第30話 塗り替えられない罪の話
「きっとここにこの人がいる事なんて、誰も知らないでしょうね……。人間ばかりではなく、モンスターですら……。この人、始まりの魔女であるネージュさんはずっと昔、人々に魔法を授けた頃にモンスター達に捕まってから、ずっとここの培養層に入っているのよぉ」
気だるげに髪をかき上げてこっちを見つめるラクシャータだが、なぜか俺には緊張している様に見えた。
彼女は俺とよく似た容姿をした女性の入っているカプセルを、視線で示しながら喋り続ける。
「遥かな遥かな大昔、気も遠くなっちゃうようなその頃は、まだ魔王に後継者を作り出す技術がなかったから彼女をここに捕えたの。歴史書には書いてないけれどぉ、そんな昔から魔王にはモンスターを束ねて人々を苦しめる知恵があったんだものぉ。その頃にはもう、自分の命が尽きる時の事を見据えていたんでしょうねぇ」
色々と思うところはあるのだが、とりあえず余計な口は挟まないでおく。
というか魔王、そんな時代から生きてたんか。長生きだな。
そういえばゲームではそこら辺詳しく語られてなかった。
そんな風に思ってたら、ラクシャータと視線があった。
やば、他の事考えてるってばれた?
「それで、最近……と言ってもここ十数年くらいの期間の事だけどぉ、後継者を作る技術を手に入れたから子供を作っちゃいましたって事ねぇ、ネル君がいるのは。捜してみたらどうかしらぁ、この部屋に空の培養層があるはずよぉ」
ああ、それか。
一旦話を止めた彼女に促されて、部屋の中をもう一度見まわす。
あった。二つ培養層が空になっている。
つまり俺は、この二つの培養層の内の一つから生まれてきたってわけね。
「ここまで言えば分かるわよねぇ。ネル君は、始まりの魔女から産み出された子供で、魔王の血を継いでいる。二つの強大な力を合わせて後継者として作られた器だっったって事……。まあ、それくらいはわざわざ私が言わなくても、ユリカもセリアも薄々分かっていた事だろうけれどぉ」
ですよねー。
きっと、めっちゃ怪しまれてたな。
未来リズさんはそこんとこ、詳しくは教えてくれなかったからなぁ。
「それでぇ、このタイミングでリズに会うように言われたって事は、そういう事なのよねぇ。もうじきこの人は処分されちゃうのよぉ。役目を終えた者はそういう運命になっちゃう」
そこで、ラクシャータは今度はユリカへと視線を向ける。
ユリカは困惑したりしない。なぜならそこで話を振られる意味を知っているからだ。
それは、一か月前にユリカに秘密を打ち明けられた俺も同じ……。
空になっていたもう一つの培養層。
俺とは別の場所にいた人間にまつわる事……。
「もうじき棄てられる……処分されるのよぉ。そう……ユリカ、貴方の妹さんと同じようにねぇ」
……ユリカの母親は病気で死んでいる。
それはわざわざ彼女から聞かずとも判明している個人情報だ。
ゲームのキャラクター紹介文に書いてあったから、俺は知っている。
ユリカ・シティリス。
彼女は家族を亡くし、それからは旅をすることになって、魔王やモンスターに悩む人々に何かできないかと考えた。アッシュ達に力を貸す事になったのは、モンスターの脅威で犠牲になる人々の為に、何か自分に出来る事はないかと、考えたからだ。
けれど、ユリカはここに来る前に俺に語っていた。
『私の妹が生まれるはずだったんです』
そんな誰にも打ち明けた事のない、仲間も知らない様な事を。
病気になって死んだユリカの母親の腹の中には子供が宿っていたらしい。
けれど、彼女は悲しそうに先を続けた。
しかし、その子供は満足に育たないまま、母親が病気で死んでしまったため運命を共にしてしまったのだ……と。
問題なのは、そこからだった。
ユリカのその家族達が亡くなってから数日後に発生した事件の事。
墓荒しによって家族達の亡骸が無くなってしまったという。
墓に入れる前に、形見の貴金属を見につけさせてしまったのが原因だろうと、ユリカは推測していた。
そうして、死者の安息の眠りは妨げられ、悲しい思い出はさらに悲しい思い出として上塗られていった。
それから時を経て、魔王討伐の日。
ユリカは驚く事となる。
魔王城を訪れて罠にはまって、分断された彼女はいるはずのない者……いや、あるはずのない物を見つけてしまったから。
培養層で、自分とそっくりに育った妹の姿を。
秘密を打ち明けたラクシャータはさらにユリカへ、墓荒しをしたのは自分だと告げた。
そうして得た家族達の遺体を、器を探している魔王の為に魔王城へ運んだという事も……。
「だから、貴方は私を恨む権利があるわ。ここで、煮るなり焼くなり好きにしても構わないわよぉ」
「ラクシャータ……、ユリカ」
これまで黙って成り行きを見守っていたセリアは、二者の様子を心の底から心配そうに見つめている。皮肉な事に今までで一番表情が豊かだ。とても心配なさってる。かくゆう俺もそんな感じなんだろう。
なんでこんな大事な時に告白したんだか、他にタイミングがあるんじゃないのか、とか俺はそう思うのだがラクシャータは馬鹿じゃない。
彼女なりに思う事があってこのタイミングにしたんだろう。
ずっと思い悩んできただろう事柄の決着にふさわしい場所は、ここしかないのだと。
長い沈黙を破って、ユリカは口を開く。
「目を閉じてください、ラクシャータさん」
耐えきれなくなったから、ちょっとふざけて良い?
