第31話 ラストバトル(前半戦)
闇の間 扉
気合は十分。準備も万端。
俺達は、ソウル・ジェムの
そして、その後に再び音声通信にてリズと会話していた。
『本当に良いのね』
「ああ」
数日前と比較すれば見違えるほど頼もしく見えるようになったリズは、相変わらず白衣の下にボディースーツという異色のコーディーネートをしているはずだが、その手には俺が知っている彼女の武器とは見慣れない鞭を持っているはずだ。
時々、どっかにあててんのか小気味いい音が聞こえてくるので絶対そうだ。まさかポカをやらかした王宮兵士を折檻……なんて事はしてないはずだが、どうだろう。まあ、いいか。
『勝てて当たり前、なんでしょ。負けたら折檻するわよ』
きつーいセリフが聞こえて来て、思わず身震い。やば、一瞬だけど鳥肌立っちゃった。
いや、本当にしてないよね?
想像内の一部の言葉が聞こえてきたんで、練さんちょびっと不安になっちゃう。
「負けたら死ぬから、そら無理だ」
『こういう時くらい見栄張りなさいよ』
だから無理だって。練さんは、こういう性格だから。
アッシュとか主人公みたいに、こう格好良くオーラ漂わせて良い感じのセリフ言えたら絵になるんだろうけどさ。俺そういうのと違うから。
……なんて、思っていれば見透かすような言葉が追加されて聞こえてきた。エスパー?
『まあ、そっちの方があんたらしいわよね。この世界にいるあんたはまだちょっと馬鹿みたいに恰好付けてる感じだもの』
馬鹿みたいって何だよ。
馬鹿を小馬鹿にするような口調で言葉を返してくれるリズだが、その言葉に釣られたのは、俺ではなくユリカだった。
「ネルさんは格好悪くなんかないですよ。いつだって一生懸命ですから」
『……ふん、知ってるわよ私だって。そ、それなりに』
あのー、むやみに持ち上げられると色んな所がかゆくなっちゃうんで、控えてもらえません?
だってほら、ねえ俺(元)普通の人間だし、一般人だし。
何なの、未来の俺! どれだけの事やらかしちゃってんの? 恥ずかしい事しちゃってない?
『じゃあ、頑張んなさい。こっちも出来る事するから。あんたとあたしが話すのはこれで最後ね』
「おう。さんきゅな。気張って行ってこいよ。信じてるぜリズ先生」
「ばか」
ええ、何で罵倒されたん? 俺今、何も嫌な事言ってないだろ?
あれかな。リズの「馬鹿」はどういたしましてとか、そういう意味も入ってんのかな。
ツンデレだしな。
『まったく、そうしてそういう時ばっか……』
ぶつぶつ何事かをこぼした後に、通信が切れてしまう。
たぶん彼女とはもう、この先話す事はないだろう。
「行きましょう、ネルさん」
「さあラクシャお姉さん、頑張っちゃうわよぉ」
「魔王、絶対に倒す」
気持ちを切り替えるか。
最後に仲間と拳を合わせて、気合を入れる。
通信相手を切り替えて、ソウルジェムは起動させたままに。
こっから作戦開始だ。
その場に集まったそれぞれと視線を合わせ、頷き……。
そして、俺は闇の間の扉を開いた。
再びのラストバトル、ボス戦これで何回目って感じだ。
ゲームやら、未来の分やら含めても結構な数だろ。
もういい加減これで終わりにしたいよな。
部屋の奥、待ち構えていたのは言わずもがな。魔王サタンだ。
変わったところは見られない。
あんまり変わらない見た目だ。
牛の頭に人の体をくっつけたような容姿の、巨大なラスボス姿。
ラストダンジョンで待ち構えていた魔王サタンは、前と同じように部屋の天井に届かんばかりの巨躯。で、そのラージサイズをそのまま変えずに、手には身の丈以上もある大斧を持っている。
『来たか、人の子ら。我が後継者よ』
おー、喋った。
程よく重く、お腹にずっしり来る感じでちょい渋め。でもって、偉そうな調子をオマケにしたっていう声だな。
ユリカ達はともかく俺の記憶的には、ゲーム内ボイスは無かったから声音が分からなかったし、魔王城敗走の時も会話する時間が無かったからなあ。
で、さっそくの声かけで勧誘されてしまったが、返す言葉はすでに決まっている。
誠に残念ですが、快くお断りさせていただきますってね。
生憎だが、練は魔王なんかの後継になるつもりがないんだ。ま、かといって勇者はどうよって言われても、それもないけど。
