第33話 ラストバトル(後半戦)
回想の続きは、夢と現の境界をさまようような感じだった。
薄いフィルターの向こう側で確かに大変な事が起こっているはずなのに、俺はそれに対して自分の意思で指一つ動かせない。
すぐ傍で世界の命運をかけた戦いがあって、仲間たちが命をかけて戦っていると言うのに、俺は何もできないのだ。
圧倒的な無力感。
あの時と同じだ。ゲームの画面越しに、全てがただ終わっていくのを眺めるだけの時と。
でも違うものもある。
それは俺が何の関係もない第三者ではないと言う事。
薄いフィルターの向こうで今起こってる事態を引き起こしているのは、この俺だ。
俺が、魔王で……、世界を終焉にもたらす破滅だった。
「ネルさん」「ネル君」「ネル……」
ボロボロの姿の仲間達が、ユリカが、ラクシャータが、セリアがいる。
まだ本気でこちらを倒しにくれば勝てるかもしれないのに、彼女達からは躊躇いの様子がはっきりと見て取れて、何をやっているのやらと言いたくなる。
世界と一人の人間を乗せた命の天秤。
彼女等は進んで選び取る事はせずとも、アッシュの時の様に最後の最後そういう状況になったのならば、決断する事が出来る者達だと思っていた。
なのに何を迷っているんだろうか。
それとも、まだ何かあるんだろうか。策か考えが。
こんな、世界にとって絶好の……それでいて彼女等にとっては最悪の状況を覆す手が。
見えていたものが次第に遠くなっていく。
意識が再び、混濁してどこかへ捕らわれようとした瞬間。
声が聞こえて来た。
――は、じ、ま、り、の、ま、じょ。
聞き慣れた声だ。
――め、ざ、め、た。
ああ、そうか。
彼女が駆けつけるのが間に合ったようだ。
「まだ死んじゃ駄目です、ネルさん!」
「死ぬんじゃないわよ。馬鹿!」
まるで正反対の声音の二つが耳に届いた瞬間。
部屋に飛び込んできた新たな影が、シャレにならない威力の攻撃を俺に食らわせた。
「ぶちかましてやったわ」
まずは、護衛らしき兵士数人の姿が扉の外に見える。
そしてお次は、闇の間に訪れたばかりのリズの姿。
彼女が手にしていたのは、人の身以上もあるサイズの物体……戦車についている砲塔のようなレーザー砲だった。
俺は床に倒れた状態。
彼女の砲撃を受けたらしい練さんは全身の痛みに苦しみつつも、生きている喜びとか、靄の晴れた頭の事とか考えながら、相手が口を開くのをとりあえず待った。
「まったく、何てザマなのかしら。もう少し、しゃんとしなさいよ」
やっぱ、優しい言葉はないんですね。
視線の先。
部屋の扉の前に立つリズは、勇者たちと肩を並べるにふさわしい堂々とした態度でいる。
いつもの鞭こそ持っていないものの、その何も恐れる物はないみたいな姿勢はトュルールートでゲームをやった多くのプレイヤーには見慣れた物のはず。ユリカ達と共に行動していたなんてホラ吹いても、おそらく違和感がないはずだ。
だが、彼女は未来からやってきたリズではない。
あのリズは、何とかしてつい先ほど元の世界へと帰ったからだ。
存在しないはずの世界に何とかして帰れるものなのかと思うが、出来てしまっているのだからやったんだろう。
未来のリズが俺達のいるこの過去に来た時に、この世界のリズは本来死ぬはずだった。
だがそのリズは、王宮の奥の場所、空間のねじれている狭間にいたので消えずにすんでいたのだ。あそこはこの世界にあって、この世界にないようなもんなので、世界の法則から弾かれる場所なんだとか。それを見越して未来のリズも、過去のリズが狭間に入っているタイミングを選んだのだろう。
で、俺が先程通信で会話したリズは王宮の狭間にいた未来リズだ。彼女が代わりに狭間にいたので、過去リズは表に出て、ここまで来て兵士達なんかと活動できていたというわけ。王宮の方にも一応兵士が残ってて、数名が未来リズの帰還準備にこき使われてただろうから、あとでお疲れ様とかしとかないとな。
「待たせたわね。起こしてきたわよ。途中でやたらデカいのが襲ってきて、建物揺らわされるわ、足元すくわれるわで苦労したけど」
俺は、誰を起こしたのかなんて聞かない。
彼女が何をしてきたか分かっているからだ。
自信満々に言い放つリズは、そこに付け足した。
「ちゃんとあの人は無事よ。他の人も兵士達がしっかり保護したから」
ネージュ・インプラント・フロンティア。
始まりの魔女であり、血のつながり的には俺の母親に当たるらしい人。
その人が力を使っていたから魔王の器にされたはずの俺は、今まで魔王に乗っ取られずにすんだのだ。
それは未来リズが教えてくれた事だ。
ラスボス倒しに行った未来の俺が、魔王の器として仲間と戦う事になった後、魔女が目覚めてその話を聞く事ができるようになったのだ、と。
その後?
