第27話 勝てない世界
そんな風に俺達の、変化がありつつも、脆く壊れやすく、それでいて僅かな希望のあるささやかな平穏は過ぎ去っていった。
嵐の前の静けさみたいな感じで、何もなさ過ぎて逆に不穏だったけど。
そんなでも、皆は笑ってたんだ。
ここまで生き残って来た誰も彼もが、同じ苦難を味わって困難に行き当たっている。
流した涙の数だけ、流れた血の分だけ。
共に悲しみ、乗り越えてきた。
同じ思い出を持って、同じ時を生きて来て、同じ思いを抱いて今日を息抜き、明日が来る事を夢見ている。
けれどそれも、直に終わりを告げる。
とうとう、その時が来た。
俺達(ユリカやラクシャータ、セリア含む同じみのメンバーです)は、地上に出て来て岩に隠した入り口の前で並んでる。
それぞれは二者に分かれ立っていた、送り出す者と送り出される者に。
で、肝心の俺達はというと、さあどっちでしょう。
ヒント。俺の目の前には数人の、住人達。
彼らは一様に不安そうな表情をしています。
ま、これだけで分かるよな、普通。
たった二言で状況説明は十分ってやつ。
そうだ、俺達は送り出される側にいる。
なぜなら魔王討伐の為の全ての準備が整ったから。
そして、こちらではなく向こう側に立つリズは、ふくれ面。彼女は住民代表としての残る側だ。
リズはそこから一歩前に出て、確認の言葉をこっちに放ってくる。
「本当に行くのね」
「まあな。厳しい勝算だけど行くよ。駄目だって言われたら余計にやりたくなるだろ。最初から駄目な前提なんて好きじゃないからなぁ、俺って」
「ほんと、馬鹿なんだから」
馬鹿で結構。それが練さんなら、それでいい。
ちなみに付近にアルガの姿はない。結構な一大事だと言うのに見送りに来ないとは、本当にコミュニケーション力の死滅した奴だ。どうせ結果が分かり切っている事なのだから、そんな事をするだけ労力の無駄だとか考えているんだろう。リズの百分の一でも愛想があれば、そんなとっつき辛さも少しはマシになるだろうに。
その中で、ユリカが前に出てリズの手を握った。
「リズさん、皆さんの事お願いします」
「お願いしないでよ、そんな事。あたしがそういうの苦手だってこと分かってるでしょ。帰って来てから、あんた達が面倒見なさいよね」
「そうですね」
苦笑交じりのユリカの言葉に対してリズは、照れ隠しに乱暴な口調で応対。そっぽ向くような反応だ。
半年にもなれば結構な付き合いになると思うんだが、未だにこういうとこ変化なしなんだよなあ。
人生年数=変わり者歴は伊達じゃないって事か。
そんなでも、この中ではユリカとリズは一番仲良しになってる気がするのがちょっと不思議だ。
一体全体何があったのか、その肝心の二人に散々にぶちんだと言われた俺には分からんけど、まあ知らないとこで色々あったんだろう。
「ネル、ユリカ達の面倒ちゃんと見なさいよ。特にユリカを。この間なんて、配給の大鍋ひっくり返しそうになって大変だったんだから、危うく大火傷するとこだったわ」
「で、その後に火傷したって勘違いしてユリカに冷や水ぶっかけられた、みたいなオチ?」
「よく分かったわね。風邪ひいたわ」
マジか。
割と、ふざけた返しをしたつもりだったんだが、そっくりそのままその通りだったとは。
ポンコツ
俺がユリカに対して、そんなところも良いなんて……娘を溺愛する駄目な父親みたいな事を考えるようになったのは、一体いつごろからだろうか。もしくは家で飼ってるペットみたいに癒されるみたいな、そんな気持ちを。え? 変な意味とかじゃないよ。勘違いした? やっだ、もー。
うなだれるユリカの肩……は手が届かないんで、背中を叩いて慰める。
「お前はほんとにどこに行っても変わんないよな」
「うぅ……。すみません、わざとじゃないんです。あの時は足元に虫がいて驚いてたから……」
さすがにそんな大惨事でわざとだったら救いがなさすぎだろ。
「まあ、そこら辺はいつも通り皆で目を光らせてるから、大丈夫だろ。平気平気、なあ?」
同意を求める様にラクシャータとセリアに視線を送ればばっちり意図は伝わってる。
「そうねぇ、ユリカの百人や、二百人ぐらいよゆ……あ、そんなにいたらちょっと無理だわぁ。ごめんなさいねぇユリカ」
「せめて、三人までなら何とかなる、はず」
「もうっ、皆さん。意地悪な事言わないでくださいっ」
仲間をダシにしてひとしきり笑い転げた後は、いよいよお別れの時間だ。
貴重なリラックスタイムだったのに、あっという間だな。
楽しい時間は早く過ぎる。
そんなもんか。
「そろそろ行くか」
「そうですね」
「あんまり長居しちゃうと離れがたくなっちゃうものねぇ」
「大丈夫、すぐにまた会える」
俺達はこれから魔王の元へと乗り込んで、ラスボスを討伐しに行く。
