第13話 町の様子



 村に戻ったら待ち構えていたかのように、襲われた。

 アンデッド達には、リズを連れて逃げようとする人間の妨害をするよう命令されているのかもしれない。


 ホラー映画の中にでもいるような気分だ。

 研究所でも襲われておいて今更だなんが、明るい火の光の下で死体が襲ってくるとか、これ現実か?


 戦う力のないリズを守りながら、ユリカ達は襲い掛かる村人たちをひたすら殲滅するのみだ。

 そこに俺も加われたら文句なしなのだが……。


「ネルさん、リズさん。大丈夫ですか」

「平気だ」

「え、ええ」


 盛られる側になって立場に甘んじているのは、純粋にモンスターがやべぇ怖いから。

 レベル200が反映されててそう簡単にはやられないと分かっていたとしても、だ。元が人だったと言うのだから、尚更。


 ラクシャータを前衛に彼女等は、それほど強くないらしいアンデッド達を蹴散らしていく。


 地下からこんにちはした時はやばかった。室内になだれ込んでくるわで、こちらは身動き取れないわで大変だった。

 ひとまず小屋の外に出たはいいが、付近には死角になりそうな茂みや木が立っているので場所が悪い。


 もっと戦闘に有利な場所へ移動しなきゃならん、と人ごみならぬアンデッドごみをかき分けて移動して行く事になったのだが、ここでも問題。


 リズが、パーティー加入するメンバーだとは思えないくらい、体力が無かったのだ。

 だが、考えてみればそれも当然だ。

 正確な期間は分からないが彼女は、序盤でイベントをミスった後らへんからずっとあそこにいたんだから。


「大丈夫か、お前」

「平気に決まってるでしょ、は、話しかけないで」


(俺訳)返答するのも苦しいので、自分の事だけ考えていてください。……だってさ。


 こんな状況でもぶれないんだな、そのキャラ。


「しつこい」


 不満げな声の主を視線で追えばセリアだった。いつもは淡々としている彼女なだけに、声に感情が出ているのは珍しい。


 それもそのはず。妨害魔法を専門とする彼女の戦力は周囲を浮遊するマキナボールだけ。

 いくら相手が大した力のない元村人のモンスターと言えども、純粋な攻撃要員がラクシャータだけなので苦戦しているのだ。


 だが、放っておいて村を脱出するわけにもいかないんで、結局は一人残らず葬ってやるしかない。他の旅人が代わりに犠牲になったら大変だしな。


 幸いなのは、相手の動きが鈍いのでほとんどダメージを受けないという点。

 言葉悪いけど、腐ってるからなぁ。


「本当にモンスターが操られているんですね。そこら辺はアルガさんから聞いていましたか?」


 支援魔法を飛ばしていたユリカがリズへと尋ねる。


「知らないわよそんな事。あいつが何かを個人的に研究している事は知ってたけど、まさかこんな事やってるなんて……」


 仲間だと思っていた人間の所業が相当ショックだったらしく、リズは青い顔をしたまま頭を抱えている。


「そこらへんの事情聴取は落ち着いてからの方が良いんじゃなぁい? こんな状況じゃ混乱しちゃうだろうしぃ」

「そうですね。ごめんなさい。今は戦いに集中しましょう」


 ラクシャータがリズを気遣うように声を賭ければ、ユリカも納得して引き下がる。

 相手の情報を得たいのはやまやまだが、こればかりはしょうがないな。 

  

「……」


 そんな中で、気になる反応を示すのが一人。

 敵の迎撃をこなしながらも、目の前の敵ではなくどこか別の遠くを見つめ、何かを探すような仕草をするセリアが目に入った。


「セリアは何か気になる事でもあるのか」

「そう、気配がする」


 尋ねれば、言葉少なに肯定される。

 会話をしている間もその、気になる何かを把握しようと努めているようだった。


「気配って……?」

「気になる、すごく。とっても」


 うん、気にしてらっしゃるのはよく分かるよ。

 それをもーちょっと詳しく。


 眉をひそめて眉間にしわを寄せている彼女は、そう言いつつも戦いから集中を外さない。さすが勇者パーティー、器用だな。


「確か、あっちの方には……」


 俺は、セリアが見つめる方向にあるものを考えていく。


 ゲームでプレイした時に見たマップを頭の中に広げる。


 あの辺りは村の入り口付近で、やけに大きな岩が横に置いてあった気がする。

 他に目ぼしいものは何もなくて、唯一村に個性を与えている大岩だ。その存在、気になるな。

 

