陽を背にした虹色の翼。
気高き、触れてはならぬものとして畏れるのは、翼を持たない私たちに定められたもののような、そんな気がしたからだ。
吟也は、紅葉台山の町全体が見えるだろう位置まで上昇を続けていた。
その圧倒的な存在感に惹かれて、首が痛くなるくらいに目で追っていると。
やがて吟也は、ぴたりと中空で静止する。そして……。
「【全言統制(アルミクティ・グロウフィリア)】っ!」
それこそ町じゅうに響くような、吟也の言の葉。
文字通り世界を変えていく。
広がり生まれるは、紅葉台を丸ごと包み込むような、巨大な異世で。
それは、吟也の世界。
紅恩寺吟也の言霊が支配する、絶対領域。
見上げる私は、感覚的にそれが理解できて。
吟也はさらに言葉を続ける。
魔物に向かって。
『……この地、我ら妖魔守りし地なり。魔物たちよ、即刻退去を命じる! 望むものは主らの故郷へと還す扉、開こう! 望まぬのなら! この地にその存在、すでになきものと思え!』
その声は、あまりなく……この世界に息づくものに届いただろう。
そして、その言葉が終わるとともに世界が鳴動し、その中心に位置する紅葉台山のてっぺんに光の筋が走った。
それは、魔物をあるべき場所へ還す、巨大な虹泉。
かつて、私が目にしたものと同じもの。
間近で見たときの荘厳さは、ひしひしと肌に伝わってきて。
やがて魔物たちは……。
天の啓示に従うがごとく。
吸い込まれるように光のその向こうへと、還ってゆく……。
まるでそれが、当たり前のことであるかのように。
見上げる私たちも何も言えず立ち尽くし、その光景を見ていて。
世界は、その光に照らされて白一色に塗りつぶされる。
その瞬間に垣間見たものは。
ゆっくり、ゆっくりと落ちていく、吟也の姿で……。
SIDEOUT
(第78話につづく)
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