第24話 準備期間



 アルガを捕えたその後、牢屋にぶち込ませない為に俺が提案した対魔王案は、こうだった。


 王宮にある修行できる場所。特殊な空間結界をアルガやリズの力を借りて改造すると言う事。

 作った結界をどう使うかと言うと、魔王共々俺達を異空間に閉じ込める事に使う。


 魔王のライフは増大だが、付け入る隙ががないわけではない。逆に考えれば必殺技を抑えて時間さえ稼げば倒せるようになっているからだ。必殺技なら俺が盾になれば、レベル200のステータスでしのげるはず。


 本来のハッピーエンドルート……フラグをきちんと回収して正規イベントをこなしていれば、魔王の膨大なライフを何とかするために兵器をアルガとリズが作ってくれるのだが、この世界ではそんな時間はない。一応考えてはくれるだろうが、おそらく明らかに期間が足りず、間に合わない。


 その兵器は、序盤で情報屋から魔王の体力の情報を仕入れ、仲間になったリズが序盤で説得したアルガと協力し、決戦間際に完成させるものなのだから。


 しかし、俺が提案した代替案……結界改造の方は、それよりも短期で済む。

 ただの人間ならどうだか分からないが、優秀なリズとアルガが力を合わせれば、そう時間をかけずに手を加えられるはずだ。


 それを示唆する会話は、本来のエンディングであった。


 魔王決戦後に、リズ達は新たな目標として結界改造を話し合うシーンがあったらしいから、確かだろう。


 そういうわけで、そんな事を練さんトークでちゃっちゃと話し、アルガの牢屋行きを何とか回避した。


 奴は、考えや人格に問題はあるものの、魔王の脅威を憂いている気持ちはユリカ達と同じだ。反対意見の方々には申し訳ないが、どうか大人しくしていてほしい。


 アルガの奴も、一応は世界の為に協力してくれるみたいだし、しばらくは大丈夫だろう。リズがサシで話して説得してくれた様だし。


 あと、問題があるとすれば……。


「その地獄に放り込まれるあんた達の方よ」


 魔王打倒に必要だと、代替案を話したり、説得したり、ざっと打ち合わせたりし終わった後。予想通りにリズに突っかかられた。


「ざっと考えておよそ三日間よ、いくら疲れないようになっているって言っても、それだけの時間を休憩も取らずに結界の中で戦闘し続けるなんて……絶対に不可能よ」


 そんな感じに、案の定リズに反対されたのでした。


 現状でできる唯一可能である作戦。

 結界内にラスボスを閉じ込めて、どっちかが倒れるまで頑張り続けると言う、究極脳筋作戦。

 回復の方は、優秀な治癒魔法使いがいるし、アイテムとかも優秀な作成士がいるのでどうにかなりそうだが……。

 不安要素は、精神的な疲労の方だった。


「それでも、やるしかないだろ」

「だけど……」


 彼女が技術者として苦言を呈しているのは分かっている。人を危険な目に合わせる様な事に関わるのは気が引けるというのも。


 だが、結局方法はこれしかないのだ。そんな事は、彼女だって分かっているはずだ。

 無理でも無茶でも何でも、俺達がやらねば世界が滅びてしまう事を。


 こうしている分には平和で忘れそうになるが、俺達は本来のエンディングを通り過ぎた後に生きている。


 魔王を倒すという期限を大幅に遅らせているのだから、いつ「予想できない何か」が起こってもおかしくはないのだ。決断したと言うのなら、急がなければならなかった。


 リズは悔しそうな、悲しそうな表情を向ける。


「私は……あんた達をそんな目に合わせるために、研究者やってるわけじゃない。ここにいるわけじゃない」


 知ってるよ。

 彼女がどういう人間かなんて、知り合う前から分かってるようなもんだしな。


「この間、アルガと話をしたわ。最初は渋ってたけど、作戦の方は何とか協力してくれるって、あんたも知ってるわよね」


 そりゃあね。こんな大事な時期だからな、情報には耳澄ませてる。


「あいつともう一回話が出来たのはあんたのおかげ。そりゃああんな事しでかして許せないって怒る所はたくさんあるけど、それでもあいつはあたしの師匠だったから……」


 だから、ひどい目には合ってほしくなかった……ってか。

 優しいよなあ。リズに限らずユリカ達も、他の皆も。

 俺、こんな怪しいのに近くに置いてくれてるし、話だってちゃんと聞いてくれてるし。