その後に、歯ぁ食いしばれぇなんてなんないよね?
「ちょっと痛いかもしれませんよ」
まさかの!?
セリアと二人してはらはらしながら見守っていると、「えいっ」という可愛らしい声と共にラクシャータの悲鳴が発生した。
「きゃんっ! い、いったぁーい、ちょっとぉ、手加減するふりしてキツイのかまさないでよぉ」
「え、あれっ」
ユリカもびっくり、俺達もびっくり。
問題の怪力でデコピンを食らわされたらしいラクシャータは、思い切り涙目になって額を押さえている。
ユリカは本当は手加減するつもりだったのだろうが、力のコントロールが及ばず強めのアタックになってしまったらしい。
「す、すみません」
「うぅ、頭の中で脳みそが揺らされてる気分よぉ」
だが、まあそれだけで済んで良かった。
事態は収まるべきところへ収まったようで、何よりだ。
男は殴り合いで大体の問題は水に流せるけど、女性の場合はそうはいかないみたいだからさ。
俺、やだよ。病んだ仲間がハイライトのない瞳になって、仲間割れする光景なんて。
ユリカが何を思ってラクシャータを許したのかとかは、気にならないはずはないが……、そういうのは当人同士も問題だ。俺が聞く事じゃないだろうな。
「たぶん、ユリカは後で話してくれるはず。今は、忙しいから」
「そうか? だと、ちょっと嬉しいな」
そんなちょっと寂しめだった俺の内心に気づいてか、セリアがそう言葉をかけてくる。
うん、さっき気にしないような事言ったけど、ちょっとはね、ほら。ハブられてるみたいで気になってたんだ。
だって、俺達仮にも仲間じゃん。一緒に行動してるじゃん、目の前であんな事あったら、気になっちゃうし気にしちゃうじゃん。仕方ないよね? うんうん。
とりあえずは、それはまあ後の楽しみとしといて。俺からラクシャータに言っておかなくちゃいけない事がある。
「ラクシャータ。ユリカの妹さんだけどな。半分死んじゃったかもしれないけど、半分は死んでないから。というかそれに関しては、お前の責任じゃないと思う。最初から死んでたっていうか、救えなかったって言うか……」
「えぇ? それどういう事よぉ」
「全て終わった後で話しますよ」
ちらりと気にすれば、ユリカが後を引き取った。
驚かされた仕返しだとばかりに彼女は言う。いたずらっぽく微笑みながら。
まあ、楽しみが増えたって事で納得してくんない?
俺達みたいにさ。
その後は、円盤を使って他の兵士と連絡を取った。やるべき事をやった後に培養層の者達を保護しといてね、と頼んでおかなければならないからだ。
あっちはあっちで、モンスターの掃討が終わった後に、ちょっとでかめで強めの中ボスみたいなのと戦ってるみたいだったけど、問題なさそうだった。
ずっと勇者達に任せっきりだった事を、一部でも引き受けられると喜んでたくらいだしな。
そうして、問題を消化した俺達は再び魔王の元へと向かったのだ。
二度目の戦い。
再チャレンジのラストバトルへと。
前回と違うのは、メンツとちょっと積み重なった経験と、そして最終兵器の存在。
もう一つの世界で作り上げた理論を元にして、この世界で組み上げた対魔王用の兵器だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます