第17話 リリシャとララ
客室前
本日晴天なり。
王宮から窓の外を覗けば気持ちのいい空模様が見える。
だが、あら不思議。
室内は雨時々嵐、そして暴風と雷警報だ。
端的に言おう。
部屋の前に、般若がいる。
「遅いじゃないの、五フェルの遅刻よ」
リズの部屋を訪ねると、彼女はむっとした顔でそう言い放った。
例によって例のごとく、リズは先生俺は生徒として個人教室が開かれる事になったのだが、研究職についていたせいなのか彼女はやたらと時間に煩かった(ちなみに五フェルはイコールで五分、一フェルがイコールで一分だ)。
「勘弁してくれよ。さっきまでユリカの面倒見てて大変だったんだぞ」
「へぇ、他の人の所にいたの。あたしの授業に遅れて……ふーん。どんな楽しい遊びをしてもらっていたのかしら。人に教えを乞う立場で。へぇー」
チクチクきますね。リズさん。
遅れた事は確かに申し訳ないと思うんだが、こちらにも事情という物があったのだ。仕方なかったんだよ。
「せっかく解呪士が王都にいるって話を聞いたのに、あいつがこの力も何かに使えるかもーとか、物を大切にするおばあちゃんみたい事言い出して、中々行きたがらなくてさ。色々あったんだぞ」
そうなのだ。
ランダムで各町に現れる解呪士と出会うのはかなり難しい事だというのに。
王宮にいる構いたがりのおっさん兵士からその話を聞いてすぐにユリカに教えてやったんだが、なぜか彼女は拒否。有効活用する方向に行きたがるから困っていたのだ。
無駄に時間を使うもんだから、解呪士に引き合わせた所で例の約束にタイムリミット。
ユリカを残して、先約が入ってるリズの元へ急いできたと言うわけ。
俺としては呪いなんてホラーなもん、長く付き合っていたいとは思えないんだが。ユリカは何であんなに頑なだったんだろう。心霊関係のイベントではちゃんと怖がっていたので、そういう事が好きだというわけでもないだろうし。
そんな風に疑問を抱きながら、言い訳……ではなく説明をしてやると、ため息と共に肩をすくめられた。
「お節介焼きね」
そっすか?
「いいわ。それなら、まあ仕方ないだろうし……」
仕方ないと言いつつもリズ先生は不満げな表情を引っ込めない。
とりあえず部屋の前からは退いたので、室内には入れてもらえるらしい。さっきまで落雷していた影響か精神的にチクチクするな。
おじゃましまーすと挨拶しながら入っていくと、見慣れた景色が目に入って来た。
「……」
俺は見た物をまず、あえて一旦無言で表現しよう。
ええ、相変わらずの惨状の様で。
問題の中身の様子。端的に言えばこんな感じだ。
混沌としとる。
そして独特な配置しとる。
「何じろじろ見てんのよ。大して珍しいもんでもないでしょ。いつも見てんだから」
そのセリフ、もっと色気のあるシーンで言って欲しい言葉だな。まあ実際そんな場面に出くわしたら、無事に地面に二本の足つけてのんびりお喋りしてられないんだろうけど。
「日に日に俺のお邪魔する部屋が荒れていくんだから、気になんない方がおかしいだろ。掃除しないの?」
「余計なお世話」
資料なんか積みまくりで山になっているし、道具なんて、どこかの箱から出したまま他のとごっちゃになってるし。
そん中で、練さん達はノートを出したり、筆記具を持ったり。
周辺を気持ち分だけ整えて、と。
さあ、お勉強の時間がやってまいりました。
しかし。
「ユリカ達は強いわよね。魔王に負けたって言うのに、もう次のやるべき事を見据えて行動している。それに比べて私は」
おーい。今はお悩み相談の時間じゃないぞリズ先生。
「そもそも何であたし、未だに王宮にいるのよ。意味、分かんない。何でこんな事してるのよ。ねぇ、ほんと」
忘れられてるんじゃね?
