第23話 魍魎機械ファントム



 さて、難敵との戦闘開始だ。


 このまま強化し続ければ理論上では魔王を倒せる兵器となるだろう魍魎機械ファントム。

 沈黙していたそれが動き出し、こちらへと意識を向けるのが分かった。


 人として超えてはいけない一線を越えてしまったアルガ。

 禁忌を侵した研究者の、負の産物とのとの戦いが始まる。


 だが難しく考える事はない。俺は立派なアッシュじゃないんだしな。

 いつもの様にただ頑張る、練さんにできるのはそれくらいだ。

 体が動くままに剣を振り、レベル差を生かしてひたすら突っ込むだけ。


「うりゃあ! でりゃ! そりゃ!」

「まるで、素人だな。赤子に剣を持たせたような振る舞いだ。だが威力は馬鹿にできない」


 戦術も仕掛けもへったくれもない。

 

 ファントム(略称)に、切りかかればアルガの呆れたような失望したような声が聞こえてくる。知った事か。生憎と人の目を気にせずに生きる、が練さん流だ。


「余裕こいてられるのも今の内だろっ」


 ユリカに支援してもらい、セリアには敵に妨害魔法をかけてもらい、ラクシャータは陽動。


 本当なら、パーティーとの息合わせに慣れてない俺の方が陽動をやった方が良いんだろうが、担当者に簡単そうに見えて意外とムズイと言われ、却下されたのでした。


『良いタイミングで相手の邪魔をしたり、ちょっかいかけたりするっていうのはねぇ、空気を読めないのじゃちょっと違うのよぉ』


 そんな風に彼女に言われたのを思い出す。


 つまり、あれか。空気読んだ上で、読めてないような事を言わなきゃいけないようなそんな感じか?


「うふ、どうしたのぉ。そういう情熱的な視線も嫌いじゃないけど、今は駄目でしょぉ」


 背中に目でもついてんの?

 攻防の最中にラクシャータと目が合った。


 危ない。気を散らして勝てる相手じゃないだろ。


「続きはベッドの中で、とかそう言う事は子供に言うセリフじゃないっ」

「あはは、確かにねぇ」


 とりあえずは、さっそく仕事仕事。

 ラクシャータの動きに合わせる様に、彼女の背後から敵へ不意打ち。


「うおっ」


 結構な速さでやったんだけど、これ避けちゃう?