アビスダーク城は、この半年の間周囲にあった火山が噴火したとか、地盤沈下したとかでめちゃくちゃになったので、現在は使われていないらしい。
俺達がこれから向かうのは、別の場所にある新たな魔王本拠地だった。
俺達の勝算はゼロ。
頑張れば良い勝負をするかもしれないが、決定打には及ばない。
そんな状況だった。
けれど、それでも行かければならなかった。
決意して、その場から旅立とうとするのだが。
「ねぇ……」
そこをリズが呼び止める。
「えっと……」
だけど、彼女は何か言うでもなく、所在無げに立ち尽くすのみだ。
仕方なしに、ユリカ達に目くばせしてもう少し時間がかかる事を伝える。
彼女には留守にしている時にやるべき事を任せていたのだが、それに対して自信がない様な感じだった。
他の住人達に聞こえないように、小声でボリューム調整。
「リズ。一応聞くけど、ちゃんと持ってく理論は出来てるんだよな」
「あ、当たり前でしょ。あたしとアルガが二人がかりで考えたのよ。あれは絶対に使い物になる。実際に実験しなくてもそれくらい分かるわ。後は材料を集めて組むだけ。それぐらいなら前のあたしがやったとしても、余裕でできるはずよ」
「なら、いいんだ」
自信に満ち溢れた発言を聞いて胸を撫で下ろすが、だが彼女の様子は変わらないままだ。
「でも……だけど。本当にあたしなんかに任せて良いの? 大事な事なんでしょ? こういうの普通はあんた達がやるもんじゃないの?」
「何だよ急に。弱虫小虫泣き虫さんか? 俺等がお前の代わりになれないのは、お前が一番よく分かってんだろ? 小難しい理論を詰め込めたとして、うまく活かせるわけがない」
リズにはある地点へ戻って、対魔王用の兵器の組上げを行ってもらわなければならない。この世界ではもうすでに失われてしまった材料を手元に集めさせ、使える様にする為の加工指示をして。さらに他にも純度やら伝導率やら、円周率やら設計効率やらよく分からんなんちゃらを、ちゃんと伝えてもらわなければならないのだ。
けれどそんな重要な役割を担た彼女は、迷子になった子供の様な顔をしてこっちに泣き言を漏らしてくる。
「どうしてよ。どうしてそんな事、あたしに頼むのよ。勝つんじゃないの? あんた達はこれから魔王に勝ってこの世界を守るために旅立つんでしょ。それが本当なら、私がそんな事する必要どこにもないじゃない」
そうだな。
それが本当なら、リズは兵器を作る必要がないのだ。
ここにいる俺達が計画しているこれからの戦いは、対魔王兵器の必要のない作戦だ。
それが上手くいき勝ちさえすれば、そんな事をせずにすむだろう。
だが、それでは駄目なのだ。
もし敗北すれば、本当の意味でバッドエンドになってしまう。避けられぬ結末が刻まれてしまうのだから。
コンテニューの効く人生ってずるいよなあ?
それが嫌だから、まあ話が最初に戻って、俺達がこんなとこで送り出されて魔王を倒しに行く……って事になるんだけど。
「泣くなよ。お前は俺の師匠で、リズ先生だろ?」
とにかく、どうにかしてやらんと。
リズが半年以上も前から落っことしてきた自信を取り戻させてやらなきゃな。
「うまくできるか分からない」
「おいおい、子供みたいな事言うなって」
「理論だって穴があるかもしんないし」
「うまくいって当たり前みたいな事言ったのはどこのどいつでしたっけ?」
「だって、それに……」
毎回毎回、顔を合わせる度に軽口叩きあうのは、俺とこいつが似てるからなんだよなあ、きっと。
自分の事が好きじゃないから。
特別じゃない自分に不満があるから。
「リズ」
彼女へ言葉をかける。
泣き言の間に俯いちゃうような感じになったリズと、目を合わせるために彼女に近づきながら。
すぐ近くまで寄って、下から覗き込む様にする。
で、手を伸ばして両手でほっぺたをキャッチ。視線を合わせるのと、逃走防止の策です。
見上げる形で首が痛いが、我慢だ練さん。
構図が構図だからって、変な事考えるなよ? これ真面目なシーンだから。
「自信がないのは分かってる、一人で任せちゃう寂しさもゴメンって思う、けどお前しかいないんだ。こんなとこを任せられる奴は。……俺達はお前ならできると思ったから任せるんだぞ。信じてる、天才研究者のリズ・シャルロッテを」
「……っ」
いつも適当が通常営業な練さんだけどな、今日はもうちょっとだけ頑張っちゃいますか。
精一杯の気合をこめられる様、大声で活をいれる。
「お前ならできる。だから……、自信持って頑張れ!」
「……。……ばっ、ばか」
んで、そんな風に気合注入されたリズはと言うと。
彼女はその姿勢から身を屈めてきて、見上げる俺に顔を寄せて来た。
……。
え?
