第30話、いつかにあった、間に合わないかもしれない恐怖に追われて


そうして、五分後。


チャイムが鳴り響き、その場はロードレースのスタートのような喧騒に包まれる。

まさかこのクラブに入って、こんな事をすることになるは思いもよらなかったけど。

こういう雰囲気、僕は嫌いじゃなかった。

だから、できる限り行けるところまで行ってやろうって、そう思ったんだけど。




『……た…けてっ!』


「っ?」

「なっ?」


突然脳に直接響いてくるような、誰かの声がした。

知らない声。

だけど、助けを求めてる……女の子の声に聞こえた。

僕は思わず上階へと上がっていく【付属】の生徒たちの波から抜け出し、立ち止まる。



「吟也? どうかしたのか?」


それにすぐに気付いた由宇が、同じように立ち止まって人波から出てくる。


「いや、ちょっと。トイレっ、トイレ知らないっ?」


我ながらぐずぐずな嘘だったけど、由宇はそれで納得してくれたらしい。

「マジかよっ! た、たしか、一階に男子トイレあったはずだけど」

「そっか、悪い! ちょっと行ってくる! 由宇は先に行っててくれ!」

「お、おい、ちょっと!」


僕はそう言い終わるより早く、ダッシュで一階へ降りる階段をかけ降りていく。

由宇に嘘をつくのは心苦しいことではあったけど、僕の事情に由宇を巻き込むわけにはいかないし、たぶんこれで良かったんだと思う。

案の定、由宇は後を追ってはこなかった。




「クリア! 今、声が聞こえたよな? けど、気づいたのは僕らだけみたいだった。

それってつまり、他のつくもんの誰かって事じゃないの?」

「う、うん。クリアにも聞こえたで!」

「何で急に? 今までこんな事なかったよね?」


はっきりとは聞こえなかったけど、それがただごとじゃなさそうなことはすぐにわかった。

助けてって、そう言っているように聞こえた。


「うん、こんなこと通常あるわけない。たぶん、その子の命に関わる何かが起きてるんや思う」


そう。はじめからこういうテレパシーみたいなことができるなら、とっくにしてておかしくないはずなのだ。


「どないしよ、こんなん予想外やったわ」


クリアは、こんな事があるなんて信じられない、という顔をしている。

ひどく動揺しているその口ぶり。


「どないするも何もない、助け求めてんなら助けるだけだろ!」


僕は、そんなクリアを叱咤するように叫んで。


「場所の特定はできそう?」


すかさずそう聞いた。


「んと、はっきりとは断言できひんけど、一番近いつくもんさんは、ここからもっと下の方やな」

「わかった! 行ってみよう!」


僕は、クリアの答えが返ってくるのと同時に、さらに下に降りる階段を駆け降りていく。




そしてたどり着いたのは。

空調がきいているのか、やけに涼しい感じのする地下三階だった。



「クリア、どう? 近くにいそう?」

「んと、まだ下や。でしって言わへんし」

「下? ここが最下層じゃ……って、待てよ? そう言えば」


入学案内か何かで見た記憶がある。

この広い土地をうまく活用するために、学校の地下には大規模なゴミ処理施設が併設されている、と。


僕はそこまで考えて頭に浮かんだのは、最悪の想像だった。


クリアの言った命に関わるようなこと。

彼女たちの姿は僕にしか見えず、他の人には『もの』に見える。

もし、その『もの』が壊されてしまったらその子はどうなる?



「くそっ!」


僕は、より走る足に力を込め、左へと続く道を折れる。

さらに下がる辺りの温度。



「ごしゅじんっ!」


何か警告発するように、クリアが叫んだけれど。

聞かずに薄暗いコンクリートに囲まれた細い道を駆ける。

その先は、袋小路の行き止まりになっていたが、鉄扉と関係者以外立ち入り禁止の看板もあった。



「あれだっ!」


僕はその鉄扉のノブにとりつき、ひねる。

しかし、鍵がかかっているのか、開かなかった。

思わず舌打ちし、きびすを返そうとすると。




「……そこは、立ち入り禁止」


低く無感情な響きが、すぐ側から聞こえる。

顔を上げると、おそらく【本校】の生徒だろう、灰色がかったベリーショートの髪の女の子がいた。


着ているのは男物の僕と同じモスグリーンの作業着だったけど、彼女によく似合っている。

なんとなく、由宇と同じようなタイプなのかな、なんて考える。

って、悠長に人物描写してる暇なんてないっての!


