第25話 (平行α)バッドエンドが覆せないので、一度滅びかけます



――この世界は終わらなければいけない。


 暗い闇色の火が燃えている。

 熱気にさらされ荒れ狂う風に、魔女の血を受けた証拠である白い髪が揺れるのを感じていた。


「……」


 己の感情の変動を感じてか、体内にある魔力が血が湧きたつようにざわめくのが分かる。


 魔王の後継者として、目覚めつつあった血の力が力として発言するのを意識しながら、俺は同じ様な言葉を繰り返した。


「――この世界は終わらせる」


 そう終わらせなくてはいけない。

 人間達の生きる世界は終わるべきだ。


 この大地の上から、一人残らず根絶やしにして、その血が消えるまで命を消し潰してゆかねばならない。


 そうして誰もいなくなった世界を、改めてモンスター達が支配するのだ。


 目障りな有象無象の存在しない世界を。


 それこそが、魔王サタンの願い。

 来たるべき未来の姿なのだから。





 建物一つないのっぺりとした大地を見渡して、俺はため息をつく。


「何もねぇ。ほんとにこんな所に人がいるのかよ」


 人っこ一人どころか、物体らしい物体何一つ見えないまっ平な地面を見て、肩を落とす。

 そんな仕草をする人物は、可愛い可愛い男の娘。練さんだ。

 くすんだ土気色の外套を羽織って砂ぼこりにまみれてはいるが、元の外見美形値が高いせいか、困っていた状態で鏡を覗き込んでも、きっとキュートで萌える幼い顔しか見えないだろう。


 きっとここに疲れた人間がいたらソッコーで萌え癒せる自信がある。そんな自信いらんけど。


「そんな特殊技能があっても、それが何だって話しだしなあ」


 ともかく、と周囲に人影を捜しながらこれまでの事を軽く思い出す。


 あれから数カ月の時が経った。

 アレからが、どこの地点からのアレからなのかきっと分からない方も多いと思うので、詳しく言っておく。そのアレからは、王宮で魔王倒せそうにないうわーどうしよーってなってる時からだ。


 細かい事を考えるのは面倒なので、たまに忘れそうになるが……たぶんざっと半年くらいは経ったんじゃなかろうか。


 有効打を打てなかった勇者達は、魔王と戦う機会を得られずいた。そうして今に至る前でに、いくつもの町や村が消え、たくさんの人々が死んでいく。


 三か月を過ぎた頃には王宮が落ちて、国が崩壊したんだっけか。

 しかし、それでも持った方だろう。


 リズやアルガが頑張って空間を歪曲させる装置を発明していなければ、襲い来るモンスター軍団達に大打撃を与えられず三か月も持たなかっただろうし、リリシャ達が俺の持ち込んだチートデータのレアアイテムを量産してくれなければ兵士達も早い段階で使い物にならなくなっていたはずだからだ。


 けれど、それでも滅びの連鎖は止められなかった。


 世界は今、緩慢な死を迎えつつある。


 定められていたバッドエンドへと運命を収束させながら……。


 はい、回想終了。

 暗い事を考えるのは得意じゃないし。

 

 そんなん考えてたって、何かが良くなるわけでもないしな。


 すると、そんなタイミングを見計らったかのように、聞き覚えのある声が耳に届く。

 久しぶりに聞く声だが、美女って声も美声なんだなーとそんな事を思った。


「ネルさん?」


 視線を向けた先にいたのは、予想通りのユリカだ。

 生地の劣化の為に外見が奇跡の和装美人ではなくなったが。それでも、相変わらずの金髪美人だ。


「本当にネルさんなんですか?」

「これが俺じゃなかったら、何に見えるんですって。ユリカは相変わらず、お変わりがないようで」

「私は真面目に聞いてるんですよ。でも、良かった、無事に帰って来られたんですね」


 頬をむくれさせて遺憾の意を表明するユリカは、前に見た時より少しだけ疲れているように見える。

 留守を頼んだ間にきっとまた色々あったんだろう。

 それは、他のメンツもきっと同じだ。ラクシャータやセリア、リズなんかとかも。ああ、そういえばアルガもいたな。忘れてた。


「まあね。ていうか、そんなふくれ面してたらせっかくの可愛いお顔が台無しだろ。怒んなって。お口がたまにふざけちゃうのは、練さん流の親交だから」

「かわ……もう、そうやってすぐ誤魔化すんですから」


 いやあ、今のは本心言ってるだけだけど?

 やっぱり普段の態度が態度だから、本気に受け取ってもらえないんかね。別にそれでも良いけど。

 ま、いいか。特別な意味があるってわけでもないし。


 出迎えてくれたユリカは、俺を導く様に前に立って歩きだす。


 外をうろついていたのは、見回りでもしてたんだろう。取りあえず俺は、近くにモンスターの影はないから、今日は襲撃の心配はしなくて良さそうだと伝える。


 そうして導かれるままに歩いて数分。

 辿り着いたのは、比較的凹凸のある石の所だった。


 前回使っていた出入り口を変えたらしい。

 見覚えが無い。


 その石は、子供が両手を広げ鼻息荒くしてやっとこさ持ち上げられる様な、そんな物体だった。


「よいしょっ」


 けれど、そんな石をユリカは軽々とどかしてしまう。

 例の怪力で。


 初めて見る奴は大抵びっくりする光景だろうが、俺にとっては今更だ。

 半年もつきあえば、もう慣れちゃうよなあ。


「さ、行きましょう。この下に今私達が拠点にしている地下居住区が繋がっていますから」


 笑顔を見せて案内するのは、石の下に隠されていた秘密の空間。

 村が消え、町が消え、国が消え、それでもなお生き残った人々がどこへ行ったのかと言うと、それは地下だ。


 人間達は、地下でひっそりと暮らしながら、モンスターの目から逃げ延び続けていたのだった。


「久々なもんでちょっと新鮮。同級生の家に初めて上がり込む時みたいな、緊張感があるよな。後、秘密基地みたいでちょっと格好いいとかいうワクドキ感とか。練さんお邪魔しまーす」


