第34話、いつの間にやら配置されていた、カメラクルーのひとグッジョブ



SIDE:潤



そうして、あれよあれよと言う間に日が変わって、歓迎会の日。

参加するわけじゃないからそれほどテンションが上がるわけでもなかったけど。


ある意味普通をこれでもかと満喫できる、平時の授業を滞りなく終わらせた後。

参加……あるいは見学の意思のある子たちが、とりあえず生徒会室に集まっていた。


料理を作ること、その運搬などでお役御免の私は。

十人いる歓迎会に選ばれしものというか、ある意味罰ゲーム扱いされている、いいのか悪いのか良く分からない面子の、歓迎会についてのやり取りを眺めていた。



どうやら十人なのは、一人一階で割り当てるかららしい。

もちろんみんな顔見知り以上の子たちだけど、なんと八階と九階は美化委員会の委員長と副委員長だった。


篠月梨夏(しのつき・りか)ちゃんと篠月真雪(しのつき・まゆき)ちゃん。

仲のいい双子姉妹である。

副委員長以上は出ないと言っていたのにとんだ騙りだよって文句を言わずにはいられなくて。

思わず私はそんな二人に突っかかってゆく。



「……梨夏ちゃんと真雪ちゃんはいいな。二人で参加できて」

「あによ潤姉。それって嫌味? 誰が好き好んで野郎どもが苦しんでるのを見たがるってのよ」

「あはは。私たちは二人そろってもまだ半人前ですからね。同じ委員長クラスとしては、それじゃあ駄目なんでしょうけど」


ほぼ同時……いや、おっとりなお姉ちゃんの梨夏ちゃんがワンテンポ遅れて、私の思うところとは反した言葉を返してくる。


曲法の影響なのか、百パーセント天然ものなのか。

燃えるようなオレンジの髪の二人は、そのボリュームのある髪を下ろせばほくろの位置すら一緒で、なかなか見分けがつかない。

故に梨夏ちゃんはその髪を二つにくくり、真雪ちゃんは一つにくくることで違いを示してくれている。


まぁ、私から見ればその名前と逆の雰囲気とか性格を持つ彼女たちの差異なんて、それこそ火を見るより明らかなんだけど。


そんな彼女たちは、学年で言えば一個下で。

だけど、小学校高学年の頃に曲法の力に目覚めたと言う彼女たちは、【生徒】としては先輩になる。

それなのに姉さん扱いされるのはいいのやら悪いのやら。

いや、こんな性格に裏表のある自分によくしてくれている子たちにそう言われるのは、決して悪い気分じゃないけどね。



「それは逆。二人は力を抑えるのがうまいからここにいるんだし。……それに、もしかしたら今回はあなたたちのところまでやってくる人、いるかもしれないよ」


やってくるかもしれない人。

この展開で私の脳裏に浮かんだのは吟也であることは、もはや承知の事実なのだろうか。

ほとんど反射的のそう答えると、二人は何やら思い出したみたいに顔を見合わせて。



「やっぱり本当だったんですか? あの、その、潤姉さんの彼氏さんが今回の歓迎会に参加するっていうのは」

「あれでしょ。逆光源氏計画ってやつ。小さい頃から自分の曲法に慣れさせて、毒を持って毒を制す、みたいな?」


今度は真雪が梨夏ちゃんの台詞をかぶせ気味に、そんな事を言ってくる始末。



「な……一体誰がそんな」


妄想するのも憚られるうらやまけしからんことをっ!

……表面的にはどうであれ、現実にはありえないだろうことに内心で激しく悶えていると。

そこは双子。ここぞという場面でぴたりと息があって。


「「真希先輩からだよ」です」


その瞬間、私の目の色が変わったのが分かったんだろう。

びくりとなる二人を脇目に、そんな嬉しい……じゃなかった、はた迷惑なほらを吹聴して回っている当の本人を探し当てる。



というか探すまでもなく、真希先輩は会長席からにやつく笑顔で私のことをして

やったりとばかりに見返していた。

どこからともなく引っ張ってきたモニターを設えてある、本来ならば主のいないはずのデスクに頬杖なんぞついて、むしろこちらを手招きしている。



「……ただの幼馴染みだから。分かっているとは思うけど」

「「は、はいっ」」


上等だ。

私はその誘いに乗るためにと、二人のそう言い残してデスクへと詰め寄る。


そして、もちっと言い方はないんですか、万が一吟也の耳に届いちゃったりなんかしたらどう責任とってくれるんですか、とか様々な文句が私の口から誤変換されてついて出るよりも早く、真希先輩は口を開いた。