 なんか、村人達が邪魔だからどかそうとして、何度も割ろうとしたのだが鉄の様に固くて割れなかったとか言ってたよな……。


 そんな風に考えていると、若干の思考が洩れていたらしい。

 小さく呟く言葉を俺の姿を見たリズが、不可解そうな表情になった。


「ねぇ、さっきからずっと気になってたんだけど、この子供一体何なの? なんでこんな所にいるわけ」

「ええと、ネルさんはちょっと色々事情があるんです」


 当たり前のように一団に加わってセリアと会話している俺を見つめながら、リズが疑問を発する。当然だわな。

 それを聞きつけ、比較的余裕のあるユリカが答えていくが、彼女で果たして大丈夫だろうか。


「私達の仲間というわけではないので、戦闘にはちょっと……」

「仲間じゃないぃ?」

「え、あ……別に仲間外れにしてるわけじゃないんですよ。ちゃんと仲間だと思ってます? ですけど、そういうのとはちょっと違っていて……」

「どっちなのよ。仲間なの?」


 ほらほら、誤解されるからそういう事言わなーい。

 俺、こんな凄い人たちと肩並べられるような人間じゃないからね。

 データ上は確かに凄いかもしれないけど、まぎれもなく一般人だから。


「仲間なら何でこいつ何もしてないのよ」

「ええと、向き不向きと言うか……その」


 言葉を濁すユリカにリズは、先程より一層不審げになってしまう。

 ちょい人選ミスったね?


 まあでも、戦えるんだからから俺に殺(や)ってくれとか言わない辺りがユリカの良心だよな。


「ラクシャさんは猫の手も借りたい気分だけどねぇ」

「私は、別に何とも思わない」


 そう言われましても、ってラクシャータに俺は返したい。

 セリアは中立なのか。

 魔王城でのやりとりは命が狙われていたから戦っただけなんだって。あれを普通に助力で得られるもんだと思っちゃいかんよ?


「ふーん。ま、どうでもいいけどね。こんな奴の事なんか」


 もしもし、リズさん。聞いたのそちらさんからでしたよ?


「そうですか? じゃあ、一つとっておきの情報を教えておきましょう。こう見えてネルさんは、女の子なんですよ」


 お前ら結構余裕あるな!?


「えぇ、うっそ!」


 驚きの顔をするリズ。やっぱそういう反応か。

 というか、どうでもいいとか言ってたのに食いつくんかい。

 それだけ、びっくりしたって事なのかもしれないが、複雑すぎる。


 男に見えなくて悪かったな。


 いや、それより……。


 マキナをけしかけて、アンデッドの配置を計算、まとめて吹っ飛ばしているセリアに声をかける。


「なあ、セリア。冬眠してるモンスターって、気配掴めるのか?」

「……冬眠? しているところ、見た事ない。やった事ないから、分からない」


 まあ、そうだろうな。そういう奴って大抵目につかない所に隠れてるわけだし、出会うはずないか。


「じゃあ、誰もいないフィールドで気配を感じたりとかは……」

「前に訪れた所、殺人事件が起きた洋館なら」


 あ、それは参考にならなさそう。

 どうせ気配の主は亡霊でしたとかいうオチだ。


 俺もイベントやったし。

 そっか亡霊いるか、この世界。そっかそっか。うわー……。


 アンデッドはギリで大丈夫だけど、そっちはな……。

 勘弁してください、だ。


 わき道にそれた。

 しかし、気配が掴めないと困る。


 実はこの後に起こるイベントに心当たりがあるのだが、下手な助言をするとあやしまれてしまうだろうし。

 と、そんな事を考えていると視線を感じた。


 ユリカだ。


 見つめられてましたね、俺。

 しっかりと。


「ネルさん、何か気になる事でもあるんですか?」

「いや、この状況で何か増援が来たら嫌だなと……」


 言葉を濁してそんな事を言えば、彼女は少しの間思案するような素振りをみせる。


 何なんだ?


