第28話 (平行β)分岐する世界
……。
この世界には二つの思いが交じりあっている。
一つは苛烈なほどに炎を燃やす、力強く激しい意思。
もう一つは、優しく静かに炎を燃やす、凛々しく美しい意思。
存在する二つの思いは、世界を彩り、照らし、そして新しい可能性を描き上げていく。
それは、彼女達の起こした奇跡。
そしてそれは、彼女達が歩いてきた軌跡。
積み重ねてきた思いが綴りあげた、終わりを覆す一つの世界の物語。
――ねぇ、知ってる?
あんたはあたしに勇気をくれたのよ。
自分に何ができるか分からなくて、確かだと思っていた自分の力がちっぽけなんだって事を思い知らされて挫けそうになっていたあたしに、あんたが声をかけてくれたから、あんたが信じてくれたから、また頑張る事ができたの。
だからあたしは、あんたを死なせたくない。
――ねぇ、知ってますか?
私は貴方に命を助けられました。
だから、私は今もここで生きて笑っていられるんです。
だから、厳しい事ばかりのある世界だけれど、大切な仲間達と日々を過ごす事が出来ています。
それらの日々を私が享受する事ができるのは、全部貴方がいてくれたからなんです。
だから私は、世界も大事だけれど、貴方を死なせたくありません。
――だから。
――ですから。
――どうか、この世界の良く末を、結末を、
――どうか、この世界の良く末を、結末を、
――あんた達が
――皆さんが
アルフザート国 中央都アルファ 王宮
「んぁ?」
空耳だろうか。
王宮のバルコニーでぶらつきながら呑気に考え事をしていたら、空耳が聞こえたような気がして首を傾げる。
視線を動かして、意識の端をかすめていった音らしき物の正体を探ってみるのだが、それらしい発生源は全く見当たらなかった。
気のせいだったんだろうか。
ちょっと、練さんお疲れかな?
無理もないか。
これからする事を考えりゃ、そりゃ幻聴の一つや二つ聞こえて来てもおかしくはないかもだし。
一度見えかけたバッドエンド突破の策は使えなかった。
ユリカの話によって、使えないと分かってしまったからだ。
時間を戻す効果のある
アッシュの能力で強化されたその超絶レアアイテムを使って、一度世界が滅びるギリギリまで努力すれば、対魔王兵器の為の理論を完成させられると踏んだのだが……。
「それをやると、死んじゃうんだよなあ」
人死にが出るという諸事情によって、お蔵入りになってしまったのだ。
もし、そんな方法を選んだ世界があるのなら、俺は逆に聞いてみたい。
何を思って、そんなもんにゴーサインしたんだよ……って。
こうなったら当初の予定通り、結界地獄作戦で魔王に挑むしかないんだろうか。
嫌だなぁ。
なんか疲れそうだし、辛そうだし。
楽で疲れもしないボス戦なんてあんのかって話だけど。
「うぇー」
バルコニーにある手すりに背中をくっつけて、もたれさせる。
憎々しいほどすっきりした青空が見えた。わけもなくコンチクショウめと言いたくなる。
いいなあ、空。何かのんびりしててさ。
人間どころか生命ですらない者に羨望を抱くなんて、末期かもなぁ。
なんか他に良い案ないだろうか。
しかし、そんな事を思ってたら天上界に住まうイベントの神が、練さんの発言を拾い上げてしまったようだ。
「あっ、ちょっ、やだ……なんでここに出るのよっ」
「へぁ?」
唐突に。
本当に唐突に、声が響いた。
気配が近づいてきたとか、足音が大きくなったとかそんなんではない。
本当に突然。瞬間移動でもしたかのような感じに、その場所に声が響いたのだ。
「きゃああっ!」
声、というか悲鳴が。
上空、俺の真上から。
で、一瞬経ってそいつが落下。
「おうわっ!」
割と凶器みたいな重みが頭上から激突してきて、貧弱な体の練さんは見事に潰されちゃう。
受け止めきれなかった重みの分だけ、ストレートに床に倒れ込んで体を強打。しゃれになんないよ、これ。