えええーっ!? なんて思ってる内に、額に軽い衝撃が伝わって来て、デコアタックされたのだと気付いた。あ、そっち?
「ふん、真っ赤になっちゃって。何の勘違いしたのよ、だっさいわね」
うっさい!
しょうがないだろ。人生年数がそのまま彼女いない年数なんだから。
分かってたし、知ってたし。
今のはアレだろ?
えっと、何だ? どういう意味? 何で俺、頭突きされたの?
「あはは、ユリカに遠慮しなくてもいいのにぃ。リズも変な所で真面目さんよねぇ。ねぇユリカ」
「え、わ、私ですか。えぇっ、あの……その、今のってやっぱりそういう……」
「私もいる。数に入れて。ラクシャータは違うの?」
「さあ、どうかしらぁ。うふふ」
外野の方。かしましく女性たちが騒いでいるが、何のこっちゃだ。
ちょっと練さん君達の話が理解できないんで、誰か翻訳してほしいですね。
助けを求めて周囲の見送りさん達を見つめてみるんだが、生暖かい視線が返って来るだけだった。
ねぇ、それどんな意味? 練さん、分かんないから、ちょっと教えてくんない? 駄目? そっかー。
あんまり女性関係の事で勘違いして火傷したくないんだよなあ。
だって、ほら。俺そういうの慣れてないし、ちょっとした事でも期待して空振ったら、笑いものじゃん?
だけどまあ、収まって良かった。
そんなこんなで一部ちょっとしたトラブルがあったものの、何とか決着。
ひと段落した後に、ようやくリズに最後の言葉が告げられる。
「じゃあ、魔王討伐頑張んなさい。予定の時間を過ぎても戻らなかったら、あたしは行くから」
「おう、任せた」
そうして、短く済まなった別れのやりとりを終わらせて、俺達はその場から移動していく。
背後に見送りの人達の気配を感じながら、俺はふと右手を見た。
そこには、この体になってからずっとついていた模様がある。
黒い角二つをモチーフにした模様。
「だいたい限界は、一週間くらいかな……」
「どうかしましたか、ネルさん」
「何でも? 練さんのちっちゃくて可愛いおててがあるなって思っただけだ」
「もう、何か考えてると、そうやってはぐらかすんですから。分かってるんですよ」
「バレてたか。まあ、習性だからしょうがない」
それが練さんだもの。
「……」
呼吸をするように軽口を叩いた後、前を見つめる。
この世界に生きている俺達はおそらく魔王には勝てない。
だが……。
この世界は、人間達が勝てるようにする為に、あえて勝つ事を諦めた世界なのだからそれでいいのだ。
心情的には物凄く良いわけないのだが、少なくともこれから先の世界では、それで良くなる。
だが、
「俺としちゃあ、このまま勝ちを掴みたいとこなんだけどなあ」
それで納得できるのなら、俺達はそもそも無駄な戦いに挑みに行ったりはしないんだ。
「リズ、ソウルジェムが反応しているぞ」
「何、アルガ。……ああ、連絡が入ったのね。あれからどれくらい経つかしら、部屋にこもりっきりだと分からないのよね」
……。
「こちらリズ。そう……、そう……」
……。
「分かったわありがとうユリカ。ネルは? そう……魔王に……。知ってるわ。魔女が起きて話を聞いたもの。ばかね、まったく」
……。
「え? そんなの決まってるじゃない。行くわよ。ユリカ、あんたは戻って来なさいよ。一人でそこにいるのもなんでしょ? 皆待ってるから。大丈夫、あたしはまだ諦めてないわ」
……。
「ええ、またね」
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