『そうか。あくまでも無駄な足掻きを続けると言う事か、よかろう。その反抗的な心、我の圧倒的な力によってねじ伏せてくれる』
こっちの変わらない態度を見て取った魔王サタンは、尊大な口調で敵対の言葉を言い放った。
それでいい。恭順も諦めも元から無い選択肢だ、時間をかけるほど考える事はない。
「やれるもんならな。言っておくけど、前と同じだと思ったら痛い目みるぜ」
売られたケンカ、買ってやろう。
珍しい事だよ? この練さんがやる気出してそういう事お買い上げしちゃうのは。
だから、このせっかくの機会。存分に暴れさせてもらっちゃおう。
「魔王サタン! 俺達は絶対お前をプギャーってさせてやんかんな!」
指つけつけて、俺はそう宣言。
背後で「ぷぎゃー?」「鳴き声?」「あー、これがリズの言ってた未来ネル君なのねぇ」とか聞きなれない言葉に首をひねる仲間の反応があったが、先に進ませてもらう。練さんペースだ。
『人の子よ、身の程を知るが良い』
そして、その言葉が合図だったように、戦端は開かれた。
世界の命運をかけた最後の戦いが始まる。
『ひねり潰してくれる!』
魔王サタンの通常攻撃が放たれる。
牙の並んだぶっそうな口を開けて、ソニックブロー。
衝撃波だ。
だが、そんなでも馬鹿にできない。
前に出たラクシャータと共に動く的に早変わり、出来る限りの攻撃を引き受けていく。
支援魔法はここに来る前にすでにかけてある。
だから、効果が切れない限りは、通常時よりも調子良く動けるだろう。
そうやって俺達がうまく動けばユリカの仕事はないように思えるが、相手は魔王。そんな楽観的な想像など、簡単に破ってくるだろう。
彼女にはMPを温存する為、余裕のある状況ではララに量産してもらったアイテムの使用係になってもらう事にした。
「焼け石に水でしょうけれど、受け取ってください」
それは、本当に焼け石に水だった。
保管庫の肥やしというか、ゲームをしていた頃はプレイヤーから重り扱いされていたアイテムだから。
だって正体は、相手のステータス数値を一づつ下げるという、しょうもないアイテムなんだもん。
行動回数一回使って相手のステータスを下げるより、普通に攻撃するか、他の魔法を使った方がよっぽど良いので、ゲームでは一回も使われないままエンディングを迎えたとかいうプレイヤーが多かったらしい(ネット参照)。
けれど、それはゲームだったらの場合だ。
優秀なアイテム作成士ララの改造によって、ちょびっとだけパワーアップしたそのアイテムは、この現実なら連投できる。
素早く使用すれば、結構敵の強さを削げるのだ。
「えいっ」
ユリカが液体の入った小瓶を投げつけていく。
後衛要員では到底届かない距離でも、怪力補正があるのでばっちりだ。
元は飲用だったそのアイテムは、加工された影響で振りかけるだけで効果を発揮してくれた。
魔王が小石でも払うように、投擲されたそれを払いのけるがかかった液体分だけステータスが下がっているはずだ。
「何度も投げの練習をやらされたかいがありますね。うまく命中させるまでは上達しませんでしたが」
最初の頃は怪力でビンごと握りつぶしてたもんな。その頃に比べれば格段と成長してるよ。
「大丈夫、ちゃんと当たってる。当たらなくなったら、足元でも狙えばいい」
そんなユリカに声をかけるセリアは、慰めているのかどうか、分からない。
だが、見た目では悠長に話しているように見えるが、彼女はまさに今忙しくしている最中だ。
ユリカの魔法とは違って、セリアの魔法は敵にかけるものが多いので、魔王を視認できてからが勝負なのだ。
仲間に言葉を掛けつつも、彼女は一切の無駄のない動きで魔法を詠唱、発動を繰り返している。
詠唱と詠唱の間の待機時間には、マキナを操って俺達の手助けをしたり自分達の身を守ったりと、大忙しだ。
彼女らはそれぞれやるべき事をやっている。
なら、俺も俺のやるべき事をしっかりこなべきだろう。
「でりゃあああっ!」
「やあっ」
無理して、頭を使う必要はない。
俺のやる事は、ひたすら剣で切りかかるだけ。それが得意分野で長所ですから。
