第14話 対ジャイアントシザー
アンデッド共の数は結構減って来ている、もともと小さな村だけあって人口もそうなかったのだろう。
戦闘開始から数十分もしないが、もう終わりが見えてきていた。
死者は天へ還れ。安らかな眠りをお祈りしておく。
……で。
そこで追加でやってくるのは、大岩に擬態していた武器持ちのモンスター。
個体名、ジャイアントシザー。
「リズさん。ネルさん。お二人共、大丈夫ですよね」
今はね。
後はどうなるか分かんないけど。
「わぉ、おっきぃわね。だいたい五メルトルってところかしらぁ」
ラクシャータが手でひさしを作りながら、近づいてくるジャイアントシザーを見つめている。
メルトルはこの世界の長さの単位で、大体一メルトルは一メートルと同じくらいの長さだ。
つまりあのモンスターは、目測で五メートルくらいあるらしい。でっかいなー。
入り口の所の岩は、数時間前に探索した時見たけど、あれで一メートルだから、体が四メートル。俺たち基準で言えば可哀想な部類に入る等身だな。まあ、岩だし、モンスターだし。常識とか、さよならって感じなんだろうが。
「要注意、厳重警戒」
気を引き締める様に呼びかけるセリアだが、本人の表情や態度も特別変わった所はない。
「そぉれっ! こっちは片付いたわね、良かったわぁ」
そのうちに、ラクシャータの掛け声とと共に、最後の敵、ゾンビが燃やされて、元村人たちのアンデットモンスターを倒し終わった。
倒してもまた復活しないように、火の魔法で燃やし尽くす必要があったが、もともとそんなに強くなかったおかげだろう。
今はもうくすぶってる煙とか、灰になっちゃってる。
いくら大した攻撃力を持たないと言っても、数はそれなりにいた。小さな村の規模で良かった。
ハーツカルバートがもっと大きな村や町だったら、群れを成して来られて、かなりやっかいだっただろうが。
そんな風に考えていると横から沈んだ声。
リズしかいないよな。
「……、これで皆死んじゃったのよね。あたし達のせいだわ」
秘密裏に研究所を作っていた事から村の者達とは多く交流はもたなかっただろうが、彼女は悲しげな様子で倒れた元住人達を見ている。
「あのおばさん、こんな変わり者の私にもたまに話かけてくれてたのよ。あっちのおじいさんも……」
かける言葉はないし、思いついたとしても他人に慰められる事を彼女は望まないだろう。
その気持ちは、彼女にしか分からないもの。
若くして研究者としての才能を発揮したリズ・シャルロッテ。
彼女は、賞賛と栄誉を手に入れるのだが、研究ばかりに明け暮れていたせいでまともに人とコミュニケーションをとる能力を身につけてこなかった。それに拍車をかける様に、彼女に近づいてくるのは才能を妬んで陥れようと画策するライバル達か、利用して甘い蜜を吸おうと企む連中ばかりだった。
だが、そんなリズでも、ようやくまともに話せる人間が出来て来ていたはずだったのだ、この村で。
そんな情報もネットで知った事だから、尚更俺は何も言えない。
「さようなら、皆。私は絶対忘れないわ。無駄になんかしない」
別れの言葉を口にするリズの言葉は、悲しみに満ちていたが、同時に決意も宿っていた。
彼女は強い。
こんな悲しくて残酷な事があっても前に進もうとしている。
「勇者パーティーの一員だけはあるよな……」
「何?」
「何でもない」
やはり細かな差はあれど、根本的な真の部分は変わらないのだ。
リズ・シャルロッテは勇者の仲間なりえる、強い人間だった。
だが、そんな風にしみったれた空気が流れるも、浸らせてくれるような余裕を状況が許してくれない。
「細かいデータなんて、目ぇ通してないんだよな」
さて、戦闘待機してますが、状況はどうなるかなっと。
目の前には凶悪なモンスター。
いくら攻略サイトで事前情報を仕入れたと言っても、覚えるのは人間だ。
時間経過とともに、段々と忘れ去ってしまう。
それでも、その情報があるという事は幸運と言っていいのだろう。
あるもので頑張るしかない。
「けど、たったこれだけか」
俺が知っているのは、三つの情報だけだった。
モンスター名はジャイアントシザー。
大岩の様な見た目をしたモンスターで、冬眠時には地面に埋まって春を待つ。
ステータスはライフポイントが多く、マジックポイントは少ない、技の数は少なかった気がする、だ。
