第52話、疑念や不安を、人たらしのレディファーストが凌駕する


SIDE:潤



カチュのことを返して欲しいと、そう言われた時。

とっさに拒絶したのは、色々認めたくなかったからなんだと思う。


吟也が、カチュのことを知っていて、私に預けたかもしれないってことを。

カチュは、本校の内情を知るためのスパイで。

私はただ利用されていただけなのかもしれない。

……そんな風に考えてしまう自分が嫌だったんだと思う。


でも、その答えも今日中には出るだろう。

私たちの独断行動を知っていた上で怒るでもなく、真希先輩が改めて宣言したからだ。


「直接会って話すわ。一応、トーイ先生のお使いってことで生徒会室に呼ぶつもりよ。果たして、馬鹿正直にやってくるか、やってきた上でこちらの問いにちゃんと答えてくれるか、楽しみね?」



それは、一度自分たちの敵と認識されれば、直接手を下す。

そう言った意味合いも孕んでいて。

信じるといってはばからない私にとってみれば、それを止めることなどできるはずもなくて。


だとするなら、私のできることは何か。

それは、カチュとの対話だろう。


私はもう気付ちゃってる。

さっき、吟也と話していたとき、珍しくカチュが起きていたことを。

起きていた上で、隠れるように息を潜めていたことを。


それに、何か意味があるのは間違いないんだろう。

ここは腰を据えて聞き出す必要がある。

私はそう気合いを入れて寮の自室へと戻ったんだけど。



「……き、キクちゃんっ!?」


入った瞬間、目の前に広がる光景に愕然とする。

点呼の後、真希先輩のお説教を受ける形になった私より先に、部屋へと戻っていたキクちゃん。

機嫌が悪そうなのは相変わらずで、むすっとして口数が少なかったのもそのせいだと思ってたんだけど……。


私は名前を呼び、近付く。

意識は失っていなかったらしく、それに応えるようにキクちゃんが起き上がろうとする。


「あ、あんまり無理に動いちゃだめだよ! あ、頭とか打ってない……?」

「平気、です。いつもの貧血ですから」


とっさに私が支えると、それでもよろよろと起き上がり、明らかに無理してる口調で虚勢を張りつつ、自分のベッドへと腰掛ける。


「いつもって、最近は元気だったじゃない」

「……」


確かに、【生徒】としてこの紅葉台へやってきて、しばらくは新しい環境に慣れなかったのか、よくキクちゃんは体調を崩していた。

同郷で一緒にやってきた棗ちゃんの方がむしろ元気一杯で、棗ちゃんがああして倒れた時は随分と驚いたものだけど。


私の問いに、キクちゃんは黙ったままだった。

むしろ、その余裕すらないのかもしれない。


ここ最近は、元気だったのにどうして?