ラクシャータが動き回って攻撃魔法を打ち込んで行くのと合わせて、後衛に注意が行かないようにしつつ、ちくちく攻撃。ダメージを加えていき、大量にあるライフを削っていく。
「そろそろ第二段階ってところか」
「来るわねぇ」
戦闘に入って数分経った。
言葉をこぼせば予想通りの行動変化が起きる。
『グオオオオオオ……、うるさい小蠅共が!』
今までに見ない行動をとって、こちらを翻弄しにくる。
ゲームではないこの世界だから、単純な規則に則って動いているわけではないだろうけど、そう的外れな検討でもないはすだ。
バッドルートでは、おおよそ削り切れるはずのないライフを有している魔王だが、それが今の時点では十分の一くらいまで減っているはずだ。なんたって200レベル。チート仕様の攻撃力は伊達じゃないのだから。ダメージを受けてないはずはない。
で、ここから、第三段階までが長いんだよな。
この調子なら、一日もかからないんじゃねと思うだろうが、防御力が上がってくるので、削り幅が狭くなってくる。数時間後は絶望さんこんにちは、だ。
前回挑んだ時ユリカ達は、まさにその第三段階になる所でやられたんだったか。
さ、気を付けなければならない例のものがくる。
事前に打ち合わせてつたえていたそれは、ちょうどこの辺りにやってくるはずだった。
「5、4、3、そろそろだ。気を付けろ!」
攻撃パターンが変化した瞬間、カウントしていた俺は叫ぶ。
やはり当たった。
サウザンド・レイ
それは、行動変化したすぐ後に使われると情報にあった技。
魔王の目から、幾筋もの光線が放たれる。
千にも及ぶ光線は、どうあがいても回避不可能だろう。
ラクシャータが下がっている。防御魔法で障壁を張ったユリカにセリアと共に守られているはずだ。
俺? 俺はそのままだよ。
的になって、後ろにいくのを防がにゃならんからな。ドMでも何でもないと言うのに。おかげで散々な目だ。
「ぐわ、いでででええっ!」
至近距離で光線を受けて、半端ない暑さと痛みに襲われた。死にそう。
けれど、死にそうな心地になるだけで、実際には死なない。
ステータスさまさまだ。
「さすがチートレベル。反則過ぎるだろ」
本来なら、何の備えもなく当たれば、即死しておかしくない攻撃だが、やはり「痛い」で済んでしまっている。
堪え切れるという予想通りに。
そして大技を放った敵は、しばらく硬直してしまう。
「よっし!」
ここら辺もゲーム通りに行くかどうか分からなかったが、魔王は動きを止めたようだった。
ユリカ達の光線記録とも一致してたからな。
強力な魔法攻撃を使った反動だ。
この隙を逃す手はない。
「かかれっ!」
この部屋で死んでいったアッシュの未練の分まで込めて、剣を振り上げた。
それからはひたすら剣で攻撃し、攻撃に耐え、ライフが危なくなったらアイテムで回復。
その繰り返しだった。
だが、さすが魔王。
「ネル君、大丈夫なのぉ」
「平気だ」
「無茶は駄目ですよ。危なかったら早めに戻ってきてくださいね」
「分かってる」
「本当に?」
「信用無いなおい!」
ラクシャータに、ユリカに、セリアに気遣われて苦笑。
度重なる攻撃と、長くなってきた戦闘時間にちょびっとまいりそうになっていたが、少しだけ心に余裕が戻った。
まだ一時間も経っていないはずなのに、これだけでこんなになるのか。
結界案、駄目になってほんと良かった。
『もうそろそろ、我の力の前に屈する気になったか。矮小なる人の子よ、己の分を弁えよ』
「あーやだやだこれだから悪役は、ちょっと有利になったらすぐこれだよ。まだまだこれからだろ。全力出してないっての」
軽口を叩きながら相手の様子を見る。
もうそろそろだ。
ここで、一時間ちょっとというところ。
なら、局面は次へと移るだろう。あの、勇者パーティーが全滅しかけた第三段階に。
『よくぞ、ここまで耐え抜いた。だがここで終わりだ。フフフ、フハハハハハ』
攻撃が一時的に止んで、代わりに不気味な魔王の哄笑が響く。
余裕になると高笑い。悪役の典型的な行動パターンな、それ。でもって反撃されて「何だと、馬鹿な!」ってなるフラグでもあるんだぞ。
さて、来るよな。
余裕でいる魔王の宣言。その後に放たれるのは、あの秘儀だ。
