第19話 ラクシャータの誕生日



 仲間の誕生日。その待ちに待った当日がきた。

 ちょいと忙しい王女様に申し訳なく思いつつも誕生日祝いの為に、王宮内の部屋を一つ貸し切って飾り付けだ。(ユリカ達の私室を可能ならば使いたかったのだが、色々と修行だの強化だのしてる為に混沌としているので仕方がなかった。どこの部屋もリズ化しているのだから、知った俺はびっくり)


「飾り付けなら私に任せてください」


 で、室内内装の方は素材採集についていけなかったユリカが張り切って、部屋の中をあちこち動き回る事になった。


 金髪に似合うような着物を着ている時点でそうだと思ってたが、ユリカは中々センスが良いらしい。


 王宮内の質の高い部屋の内装を殺さないように、かつラクシャータのイメージに合うような明るい雰囲気の装飾を手際よく施していく。


 途中で飾りを握りつぶしたり、うっかりを発揮し天井用の飾りも持たずに踏み台に上って首を傾げていたりもしたが、そんな時は何も言わずに目当ての物をそっと差し出しておいた。ポンコツのフォローの仕方も少しずつ分かって来た俺だ。誰か誉めてほしい。


 料理の方はさすがに全部はできなかったのでプロに任せたが、半分はいつもの様にセリアが担当。リリシャ達が手伝うとか言ったが、何か直前になってひっくりそうだと言われたらしく、彼女等の助力は丁重にお断りされたようだ。おかげでこっちにしわ寄せが来た。


「きゃはは、飾るぞー。盛るぞー」

「お姉ちゃん、静かにしようよ」


 ああ、うるさい。

 ほんとお猿さんみたいだな。

 いや、そう言ったら逆に失礼か?

 野生の猿はともかく、動物園とかの猿はちゃんと育てたら聞いてくれるもんな。


「お兄さんも一緒にやろーぜー」


 丁重にお断りします。


 そんな風にやかましい事もの世話に手を焼いていると、飾り付けを一段落終わらせたユリカが話しかけて来た。


「ネルさん、ラクシャータさんのお誕生日会の事、企画してくださってありがとうございます」

「礼ならあっちのお猿さんに言ってくれ」


 俺だって忘れてたんだからなじってもいいはずなのに、セリアもユリカも良い奴だよな。


「でも、ほら。こうやって会を企画してくださいましたし」


 まあな、リリシャの案に乗っかる形で提案しただけだけど、どうせやるならやっぱり盛り上がりが欲しいと思うじゃん。

 プレゼントだけ渡して「おめでとう」だけじゃさすがに寂しいし。


「本当にありがとうございます。いつも助けてくれて……」

「俺、そんななんかやったっけ?」


 そんな頻繁に助けた覚えはないんだけどなあ。

 問いかけても、ユリカは曖昧に微笑むだけで答えてはくれない。


「そういえば、疑問に思った事なんですけど、リリシャさんはどうしてネルさんの事を、「お兄さん」と呼んでいるんでしょうか?」

「?」


 どうしてって言われても、俺お兄さんだし。


 質問の意味が分からずに首を傾げていると、ユリカから補足の言葉が者いる。


「見た目にはそう変わりはないと思うんですけど」

 

 あ、そういやそうだな。

 今の俺は、元の俺の年齢じゃくて子供の姿になっているのに。


 離れた所で騒ぐリリシャの姿を見つめてみるものの、そんな状態のお猿さんから察せられる事などあるはずもない。理由はまったく分からなかった。





 そんな風に飾り付けをこなしていって、夕食の時間。

 ちょうど良い頃を見計らって、ラクシャータを呼び出した。


 クラッカー、はないので。魔法で花吹雪を散らせ迎え入れる。


 サプライズをやられたラクシャータは目を白黒させて、驚きの表情。

 その様子だと、自分の誕生日に気がついていなかったようだ。


「わ、おっどろいたぁ。何よぉ?」

「誕生日祝いだ」

「ええっ、こんな時に?」


 素で驚いているラクシャータを見るのは中々貴重だが、せっかく苦労して探したのだ。先にプレゼントを渡そう。


 扉の前で突っ立っている彼女に、品物としては軽い方のそれを渡す。


「ほら、これ」

「これって、リースリースの花冠?」

「魔王討伐が終わったら花屋になりたいんだろ? ちょうど良いかと思って」


 将来の夢はゲームから。

 そして、欲しい物はリリシャから聞いた事。


 あのラクシャータが欲しがるものとしては、珍しいよなやっぱ。花冠なんて、飾るかプレゼントするか以外に使い道のない品物なんだし、意外にも程がある。


 まあ夢も驚きはしたが、そういうのって人ぞれぞれだし、自由だし。

 彼女も女性なんだし、そういうのになりたかったりするんだろう。

 いんじゃね?