 大地の下のさらに下、地中奥深くに作られた空間を下っていく。


 長い長い階段を下って、洞窟を進んで、さらにまた階段を下って行った先。広く作られた居住区に辿り着いた。


「やっぱ、いつ見てもすげーって思うわ」


 マジで人間の底力侮れないよな。


 目の前にあるのは、建物十数回分の高さのある空洞。

 そこに、いくつもの建物やテントが立てられ、いくつもの魔道具で明りが付けられている。


「本当ですね。こうして皆さんが頑張ってくださっているから、私達はまだ戦えるんです」


 俺の言葉に同意して返すユリカの声音には、疲れたような見た目とは違って活力がみなぎっている。


 さすがにちょっと皆まいってるだろうなと思ってたのに、まだまだ頑張れる感じの様子だった。さすが。


 そこに、偶然なんだろうがリズとアルガが通りかかった。


 研究三昧の日々をずっと送っているらしく、二人共髪はボサボサだし服はシワシワだしで、大変な見た目になっている。

 それでも、理論だの必要材料だのを話し合っている二人の表情はユリカと同じような感じで、そうまいったような雰囲気ではない。


 こっちの存在に気付いたリズが、軽い調子で話しかけてくる。

 ちょっと出かけてたガキがやんちゃして帰って来た、みたいな態度で。


「何だ。あんた来てたの?」

「来てたの? とは大層なご挨拶だな。弟子が帰還した感動の再会に何か他に言う事ないの?」

「うっさいわね。どっか行ってなさいよ。今、思いついた事整理するので忙しいんだから。あんたなんて喋ってれば大抵無事なようなものなんだから、怪我してようが落ち込んでようが、わざわざ気にするような存在じゃないでしょう」


 ひっでぇ。

 こいつほんと変わんないな。


 恰好良いとこもあるんだけど、対人スキルが低すぎるのが致命的って言うか。

 こう、もうちょっと言葉選べばいいのにさ。


「そんな事より、理論よ。アルガ、どこまで話したんだったかしら」


 リズは自分が女性だという事をすっかり忘却して良そうな勢いで頭を掻きまわしながら、アルガと議論を再開する。

 で、横にいるその筋肉が研究服を着て歩いてそうなアルガとは、視線があったが会話イベントは発生しなかった。

 こいつとはいつもそんな感じなんで、大して気に止めなくてもいいだろう。

 まあ、あの頃と比べればずいぶん丸くはなってるんだけどな。


 でも、まだ要注意観察中。

 こいつ、リズを致命的に駄目にしたような大人だからなあ。能力がなくて、弟子を思いやる気持ちがなかったら檻にぶち込んでたとこだし。


 なんて、思ってたら……。話しかけられて練さんびっくりだ。


「首尾は」

 

 二回言う。話しかけられて練さんびっくりだ。

 えーと、出かけた結果どうだった? みたいな会話か。言葉短すぎだろ。分かりにくいだろ。


「ん、ああー成果? 駄目だった。外れも外れ、大外れだった」


 話題にするのは、練さんが向かっていた秘境についての話だろう。


 今回のお出かけを簡単に説明すれば、宝探しみたいなもん。

 この半年間、出来る限りのゲームの内容を思い出そうとしていた俺は、前の世界にいた時に得た気になる情報……ダウンロードコンテンツでデータを得る追加フィールドがあった事に思い至り、そこに遠出していたのだ。


 ゲームの場合、有料コンテンツだったら良いアイテムが転がってたり、経験値稼ぎの場所になってたりするんだが、この現実では行くだけ無駄だった。


「そうか。血の匂いがする」

「は?」


 で、話のしめはそんな感じ。

 最後の何? よく分かんない。

 いや、練さんだからとかじゃなくて、俺じゃなくてもきっと分かんないと思う。


 気になるんだが、アルガはもう隣にいる弟子と研究話に戻ってしまっている。


「心配なら、残ればいい」

「はぁ、そんなわけないでしょう。研究の方が先よ」


 そんな事がちらっと聞こえなくもなかったが、さっさとその場から歩き去ってしまっていった。


 曲がりなりにも俺達と一緒に活動しているんだから、ちょっとは他人に合わせる気になったのかと思ったのだが、やはり意味不明だった。何が言いたかったのやら、だ。


 そんな風に長い事ひとところに立ち止まっていた影響か、居住区にいる顔見知りがこちらを発見してしまったようだ。


「あ、ネルちゃんだ」

「あらあら、ネルくん。帰って来てたのね」

「おかえりネルちゃん」

「おお、よく帰ったのぅ」


 わらわらわらって感じだな。

 そうやってどこからともなく大集合してきたのはこの地下空間に住む住人達。

 

 見た目がこれだから、勇者様たちよりも親しみが湧くらしく、よくかまわれるんだよなあ。


 しかし、解せぬ。

 ちょっと待て。誰が練ちゃんだ。俺は男だぞ。


「ネルちゃん。一緒にあそぼー」

「久しぶりだねぇ」

「ネルくんは、怪我とか病気とかしてないかい?」

「ネルちゃんボロボロ?」


 大体間違えてるのは子供等なんだが。無邪気に絡んでくるちびっ子たちを前にすると、なんかこう訂正しづらくなってしまう。そんなんだからずっと誤解されたままなんだろうな。

 うん、もういいや。


 皆が楽しそうだし。


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