考えたら、すぐに答えが出た。


私のせい、なんだろう。

吟也への懸想。

それに対する、もしもの憂い。

私はキクちゃんが心配してくれているのを分かっていながら、自分の欲を押し通そうとしていた。

それは、すごく自分勝手に思えて。



「待ってて。今保健室に連れて行くから!」

「え……あっ」


もしかしたら自室で大人しく寝ていた方が、キクちゃんにとってはよかったのかもしれない。

だけど、かなりテンパっていた私は僅かばかりの抵抗を見せるキクちゃんを背負い、保健室(医務室)へとダッシュした。



「強引ですね……」

「ごめん。でもここへ来たばかりの頃を思い出してさ」


ぼそりと、首のうちをくすぐるキクちゃんの言葉。

確かにこんなことくらいで罪滅ぼしになるとは思っていなかったけど。


私はそれではっきりと思い出していた。

ここに来たばかりの頃。

キクちゃんには、明らかに異質な世界と、その世界の住人になってしまったことへの恐怖、緊張感があったようだったのを。

今ほど元気に毒を吐くこともなく、戸惑い、怯え、そのストレスのせいか良く倒れていたのだ。


比較的体格に恵まれていた私は、そんなキクちゃんを背負うことで初めて自分の価値を知ったような気さえしていた。

自分は無駄じゃないんだって思えることが嬉しくて。

むしろ嬉々としておんぶしていたと思う。


それをキクちゃんは、すごく恥ずかしがっていて。

ここ最近ご無沙汰だったのはそのせいだったのかな、なんて思ってたんだけど。



「全く、恥ずかしい」

「そう思うなら、倒れなきゃいいんだよ」


顔を隠すことで、背中からダイレクトに聞こえるキクちゃんの言葉。

私はそれに、笑顔でそんな事を言ってみせて。


「我が侭極まりないですね」


本当は、私がこうしたいだけ。

キクちゃんは欲望に忠実な私を理解した上で、そんなことをぼそりと呟く。


「わがまま上等。合法的にキクちゃんとスキンシップできるんだもん」


返す言葉が本気だから、自分でもたちが悪いよねってちょっと思う。

それにキクちゃんは、やれやれとばかりに深いため息をついてみせて。


「でも、本当に我が侭なのは……私、なのかもしれませんね」


弱々しく、かすれた呟き。

そのかわりに、僅かばかり肩にかかる力が強くなって。


「ごめんなさい……」

「……っ」


キクちゃんの意識が途切れ、再び眠りにつこうとするその瞬間。

ぎりぎり聞こえるか聞こえないかの声で放たれたのは、謝罪の言葉。

それが、背負い運んでいることへなのか。

私には判断がつかなかった。

一時でも穏やかな眠りについたキクちゃんの邪魔をしたくなかった、というのもあったけれど……。





それから私は。

キクちゃんを医務の先生に任せ、訓練と言う名の授業を受けて。


あっと言う間にお昼休み。

昼食をいただくより先に、キクちゃんのいる保健室に寄ると。

未だ熟睡中のキクちゃんの代わりに私の話し相手兼お昼の友になってくれたのは。

付属でスパイ活動中? のはずの由宇ちゃんだった。

まぁ、保健副委員長である彼女ならば、そこにいてもおかしくはなかったんだけど。




「……ええと、確か由宇ちゃんは真希先輩に言われて吟也にくっついてたんだよね?」


所変わって、本校内にあるカフェテリア。

お昼のクラブサンドに手をつけるより早く、私は由宇ちゃんにそんな事を聞いていた。


それは、とっても親しげに吟也の名を呼ぶ由宇ちゃんのことが気になって仕方がなかったのが半分で。

もう半分は、吟也が今件の首謀者かそうでないのか、少しでも早く見極めたかったからなんだけど。


「い、いえ。確かにそうなんですけど。吟也と知り合ったのは偶然です。たまたまクラスが一緒で、隣の席で……それで自己紹介したときに、監視対象だって知ったんですけど……す、すみません」


のろけ自慢かこのやろー。

っといった雰囲気が私から出てたんだろう。

そのせいでひどく恐縮した様子の由宇ちゃんを見て、ようやく我に返る私。

こんなさもない嫉妬ばかりしてると一番に嫌われるぞ、なんて自分に言い聞かせながら。



「由宇ちゃんは、監視しててどう思った?」


何しろ彼女は吟也の一番近くにいたわけだから。

何か気付いたことがあったかもしれない。

故にそう聞くと、由宇ちゃんはそれに一つ頷いて。



「そうですね。これは僕の予測ですけど、吟也は僕の正体、少なくとも女であることには気付いてたんじゃないかと思います。だけど、その事を言及することはありませんでした。何も言わずに、僕のことを友達として扱ってくれたんです。……男友達、と言う感じではなかったですけどね」


思い出に浸り慈しむように、由宇ちゃんは私の聞きたかったこととは少しずれた答えを返してくる。


「後、いくら【生徒】としての力を抑えられるといっても、僕が【生徒】であることにかわりはなくて……たぶん、無意識には感づかれてたんでしょうね。他の級友たちは、みんな僕の事を避けるんです。さり気なく自然に、いないみたいに」