とか思ったが言わないでおいた。練さん優しい。
本当のところ、たぶんそれはそんなに間違いじゃない。
魔王討伐失敗のフォローをする為に王宮は、俺達の帰還から証書慌ただしくなっている。
ユリカ達ならともかく保護した客人に目を向ける余裕はまだないんだろう。
誰もがちょっともう、余裕がない感じで必死なのだ。
「難しく考える必要なんてないだろ。一人くらい関係ない奴いた方が和むんだよ。そんなもんそんなもん。そもそもお前がいなくなったら俺、困るし」
「困るって。な、何よそれ、適当ね。……はあ、あんたみたいなのに聞いたあたしが馬鹿だったわ。もういい。さっさと始めましょ」
そういう細かい系の気配り不得意なもんでね。
まあ、後ろ向きでいられるよりはツンケンした感じで授業してもらった方がよっぽど助かるし。
そういうわけで授業中限定でリズ先生となった彼女に部屋で教えられていると、扉を開けて何やら騒がしい姉妹がばーんと扉を開けて、目の前にやって来た。
もしもし、不法侵入ですよ。
「やはー、君がアッシュ君の後継者かーい? やー、子供じゃないかー」
目の前に現れたのは身長低めの少女。
歳は十をちょっと超えたあたり。
やたらハイテンションで声をかけてきた。
橙の髪に金の瞳。健康的な感じのする小麦色の肌をした少女は、元気満開と言った感じのニコニコ笑顔をこちらに向けている。
知ってる顔だ。
確か名前は、リリシャだったか。ラクシャータと仲が良いんだったか。
「ねーねー、ちっちゃいなー。子供だなー。まじかー。ほんとー?」
小さなお猿さんって感じだな、これ。
取りあえず俺は、俺取り扱い説明書(数日前更新)に則って、これから顔見知りになるであろう少女に向けて、最重要身体情報を断言しておく。
「悪かったなこんな見た目で。そして俺は男だ。どこからどうみても男で、正真正銘の男な」
「えー、まじかー、うっそー。ほんとにー? 脱がしていー?」
駄目に決まってんだろ。このクソガキ。俺も子供みたいな見た目だけど。
リリシャ的な友好の誘いを断ったのにも関わらず、そのお猿さんみたいなお嬢ちゃんはじりじりとにじり寄って来る。
手がわきわき動いてるのが、凄い既視感だな。
色々納得。あのラクシャータの知り合いであるわけだ。
「やめろ、来んな」
張り付いてこようとしたので、ちょっと逃げる。
「えー、いーじゃんおにーさん、そう言わずにー。遠慮せずにー」
してねぇよ。
「こうなったら、実力こうしだなー。とりゃっ」
退避したら、したぶんだけ距離を詰めて再びにじり寄……ではなく飛びかかってきた。謹んでお断りしたい所存である。
「そいっ!」
「ぐぼあっ!」
漫画みたいに宙を飛んできたリリシャをさっと避けて転ばすと、少女は大げさな動作をして床にべしゃっ、そしてあえてそのままゴロゴロ転がっていった。すっごい喧しいし煩いな。
いきなりこんなに遭遇したら大抵の人は引いたりするだろうが、これがリリシャの人に接する時デフォルト行動なので、普通だ。ゲームやったし慣れてる。
「すげー、おにーさんすげー。おにすげーぜー。容赦ねー、あははは」
スルーされて、地面を盛大に転がった事も気にしてない様子で、にかっとリリシャは笑い続けている。逞しい子だな。
うん、わざと転倒させるとか人にやる事じゃないけど、こいつはこんな扱いで良い気がした。
セルフで許可出して頷いていたら、隣にいたリズが引きつった表情でコメント。
「人間転がすとか普通する? その子……だ、大丈夫なの?」
初対面であるリズは、リリシャの身を案じている様だ。
「やー、へいきだよー。久々にきつい突っ込みを喰らってしまったなー。お兄さんなかなかやるなー」
「が、頑丈なのねあんた」
「リリは、じょーぶで健康なのが取り柄ですからー」
そんな風に心温まるような温まらないような、脳みそが馬鹿になりそうなやりとりを見ていると、ふいに服の裾を引っ張られた。背後に人の気配。
「お兄ちゃん。お姉ちゃんと仲良し、ララともお話して」
振り返れば、リリシャとよく似た顔だちの少女がいた。
同じ橙の髪に金の瞳、けれど上目遣いでオドオドした子。初対面の人間には柱の陰に隠れて様子を見てそうな子だ。大人しくて控えめな感じ。
なんか、かわいい生き物だ。
この顔も知ってる。
ララだ。
眼の前で煩くしてるリリシャの妹。
見た目には、十にも満たないいたいけな少女だが、こう見えても優秀なアイテム作製士だ。
姉のリリシャは商売人で、ララはそのリリシャが仕入れた材料で、高品質のアイテムを作ったり、改造したり、量産して旅人に売っているのだ。
そういえば、リリシャは凄腕の鑑定眼を持ってるって設定だった。後でアイテムとか見てもらうといいかもな。
ともあれ、時間は有限。
後の予定が詰まっているので、ずっと賑やかしく話しているわけにもいかない。
「で、珍しい顔に話しかけてくる好奇心は分かるけど、何か用でもあるんじゃないのか?」
「あ、分かるのー? えへへー。お兄さん、鋭いねー」
鋭いって言うか、知ってただけだけど。
人に茶々をいれて下らない話をよくするリリシャだが、意外に多忙なので、ラクシャータ達ならともかく良く知りもしない人間の所で無駄に長話するような人間ではないのだ。
こんな性格だけど、職務には意外に真面目なんだよな。
「きーてきーておにーさん。じつはねー、ラクシャの誕生日に、物を贈りたいのだよー」
ああ、と思い出す。
やべやべ、それすっぽ抜けたらあかんやつ。
そう言えば、ラクシャータの誕生日って、魔王討伐の後だった。
ゲームやってて、「俺、この戦いが終わった○○するんだ」みたいな会話があったのだ。忘れていた。
いくら、世界のバッドエンド回避が至急の要件だって言っても、誕生日は忘れちゃいけないだろ、人として。
「そっか、何か考えとかないとなぁ。何がいいんだろうな。女って」
でも、練さん乙女の繊細な心情とか読み違える事に超自信があるんだ。
変な物選んでグーパンされなきゃいいけどな。
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