嘆きたくなる。
いやもう嘆いてるも同然か。
のろのろとした動作で目の前にやってきた大岩は、こちらを叩きつぶす気満々で、殺気をまき散らしながら手に持ったシザー……大鋏を開閉している。
「うわぁ……」
この後の戦闘次第では、鋏が人生のトラウマになりそうだ。
やはり前衛で前にいたラクシャータが必然的に最初に敵の標的になる。
「来た来た来たぁ、じゃあラクシャさんがお先に行くわよぉ」
戦端が開かれた。
一番乗りとばかりにラクシャータが飛び出して魔法を食らわしてく。豪快だな。
縦横無尽に周囲を駆け回り、相手の注意を自分に弾きつけながら炎魔法で攻撃を加えるラクシャータには、怯えの気配は微塵もない。
ジャイアントシザーの基本行動は鈍重で、彼女でも十分に対処できるようだ。
たまに攻撃が当たれば、敵の大きさだけに一撃が重くてやっかいだったが、十分に渡り合っている。
「無茶しないでくださいね」
そこに回復魔法を飛ばすのはユリカだ。
継続している支援魔法が切れていないかチェックしながら、適切なタイミングで、ラクシャータの受けたダメージを回復していく。
「気を付けて、強力な技を隠しているかもしれない」
反対にセリアは妨害魔法で敵の行動を遅くしたり、状態異常を付与したり。
だが、ジャイアントシザーは見かけから分かる様に純粋な生物ではないので、毒など一部の魔法はかけられないようだった。
「ねぇ、あんたは戦わないの?」
スタンバってはいるんですがね。こっちに飛び火してこないし、踏ん切りはつかないし。
要するに風に吹かれてるのだ。
臆病風とかいうあれに。
「戦う力があるなら戦わなきゃいけない、とかいう考え?」
そんな三人の先頭を離れた所で見つめているリズは、武器を持ちつつも何もしないでいる練さんを訝しそうに見つめてくれる。
「別に必ずしろとは言わないけど、仲間が戦ってるのに平気なの?」
「仲間じゃねえよ」
「じゃあ、一体どんな関係なのよ」
とても一言では説明できないような関係。
表向きでも裏向きでも。
……なんてふざけたら、絶対怒られるだろうな。
いや、内容自体は真実だけどな。『練さんフィルター』にかけるとどうしても嘘っぽくなりやすいって言うか……。この口がいけないんだ、この口が。
「なあ、リズ。この村って静かなのか?」
「いきなり何よ。確かにすっごく静かで、時を告げる鐘もならないような村だけど、それがどうかし……」
リズに訝しまれいると、背後から轟音がした。
「お?」
「な、何?」
振り返れば衝撃映像一発。
地面の土が盛大に吹き上がっていて、地面から二体目のジャイアントシザーが這い出てくるところだった。
「な、何でもう一体いるのよ!」
「やっぱりか……」
この村がカルバートなんて名前がついていたのは、研究所があるというゲーム制作者が出したプレイヤー向けのヒントだと思っていたのだが、現実で同じ名前を村につけるのだったら別の理由が必要だ。
まあ、あれだ。ジャイアントシザーの冬眠用の穴の上に村を作ったとかいう由来だろ。
それなりに強いモンスターなので、他のモンスター避けにしようと思ったのかもしれない。
普通なら大きな音さえ出さなきゃ冬眠から目覚めなかったんだろうな。
たまに眠ったまま春になっても冬眠から目覚めない動物がいるとか何とか聞いてるし、こっちの世界でもいるんだろうな。
剣を手にして、背後に出てきたそいつの前へ。
「そんな、後ろに……。え、ネルさん!?」
ユリカ達が何か言ってるが、ちょっと心の中で謝るだけにしておいた。
とりあえず勝手な行動ごめんねごめんねー、っと。
練さん、駆ける。
魔王城の時でも知ってたけど、この力やっぱチートだわ。
さすがレベル200。
ただ走るだけでも結構な速度だ。
しかも疲れない。
「恨むなよ、正当防衛だ」
先にも後にも行けなくなった時こそ、練さんの真価が発揮される。
追い詰められてからが俺の本番的な。
嘘です。戦いたくなかっただけです。
距離を詰めて相手へ接近。
目の前の敵は大鋏を威嚇する様に振りあげてブイブイ言っているやる。
あれだよ。開閉音を文字にすると、なんかリアルで怖いんだよ。察しろ下さい。トラウマになる。
開閉しながら迫ってくるそれを、剣で受け止めた。
「おらっ、レア武器なめんなっ」
超他力本願。
俺の力? 当てにしてないよ。だって練さんだもん。
