第26話 母と息子



 そんな風にユリカに出迎えられ、リズと軽口を叩きあい、住民達に賑やかしくもみくちゃにされた後、彼女等と別れて俺は病院へと向かった。

 気休め程度の医薬品しかないが、まあ無いよりはマシ、という施設に。


 ここには、この地下空間に逃げ込む際に負傷した者達が大勢収容されている。

 だが、俺がやってきた目的はその人達に会いに来たと言うわけではない。

 知り合いもそれなりにいるので、お見舞いしないというわけではないのだが、本命は別の所だ。


 病院の一番奥。

 それとは分からないように作られているスタッフ用みたいな、そんないかにもな簡素で飾り気のない扉の向こうへ足を踏み入れる。


 室内のベッドの上。

 そこにいたのは白い髪の女性だった。


「起きちゃいない、か。当然だよな。ずっと眠ったままなんだし」


 名前は、ネージュ・インプラント・フロンティア。


 遥かな遥かな大昔、この世界に生きる人々にモンスターに対抗するための魔法を授けた存在……始まりの魔女だった。


 数か月前。

 モンスターに滅茶苦茶にされたアルフザートの国から逃げ出し、各地を転々としながら現在のこの場所に辿り着く前で、どこだったかもう忘れたがたぶんどっかで拾って来た人だ。


 拾うって言うと物みたいでアレなのだが、実際にその時はモンスターに追われるわ、自然が作った壮大な迷路ジャングルに迷い込むわ、足場は悪いわ仲間とはぐれるわ、落ちていた女性(はじまりの魔女)は目覚めないわ、荷物の様に抱えて逃げまわるしかないわだったので、表現に間違いはないと思う。


 ベッドの上に寝かされた姿を見つめる。

 二十代くらいの若々しい見た目の女性がいて、髪の白さは言わずもがな。顔の造作がこの世界の俺のそれと、否定しようがないくらいに非常によく似通っていた。


「どうにもこの魔女さん俺の母親っぽいんだよなあ。なんかその線が濃厚っていうか」


 確証があるわけではない。

 ただの勘だ。


 思い込みとか、勘違いとかによく分類されるそれ。

 だが、魔王の後継者としてサタンの血が入っているせいなのか、そういうのには比較的勘が冴えるらしい。戦闘では何度も助けられた。


「ああ、嫌な事思い出した……」


 そうだ、俺の体はただ魔王の器として作られて培養されただけの人間じゃない。


 ストーリーの流れやこれまでの出来事から察する事は出来る事だが、この体には魔王の血が流れているのだ。

 世界を、人間を滅ぼそうとしている、悪魔のごとき破壊神の血が。


 それは、この半年の間に魔王以外の何体かの知能のあるモンスターと戦った時にも分かりすぎるくらい思い知らされた事。

 暴走しかけて、周囲一片をクレーターにするとかとんでもない事した時に判明した事でもある。


 それで、行動を共にする仲間達の目が多少は変わるかな、とも思た事はあったが……。


「考えすぎだっての、半年前の俺」


 全然そんな事はなかったので、拍子抜けだ。

 もっと怪しんでも良いんだよ? と嬉しさのあまりツンデレった態度をとって、仲間達に真面目な態度で返されたしまったのは恥ずかしい思い出だな。あ、ほんとに恥ずい。しまっとこ。