ユリカ達を敗走に至らせた原因である超攻撃。
魔王の必殺の一撃。
まだ、最終段階でもないのに、大層な太っ腹だ。
そのまま肥え太って転がっちまえよ、腹抱えてよじれるまで笑ったるからさ。
「全員集合!」
俺はそれを見て号令をかける。
アッシュですら耐えて時間を稼ぐのがやっとだった攻撃。
それを受け止められるのは、俺しかないだろう。
仲間は誰も遅れる事がない。
ラクシャータが、ユリカが、セリカが俺の背後に集まって来た。
魔王の後継者の背に庇われる勇者パーティーとか、色々すげぇ絵だよな。
「悪いが魔王さん、そういう必殺技を使えるのは、お前だけじゃないんでな!」
そして、敵の攻撃が放たれる。
最終秘儀。
あの時と同じだ。
牛頭の頭部についている二つの角が光って、部屋を染め上げるような光量に。
視界が白く染まっていって、閃光。
圧倒的なエネルギーが襲い来る。
もはや壁。
傍から見れば、迫りくる光の壁だ。
俺達は、ホラーゲームで初見トラップにやられて壁に潰される主人公みたいだった。
「あいにくと、ここはジャンル・ホラーじゃなくてファンタジーだ」
解放したのは、己の中にある一つの可能性。
この体が、魔王の後継者として作られたもんなら、出来るはずの事だった。
「グランド・インパクト」
ラスボス最終奥義の技。
通常ルートを通っていれば、即死秘儀を喰らう前に先にお目見えかかった技だ。
それは、勇者の光属性を吸収して、己の闇属性の魔力と合わせて撃ちだす光の球の攻撃だった。
アッシュ亡き今、光の属性を得るのに相当苦労したが、何とかなった。あいつの形見が残っていて本当に良かったものだ。
アルカおばさんには申し訳ないが、借り受けたそれを有効活用させてもらった。仕方ない。奴には勝手に退場してもらった分、どこかで帳尻を合わせてもらわねばならなかったんだから。
俺のやるそれは通常のルートでは、勇者パーティーから奪ったものでラスボスがやった技だ。
結構な皮肉だよな。
「く……」
押し寄せる、魔王の力をはねのける様に、光の球がぶつかる。
数秒して拮抗するが、その後は、光が闇を喰らて打ち破った。
『おのれ、そんな馬鹿な事が!』
「起きたみたいだぞ! ざまぁ!」
こいつはおそらく想定していなかったのだろう。
自分の技が敵に使われるという事を。
それもそのはず。普通だったら、こんな大層なもんは使えなかった技なのだから。
この短い間でものにするには奥義は扱い辛過ぎる。
未来から来たリズに習得のコツを聞いといて良かった。
あいつはよく知ってるからな、俺達のこれからの成長の余地とか色々な可能性を。
敵が衝撃を受けている間にも俺達の勢いは止まらないよ。というか止めてやらない。
各自定位置について、再び敵にアタックする次第です。
魔の三段階を抜けられたんだ。ここから先もきっと超えられる。
「――癒しの光、導きの輝きよ。生命へ祝福を与えよ」
同時に、ただ大人しく庇われているわけではなかったユリカが、最終奥義の回復魔法の詠唱を終える。
「光の息吹」
そのフィールドにいる味方キャラ全員に、等しく光の祝福が与えられ、削れていたHPやらMPやらが戻って来る。
さすが回復特化。
溜まっていた疲労が吹き飛んでいくようだった。
よしよし。もうちょいいける。
「さて、魔王さんよ。この技には一つ便利な効果がついてるんだが、せっかくだから試してみようか」
自分じゃ見えないが、俺は今……意地悪な笑みを浮かべているはずだ。
色々鬱憤が溜まってたもんで。
一歩前に踏み出して、狼狽が収まりつつある魔王へと正面から言い放つ。
「お前なら分かるだろこの技の事。これは吸収するんだったよな。敵から受けた攻撃をさ」
『ぐ、魔王の後継者が、魔王に何故歯向かう』
「いやいや、俺は質問したんだぜ? ならちゃんと応えてくれないと、練さん困っちゃうだろ」
『たかだか、人の子風情がなぜここまで……。始まりの魔女の血を引いている点のみでしか、我らよりまさっている点は……ないはずだろうっ!!」
「さてなぁ、運命は数奇って事でご納得していただけない?」
魔王サタンは、ここにきてやっと眼の前にいる者達が、己の命を奪いかねない危険な存在だと認識し始めたようだ。遅すぎだろ、ばかやろー。