 魔王城を脱出してから、何か時々視線を感じるんだよな。

 大抵は、俺がその場にいる誰かを見ていない時。


 時折、複数人から視線を感じるって言うか……監視でもされてるのかもしれない。


 そうだと大人しくこっちの我が儘聞いてくれたのは、あれか。見極めるためか。

 自分達のホームにのこのこ連れて行って暴れられても困るからって、そういう事かもしれないな。


「増援が来た」

「え」


 だが、状況は改善策を打ち出すより前に悪化していく。

 タイミングが悪いと言えばいいのか、良いと言えばいいのか、その場に現れたものがあった。


 ああ、思い出した。


 攻略サイトで見た姿と全く同じだ。


「ジャイアントシザー……」


 巨岩を張り付けたような魔物。

 村の入り口に鎮座していた岩が頭部部分で、その下にはその七倍はある巨岩の数々が胴退、足、手、とくっついている。おそらく地面の中に体を埋めて冬眠していたんだろう。


 その両手には、魔物には似つかわしくない武器。

 大鋏が握られていた。

 工作用に使う鋏が可愛くなるくらいの、ギッザギザでギッラギラに光ってる凶器。


「アルガの作った武器、魔物に持たせたの!? 信じられない!!」


 リズの叫び声。

 分かっていたが、やはりこれも研究所の主の仕業らしい。


 ゾンビが指示に従って行動し始めたら、冬眠から目覚める様に仕掛けを施しておいたのだろう。


 ともかく、奴も何とかしなければならなくなった。


 疲れて来たのか、距離を取って片手で肩をもむラクシャータ。


「あれはちょっと、骨よねぇ」


 調子の変わらない彼女がちょっとうらやましい。


「そうですね、下手をしたら骨が折れてしまいそうです」


 無自覚にボケながらも、迎え撃つ体制のユリカはまだまだやる気の様だ。


「それは、ちょっと違う」


 控えめな突っ込みを入れるセリアも、同じく心折れてない。


 どうやら彼女等はあれも倒すつもりでいるらしい。


 まあ、当然だろう。

 逃げるなんて選択肢を選ぶくらいなら彼女等は、魔王サタンに立ち向かったりしないだろうし。


 少しでも自分達が楽をする事で相手が、誰かが傷つく可能性があるのなら全力でそれを阻止する。

 それが彼女達なのだから。


 真っすぐで力強く輝く意思は、困難の後出し一つくらいでは弱ったりしないのだ。

 

 何この子達、知ってたけどカッコいい。惚れる。


「ちょっとアンタ達正気なの? 無理に決まってるじゃない」


 そんな彼女らの行動を見て、正気を疑っているリズは、かなり逃げ腰だ。

 今すぐにでもこの危険地帯から逃げ出したい、とそんな分かりやすい事が顔に書いてある。


 こいつもその勇者パーティーの一員になるはずだったんだけどな。


 このルートのリズは大分消極的みたいだ。


 さて、と俺も準備しておかないとな。

 もしもの時の為に。


「よっと」


 渡された円盤《ムーブ・ホルダー⦆を使う。何でも収納空間こと……亜空間からそれを引き出した。

 練さんの小さなおててでよっこら取り出した品物は、少し前までにはなかったものに収納されている。

 鞘だ。この村で見つけたやつ。


 自警団の小屋から拝借したものを、ちょっと利用させてもらっているのだ。形や長さも奇跡的にあっているなんてそうそうなかったので、心の中で三回くらい謝りながら手を付けさせてもらった。

 その鞘の中に収らせておいた剣を慎重に引き抜く。


 アビスダーク城からここまでまったく出番のなかった剣だが、やはり使わずにはいられなかったらしい。

 相変わらずレアレアしい見た目のそれは変わらずに重さを感じさせない。チートステータスの影響か子供の姿の俺でも軽々と持ち上げられるのは、ほんとうに救いだ


「あんたまさか……」


 あんなユリカ達と一緒にいるくらいだから、やっぱり……みたいな感じでフリを向ける。


 期待するような目向けるなよ。

 

 いくらステータスが特別仕様と言っても、こっちはアレだぞ。

 剣術も何もできない素人だぞ。


 なんか動きは体が覚えてるっぽいけど、中に入ってるのはよりによって練さんだし。

 油断もするし、時々ふざける俺の補正で能力値が下がるかもしれないし。


「戦えなくても笑うなよ。いや、ほんとにお願いします」

「は?」


 これは保険に、な?

 

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