俺がどうなったとか、仲間がどうなったとかは聞いてないな。
リズも言いたがらなかったし。
とにかくそうやって力を使っていた反動で、こちらと意思疎通が出来なくなってしまったのは、少し困った。
おかげで、最初に魔王城から逃げる時に彼女の存在に気づかずスルーしてしまったじゃないか。未来の俺はずっとその事に気が付かないままだったから、ラクシャータに培養層の事を言われた時もピンとこなかったんだろう。
「よくやった、偉い偉いよしよしよし。さすがリズ先生。超助かった。百万回分ありがとう」
「……っ、誉めるならちゃんと誉めなさいよね。あたしは子供じゃないわよっ」
気持ち的には、千万回言っても足りないが、面倒くさいので省略。
誉められる所を拒否してない辺りに、何だか可愛げが感じられるようになってしまった。
うーん、頭の打ちどころならぬレーザーの当たり所が悪かったのかもしれない。
さて、そろそろ立ち上がるのが遅い、旧式の俺頭脳パソコンも起動してきたか。
立ち上がりながら、部屋の中を見渡す。
俺は生きている。
対魔王兵器に耐えうる、チート仕様ステータスだったから耐えられたのだ。
だが、もろに弱点攻撃を受けただろう、俺の中の魔王成分がどうなったのか。それが問題だ。
「ここで、木っ端みじんにやられてくれちゃって、はいハッピーエンドでも良いんだけどな」
そう上手くは行かないだろう。
もう、待つのも面倒くさいんで、お決まりの言葉を言ってラスボス召喚しちゃいましょう。
「やったか?」
「フラグね」
間髪入れずに、リズから反応来た。
知ってるんかい。
おそらく未来のリズから教えてもらったんだろう。
ドヤっとされるのはアレだが、まあ実はかまってちゃんのツンデレなんだと思えば可愛げもある……かな?
と、そんな会話に対抗したのか、ユリカまでドヤっとし始める。
「わ、私だってそれくらい知ってますよ。旗ですよね」
うん。そのままだね。間違ってはないよ。
「えっと、君の瞳に乾杯とかも知ってますよ」
「ええ? 何それラクシャさんにも教えてほしいわぁ」
「目に乾杯? 意味が分からない。どういう事?」
おや、まだ思い出せない記憶があるのかもしれないな。
えーそれ、一体どういうシーンで言ったの? 練さんのキャラじゃないよ?
気ーにーなーるー。
賑やかしくなり始めた女子達を目にしながら、こんな気の抜け方をしてて良いんだろうかと思う。
良いわけないよなあ。
だってほら、何かさっきまで何も無かったのに、部屋の中に黒い靄が出現し始めてるし。
はーい休憩おーわりっ。
後半戦で、ラストバトルが再開でーす。
『くくく、はははははははは』
響き渡る声。
魔王サタンだ。
やっぱ生きてたかぁ。
俺からは引き離せたらしいけど、そんで死ぬまでは望み過ぎだったな。
歪んだ響きを含む声は、一つではない。部屋中に満ちるほど、無数にあった。
ひととこに集合していた靄(もや)は小さく別れ分裂していて、それぞれが物体に変化していく。
それら一つ一つのサイズは大人の手を握った拳大。
そいつらは生やした羽で無数に羽ばたいて、コウモリっぽい姿でそこら中を飛びまわり始めた。
「だろうなぁ。まだやるよなあ」
そりゃ、やるだろうなやっぱ。
しぶとく、しつこく、ねちっこく。とにかくそんな感じで、俺達を邪魔して来るからラスボスなんだろうし。
第四形態の魔王は分裂している様だった。数で押す物量作戦なのだろう。
ちまみにそいつ、形態は全部で五つあるよ。
変身が好きなんだろうな、実は○○でしたみたいなの。うん、分かるよ。相手を驚かすとスカッとするしね。そういうの、男の子は憧れちゃうもんね。あれ、ラスボスって男なんかな。
『あの程度の攻撃、我を倒せたとでも思うたか。思い上がりも甚だしい。羽虫の羽音と同等に、不快ではあったがな……』
敵さんんは復活するなり、そんな余裕のお言葉だ。
ドヤドヤしてんなぁ。
攻撃を放ったリズも、そして俺達も大して動揺はしない。
次があるかもなんて分かってた事だしな。
「エネルギーが足りなかったのね。まあ、ネルから引きはがせただけマシとするわ」
「逆に言えば、力が足りていれば良かったんでしょうか」
「あらあら、困っちゃうわねぇ」
「引き続き要警戒、要注意」
力不足。そうかもね。まあ、相手が虚勢張ってる場合もあるから正確には分かんないけど。
「律儀にフラグ回収しやがって。意外と親切さんですね、あんた。さっさとくたばっとけって話だよ、まったく」
俺と同じで魔王も相当頑丈だよな。
およそ削り切れる感じでないライフを有しているのだから、当然と言えば当然だろうが。