いくらレベル200仕様のウルトラ肉壁な俺でも、感覚が無いわけではないので痛いもんは痛いんだから。
「いてて、何だこの重いの」
潰されてしまった文句を言いながらも、空からの襲撃者……俺の上に乗っかっている落下物に視線を動かすのだが。
「重くて悪かったわね!」
「あ」
そこには何故だか、真っ赤な顔をしたリズ先生がいらっしゃるじゃありませんか。
真っ赤は真っ赤でも、嬉恥ずかしの真っ赤ではなく、怒りで眼の前がまともに見えないの真っ赤の方だ。
超危険。
赤信号みんなで渡れば怖くない、とか聞くけどこれは無理。どんなに数積み重ねても、絶対安全に渡れそうにないわー。まあ、元から赤信号なったら渡っちゃいかん奴なんだけど。
「えー、さすが天才は中身が立派に詰まっていらっしゃりまする……」
「重くて悪かったわね、この馬鹿ネルっ!」
「あでぇっ!」
スパーンとそういうシーンのお決まりらしく平手打ちをもらってしまった。
少しだけすっきりした様子でさっそうと立ち上がるリズは、何故だか昨日までの彼女とは雰囲気が違っていた。何と言うか、立ち振る舞いが堂々としていると言うか自信に満ち溢れていると言うか。
彼女は、いつも使ってる物ではない鞭をどこからともなく取り出して、無意味に床を一打ち。小気味いい音が鳴った。わぁお、痛そう。
一緒に取り出した何か……ではないメダルだったと思われるアイテムが粉々の金属片になっている。
彼女は手に掴んだそれを払いながら、別の方向へ向く。
「ユリカ、いるんでしょう。出てきなさい。ネルと話がしたいとこ邪魔して悪いけど、あんたもこれから話がある。一緒に聞きなさい」
で、そう室内の方へと彼女が声を賭ければ驚いた事にユリカが姿を現した。
え、何そのスキル。
碌に戦闘してなかったはずなのに、人の気配が読めるなんて。
いつの間にそんな歴戦の猛者みたいな事が出来るようになったん? リズたん。
「あ、すみません。盗み聞きするつもりはなかったのですが。でも、どうして話しがあるなんて事……?」
「分かるから、としか言いようがないわね。あんたはこの時からネルの事って、それはどうでも良いわよ」
ええ、続きの方が練さん気になるんだけど。
それってあれ、恋愛フラグ的な?
いやまっさかー。
「ユリカ、狭間にいる人間を外に出さないようにしてきて、それからは他のメンバーは集合。できるでしょ?」
「えっと、良いですけど。何か良い案でも思い付きましたか? 作戦会議の……?」
いきなりなリズの指示に思考が追いつかない
それはおそらくユリカも同じだ。俺達はしばらく二人して顔を見合わせるしかできなかった。
そういう他者とのコミュにケーションを必要とする事を言い出すとか、参入したてのリズが場を仕切るなんてどういう風の吹き回しなんだろうか。変な物でも食べたか? それとも、中身が入れ変わったか、二重人格になったとか。
まさか……。
少し前まで考えていた可能性が頭をよぎる。
「世界滅亡?」
「そうよ」
「お前、マジで言ってんの?」
「あたしは冗談なんか言わないわよ」
おそるおそる聞いた言葉に返って来たリズのその言葉に、俺は全てを察してしまった。
今から一度はやろうとして諦めた試みは、未来で成功していたのだ。
長い時間をかけて、一つの世界を犠牲にして。
俺は
「ここまで頑張って来たんだから。あんた達は頑張んなさい。そのためのフラグ集めだったんでしょ。ハッピーエンド見せてよね」
フラグ集めにハッピーエンド。
この世界ではおそらく俺しか言えない物言いだ。
そのはずなのに、彼女の慣れた言い方に、別の事も察してしまった俺はため息をつくしかなかった。
一体どこまで話したのやら、未来の練さんは。
これから忙しくなりそうだな。
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