「ありがとう。凄く嬉しいわぁ」


 満面の笑みを浮かべて受け取るラクシャータを見れば、試みが大成功だった事は間違いないようだ。


「そうねぇ、せっかくここまでしてくれたんだもの。きっと……、ううん絶対に魔王を倒して、それぞれのやりたい事をやらなきゃいけないわよねぇ」

「はい、絶対です」

「当たり前の事」


 ラクシャータはいつもの無駄に陽気でポジティブで、明るそうな表情ではなく、心の内にある感情をほんのりにじませたような、そんな照れまじりの笑顔を見せている。

 そんな顔も出来るんだな。見ているこちらの心まで、温かくなりそうな笑顔だ。


 誕生日パーティーは大成功だ。


 それからは、小一時間ほどパーティーで食べたり話をしたり。

 途中でリズが扉の隙間から、仲間になりたそうに見ていたので引っ張り込んでもうちょい騒ぐ。

 ソウルジェムの機能を無駄に活用して、歌ったり遊んだりして、時間を過ごし……。

 その後は、酔っ払いの容体や今後の予定を考えて早めに終了。

 それぞれ会場を後にして、つかの間の休憩タイムから、再びに日常へと戻っていった。


 誕生日会の余韻にもうちょっとふけっていたり練さんは、真っすぐ部屋に戻らず寄り道だ。

 ついでにリズ先生の勉強内容を復習。


「あー、分かんねー。つーか、機械のあれこれなんて分かるか、アホンダラ」

「あらぁ、こんな所にいたのねぇ」


 王宮のテラスで夜風に吹かれていると、背後から声がかかる。

 それはほんの少しの甘さを含んだラクシャータの声だった。


 先程見た時は、そんな気配はまるでなかったのだが顔がちょい赤い。

 アルコールを追加で胃袋に放り込んだのか、少し酔っぱらっている様だ。


 そういやラクシャータも、元の俺とそう変わんない年齢じゃね?


「俺のいたとこじゃ、未成年での飲酒行為は犯罪ものなんだけどな」

「あっらぁ、かったい所なのねぇ。じゃあ、ラクシャさんネル君のとこに行ったら犯罪者になっちゃうわぁ。お似合いよねぇ」

「……?」


 らしくもない自嘲的な呟くが言葉の後半に付け足されて、俺は思わず眉をひそめてしまう。

 ほんっとーに、らしくない。

 せっかく祝ってやったというのに、勝手に落ち込んでんなよなあ。


「あーあ、あれこれ考えて窺ってるこっちが馬鹿らしくなっちゃうわよぉ。ねぇ、聞いてくれるぅ?」


 聞いてる、聞いてる。

 なんて、そんな冗談は言えそうにない雰囲気だったので、黙って続きを促した。


 向かい合っていた位置からラクシャータが移動してきて、俺の隣へと並ぶ。

 視線の先には、星空が見えた。

 冷たい風が流れ込んできて、肌をそっと撫でていく。


「昔々のお話なんだけどねぇ、とても人には言えないようなすっごく悪い事をした子がいたのぉ」


 ふむふむ、それで?


「その子の家は、貧しくて明日食べる物にも困る様な有様。けれど悪い事をすれば、その悪い事を依頼した人たちからお金がもらえたから……。仕方なかったのねぇ」


 へー、で?


「その子は、さらに悪い事を重ね続けていったわぁ。けれど、そんなある時、どうしてもその悪い事が出来ない人達に出会ったの。いつもの様に騙そうとして近づいたのに、騙せなくて、良い子を演じたままになってしまった。ねぇ、これって悪い事だと思わなぁい」


 何かを期待するような視線を投げられるが、生憎とここにいるのは練さんだから正直にしか答えられない。


 答えに迷ったら、まっすっぐ進め。敵が倒せないなら、倒せるまで殴れ。……だからな、俺の基本方針。

 工夫とか、寄り道とかできないんだよ。


「どこが問題のシーンだったのかさっぱりだ」


 心霊写真やらの特番を見て「お分かりだろうか」とテレビで問われても。まったく気づけない事に定評のある俺だ。

 そういうのは期待しないでもらいたい。


「悪い奴が良い奴になったら、良い事じゃねぇの?」

「おはは、真っすぐな答えねぇ。そう言う所、アッシュによく似てるわ。見かけは不真面目そうなのにね」


 さいですか。

 もうすでにその問題はアッシュによって決着してる事なのだから、俺が出来る事なんて何もない。


 終盤のエンディング間近になってまで、キャラクターの問題が解決されてないわけがないんだからな。

 俺、ゲームでやったし。

 それはこの世界でも、おそらく同じなんだろう。


 ならば、何をしたくて話しかけて来たのやら。


「うん、でも安心した。聞きたかった答えを聞けて私は満足だわぁ。ありがとうネル君、さっきの事も」


 安心したように笑んだラクシャータは、不意に身を寄せて来て、額に軽くお礼の証を残す。


「うばっ!」


 普段のキャラとは別物のような、淡雪の様に軽くて、そして控えめな口づけだった。


「あはは、照れちゃって、かわいい!」


 照れますとも、驚きますとも。

 俺を何だと思ってるんだ。練さんだぞ。


 そんなこちらの動揺を、心地よさそうに眺めながら笑い声を残したラクシャータは去っていく。


「ふふ、仲間なんだから信じなくっちゃ駄目よねぇ」


 最後にそんな一言を残して。


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