第23話、状況に圧されて、くさくさしてばかりじゃいられない
SIDE:潤
どこか不安げで気もそぞろなままのキクちゃんを連れて集まったのは。
紅葉台本校最上階にある、生徒会大会議室だった。
最上階の約三分の一を占めるその場所には、数十を超えるそれぞれの委員の委員長副委員長が集まっている。
広い部屋の真ん中を占める、規格外の大きさのサーキットテーブルを囲むようにして、それぞれに宛がわれた席へとついていて。
「……っ」
「うにゃーん」
風紀委員長の席は、限りなく上座に近い。
それが結構面倒なんだよねって、テンションが上がらないままキクちゃんと席に着くと。
それに拍車をかけるみたいに重いため息と脱力するような鳴き声? が聞こえてきた。
(暗い、暗いよ~)
何しろ急な集まりなわけで。
落ち着いて和気藹々、というわけにはいかないことくらい分かってはいたことだけど。
特に私の周りには、どんよりと重い雰囲気が漂っていた。
ここで、明るく前向きに行こうよ、って感じのことをうまく口にできればいいのだけど、思うばかりで実際はそうはいかない。
どんより空気の発生源たちが、キクちゃんを含めて私にとって親しい子たちだからこそ余計に。
「……」
私は何も言えないままに左手を見る。
上座……実質本校の生徒たちの長である真希先輩の隣の席。
将棋で言うならば王を守る金の位置。
二人であるべき金は、一つ欠けてしまっている。
思いため息を吐いた主こそ、取り残されたもう一人だ。
塩生命(しおぶ・めい)ちゃん。
副会長という肩書きよろしく、実質ナンバー2の女の子。
キクちゃんと同じく、中学に上がったとき、【生徒】として私が紅葉台に入学してからの付き合いで、ウマの合う友達の一人だ。
ベリィショートの銀髪に、鋭角な輝きを常に振りまく灰色の瞳。
ちゃん付けしたり、女の子扱いできるのはお前だけだと褒められるくらい凛々しく決まっている。
まさに男装の麗人という表現がぴったりとはまるし、実際男装をしている。
それは、女の子しかなれないという【生徒】のイメージを、払拭するためにしているらしい。
だけど今は、その前向きな凛々しさも、三割減って感じだろうか。
無意識のままにため息なんてついちゃうあたり、気もそぞろなのが手に取るように分かってしまう。
言わずもがな、原因は同じ副会長にしてルームメイトでパートナーでもある棗ちゃんがその場にいないことだろう。
命ちゃんもキクちゃんに負けないくらい棗ちゃんのことを心配しているのだ。
傍から見ていると想われてて羨ましい、なんて思っちゃう時点で私の駄目さ加減が伺えて。
何だかいたたまれなくなって、私は視線を命ちゃんから外す。
というより、キクちゃんを挟んだ隣にいるもう一人、憂いの湖に沈む人物のことを伺ってみる。
「……あれ?」
思わず声に出るくらいには。
同時に何故どんよりとした空気が漂っているのかを理解してしまった。
キクちゃんを挟んだ隣の席で、落ち着きなく尻尾をぱたつかせているのは、保健委員長の松代美音(まつしろ・みおん)先輩だ。
私が今こうして風紀委員長に就任するまで、私は美音先輩の相方だった。
その縁で、仲良くさせてもらっていて、せわしなく揺れるチャトラの尻尾や、透き通る赤髪に映えるというか、とにかく目立つ猫耳が、身に秘める曲法の影響で獣化してしまった結果、ということも知ってるわけだけど。
私が思わず言葉を発したことで、キクちゃんと美音先輩が共に顔を上げる。
すると当然、私は発した言葉の続きを紡ぐ義務があるわけで。
「あの……その、由宇ちゃんは?」
若穂由宇(わかほ・ゆう)。
私と同学年で、今春から美音先輩のパートナーとなった女の子だ。
本校の生徒の中では数少ない、望んで紅葉台へやってきた子で。
まじめと実直をかわいい女の子に擬人化したらこうなるだろうなって感じの子だ。
いつものんびりフリーダムな美音先輩に、いつだって何やかやお小言を言っているのが、ここ最近の見慣れた光景だったんだけど。
私が問うと、くたりと美音先輩の尻尾が止まった。
見てるほうも元気がなくなりそうな、そんな光景。
「由宇は今日から……付属に通うんだって」
発せられた美音先輩の言葉には、余裕がない。
見た目が猫だからって、あえて語尾に「にゃー」をつけるのを忘れてしまってるくらいには。
「……え?」
驚きのリアクションは、私よりも早く間にいるキクちゃんがしてくれた。
「……由宇はいつもの任務だっていってたけど」
そして、続くその言葉で、私はだいたいの経緯を理解する。
由宇ちゃんの持つ曲法の力は、とにかく異質で特別で希少なものだった。