そんな自分語りをするさまは、吟也の魅力にやられてしまった美音先輩や命ちゃんを彷彿とさせる姿で。

やっぱりそうかと半ばもう諦めモードでいると。

さらに由宇ちゃんは言葉を続けた。


「だけど吟也は違いました。何だかんだいって、いつも一緒にいてくれて……」「そんな吟也が今、疑われているの。由宇ちゃんは、それについてどう思う?」



このままだと、延々のろけ話を聞かされ続けるかもしれない。

そんな恐怖に駆られた私は、続きそうな言葉を遮るように、聞きたかった本題の方へと無理矢理軌道修正する。

すると、由宇ちゃんはそれに対して深く深く考え込んで。



「確かに、吟也は歓迎会でも一人、元気でした。級友達がもがき苦しんで倒れ行く中、彼だけがその負荷に気付きもせずに平然としていたんです。その時は凄いっていうより怖いって思ったりもしたんですけど……」


由宇ちゃんはそこで一呼吸置き、理性の灯った力強い瞳で私を見上げる。


「例え吟也がそうだとしても、大丈夫なんじゃないかなって思います。吟也なら僕たちが本当に悲しいとか辛いとか思うようなことは絶対にしないはずですから」


幼馴染みの潤さんならば、僕よりもその事をよく分かっているでしょう?

そう言わんばかりの、由宇ちゃんの言葉。

それは、何と言うか目からウロコが落ちるような、そんな言葉だった。


今まで私はずっと、吟也じゃなければいいとか、そんなことばかり考えていた。

だけどそうなんだ。

たとえ吟也が今回の虹泉を生み出した……あるいは妖の人だったとしたって。

よくよく考えてみれば大丈夫なのだ。


吟也は女の子が大好きだから。

私のようなものでも見捨てない。

例えその力がなくたって助けてくれる。

私はそれを確信していた。


何故なら私は知っているから。

冗談ではなく、吟也がそのために生きていることを。


その誓いを耳にした私なのに。

由宇ちゃんのように意志を曲げることなく信じることができなくなりそうだった自分がちょっと情けなくて。



「……そっか。うん。その通りだよね。大事なことを忘れてたよ。ありがとう、由宇ちゃん。その事を思い出させてくれて」

「い、いえ。感謝されるようなことでもないと思いますけど」


お互いちょっと照れながら共有する想いを悟り、笑いあって。



「それにしても羨ましいな。私も吟也との学園生活楽しみたいよ」

「それは……譲りませんよ。それは僕だけの特権ですから」

「おほ。言うじゃない。ライバル宣言ね」


意外でもなんでもなかったけど、ここまではっきり意思表示されると、心地よかった。

今度は違うタイプの、見定め、挑戦するみたいな笑みでお互いを認識しあっていて。


「ライバルと書いて友と呼ぶ。そんな由宇ちゃんに一つアドバイスよ。抜け駆け禁止とかそういうんじゃなくて、うかつに早まって答えを求めようとしないこと。……逃げられたくなければね」


実際私は、まんまと一度逃げられてしまった。

まぁ、別にあの時は告白しようとか思ってたわけじゃなかったんだけど。


女の子大好きな吟也は。

一番大切な人を失ってから誰か一人を選ぶ、ということをしなくなった。


誰か一人を選べばほかの子が悲しむ。

だからみんなを分け隔てなく愛する。

といってもこれは、私が勝手に想像する吟也なんだけど。

結構私としては、根拠のない自信があったりする。



「なるほど、勉強になります。ですが、今の所友達で通ってますし、現状を変える気はないですけどね。しかし何と言いますか、はい。とってもいい意味で鬼の風紀委員長のイメージが変わりましたよ」

「その二つ名だけでどう思われてたのかよく分かったけど、それはそれでよかったよ」


吟也への想い。

共有することで、それはお互いの絆に変わる。

それは、凄いことなんじゃないかなって、しみじみ思っていて。



それと同時に思うのは、おそろしさだった。

ここまでの気持ちが、万が一つくりもののウソだとしたら。



私は……私たちはどうなってしまうのかと。



SIDEOUT


               (第53話につづく)








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