第35話、お互いが想定外の、突然の主役の戦線離脱



それからきっかり十分後。

各々が配置につき、歓迎会が始まった。


号砲とともに、まるで年末の駅伝みたいなノリで、歓迎会の参加者たる付属の生徒のみなさんが、我らが校舎へと殺到する。


それは、惚れ惚れするほどにしなやかな走りを見せてくる吟也も一緒だ。

どこか走れることに慣れている感じ。


基本的に運動ができるイメージはなかったから、ちょっと驚きというか新鮮な感覚だった。

何より、すぐ隣にいるという臨場感がたまらない。


いつもならばこの生徒会室にある校舎棟の向かい合わせに建つ、寮棟から窓越しに見学するところなんだけど。

『生徒会放送室』から拝借してきたモニターの方が見やすいということで、私は真希先輩とともに生徒会室に残っていた。

どちらにしろここに長居していると歓迎会に参加する子たちに影響を与えかねないので、期限つきではあったけれど。



「しっかし、これは……惚れたわね」


ふいに、ぼそっと。

しかし確信めいた物言いの真希先輩の呟きが耳に入ってくる。


「な、なな何を今更っ」


そんな分かりきったことをと叫ぼうとして、少し言葉のニュアンスが違うことに気付いた。


「せ、先輩の嘘つきっ」


トーイ先生のような渋めのダンディズムが好きだと言っていたのは嘘だったのかと。

そのまま胸倉を掴んで詰め寄ろうかという勢いの私をどうどうとなだめる真希先輩。


「違うわよ。私じゃないって。このカメラクルーの娘のことよ」

「……娘?」


それじゃあもしかして、これを撮ってるのって由宇ちゃんなんだろうか。

今、付属にいる女の子って言ったら彼女くらいしか思いつかないし。


「そう、お察しの通り由宇よ。まぁ、由宇本人にはこのカメラのことまだ言ってないから、素で吟也クンのことばかり目で追ってるってことなんだけどね」


実に面白そうに、そんな事を言う真希先輩。

なんでも、由宇ちゃんには内緒で襟元のとこにカメラをとっつけているらしい。

本人にも黙っているのはひどくないかなって思ったけど、それより何より自分本位な私は、素で由宇ちゃんが吟也のことばかり目で追っていると言う点が気になってしまった。




自身の【生徒】としての力を抑え、男装してスパイのごとき任務についている由宇ちゃん。

そんな不安で一杯の由宇ちゃんの、たまたま隣の席に座っていたのが吟也で。

由宇ちゃんが女の子だなんて当然知らない吟也は、仲のいい男友達として接してくる。

いつしか二人は気のおけない関係になって。そこに芽生える由宇ちゃんのほのかな恋心……。




「ちょっと、潤ちゃんってば。顔怖いわよ。まぁ、冗談じゃないかもしれないけど」


なんて妄想にふけっていると。

はっと我に返らせる、そんな真希先輩の言葉が降ってくる。


そして、それを如実に表すみたいに、そのタイミングでなんと吟也がこちらに……正確には由宇ちゃんらしき人物の方へと顔を向けてくる。



それは、先ほどまでの余裕の笑みすら浮かべていた横顔とは全く違うもの。

何かを決意した時のような、真剣でかっこいい顔だった。


そのまま何か言っているようだったけど、音声が届かないのか何を言っているのか分からない。

その顔に惚けていた私は再びはっとなり、真希先輩に懇願する。



「先輩、何言ってるか分かりませんっ」

「……え、ええ。ちょっと待ってなさい」


同じように我に返った風の真希先輩は、すぐさまモニターについてるボタンやら何やらを弄り始める。

するとすぐに、ノイズ音とともに向こうの声がこちらに届いてきた。



『なぁ、由宇。男子トイレってどこにあるか知らない?』

「……」

「……」


そして、最初に聞こえてきたのは。

あまりにあまりな吟也の真剣極まりない声。

二人して理解が追いつかずに固まっていると、しかし誰よりも早くその硬直を破ったのはモニターの向こうの由宇ちゃんだった。


『え? えっと、確か地下にあったはずだけど……』

『そっか。悪い、ちょっと行ってくる。やばそうなんだっ』


戸惑いながらも素直に答える由宇ちゃんをよそに。

吟也はさもいいことを聞いたとばかりに無駄なさわやかさすら残して一人上階へと向かう列を離れていってしまう。

……そして、その場には呆然として見送る由宇ちゃんと私たちが残されて。



『ど、どうしよう。まさか、ついていくのも……』


深く深く悩んだ挙句、結局は諦めたのか上階へと足を向ける由宇ちゃん。

当然、由宇ちゃんが追いかけないのだから、それを見ている私たちも吟也の後を追いかけることはできないわけで。



目の前に広がるのは、毎度の……見ていてあまり趣味がいいとは言えない光景。

スタートこそ意気揚々と駆け出していた付属の生徒たちだったけれど。


一階上がるたびに、彼らにかかる負荷は増していく。

彼らの呼吸を奪い、不快感を増長させ、拒絶するものが。


もちろん、普段からそんな仕様になっているわけではない。

これでも下階のほうは、付属の皆さんを歓迎するために、本校を覆う異世を抑えているくらいだ。


付属の生徒の中には、歓迎会が今年初体験じゃない先輩方もいて。

歓迎会なるものの本質を理解した上で参加している人もいるみたいだったけど。

その人たちですらもう顔は真っ青で、今にも倒れてしまいそうに見える。

二階でこれならば、今年も最上階まで来られる人はいないかもしれない。


なんだか、意味のない……彼らを傷つけるだけの仕打ちを。

しかも趣味悪く高みの見物をしているように見えて。

その場にいる由宇ちゃんには悪いけど、早くもここから立ち去りたい、そんな我が侭な気分に駆られた時。



「……潤ちゃんっ」


胸元でじたばたと暴れる、くすぐったい感覚。

それより何より、滅多に呼ばれることのない、カチュのそんな呼び声。

いつもの眠たげな様子は全然なくて。

どこか焦っている風にも聞こえて。



「……すいません真希先輩。歓迎会本番までには戻ります」


それは、今行なわれている歓迎会ではなく。

それが終わった後の、本校の面子だけのささやかなお食事会のことで。


「え、あ、うん」


真希先輩は、それに生返事で頷いている。

まだ、吟也ショックから抜け出せないでいるらしい。

私はそんな真希先輩に少し懐かしいような感覚に陥りつつも。

軽く会釈をして、生徒会室を出たのだった……。



             (第36話につづく)






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