 でも、だからこそ何とかしてやりたいって思うのが、俺の本音なわけで。


「そこは鞭持って、死んででもやりとげなさいって命令するのがリズだろ」

「はぁ? あたしはそんな事しないわよ」


 いーや、してた。女王様してた。トゥルールートでは鞭ぶん回してたらしいぞ。ネット情報だけど。


 鞭で叩かれたいドS願望があるわけじゃないけど、どうせやんなきゃいけないんだから、気張っていけって言ってもらえる方が嬉しいんだけどな。





 そんな感じで作戦にゴーサインがオッケーな感じで出た後、忙しくなる前の雰囲気の中、練さんはというと気まぐれを起こしてに王宮内を散歩していた。


 それぞれ、皆忙しそうにしている。


 いつもお菓子くれる兵士のおっさんは、今度こそ勇者パーティーの力にって張り切って鍛錬してるし。

 アルガやリズは狭間で、結界やら空間の歪みやらねじれやらについて、色んな意味で異次元の話をしてるし。

 ユリカ達はユリカ達で、傷んでいた武器を新調したり、ラスボス用の作戦を打ち合わせたり。


 ……そんな感じで、


 でも俺は、皆程真剣にはなれないんだよなあ。


 ほら、皆が皆していっつもシリアスしてると息が詰まっちゃうし。まあ、言う程真剣になってるわけじゃないだろうし、適度に息抜きもしてるんだろうけど、そんな空気に合わせるのも疲れるんだよ、色々と。


 俺、一応空気読んで、はしゃげる所だけはしゃいでますから。


 王宮内は負けて帰って来た時とは大違いで、どえらい活気が満ちている。例の作戦に向けて着々と準備が進んでいるようだ。


 そりゃ、そうだよな。まだまだ頑張る余地があるってんなら頑張らずにはいられない。


 そんな様子を順々に眺めながらふらふら歩き周っている内に着いたのは、こんな場所もあったのかと言う所。


 景色が一望できるバルコニーだ。

 

 王宮を囲む様に都市が出来ていて、はるか先には山脈や平原が広がっている。


 自然だなぁ。つーか異世界。


 改めまして、遠い所へようこそ! と言う感じだ。

 

 結界を改造し終わったら、言い出しっぺの練が戦わないわけにはいかなくなる。

 それは怖い。超恐怖だ。


 いくら、チートでレベルが200で、つえーって感じでもそれとこれとは別なのだ。


「はぁ……でもあれだよな。頑張りたいから悩むんだよな」

「ネルさん? 珍しいですね。こんなところにいらっしゃるなんて」


 物思いにふけっている所に声をかけて来たのは、ユリカだ。


「何か悩み事でもあるんですか」


 いいや、ぜんぜん。


「何か考えなきゃいけない事があると、ついぼーっとしちゃいますよね」


 だから、悩んでなんかいないって。俺、息抜き中だから。ちゃんと見てる?

 

 ひょっとして、ユリカは何か悩んでいるのだろうか。それで相談してほしくて俺に声をかけてるとか。いや、まさか。


「そういえば、アッシュさんがネルさんに最初に会った時に、祝福を授けられてましたけど……」

「祝福?」


 どこかで聞いたような言葉に、記憶が刺激される。

 この世界に来てから、何かそれについて考えた事が一度あったような、ないような。


 だが、アッシュと接した時間は少ない。

 あいつに何か特別に変な事をされた記憶はないので、こちらとしては首を傾げるしかなかった。


「こう、頭を撫でられていらしたでしょう。アッシュさんは触れた相手に、その人が持っている道具を強化する魔法がかけられるんです」

「へぇ……」


 再現VTRよろしく金髪和装美人になでなでされてるが、どうせ深い意味などないのだろう。ユリカだし、俺子供だし。力加減が絶妙で気持ちいいなーとか思ってないよ? 何も考えてない事にする。


 しかし、アッシュの魔法か。

 似たようなものはアッシュの特殊効果欄に載っていたが、それがこっちではそんな形で発揮していたのか。ゲームでは操作画面でコマンドを選んでボタンポチッだったから、それ先に言って欲しかった。


「すみません、あの時はショックな事が色々とあって……」


 まあ、仕方ないか。


「信じたくなかったんです、皆の期待を背負っていたのに、魔王に必ず負けてしまうなんて事……」


 ま、あん時は魔王に敗れるわ、リーダーは死ぬわ、命がけで逃げなきゃならんわ、俺と言うちっちゃな荷物がいるわで大変だっただろうし。


 ん? 必ず……?

