第20話 お飲み物が間接ですが?


 

 降りしきる雨の中。

 世界に陰りをもたらすかのように、景色は薄暗い。


 天から降り注ぐ水の恵みはやむのを忘れたような様子で、ここ数日の期間ずっと降り続けている。

 雲は、厚く重く世界に蓋をするかのように広がっていた。


 真っ青な空の下、都合の良い晴天の世界では非力な人間は生きられないのだと……来たるべき試練、未来の不吉を暗示する様に。


 ……なんて、真面目っぽい事を考えてしまったが別に気持ちが後ろ向きになっているわけではない。


 俺こと練さんは、まったくいつも通りだ。ちょっとシリアスかませるほど余裕があるし、その雲ちょっと退いてくんねーかな邪魔なんだよな雨天とか好きくないし、とか愚痴とか悪態をつけるくらいには元気がある。


 元気が無いのは、俺ではない。


 王宮の廊下を歩いていると、窓の外をじっと見つめているセリアと出会った。


「よー、何してんの?」

「何でも」


 彼女は言葉少なに返答して、その場を歩き去っていく。

 いつもセリアはこんなで、言葉も少ないし反応もそうたいした量は返ってこないのだが、最近はなぜか少しだけ沈んでいるように見えた。


 青い髪を見つめながら、立ち去っていく彼女の姿を追いかけていく。

 行先はたぶん一緒。本日の予定はおそらく修行だ。

 さっきちょっと、物思いという道草を食っていたのだろう。


「あー、もうそんな時期か」


 彼女の沈む理由に心当たりはあるのだが、だからといってアッシュでもちゃんとした仲間でもないのに、気の利いた言葉を掛けられるわけもない。


 俺にできるのはせいぜい。


「セリア、今度機会があったらまた料理作ってくれよ」

「? 了解した。……楽しみに、してて」


 空気も読まずに好きに言いたい事を言うだけだ。


 そんなちょっとしたプチイベンドを発生させながら歩いて数分。

 

 王宮の奥。

 結界の中へやってきた。


 セリアは先にやって来ていた仲間達と共に、修行をこなしている。

 ここに入り浸るようになってもう一週間だな。


 最初の頃は見張りの兵士に渋られたが、七回も続けると諦められてすんなり素通りできるようになった。


 で、最初の頃は勇者パーティーである三人娘の行動を観察するだけであった俺だが、暇になってきたのでちょっと心機一転、剣士の真似事を始める事にした。


「うりゃあっ」


 ちょいちょい剣を振り回してた俺は、キリの良い所までやって、動きを止めて一息。

 

 額を汗が流れ落ちていく。ちょい休憩。あー疲れた。


 まあ、危ないのも嫌だし戦うのも嫌なんだが、レベル200のステータスだけでついていくにはやっぱり厳しいという事で、こう付け焼刃的に剣を振り回す練習をする事にしたのだ。

 相手がいないから実を結んでいるかどうか分からないのが、辛い事だが……。


 下手に相談して口を滑らせたあげくあやしまれるのも嫌だしなぁ。


 ユリカ達は魔王サタンの撃破を先延ばしした代わりに、機術都市の件をなんとかする気でいるようだった。手詰まりな所にいつまでも頭を悩ましていても仕方がない。出来る所からこなして行こうという方針なんだろう。

 

 機術都市ウェイクゥーン・タイムズ。

 そこでは、ハーツカルバートから去ったアルガが、都市名物である巨大建造物……スパイラルタワーに陣取って対魔王兵器の研究を続けている。

 町の人々を犠牲にしただけでは飽き足らず、機術都市の人々も手にかけ、知識を求めて場所を移したんだろう。


 魔王を倒す。

 アルガのその意思は、本物だ。

 彼は本気でこの世界の行く末を憂れい、何とかしようと浸食を犠牲にして研究に没頭し続けているのだろう。

 それは、本来のルートで開かされるはずだった、アルガという人物の芯だ。


 だが、彼はその為にならばどんな非道な手段も躊躇わない。

 冷酷に必要な犠牲と、人々の死を割り切っているのだ。

 綺麗事だけでは、物事は成し遂げられないと。


 機術都市で、アルガと相対する際には覚悟しなければならない。


 ここまで言えば分かると思うが、非道な事にアルガは、生きている人間を兵器の道具に使っている。

 相まみえる敵も、亡くなった人達で出来ているのだ。


「はぁ……、マイペースが売りである俺でも憂鬱になりそうなエピソードだな」


 深く考えたら、ため息が止まらなくなりそうだ。


 この世界にいる治安を担う兵士達は当然、そんな大変な事をしでかしてくれちゃった犯人アルガを早期に捕まえようとしたのだが……。


 ユリカ達に番がまわってきている状況を見ての通り、彼等では敵わなかった。


 アルガは学術都市でも殺戮を続けてそこに居住する人々をアンデッドモンスターにし、操って対抗していたからだ。それだけではなく自然にいるモンスターも同様に扱えるのだから、かなりの脅威なんだろう。