「ほぅら、潤ちゃん。そんな怖い顔しないで。これを見て御覧なさぁい」


なんだか気持ち悪いくらいのテンションの高さ。

私は、降って沸いた捌け口の無い怒りのようなものを持て余しつつも、言われたままに真希先輩の指し示すモニターの画面を覗き込んだ。



「ぎ、ぎぎ吟也っ!」


そして、思わず生徒会室じゅうに響くくらいの大声をあげてしまった。

モニターが映し出すもの。それは、トーイ先生が顧問をしている【付属救援隊】なる部活の部室だろうか。

そこには、大勢の……おそらくは付属の男子だろう人達がひしめいているのが分かる。


だけど、それはほとんど私の目には入っていなかった。

問題というか今まさに私が声高に言いたいのは、触れよとばかりにどアップの吟也の横顔がそこにあることで。

僅かに後方から撮っているのが、うなじまで映りこんで大変にグッドである。



「な、何これ……なんで」

「ああ。これね。生放送なの。でもって、映ってるのは歓迎会が始まるのを待ち遠しく思ってる子たちね。そこで堂々と撮影してても気付かれないくらい小型のカメラで撮ってるのよ。でも、さすが優秀なクルーは違うわねぇ? 今必要としている絵を、しっかりとこっちに伝えてくれているわ」


動揺する私を余所に。

そう言う真希先輩の声色が、何か別のものを含んで変化したような気がした。

だけど正常な精神状態でない私には、それを言及する余裕などその時にはなくて。


「ふぅん? この子が噂の吟也クンなんだぁ。潤ちゃんがぞっこんなのは分からなくもないよね。あれだほら、アイドル俳優って感じ? 新任の気弱な先生役とかやってそうな」


だけどそれは。

続く、どこか熱ぼったい物言いにかき消される。


「最初は良い趣味してるなぁとは思ったけど。これは確かに苦痛に涙を零す絵を是非とも見てみたいところね?」

「な、何言って! そんなひどいことっ」


見たいわけが無いじゃないと叫ぼうとして。

今度こそ私は、冷たく、それでいて意地悪な顔になった真希先輩の言葉に遮られる。



「もう十分もすれば始まるわよ。潤ちゃんあなた、ここでこうして見学してるだけでも、今言った通りになるかもしれないってこと、分かってるんでしょ?」

「で、でも……」


真希先輩の言う言葉は、純然たる事実だった。

表向きには、慢性的に不足している【生徒】を少しでも増やすためと言うのが理由だけど。

本当はいつか私達【生徒】が真っ当に生きられるその架け橋として。

そんな一方的な理由で、毎年歓迎会は開催される。


私にとってそれはもう四年目になるわけだけど。

私たちの前に現れたのは、私たちを救ってくれる英雄なんかじゃなく。


目を背けずにはいられない、見てはいけない、そんな光景だった。

たったの一人も、私たちを受け入れてくれる人は現れなかった。


悲しい現実。

だからこそ夢想してしまうんだ。

私といても平気に見える吟也。

さらに、美音先輩とお話しても平気ならば、私たちの前に立ちはだかる障害なんてものともしないんじゃないかって。


そんな奇跡みたいなことを。



「でももストもないのよ。あなたがここにいれば、もっと苦しめることになるんだから。たとえどう転ぼうともね」

「……っ」


言われて、私は理解する。

吟也がその障害を乗り越えられるかどうかは問題じゃないのだ。


『本校』に入ることを焚き付けた私がそこにいたら。

わがままで頑固な吟也はきっと無茶をするだろう。

辛くても苦しくても我慢しちゃうかもしれない。


だけど、思い出すのは、吟也の男の子としてのプライドを、気付かないままに傷つけた幼い頃のことで。



「それでもやっぱり、見届けなきゃいけない責任が、私にはあると思うんです」

「……そう。頑固なんだから。どうなっても知らないわよ」


結局は折れない私に、しょうがないわね、とばかりに呆れ声を返す真希先輩。


事実、私たちはまだ、知らなかった。

これから目の前で起こるその光景が。

真希先輩とも、私の夢想とも大きくかけ離れていたことを。



             (第35話につづく)







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