第29話、勘違いしている事を悟らなければ、きっとどこまでも行ける
SIDE:吟也
それから。
特段何があるでもなく、数日が過ぎて。
僕は結局、【付属救援隊】のクラブに入った。
あれからクラブの説明会があって、詳しい内容を知って、ますます入りたくなったというのもあるし、何より由宇もそのクラブに入るって言ったことが大きかったんだろう。
隣の席で他の奴よりは話しやすかったのもあるけど、若穂が男だろうが女だろうが関係なく、僕にとって気の合う奴だったから。
そんなわけで僕達は現在。
【付属救援隊】にあてがわれた、【本校】にほど近い、部室と言うよりは造船ドッグというか、基地みたいな場所にいた。
「ここ、ごしゅじんとよく似たニオイするな」
例のごとく、クラブ用のモスグリーンの作業着の胸ポケットに陣取ってるクリアが、しみじみとそんな呟きを漏らす。
『僕、そんなににおうかな? 一応毎日風呂入ってるんだけど』
僕は苦笑し、ズボンのポケットに忍ばせた小型のキーボードで、そう返す。
それは、クリアに独り言ばかり呟かせとくのもなんだなって思い、数日前に僕が作ったもので。
今頃、クリアのかけてる緑色のちっちゃな片メガネには、その言葉がテロップで流れ出ているはずだった。
「うーんと、ほら、ここキカイたくさんやから」
『なるほど』
たしかにこの部室は、家にあるラボと似たようなニオイがする、と言えばそうかもしれない。
それはここが、【生徒】を補佐するための道具……主に【魔物】と戦うための武具を修理したり、生産したりするところだからなのだろう。
前述した通り、【付属救援隊】は、そういった戦いのための様々な物資を、作ったり運んだりするクラブ、なのである。
もともとそういったことが好きな僕にとってはこれ以上ないクラブ、といっていいかもしれなかった。
「待たせたな、先生はまだか?」
「うん。お、ナイスタイミングみたいだよ」
僕より少し遅れて、同じモスグリーンの作業着を着た由宇がやってくるのと同じくらいに、僕ら新入部員の集まるところへ向かって、【付属救援隊】クラブの顧問の先生らしきしぶい男の人がやってくる。
一見すると、職人気質な親方のような雰囲気があった。
普段の授業とかでは見かけないから、上級生を受け持ってる先生なのかもしれない。
その先生は、僕らを見渡すと。
「ごくろう、新入生諸君。今年も大漁のようだの」
見た目のイメージよりもずいぶん気さくというか、気の抜けた感じでそう呟く。
「儂は志島徹威(じじま・とおい)じゃ。上のやつらにはオヤジ、なんて呼ばれとる。ま、長い付き合いになることを、祈っとるよ」
若そうに見えるけれど、結構いい年なのかもしれない。
だが、その好々爺然とした口ぶりには、どこか含むものを感じる。
何気なく、奥のほうで作業をしている上級生たちを見ると、十人いるかいないか、なのが分かる。
まぁ、ここにいる人達で【付属救援隊】の部員全員ってわけではないのかもしれないけれど。
【付属】の一年のほぼ三分の一(100人くらい)の新入部員がここにいることを考えると、上辺の説明会とかでは知りえない、辞めてしまうような大変なことがあるのかもしれないな、なんて考えたりする。
「きみたちがこの部にどのような気概と目的を持って志願したのかは、問わない。
だがな。この部に入った以上、自分自身も含めて、この部でなしたことが全て、
人の命にかかわってくる、と言うことを肝に銘じてほしい。……ま、こんな事は言わんでも、君たちなら分かってるだろうがね」
言葉通り、実際に【魔物】との戦闘が起こった時。
その戦地に赴く、ということもあるのかもしれない。
だとすれば、当然僕たちにも危険はあるんだろう。
ただ、頭の中だけで分かっていても、それは僕にとって実感の伴わないものと言えた。
それこそ、【生徒】たちと【魔物】たちの戦いは、テレビの向こうにある別世界で。
実際にその世界に立った時自分がどうなってしまうのか、想像できなかったんだ。
漠然とした根拠のない恐怖みたいなものはあるけれど。
その一方で、憧れから来る自分への期待感みたいなものが確かにあって。
そんな自分への儚い願望を、最低限でも裏切らないように、改めて心構えしておかなくちゃって思って。
「ま、初日だし、今日はこんなとこかの。この後、【本校】との歓迎会がある。それまで自由にしててよいぞ。先輩方の活動ぶりを見学するのもいいな」
けれど、僕が内心そんな熱い決意をしてる中、トーイ先生はやっぱり気の抜けたような声色でそう言って、その場を去ってしまった。
その、あまりにもあっさりとしすぎている感じに、周りの生徒たちは戸惑い、ざわついている。
「う~む。もっと軍隊とか自警団みたいなお堅いのをイメージしてたんだけどな。何か適当というか、放任主義というか」
「【付属】の、しかもひよっ子の俺らには、そこまで期待していないって感じにも見えるよな」
僕の言葉に続くように何だか怒ったような様子で、そんな事を言う由宇。
まぁ、ちょっと変わっているとはいえ、部活なわけだし、そこまで厳しくはしないのかもしれないけれど。
「ま、それならそれで見返してやろう」
「ああ、そうだな」