 次いで、出来るかなーっと思いながらも、ステータス差に物を言わせて、壁を走って天井を疾走。


「てやっ」


 頭上から狙うのだがぶよっとして、表面に剣が沈み込んで衝撃吸収。

 深く切ると武器取られそうだったんで、一旦離脱だ。


 宙で回転して、スタッと床に着地。

 やべ、結構感動なんか、主人公みたいな挙動してしまった。


 ともあれ、目的は別に少年漫画のヒーローなりきりがしたかったわけでも、不発の攻撃を繰り出したかったわけではない。本命は別。


「そりゃっ」


 リズに前もって聞いといてよかった。室内設備。


 俺の目的は天井の隅、配管についているそれ……消化設備のスプリンクラーっぽいものを壊して、人口雨を降らせる事だったからだ。


 いくら見た目が生物っぽくても、相手は一応機械。

 水が弱点な事には代わりないのだ。


「精密機械はお大事にってな」


 だが、水がちょっと滴っただけで終了。人口雨が盛大に降り注ぐ、なんて事にはならなかった。


「生憎だがここの設備は破壊済みだ。それに防水加工なら施してある、たとえ天気が味方をしても、状況は変わらないだろう」

「げえ」


 慌てる素振りを全く見せないアルガは、そんな無慈悲な対応をしてくれる。

 つまり無駄骨だったと。何だよ。かっこつけちまったじゃん。うわ、俺恥ずかしー。


 まあ想像してたし。悔しくなんかないし。そりゃそうだよな。中盤から今まで、どんだけ時間があったんだっていう話しだし。分かってた。うん。


 ふてくされている合間にもファントムはMPに物言わせて魔法を連発してくる。


 雷撃系の技で、食らうと麻痺とかになってやばい。


 一つ一つの威力は大した事ないが、雨あられとふってきて嵐になっているからやりにくいのだ。攻撃の数が頻繁っていうやつ。


 しかも……。


「うひょいっ!」


 床が唐突に抜けるというギミック付きだ。

 一瞬、階下に落ちかけて肝が冷える。


 あっぶなー。隠し玉使うとこだった。

 こういう罠はまだネットで見たままで良かった。

 違うやつだったら、対処できなかっただろう。


「皆、気を付けろよ。特にユリカ、そんで次にユリカ」


 たまに抜ける床のトラップについて注意を飛ばしておくのだが、案の定というか、期待を裏切らないと言うか、むっとした声音で言い返してきたユリカの悲鳴が聞こえて来た。


「ネルさん、どうして私ばっかり、きゃあっ!」

「もう、ほらぁ。足元に気をつけなきゃだめじゃなぁい」

「要注意」

「す、すみません」


 まったく、何やってんだか。ドジっ子さんめ。


 このフロアの仕掛けだけは、独立してるんだろうな。

 そうでなきゃ、とっくに俺の操作で無力化されているはずだ。


 間違いなく初見だろうはずの床トラップにそう慌てるでもない(一部除く)俺達を見て、アルガは忌々しそうに舌打ちだ。


「チッ、しぶとい害虫どもめ」


 それ、リアルにやられるとムカつくな。

 練さんおこだぞ。


 だが、まあこれ以上は、このままだらだらやりあってても、状況が膠着するだけだな。


 他のトラップはもう、警戒する必要はないだろうし。こちらから打って出るか。


 なら……。


「他力本願上等!」


 仕方ない。二つ目の策だ。

 持ち歩いていたそれを摂取。

 液体の入った小瓶、アイテムだ。

 能力値+10の強化アイテム。三分限定。


 焼石に水かもしれないけど、重ね掛けできるところが便利な所

 ただし高価でレアアイテム。


 ステータスは見れないので分からないが、何となく強くなったような気はする。たぶん。限界突破ってあるのかな?


 王宮にやってきた例の姉妹……騒がしくない方のララに複製してもらったやつ。まだまだ余裕があるが、ネタがばれたんで、次は警戒されて妨害されるだろう。


 さて、そろそろ本気を出すか。


 体が小さいから、ちょこまか攻撃し続けるのも限界だ。悲しい事実だな。


「頭が悪くても力でカバー、罠があっても力でひたすらカバー。力押しが過ぎるよな。だが今の俺の取り柄だ」


 仲間達にして視線で合図をして下がってもらう。


「必勝法。長所を使って勝てないなら、長所が生きるように考える、だ」


 アルガが建物内での戦闘を選んだのは勇者パーティーの戦闘力を封じ込める為だろう。


 魔王を倒すべく鍛えている者達が全力を出したら、周囲は当然少なからずのダメージを受ける。

 屋外であればそこら辺の土地が多少あれるだけで済むが、屋内では勝手が違う。


 全力全開を出そうものなら、建物と共に生き埋めになりかねない。


 だが、それを克服さえしてしまえば気兼ねなく、こちらは攻撃できてしまう。


「貴様、何をするともりだ」

「今からこの部屋ぶっ壊します」

「は……? まさか、正気か!」


 一瞬耳を疑うような反応を返すアルガだが、こちらの本気の意を汲み取るや否や頭の状態を疑ってくる。よく言われるけどな、これでも練さん普通だよ? 正常なので成すすべなしだな。残念、ご愁傷様っと。


 さて、余裕ぶっこいてる天狗研究者の鼻っぱしらをへし折りますか。


「とりあえずやられとけ。せーのっ」


 おもいっきり振りかぶった一撃を敵へ向けて、ひねり出す。


 最初の頃、ラストダンジョンで見たような衝撃破が放たれて、見事に相手にヒットだ。


 古代の超テクノロジーでできたビルはかろうじて耐え、床も壁も吹っ飛ぶような事にはならなかったが、それでも室内の様子は凄惨の一言に尽きる。

 わざと汚して使い古した味を出すという、ダメージ加工の新しい形だと言い張るにもきつい有様。


「あー、やれてない感じ?」


 そんななのに、全身を刻まれ粉々にちぎれかけつつもかろうじて動いているファントムには、さすがの俺でも戦慄を禁じ得ない。


 何か便利なアイテムでも持っていたのか俺の攻撃に巻き込まれないようにと自分の身を守ったアルガは、自分の研究成果が無事なのを確認して笑い声をあげる。


「ふ、ははは。魔王に敗北した勇者共の力など、所詮はその程度」


 だが、お前のターンはこれで終了な。


「やはり私の研究は正し」

「頂に居たりし者、知を導きし者、今ここに持って……」


 いい気になってる研究者の声にかぶせる様に言葉を綴っていくのはセリアの声だ。


「なに?」

「ばーか。いつ俺がトドメさすとか言ったんだよ」


 彼女が紡ぐのは、最終奥義を発動させるための詠唱。


 別に俺が押し切って倒してもいいんだがやめといた。

 普通なら、相手に余計な事をさせないために最善をつくすのが一番で当たり前の事なんだろうけどな。


 俺は俺、他は他なもんで。

 

 やりたいって言う奴の背中を押してやりたくなっちゃうもんなんだよ、練さんは。


「……くそ、魍魎機械、奴をっ」


 アルガが急いで指示を出そうとするが、遅い。


「紡げ、終焉を。――――森羅万象、発動」


 セリアが詠唱を言い切り、奥義が形となる。


 火、風、水、雷、土、の五つの属性の魔力の塊が周囲にいくつも浮き上がり敵を中心に一つに収束し、まばゆい光を放ってファントムを包み込んでいった。


「人を犠牲にする機械なんて、私は許さない」


 確かな意思を秘めたセリアの声が、チリとなって消えゆくファントムへの餞別の言葉となった。





 ファントム撃破後、さっそく足元が揺れ出した。


「おおお、やっぱり」


 あーきたきた、きたよこれ。


 本来のルートでは建物内での戦闘と言う事で、一定以上の大技が出せないという縛りがあったのだが、それをあえて無視したもんだから、自然と壊れちゃいけないもんが壊れちゃう事になる。