 話がそれた。

 で、何が言いたいかと言うと。

 父親を仮に魔王だとすると、自然と母親が存在するわけで……。


 生物って普通どっちかだけじゃ生まれてこないしね。


 非常に俺と姿の似た目の前の女性が、俺の母親としての可能性が特大となってしまうのだ。


「……っ」


 そんな風に考え事をしていれば、息子が傍にいる事が分かりでもしたのか、ベッドの上の女性が小さく身じろぎする。


 行儀が悪いが、俺はその場に膝をついた。

 ベッドの淵に肘をつきながら、女性の様子を何となく眺める。


 情やら何やらは全くない。

 こうして近くにいても、困惑の方が大きいくらいだ。

 そこに家族の絆は存在していない。


 けれど……。


「変な感じだなあ」


 育ての親は別にいるし、思い出なんてこれっぽっちもないはずに気になってしまうのだ。

 この人は何を思ってあんな所にいたんだろうか、とか。

 息子の事をどう思ってるんだろう、とか。

 そんな練さんらしくない、真面目な事を。


 何でか知らんけど、妙に感傷的になる。


 ずっとこの人が俺の傍にいたような気がしてくる、とまで言うとさすがに考えすぎとか気のせいになるんだろうけど。


「名前とか俺につけたんかな」


 もしも、生まれ落とした時にこの身に名前をつけたのだとしたら、それはどんな名前だったのだろうか、なんて事もたまに考えちゃったりして。


「……うーん」


 部屋の箪笥の中に長年放置されている、美術作品を見つめているような気分だ。

 立体的な工作とか場所取るし、掃除のとき滅茶苦茶邪魔になるんだけど、思い出があるから捨てられないんだよなあ。


 そんなもんと人間を一緒にすんなと、ユリカ達が聞いていたら突っ込まれるだろうが。

 頭良くないんで、良い比喩表現が思いつかないんだよ。


「あら、ネル君。いたのぉ。ユリカに聞いた通りねぇ」

「久しぶりだなラクシャータ。怪我がなさそうで、何よりだ」


 そんな事を考えていたら、背後でドアが開いて、花の生けられた花瓶を持ったラクシャータと、紙袋を持ったセリアの姿があった。


 先程俺が会ったユリカ達とばったり出会って、居場所を知ったんだろう。

 で、どうせだからお見舞いの花も……って感じか。


 彼女の持つその花は太陽を思わせる様な、鮮やかな橙色の大きな花。

 

 センスの程はユリカに叶わないだろうが、ラクシャータの選んだ花もなんかこう大ぶりで元気な感じがして良い。


「セリアのは、それ何だ」

「これは、紙の鶴」

「鶴?」


 ごそごそと取り出して見せられたのは、折り紙で作った鶴だった。

 この世界にもそう言うのあんだな。ちょっと驚きだ。


「ユリカの故郷で、病人の為に送る物だと聞いた。千個つくるのは、さすがに無理だったから」


 で、一個だけ持ってきたってわけか。

 ま、こんな生活してるから物資も少ないし、一個持ってきただけで十分だと思うけどな。


「そっか、二人共ありがとな。で、この人の調子はどんな感じ?」

「全然、全く変わりがないわぁ。目が覚めないままよぉ」

「医師は、怪我も病気もしてないと言っていた。再度調べてみても、原因が分からない、と」

「あー、うん。やっぱか」


 ユリカが最初に話題にしなかった時点でそれは分かっていた事だ。念の為に聞いたにすぎない。

 だってあいつ時々ポンコツだし。抜けるし。


 そんな先の見えない話を変える為に、ラクシャータが明るい声を出してこちらにすり寄って来る。

 悪戯好きっ子みたいな笑みを浮かべて。

 あ、俺ちょっと嫌な予感。


「そうだぁ。久々にネル君が帰ってきたんだから、あれやりましょうよぉ」

「あれ?」

「それは良い提案」


 なになに?

 俺のいない内に、何か抱腹絶倒、満員御礼みたいな面白い事でもあったん?


「温泉が湧いたのよ。一緒に入りましょうよぉ」

「お湯が湧いた。白い色だった。成分的には飲料水にできなかったから」


 お前ら好きだな、それ。

 好きなんだろうなあ。

 フィールドに出来てても、仕切りを付けて混浴しちゃうくらいだしな。


 洞窟の中だし、湯気とかこもって湿気が大変になったりしないんだろうか。


「ユリカとリズも誘いましょう、子供達も連れて来たら楽しいわよねぇ」

「それなら、追加で土兎(つちうさぎ)も入れてあげて」

「あ、そう言えばいたわよね。うふふ土兎は、この間捕まえて、セリアが飼ってるのよぉ」


 わお、ほんとに色々あったな。ちょっと出かけてる間に。土兎とか初耳だし、兎? 何それ気になる。


「積もる話もあるから背中を流しながらってか。でもなあ」


 たまに、というか毎回温泉っぽい場所を見つけたら彼女等に引っ張り込まれるんだか、それって良いんだろうかと思う。


 ねぇ、知ってる? 俺、男なんだよ? 俺意外のメンバー、女性と子供ばっかじゃん。

 俺の見た目も子供だけどね!


 そんな風に、いつものやり取りをしながら病室から引っ張られていく俺。

 だけど、そんな会話にほっとしてしまう。やっぱり生命の危険にさらされたり、生死をかけたやり取りとかしてるより、こんな馬鹿話してる方がよっぽど性に合ってる。


 そんな中。


「魔王城、培養層、調べてみて……」


 ラクシャータがそんな事を呟いた。


 一瞬だけの真剣な声音。

 張りつめた雰囲気を纏わせたその言葉は、聞き間違えかと思う程小さくて……。


「さー、そうと決まれば皆に声をかけにいきましょぉ!」


 数瞬後に、元の様子に戻った彼女を見れば、ただの気のせいだと思えてしまうくらいのものだった。


 仮に本当だとしても、彼女が言った事を俺達が実行する事は出来ない。


 なぜなら、魔王サタンの本拠地であったダークアビス城はとっくの昔に無くなっているのだから。

 今の魔王は、拠点を必要としていない。全く別の場所にいる。


 だから、彼女の言うそれは、ここではないどこかにいる俺達に向けた言葉なんだろう。


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