【本校】の生徒に比べたら、まだまだなのは自分では分かってるつもりだから。
せめて、できる限り自分のすべきことをするしかないんだろう。
だから僕たちはそう言って、頷きあうのだった……。
※
そして。
迎えた歓迎会。
それは僕がイメージしていた、【本校】と【付属】が一緒になって、ご馳走を食べたり、わいわい楽しくおしゃべりする……みたいなものじゃ、全くなかった。
僕たち【付属救援隊】の部員が集まったのは。
昨日美音先輩と会った二階の渡り廊下の、【付属】サイドにある、ちょっとした広場で。
「ずいぶん殺気だってるな、先輩方」
「うん。これじゃあ歓迎会っていうより、妨害ありの競争でも始めそうな雰囲気だね」
僕や由宇が見つめる先には、渡り廊下の入り口の直前で、押し合いへし合いしながら、少しでもいい陣地を取ろうとでもいいたげに、自作なのか、それぞれがごつい武器防具を身につけ、睨み合っている先輩方の姿があった。
その後ろに、僕たちを含む新入部員たちがいて、やはり何が始まるのかよく分かっていない様子で佇んでいる。
見学していた時は、こんな雰囲気すらなかったのに。
もはや先輩方には歓迎ムードなどこれっぽっちも感じられなかった。
「えー、これから歓迎会の説明をはじめる。内容を知っているやつも知らんやつも一応聞いておけよー」
と、その時だった。
今度は背後から、トーイ先生の声がする。
「ごしゅじん。このおっちゃんできるで。全く気配感じられんかった」
『そりゃ、先生だし。そのくらいできるんじゃない?』
まぁ、する意味があるかはまた別問題だけど。
ただものじゃなさそうなのは、僕でも分かる気がする。
先生の雰囲気というか、纏う空気というか、声色なんかは気が抜けたように聞こえるのに、どこか芯が通っているような、そんな感じなのだ。
証拠に、それまで殺気だってすらいた先輩方が、まるで統率の取れた兵隊のように、びしっと並んで先生に注目している。
意外や意外、もしかしたら怖い人なのかもしれない。
同じようにして振り向き、姿勢を正して先生に注目すると、先生はそれに満足したように頷き、再び口を開いた。
「君たちには、これから【本校】の一〇階にある『生徒会室』を目指してもらう。方法、ルートは問わん。部の活動時間内に辿り着けたものには、【本校】へ編入できる権利が与えられるぞ。……ああ、もちろん人数制限などない。張り切ってゴールしてくれたまえ」
「……え?」
「本気かよ」
淡々とあっさり言うものだからつい聞き逃しそうになったけど。
先生何気にとんでもないこと言わなかったか?
思わず耳を疑う僕の隣で、若穂が呆れたように呟く。
この思いも寄らぬおいしい展開に、新入部員たちがどっと沸いた。
「ただし、【本校】のみなさんがきみたちを手厚く歓迎してくれるそうじゃからな。命の惜しいやつは、悪いことは言わん、すぐにここへ戻ってこい。戻ってこられたらの話だがの」
しかし。
そのざわめきは、そんなトーイ先生の言葉で、一瞬でかき消される。
まぁ、そんな上手い話があるわけないとは思っていたけど。
なるほど、歓迎会ってのはそっちの意味だったわけだ。
先輩方が殺気立ってたのはそのためだったんだろう。
「すいません、先生」
と、僕がそんな風に自己完結していると、由宇が手をあげる。
「ん? 何か質問かね?」
「俺たちは、何の準備もしてないんですが」
「ああ、その程度のアドバンテージはあってもいいじゃろ。先輩なんだからの」
「しかし、これではいくらなんでも」
「危険だって、そう言いたいのかな? 若穂由宇くん? ……いいんじゃよ、それで。この歓迎会はそれを肌で感じるのが目的なんじゃからな」
「……」
さらに静まり返る、辺りの空気。
トーイ先生は、ちょっとおどかしすぎたか、なんて顔をしていたけど。
おおむねその通り、なのだろう。
由宇はさらに何かを言いかけようとし、反論は無駄だと悟ったのか、そのまま黙りこくる。
「思わずネタばれしてしまったが……何、【本校】の生徒たちだってきみたちに【本校】に来てほしいと、切に願っているのは事実なんじゃ。それに応えてやるのが、男ってものじゃろう?」
トーイ先生は、発破をかけるようにそんな事を言い、僕らを見渡す。
そう言われると、やらないわけにはいかないよなぁって思ってしまうのは確かで。
「それでは、今からきっかり五分後、チャイムが鳴ったらスタートじゃ。儂は一〇階で待ってるとしようかの。ここにいる多くのものが、ゴールに辿り着けることを、祈っとるよ」
トーイ先生はそんな言葉を残し、軽く手を上げて【本校】に向かって歩いてゆく。
それを、何だか複雑そうに見送っていた由宇だったけど。
何か吹っ切れたのか、ぱっと顔を上げて。
「こうなったらなるようになれ、だ。頑張ろうぜ、吟也」
きりりと引き締まった表情で、そんな事を言う。
「ああ、もちろん。せっかく巡ってきたチャンス、逃すわけにはいかないしね」
僕はそれにしっかりと頷いて。
そこで初めて、美音先輩が【付属救援隊】に入ることをすすめたのはこのためだったのだと、気付かされるのだった……。
(第30話につづく)
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