第53話、妖精さんと、ぬいぐるみの可愛さの違いを考察する



SIDE:吟也



次の日、部活の時間。

潤ちゃんのためにと決めた武器が完成する間もなく、なんとトーイ先生に【本校】へのおつかいを頼まれた。


行き先は、歓迎会の時に行けなかった生徒会室。

先生曰く、おつかいの中身は行けば分かる、だそうで。

一応通行の許可証はやるから一人で行って来いというのは、ちょっとぶん投げすぎじゃないかな、と言う気はしなくもなかったけれど。

一人で行動できるのなら……『つくもん』さん探しとか、色々と自由にできそうなの確かで。



僕はさっそく、【本校】へと足を運んだ。

向かったのは、気分を変えて5階の渡り廊下だった。

一見、二階の渡り廊下とさして変わらない気のする場所である。



「そういえばクリア、他の子は近くにいそう?」


一応おつかいだから、あまりゆっくりはしていられないけど、このチャンスを逃す手はないだろうって思い、僕はそう問いかける。


「んと、ちょっと待っといてや」


クリアは任しとき、なんて意気込んだ後、目を閉じる。

よく考えてみると、このクリアのつくもんレーダーな力も、不思議といえば不思議だよなぁ、なんて思いつつその様を眺めていると。


「あっ」


クリアが他のつくもんの居場所をを補足する前に、声をあげたのはモトカだった。



「ん? モトカ、どうかした?」

「あ、あの窓の向こう、未確認生物、確認でありますっ!」


言われるままモトカの指し示すほうを見やると。

窓越しに見える横に伸びた通路、その向こうからも見えるだろう窓の位置に。

小さな……そう、ちょうどクリアやモトカと同じくらいの大きさの、羽根を生やしたまさしく妖精っぽいものが、ゆっくりと飛んでいくのが見えた。


「く、クリアっ? あの子はっ? つくもんじゃないのか!」

「え、何? なに言ってん。近くにつくもん反応ないけど」

「クリアたいいん! あっちであります、あっち!」


目をしばたかせて首をひねるクリアに、モトカが窓のほうを指し示す。

そこには確かに遠目で細かくは分からないとはいっても、見間違えようもないくらい堂々と、空飛ぶ何かの姿があって。


「ほんまや。なにあの子? なんかもこもこしとんな。少なくともつくもんやないみたいやけど……ほんまもんの妖精はんか?」

「よし、追ってみよう!」

「ってごしゅじん、おつかいはええんか?」

「いや、だって。つくもんじゃないんなら本物の【魔物】かもしれないだろ、それだったら一大事じゃんかっ」

「そんな興味津々なキラキラした目で言われても説得力ないけど。まぁ、ええか」


なんにしろ正体を確かめなければと、急いでその後を追いかけることにする。



僕たちが通りの角を折れて空飛ぶ何かのいた長い廊下に出ると。

もこもこの妖精めいた存在は、そんな僕らに気付いた様子もなく、ちょうど突き当たりのこれまた曲がり角を曲がっていくところだった。


僕たちはその姿見失わないようにと。

まるで誘われるがごとく、見知らぬ校舎の中ずんずんと進んでいく。

しばらく進むうち、いつの間にやら校舎の雰囲気ががらりと変わっていて。


別棟か何かに入ったのかも、なんて考えていたら。

ふいに空飛ぶそいつはその姿を消した。



「でしっ、でしっ」


かと思ったら、唐突にクリアのしゃくりあげるような声がする。


「近くにつくもん、いるのかな? やっぱりさっきのって」


きょろきょろと辺りを見回すと、かすかに扉の開いている部屋を発見。

このわずかなタイミングで姿を隠したとなると、その部屋の中の可能性は高いだろう。

そう思い、僕は軽くノックをして。

しばらくしても返事がなかったのをいいことに、控えめにお邪魔します、なんて呟いた後、扉開いて中に入ると……。



そこには予想しようもない、別世界が広がっていた。


「あれ? どこかの部屋に入ったはずなのに、目の前に見えるのは何で緑?」


そう、僕は確かにその部屋に入ったはずなのに。

目に映るのは、どこかの豪邸にでもありそうな草花咲き乱れる大きな庭園で。


ふと風が吹き、何か知らない花の香りがしてくる。

誘われるように一歩踏み出すと、それが幻でない証拠に、柔らかく感じる土の感触。


思わず振り返ると、ドアの形に切り抜かれた空間があった。

その中にはさっきまでいた廊下が見えていて、その外側には抜けるような青空が広がっている。



「どうなってるんだ?ドアの向こうにさっきまでいたとこがあって、だけど後ろには知らない景色が広がってて……」

「ごしゅじん、どうやらまたなにもんかの別世界に取り込まれたみたいやで」


目の前で起こっている不可思議な現象に、僕が首をかしげていると。

低い、何かに緊張してるかのようなクリアの声がする。


なるほど、これが【異世】なのかな?

そう言われると、宙に浮いてるようにも見える扉のカラクリも、そういうものだって妙に納得できてしまうから不思議だった。



「別世界? それって由宇の言ってた【生徒】が【魔物】と戦うときに使うってやつ? でもそれって、【本校】の敷地一帯に広がってるんじゃなかったっけ?」


確か、由宇の説明だと、【生徒】がこの世界に普段から馴染むために【異世】ってやつを【本校】一帯に広げてるってことだったけど。

この世界はそれとは違うのだろうか?