「ごめん。君、【本校】の人だよね? 僕、紅恩寺吟也って言うんだけど」

「塩生命(しおぶ・めい)」


君は? と名を聞く前に、彼女はぼそりと、名を名乗り一礼する。

無表情だけど礼儀正しい感じで。



「ご丁寧にどうも。それでさ、この立ち入り禁止の先って、地下のゴミ処理施設に行ける?」

「……ああ」


こくり、と頷く女の子。

水銀のような静かな色をたたえた瞳が、僕の真意を問うようにロックオンされている。


「ここの鍵って、どこかで借りられないかな?」

「ここ、立ち入り禁止」


再び、無感情に同じ事を繰り返す女の子。


「うん、それは承知の上なんだ。頼むっ! どうしても、この先に行かなきゃならないんだっ、そこをなんとかっ!」


僕は、なりふり構っていられず、土下座する勢いでそう叫ぶ。

彼女が鍵のありかを知らないただの通りすがり、とは考えなかった。

ただ心の内から生まれる感情だけで、彼女に訴える。


すると、その思いが通じたのか。

彼女の小さな手のひらにあったのは、さらに小さな鈴付きの鍵。



「立ち入り禁止だが……どうしてもって言うなら貸してあげないこともないけど」

「けど?」

「紅恩寺吟也君、と言ったね。その代わりに条件……君にやってもらいたいことがある」

「あぁ、分かった。僕ができることならっ!」


時間がないからというのもあったけど。

即答する僕に、彼女はちょっと驚いているみたいだった。



「ん、ならいいよ」


だけどすぐに、ほんのわずかばかりだけど笑顔を浮かべて、僕の手に鍵を落としてくれる。

その今まで無感情だなんて思ってしまったのが失礼くらいの嬉しそうに見える笑顔に、わけもなく不安が募りはしたけど。


「ありがとう! 恩に着るっ、約束、守るから!」


それを考えるのは後でいい。

僕は借りたばかりの鍵を使い、鉄扉を開けて中へと飛び込んでいって……。






飛び込むとそこは、すぐに螺旋階段が待っていた。

それを、もう転がるようなスピードで駆け降りると、目の前に広まった、丁字の道が見えてくる。



「クリア、どっちか分かる?」

「……んと、右やっ!」


言われるまま駆けていくと、しばらく地面が硬いコンクリートから、何か柔らかいもの……ベルトコンベアに変わっていることに気付く。

かまわず走っていると、しかし突然ガクリ、とつんのめる感覚に陥った。


よくよく見ると、片足が乗っていたベルトコンベアみたいな地面が、動いている。

とたんに、何か大きな機械が稼働しだした振動を感じて。

更に、背後に大きなものの気配を感じて振り向くと。



「うわぁっ! ご、ゴミの塊っ?」


僕の身長の倍はあろうかという四角く固められたゴミの塊が、迫ってくる。

潰されては叶わんと、慌てて駆け出す僕。


すると、だんだんと道が広くなって、コンベアのスピードも心なしか速くなっているのを感じた。

気付けばその道が、片側二車線の道路くらいの広さになっている。

何で広くなったのだろうかと、何気に後ろを振り向いて。



「どわぁっ?」


いつの間にやら分身したいくつものゴミの塊たちを目の当たりにして。

小さな川が海に向かううち、ひとつひとつが重なって大きな河川になる、ということを思わず想像してしまった。


僕は半ば悲鳴混じりに、背を向け走り出す。

果たしてゴミの行き着く先には何があるのか。

そんな考えも、至らぬままに。



            (第31話につづく)








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