そんなレアイベントを見れただけでも足を運んだかいはあったが、俺は欲張りなんでね。やっぱりちゃんと倒すとこまで行きたい。
『たかが人間が、我と同じ事ができるはずがない。吸収などと馬鹿な事ができるはずなかろう。我の力は絶対にして唯一、我にしか使えぬはずなのだ!』
だから、その後継者として俺を作ったんだろ。
だったら、俺に出来ても良いじゃんか。
そんなに言うんだったら人間なんかを転居先に選ぶなとも思うが、モンスター贔屓も魔王がそれでも人間のから体を選んだと言うのなら、どうしてもそうせざるを得ない理由があったんだろう。始まりの魔女の血の力と人間の体の相性が良かったとか。
ひょっとしたら使い捨ての一時転居先くらいに考えていたのかもしれない。
研究してより強いモンスターの器ができたらお払い箱、みたいに。
そんな風に考えていると、ユリカが声を上げ魔王へと語りかけた。
「知っていますか、魔王サタン。力はしょせんどこまで行っても、力なのです。争いの武器も、またその様に」
述べる彼女は、魔王の抱く疑問に彼女なりの答えを見出しているようだった。
話す声は静かに穏やかで、けれど凛としていて力強い。
心の底からそうなのだと思っているような、そんな絶対の自信が含まれていた。
「貴方の振るう力とネルさんの振るう力はまったくの別物なんですよ」
「そうよぉ。ユリカの言う通りだわ。力を使っているのが生き物である以上、使われ方だって変わるし、使う力だって自然と変わっちゃうのよぉ」
そして後を続けるのはラクシャータ。
後を継ぐのはセリアだ。
「魔王後継者の体の中に入ったネルの魂が、力を育てたから……、だから変容した。かつて、古の時代。私達が使う力はたった一つだった。それが様々な形に変化して今の魔法となったのだから、どこにもおかしい所はない」
セリアが語るそれは、創造するという力についてだ。
この世界の昔話の一部について。
古の時代。
その力は、老若男女、種の違いもなく誰もが使えた。
全ての始まりとも呼ばれる始源の魔法は、時を経る事に変化し、複雑化していった。闇に染まり、光に染まり、時に無意識をくみ取り、想像すらしなかった奇跡を起こす。
俺は息を吐いて、魔王サタンに剣を向ける。
ちょっと練先生が出来の悪い生徒の間違いを正してあげよう。
「なあ、完璧な魔王さんよ。自分が一番完璧だって思ってるだろうけど、この世界にそんなものはないんだぜ」
そうだ。
この世に絶対的な物はない。
完璧なものも、揺るがないものも。
全てが曖昧で、揺るぎっぱなしで、ふらふらしててあぶなっかしい。
犠牲は当たり前できっと全てにつきものだし、辛い事もたくさんある。
何から何まで全てが幸せ、ハッピーエンドになるなんてことはありえないのだ。
でも、だからこそ……。そんな辛い現実を嫌だと思い抗い、運命を変えていく事が出来る。
「……あるのはただ、誰かに負けない何かに負けない限定的な最強だけだ」
向けた剣を構えて、突撃。
俺は自分の翼を使って、飛翔し、その技を発動した。
……アイアンメイデン。
光と闇の属性双方を併せ持った秘儀。
全方位からの両属性のエネルギーの刃が魔王を貫かんと殺到していった。
光が魔王を飲み込んでいく。
通り過ぎて行った光球のその後には何もなかった。
「……」
見届けた俺は、先程まで魔王のいた場所を見つめながら、静かにその場を降りたつ。
限られた最強。
限定的だから、俺は自分の力が存分に振るえる土俵を整えたんだ。必死こいてな。
己の力に胡坐をかいていた魔王と、必死に足掻き続けてきた人間達。
勝利の女神ならきっと、後者の方がお好みだろう。
そう、思う。
けれど……、
「うぐ……っ、やっぱしなぁ……」
魔王はなぜ、自分の器が逃走したというのに、部下をけし掛けて疑わしい場所を調べなかったのか。捜索しなかったのか。
それを考えればすぐに分かる事だった。
もうすでに鎖で繋いであるから。
「後、よろしく」
混濁していく意識の中、俺は仲間達にどうにかしてそれだけを告げた。
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