またもや僕が考えこんでいると。



「たぶん、つこてる術者がちがうんとちゃうかな。この世界はその扉のむこうより、いやな感じするしな」

「クリアたいいんもそう思うでありますか? たいちょー、お気をつけください。モトカもなんだかいやな予感がします。まるで戦場にいるみたいな、敵意の気配を感じるであります」


答えるクリアに、続くモトカ。

二人の口調は、変わらず固い。

自然と僕も緊張してきて。



それがピークに達した時。

色とりどりの花園の中から、先ほど見た、遠目からは空飛ぶ妖精に見えたものが姿を現した。



「いや、ハチか? だけどなんか……」


明らかにほんものじゃないというか、どこかで見たことのあるその姿は、テレビとかでちょっと前に人気だったハチのキャラクターのぬいぐるみ、に見える。


僕はもっとよく見ようとして。

そいつとばっちり目が合ってしまった。

それは、プラスチックに色塗っただけの、つくりものの目であるはずなのに。

その瞳の中に確かに僕は敵意のようなものを見い出してしまって。


と。

その瞬間、脳天をつんざくにぎやかな、オーケストラの音。

それが、不法侵入に対する警報代わりなのだと気付いた時には。

花々の中からいくつも顔を出す、同じつくりをしたハチのぬいぐるみたち。

その手には、刺さったら痛そうな槍みたいなものを持っていて。



「ねぇ、この子たちははつくもんじゃないよね?」

「こんなもこもこなのつくもんにおるわけないやろ、見たら分かるで!」

「そうでありますっ、たいちょーの配下であるモトカたちは、みんながたいちょーの好みな可愛い女の子のっ……って! 敵襲っ、敵襲でありますっ!」


分かってはいたんだけど、何だかムキになって否定してくるふたり。

目の前のやつらがぬいぐるみにとっついた何かなら、仲間みたいなものかと思ったんだけど、どうやら違うらしい。


いや、うん。

確かに目の前にやつらに比べたら、クリアたちのほうが好みではあるけどさ。

そんな事を考えてる間にも、せわしなく羽根を動かし、ひと塊になって猛然と向かってくるハチのぬいぐるみたち。



「と、とりあえず逃げようっ!」


僕はそいつらに背を向けると、慌てて広そうな庭園を駆け出していく。


「なんや、ごしゅじん、扉んとこ戻ればいいやんか!」

「何言ってんのさ! さっきここでつくもん反応あっただろ?」

「う。でも、今は何やさっぱりなんやけど」


ひょっとして扉の中じゃなく、その周りにいたとかだったりしたらちょっと笑えないなぁ。

僕は全力で駆けながら扉のほうを見てみるが、さっきハチたちがすぐそこまで迫っていて、戻る余裕などあるはずもなく。


「たいちょーっ、モトカをお使いください! モトカの力ならあんなやつらっ」

「ごめん、それは無理っ!」

「ど、どうしてでありますかっ?」

「ノックはしたけど、勝手に入ってきてるのはこっちなんだしさっ!」

「むぅ、仕方ないでありますね」


僕は叫び、さらに足に力を込める。

モトカはちょっと不満そうだったけど、納得はしてくれたみたいだった。

モトカ自身もモトカの力を生き物(かどうかは判断に困るけど)に使うことが、どんな結果を生むのか、分かっているのかもしれない。

同時に、僕がそれを恐ろしいことだと思ってることも。



「とにかく、行けるとこまで行ってみよう! まだこの中に他のつくもんの子がいないって保障もないし……クリアさっき、術者が違うとかって言ってたでしょ? それってつまり、ここにこの世界つくった人いるってことじゃない?」

「んー、たぶん。そうやと思うけど」


気を取り直してそう言う僕だったけど、対するクリアはちょっと歯切れが悪かった。

まあ、はっきりとは確約できないってことなんだろうけど。

そうでなくても今警報鳴ったんだし、この中で逃げてればそれらしい人が出てきてくれるかもしれないし。

とにかく僕は特にあてもなく、庭園の中を走った。


幸か不幸か、その不可思議な庭園は広くて。

高さのある植樹帯が行く先を隠し、まるで迷路みたいになっていた。

それなら隠れるところも多いし、あるいは他の出口とかがあったりするのかもしれない。

だからその時はまだ、そうやって走りながら会話する余裕すらあったんだけど。



そんな僕の考えは大いに甘かったらしい。

初めはハチだけだった追っ手に、二足歩行のクマが、ぎょろっとした目をしたエイリアンが、ひまわり色のかわいいネズミが。

それこそ、どこかで一度は見たことのあるような有名なやつから、手作りのオリジナルっぽいやつまで、節操なしに増える増えるぬいぐるみたち。


動きが思ったより早くないのは幸いだったが、そいつらはその見た目とは裏腹な感じの、物騒な剣とか斧とか槍とかを持っていて。

留まることを知らない追っ手の軍勢に、多勢に無勢なのは否めないわけで……。



             (第54話につづく)








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