ある意味、【生徒】のみんながあこがれ羨む能力、って言ってもいいかもしれない。
由宇ちゃんの能力は、【隠行発止】と呼ばれるもので。
曲法の力を持たない一般の人たちの中にいても、ほとんど影響を与えることなく暮らせることができるらしい。
おそらく、由宇ちゃん自身が望まなかったらここに通うこともなく、曲法をその身に秘めし【生徒】であることすら気付かれなかったんじゃないかと思う。
そのために、年度の途中に本校に入りたいって希望した人たちを、試験と銘打って募集してるわけだけど。
そんな由宇ちゃんも、棗ちゃんとはまた違って意味で、紅葉台学園に監視され縛られているといってもいいかもしれない。
私たちのような人間にも害を及ぼす力が安全に使えるようになるための研究にはもってこいだと。
私から見れば研究材料にされてるみたいで嫌だったけど。
彼女自身はみんなのためになるならばとそれを悪くは受け取っていないから、こっちからでしゃばってどうこう言うわけにもいかなくて。
「任務で付属ですか……何か心配なことでも?」
新しい人たちがやってくるこの季節。
幸いなことに【卒業】する人もいない代わりに、入学者も数人ですんだ本校はともかく。
お隣さんの付属は、例年通りに三百人強もの新入生がやってきているらしい。
そのほとんど、あるいは全員? が男の子で。
表向きは世界のために魔物と戦っている私たちを補佐するために入学してくるらしいけど。
先に述べた通り、本当は違う。
普通の人は【生徒】たちを拒絶する。
それをそのままでいいなんて思ってる【生徒】はいないから、どうすれば拒絶されずにすむのか模索しているのだ。
嫌な言い方をすれば、付属の生徒たちはそのための犠牲者、いけにえとも言える。由宇ちゃんの役割は付属の生徒になりすまし、それらを客観的に見ることによって原因を探ることだった。
先の見えない、辛いだろう任務だってことは分かってる。
でも分かっているからこそ、今回に限って特に憂鬱そうな美音先輩のことが気にかかった。
言葉足らずの私の問いかけ。
でも、そこはかつてのパートナー。
私の知りたいことを理解してくれた上で、先輩は言葉を返してくれた。
「由宇、今回男装してるのにゃ。男子寮に潜入するからって、そんなの無理だよって由宇には似合わないって言ったら髪を……」
「……っ」
キクちゃんが重い嘆息をつくのがわかる。
その、まるで自分のせいだと責めるような美音先輩の口ぶりに。
……どうやら私はちょっと勘違いをしていたらしい。
先輩が沈んでいた理由。
任務どうこうではなく、単純に由宇ちゃんに負い目を感じているらしかった。
由宇ちゃんの髪は、まさしく亜麻色の髪の乙女という言葉が似合うきれいな色をしていた。
もともと長いほうでもなかったけど、男装というからにはよほど短くしてしまったのだろう。
それがどんなに覚悟のいることか、私にだって分からないわけじゃなかった。
きっと、売り言葉に買い言葉だったんだろう。
臆さずなんでもズケズケと言い合って心を通わせる。
二人はそんな理想的なパートナーだったから。
「踏ん切りが欲しかったんですよ。先輩に言われたからでもいいから、理由が欲しかった……責任を押し付けたわけですね。今頃してやったりってほくそえんでるかもしれませんよ。由宇さんもなかなか、あくどい人です」
鼻を鳴らして、場を和ます? ための毒を吐くキクちゃん。
「ええっ、そうなの?」
「きっとそうです。今頃思っているはず。『自分のせいだとか言っておちこんでやがるぜウケる』……と」
「にゃ、にゃんだと。人が心配してるのに~っ!」
間違っても由宇ちゃんがそんな言葉遣いをするわけがないというか、キクちゃん自身もまったくもってミスマッチな言葉だったけれど。
それを真に受けたのかそうでないのか。
あからさまな怒りを露わにしてみせる美音先輩。
もう、いつもの先輩だ。
うまい具合にいいとこだけキクちゃんに持ってかれちゃった感じで。
「……うぅ」
「ふふっ」
私が言葉奪われ呻くことしかできないでいると。
いつの間にやらこちらに注目していたのか、ほんの僅かばかり楽しげな笑みを浮かべる命ちゃん。
辛いことやしんどいことばかり考えて生きてなどいけない。
ここ最近沈みがちな命ちゃんの気分を多少なりとも上げられたのならば。
会議前のこのおしゃべりも無駄じゃなかったんだろう、なんてちょっと思って……。
(第24話につづく)
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