 見知った住人に武器を向ける事を躊躇うという事情もあるだろうし、純粋に物量に押されてしまう。

 現状の機術都市は、住民が避難してすっからかんになってしまっているとか。


 そら、ほっとけなくなるわけだ。


 問題を解決するついでに(というかこっちが本題なんだが)、バッドエンドフラグを折る為にも、この世界のルートでスルーしたイベント「アルガ撃破」を達成して彼を確保しなければならない。……んだが、ユリカ達が練の同伴を許してくれるかが問題だった。


 ハーツカルバートでは理由をでっちあげられたけど、二回も通じるわけいかないしなあ。


 それに、あっちは脅威に陥るのは予測できたが、今回は危ないのが事前に分かっている。

 子供の姿の俺をそんな所に連れて行くだろうか。


「ぬぐぐぐぐ……」


 解決不能だとしか思えない難題を前に、悩んでいると部屋に傍の気配。


「あ、ネルさんここにいらしたんですか」


 ユリカだ。

 そっちのも一段落着いたようだ。

 他の者達も思い思いに休憩している。


「進捗はどうですか?」

「んー。ぼちぼち?」


 レベル200だけあって伸びしろはそうなく、大した進歩はなかったが、動くときに戸惑う事はなくなりそうだった。


 予想と現実の動きの差が縮まって来た、とそんな所だ。


 あと期待できるのは、問題の魔王後継者としてのポテンシャルの方だが、それはさすがに言うわけにはいかんだろうし。


「あ、セリアさんから飲み物をもらってきましたよ」

「おう、さんきゅ」


 さすが、セリア。

 渡されたボトルを手にして飲み物に口を付けると、ただの飲み物なのに混ぜられているらしいさわやかな果汁の風味が口の中に広がって来て、疲れが吹き飛んだ。


 ねぇ、だから疲れが吹き飛んだついでに聞いても良い?


 ふと目に着いた彼女の手にある杖、ミミズ文字が書かれているところを隠す様に布が巻かれているのを見て、そして彼女から受け取ったもの……筒の側面を見て。


「ユリカ、お前何で呪い解呪してもらってないんだよ」

「え?」


 この入れ物ちょっとへこんでるぞ。指で押した後っぽくなってる。

 ここの、これ昨日見た時はなかったよな?


「あ、その跡は……、どこかに落としたんです」


 嘘つけ。視線が魚さんの様に泳いでるぞ。


 じとーっと練さんアイを向け続ければ、ユリカが観念したように声を上げる。


「その、確かに悪い呪いではありますけど。少しでも現状を打開する何かの足しになればと思って……」

「はあ……」


 まあ、ユリカが決めた事なら良いんだろうけどさ。それで日常不便しない?

 いつかとんでもないおっちょこちょいとかやりそうだし、怪我しそうで怖いんだが。

 いや、それ自体はもう魔王城であったか。


「っ、あ……いえ、でも」


 何か追加で気が付いたらしいユリカが、顔をほんのり赤くして俺の持っているボトルを受け取る。

 何だ何だ?


「すみません、さっき私これ口を付けちゃいました」


 だが身構えるこちらに対して述べられた事実は大使な事ではなかった。

 ユリカが口にしたのは、そんな事だ。


 いや、まあこれでも年ごろの男の子だし、気にする事は気にするよ?

 でも、今更って言うか。

 さすがに肌色イベントは今起こっても困惑するけど、常に三人娘が近くにいるからなあ。


 子供と間接したくらいで……あ、ちょっと文字にしたら恥ずかしくなってきた。


 おっかしいな。セリアにあーんされた時は恥ずかしさとか照れはあっても、そんな気にならなかったのに。


 決まずい空気を払拭する様にか、ユリカが慌てて別の話題を口にする。


「ラクシャータさんや、セリアさん達と相談したんですけど、学術都市ウェイクゥンに、ネルさんに一緒に来てもらえないかと思いまして、どうでしょうか……」


 え、それそちらさんから言っちゃう?

 解決不能の難題って何だい?


 ……とかいうそんな下らないシャレを思わず考えてしまった。


 それ、さっきまで悩んでた事なんだが、何故にそんななんだ?


 理由を聞きたくとも、ユリカはさっさと仲間の所に戻って修行を始めてしまった。


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