とりあえずはまずはアレだ。
やるよやるよ。戦闘開始。
「ラクシャータ、燃やせ!」
「言われなくてもぉ!」
玄関から追い出してやる。しつこいセールスお断り。おとといきやがれ、だ。
そう思ってラクシャータに炎で燻してもらおうと思ったが……。
魔王コウモリ軍団(俺名称)はバラバラっと器用に飛んで、さくっと回避なさってしまう。
器用な動きだな。
空中を好きに動き回れる機動力を手に入れ、ついでに敏捷さが上がってるせいか攻撃がなかなか当たらない。
たまに数匹に命中するものの、まるで意味がなかった。
どういう理屈なのか知らないが、ちまちま削ってもたま数が元に戻っている始末だし。
つまりはそういう事だろう。
第四形態の、強みとやらは。
「これはアレだな。全部を一気に燃やし尽くさないと、全滅させられないやっかいさんだな」
愚痴る俺の呟きに、困ったようにユリカが返してくる。
「大技を放つにしても、一匹に逃げられてしまったら大変でしょうね、逃してこちらが消耗してしまっては目も当てられません」
そうなんだよな。見えている奴が全部って言う保証もないし。
こういう時は、彼女の出番だろう。
あいつなら何とかできる。
コウモリ軍団の中、俺達とは違って比較的器用に動き回っているそいつに声をかける。
「ラクシャータ、頼む!」
「うふふ、ネル君に頼まれちゃったわぁ。良いのかしら、私で」
「お前以外にこれを何とかできる奴がいないから、頼んでるんだろ」
「ふふ、そうねぇ。その通りよぉ」
できないって思ってたら、そもそも声なんてかけとらんわ。
あとは、詰めの方だな。肝心な方。そろそろやるか。
「セリア、こっから頼んだぞ。リズ、フォロー」
「分かった。大丈夫」
「任せなさい」
セリアが飛び回っていたマキナを近くに招いて、内部に収納していたらしいキーボードを展開。妨害魔法を詠唱しながら、素早く何かを打ち込んで行く。
リズは、他のマキナと共にセリアの護衛と困った時の助言役。
そして、その近くで回復魔法や支援に忙しくするユリカは、戦いについてこられなくて以前の俺みたくなっている部屋外待機の護衛兵士から、アイテムやら消耗品の補充を受け取って再使用。
他の場所と通信が繋がっているソウルジェムから、慌ただしく人の動く声が漏れ聞こえる。その中にはたまにアルガの声も。
「戦いの
セリアの過去との決別もきっと大丈夫だろう。
視界の中。前方で、最初に準備の整ったラクシャータが動きを見せる。
「さぁ、踊りましょう。見せてあげるわぁ。本物を!」
誰か失敗しても上手くいかない作戦だが、きっとこなせる。
その為に、色々やってきたんだから。
踊る様に軽やかな身のこなしで飛び出したラクシャータは、飛び交う魔王コウモリ軍団の中を縦横無尽に駆けまわった。
「さあ、さあ、さあ! 私の踊りについて来れるかしらぁ!」
情熱的ともいえる激しいものこなしで、魔法を打ち込みながら駆け回るラクシャータ。彼女の邪魔にならないように、俺やセリアのマキナが援護を入れ、ユリカが支援の魔法を飛ばし、リズがそんな彼女らを護衛しフォローする。
『煩い小娘だ。我についていればよかったものを……愚かな』
魔王コウモリ軍団は減らない。
相変わらずの密度を維持しているが、依然同じ数を維持したまま。
ラクシャータの魔法を受けて消えたとしても、それが致命的な打撃になっている様には見えなかった。
けれど、それで良いのだ。
「うふ、貴方全然魅力的じゃなかったもの、仕方ないわぁ。ラクシャさん、振った相手に未練なんて残さないのよぉ?」
艶やかに笑い、妖艶な仕草で右腕を掲げ彼女は術を完成させる。
彼女が、敵の軍団の中から抜け出した。
相手に向かって、腕を振り下ろす。それは一つの決断の様にも見えた。
悪を断罪するように、こちらと向こう。立場を分け、断つように。
彼女の奥義が今、完成した。
「奥義の情報売らなくて良かったわぁ。――さあ、爆ぜなさい、刻まれなさい。時超えし傷跡に。タイム・ストレンジャー!」
閃光。
彼女が今まで魔法を撃ってきた場所が一度に二度の爆発を起こす。
そこは、見事に計算された場所で。ちょうど魔王コウモリ軍団たちがすっぽりと収まる範囲、かつ俺達に危害の加わらない範囲だった。
「おやすみなさぁい」
爆発音がして、満ちた煙が晴れる頃には何も残らなかった。
それに対して、俺達が話すのは勝利の歓声ではない。
詰めだ。最後にやらなければ。
「準備だ!」
さあ、最後の仕上げといこうじゃないか。
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