 言い間違いか? ユリカだし、深い意味はないんだろうか。


 だが、もし本当にユリカが言った事が真実だとすると疑問が出てくる……。


 アッシュはなんで俺にそんな魔法をかけたんだって事。

 それに、思い出した事だが、あいつは俺が魔王の後継者だって事も見抜いてたみたいだし。


「俺がアイテム持ってたって事、何で分かるんだよ。あいつが」


 セリアは気づいていてもおかしくはないが、他のメンツにはそんな事に気が付く様な特殊能力があるとは思えないし。


「それは……えっと、魔女がどうのって聞いたような気がしますが」

「魔女?」


 それは、ものすごい昔の時代にいたって言う。

 設定資料に載るような奴の事だよな。

 モンスターに対抗するために人間に魔法を授けたって言う。


 それが何でアッシュの口から出てくるんだ。

 生きてたとか。話した?

 まさか。

 

 そんな事ゲームでは、一言も触れられてなかったし、イベントにはなかったのに……。


 疑問を消化するどころか、新たに湧いてきた物に悩む羽目になってしまっていると、陽気な声がかけられた。


「やはー、おにーさん。頼まれてた鑑定の仕事終わったぜー」

「なんだリリシャか」

「レディーの扱いがなってないなー、おにーさんさては鈍感だなー」


 おっしゃる通りで。

 って、無駄なお喋りは今は置いといて、リリシャが渡してきた物を見つめる。


 それは、用途不明だったアイテム。

 双月ふたつきのメダルだった。


 それを見たユリカが息を飲んで、そんな事を言ってくる。

 手を伸ばしてきたので、いじわる練さんはひょいっ、だ。


「それは……、使ってはいけません」


 ほーれ、とってごらーん。


「ふんふん……。つまり、ユリカはもともと知ってたっと」

「あ……」


 その行動は、知っていて今まで隠してきたという証拠以外の何物でもなかった。

 よーく眺めてみるものの、見た目的には普通のメダルにしか見えないだけどな。


「鑑定結果聞いてもいい?」

「おっけー、いいよー。聞いて驚け、驚くぞー」


 そこで、聞かされた話は確かにリリシャの言う通り驚くべき事だった。

 練さんのおててに収まっているこのメダルは、実は予想以上に便利なアイテムだったらしい。

 

 何という事でしょう。俺いらない子。

 この状況をひっくり返すキーマンだとか、今まで勝手に思ってた俺が恥ずかしいだろ。


「これさえあれば、俺はともかくお前達は絶対助かるじゃん」


 だが、共に話を聞いていたはずのユリカの顔色は優れないままだ。


 溺れかけの中で、川に投げ込まれた藁束よりも確かな浮き輪だと言うのに、どうしてそんななんだろうか。分からない。


「駄目です。駄目なんです、それは……。それを使ったら……」

「ユリカ、お前。何を知ってるんだ?」


 先程からずっと思い悩んだり、悲しんだりしてる彼女はどう見ても隠し事をしている。

 だけど、それを話す様に促してみる物の、彼女の口は堅く閉ざされたままでいつまでたっても話そうとしない。


「はぁ……」


 ため息をついて、ユリカの傍まで行き、その手を伸ばして柔らかな頬をぺチぺチ叩く。これがラクシャータやリズだったら頑丈なので、たぶんきっと思いっきり背中を叩いている所なんだが、後衛メンバーだし仕方ない。


「話してくれよ。そんなだと困るだろ」


 その仕草に、ユリカは果たして何を思ったのやら。

 一つ息を吐いて、俺のおててを掴んできた。


「……ネルさんの手って、相変わらず温かいんですね」

「?」


 これ、すんの初めてだけど?

 腑に落ちないやり取りだったが、それで話す気になってくれたようなので、追及する事が出来なかった。


「そのメダルを、使うと死んでしまうんです私達が……。私達を、私達が殺してしまうから」


 伝えられたその言葉は予想の遥か斜め上を行くものだった。


 だが、それが打倒魔王に繋がる最終的な作戦を生み出す事になろうとは、きっとこの時、誰も思いもしなかった事だろう。





 そして、それから数か月後アルフザート国は滅んだ。





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