 当然のようにタワーの上層部は崩壊を始める。

 床がボロボロ崩れて行って、ファントムがいた方向の壁なんてもうないに等しい。

 

 上に人間が載ってたら、そのまま放り出されて、ぺしゃん。

 それで済めばいいが、ひょっとしたらその勢いでまた二、三階層抜けてしまうかもしれない。

 それはまずい。非常にまずい。


 というわけで、修行の成果見せます。

 え? 戦闘で使わないのかって。

 嫌だなあ。 

 魔王じゃないんだから敵を倒すだけなら何とかなるんだし。


 俺が悩んで困ってたのは、タワーからユリカ達を安全に避難させる方法だって。


 何しろ、こんな凄い都市があっても、ファンタジー世界らしく人が空を飛ぶ方法はまったく存在していないんだからさあ。


 闇色の羽を広げて、ユリカとラクシャータを両脇に抱えて、飛翔。


 セリアはマキナを連結させて、その上に乗る事で浮いているので手助け要らずだ。


 眼下で建物の上部が壊れていく様を見るのは、ちょとだけ圧巻だった。


「おお、すげぇ」


 男の子ですから。

 巨大な物をこう高い所から見るのっていいよね?


「本当に飛べるんですね」

「あはは、気持ち良いわねぇ」


 ユリカは未知の高度に表情を強張らせているが、ラクシャータは楽しそうだ。


 俺も一緒に楽しみたい所ではあるが、まだやる事が残ってんだよなあ。


 視線を向ければ、セリアのマキナが内部からアームを伸ばしてぶら下げているその荷物が、苦々しい言葉を発した。


「何をしている、殺せばいいだろう」


 アルガだ。

 彼は今、小さな小さなマキナ達に吊り下げられて浮いていた。

 眼の前にあるのは、威厳も何もあった物じゃないかなり間抜けな絵面。


 普通ならここで、おちょくったりして遊び倒す所だが、まあ先に用事を済ませておこう。

 ぶっちゃけ空を飛ぶなんて初めてだから、いつどうなるか分かんないというのもあるし。


「なぜ殺さない。綺麗事で俺を助けて何の意味がある」

「別に助けたくて助けたわけじゃねーよ。地獄にいっぺん落ちろって思ったし。ぶっちゃけ普通だったら、放り投げてたかもしんないな」


 簡単に許される様な事をしてきたわけではない、と俺だって分かっている。


 アルガはたくさんの人の命を殺めて、彼らの生を汚すような真似をした。

 それは簡単に許される事ではないし、俺如きが許していい事ではないはずだ。


 だが、それは駄目なのだ。


 バッドエンドを覆すには、リズとこいつの力がどうしても必要だった。しょうがないのだ。


 それに……。


「あんたが仲間をさっさと見捨てる様な屑野郎じゃなかったんだから、しょうがないだろ。血まみれにしたら、後でリズに怒られる」


 方法はどうあれ、世界の良く末を真剣に思っていたのは事実だし、リズの事をちゃんと心配していたのは分かっていたからだ。


 俺彼女の生徒で、教え子ですから。

 リズ先生を悲しませるような真似はしたくないんですよ……ってね。


「ハーツカルバートの地下のやつ、リズが逃げ出さないようにしてたんじゃなくて守ってたんだろ。自分が、それか勇者達が失敗してモンスター達が攻め込んできても、最後まで生き残れるようにって」


 逃がさないだけだったら簡単だっただろう。

 他の仲間と同じように殺してアンデッドにしてしまえば良かったのだから。

 そうしなかったのは、リズを大切に思っていたからだ。


 ようするにこいつは不器用なのだ、超がつくほど。

 許せない所はあるが、傍に置いておけないほど救いようがない……なんては言えないはず。


「そんな事は貴様が考えた推測論にすぎん」


 暴れ出して抵抗されたら面倒だったが、不機嫌そうなアルガは一言そう述べた切り口をつぐんでしまった。肯定も否定もしないままだ。別に答えを望んでいたわけじゃないが、不遜な態度だなそういうとこ似てるよなけっこう、あのツンデレの弟子と。


「はぁ、頼むから今度はもっと穏やかな方法で協力してくれよ」


 フラグ回収が遅れに遅れまくったが、果たしてアルガはこれから協力してくれるだろうか。いや、してくれなければ困る。こうなったらリズを人質にとるフリでもなんでもするか。渋った時はそれしかないだろう。はい、人質けってー。はぁ、疲れた。


 ため息をついた後、周囲に浮いてるユリカ達と共に、地上へと降りたった。


 でも、協力非協力の問題を前に、まず大事件の犯人をどうやって牢屋にぶち込ませないかと言う問題を何とかしなければならなかった。


 まだまだ休めそうにないなぁ。


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