頼るならやっぱ人の力だよね。機械とか物だったら、いつも性能通りだし。
こちらの剣を絡み取ろうするかの様に、鋏が挟みこむ形になったが。
愛しのマイハニーは良い仕事してる。刃こぼれ一つしなかった。最高、惚れちゃう。
「よっせ」
いつまれで挟まれてるわけにはいかないので、力技で引き抜いて攻撃。
相手も鋏をジャッキン、……ではなくブイブイだ。
剣でひたすら攻撃、敵のは見切って回避。
動きがのろくてホント良かった。今のところはダメージ無しだ。
ライフをがりがり削っていく。
びっくりするような数値だったのだが、やはりここでもレベル差が大きかった。
鈍い音をさせて剣を叩きつけていけば、確かな手ごたえ。ともに、すぐに相手の動きが鈍っていくのが分かる。
胴体に大きな亀裂が走ったのを見て、「お、これもう虫の息なんじゃね」と油断するくらいには順調だった。
ビビってたのが拍子抜けするくらい。
「す、すご……」
背後でリズの声が聞こえて来て、ちょっと調子に乗りそうになる、やめたげて。だってほら、さあ……。俺、調子に乗るから。
だが、悪い事というのは、そういう時に限ってよく起きるものだった。
相手の行動が変化した。
大岩に覆われた腹部がパカッと左右に割れる。
生き物やめたの?
いや、見た目無機物だけど。
そこもアルガに改造されたんか?
割れた腹部からは何か砲塔が、こんにちわ。
エネルギー充填という感じに光が、集まっている。
熱を感じて、思わずビビってしまった。
それ、絶対アカンやつ。
「おうわっ!」
距離をとろうとしたら、背後で戦ってる仲間に気が付く。あ、やば。
今、俺達は前後を挟まれる形で敵と交戦しているのだ。
そんな状態で敵の大規模攻撃を受けたら、大変な事になってしまう。
「全員避けろー!」
「えっ」
「ええっ?」
「あ……」
もう一体の敵と相対していたユリカたちは、さすがの反応を見せ射線上から退避していったが、問題はリズだった。
「や、ちょ……嘘でしょ」
この、ポンコツさんめ。
彼女はこう、驚いて、躓いて、体勢を崩して……ええいややこしい、端的に言えば腰をぬかしていたのだ。
勇者パーティー参加予定メンバーだろ、避けろよな!
おそらく、自力で退避するのは間に合わない。
「ああ、くそっ」
痛いのとか、本気で嫌なんだが。
信じるぞ、レベル差。
ジャイアントシザーが隠し砲塔で光線を発射すると同時に、そのリズの前に飛び出した。
迫りくる閃光の前で、光を発しているジャイアントシザーが内部爆発的な事を引き起こして吹っ飛んで行くのを見た。
それ自爆技なのか。
「……あ?」
「起きましたか、ネルさん」
気が付いたらユリカに膝まくらされていた。やらかい。
気絶していた時間を表すように、空は夕暮れだ。
俺は生きてるようだ。マジに。
眠っていた時に回復魔法をかけてもらったらしく、体に痛みはないし、直接見ても傷らしい物は残っていない。
「あの後どうなった?」
「私達が相手にしていた個体は、ネルさんが相手にしていたジャイアントシザーの攻撃に巻き込まれて倒れました。ネルさんの方は、自爆したので」
まあ、一件落着みたいだった。
「あの、ごめんなさい」
「何でだ?」
唐突にユリカが謝る。
寝ぼけ頭なので、深く考えずこっちは尋ねるしかできない。
「ラクシャータさん達がネルさんの事あやしんでいて……」
ああ、それな。内心分かってた。
だって、冷静に考えても最終決戦の場に助っ人登場とか怪しすぎるし。
今まで感じていた視線はやっぱり、観察してたんだろうな。
好きに行動させてボロが出ないかとか、おそらく考えてて。
しかし、彼女は何でその事を言う気になったんだろう。
好感度が上がったとか? いやいや。
俺がやったのはリズを庇ったくらいなのに。
もうちょっと隠れて怪しんでても良いんじゃないかなーって思います、ね?
そう思われても仕方のない身の上だし。
だがそこまで考えて、先ほどの言葉の中にユリカの存在が含まれてない事に気が付いた。
「なあ、ユリカは……」
けれど、その理由を尋ねるより前に、また睡魔に襲われてしまった。
意識が夢の中へと誘われていく。
また、聞きたい事が聞けなかった。
アビスダーク城でも、似たような事があったよな。
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