第12話 参入
地下施設 ハウルネス研究所
それは、ハーツカルバートがアンデッドの村になる前の事だった。
ほんの数年前、無断で村の地下に作ったというハウルネス研究所。
多くの援助者達の協力の下で建造された建物は、過去文明の再現と研究が盛んである機術都市にも引けをとらない。
そこで働く研究員達は、モンスターを使って人類絶滅を企む魔王に対抗する為に、日々兵器の開発にいそしんでいたのだが、当然のごとく建造が無断なので町の住人たちの許可は取っていない。
彼らにとっては、成果さえ出るのなら、住民との間にいくら軋轢が生まれようとも構わない事だったからだ。
この世界の為に活動しているのだから、多少の事は仕方ない。
……そんな空気が研究所内には蔓延していた。
だが、最近来たばかりのリズはそんな空気に意を唱える側だった。
「ねぇ、本当に村人達を実験台にするつもりなの?」
主要な研究室の一室。
机の上で作業をしている、四十代ほどにもなる男にリズは話しかけている。
相手はこの研究施設のトップ。
アルガ・トレイサー。
研究員にあるまじき鍛えられた肉体を持ち、その上厳めしい顔をしている者。
身長も高く岩石の様な見た眼をしているので、アルガが研究所で白衣を着ている姿は違和感ばかりの光景だ。リズが研究所に来た当初は、そんな姿が中々見慣れないものだったのだが、今はもうただの景色となっているようで、彼女は気にした様子ではなかった。
一見して、強面で非情を絵に描いたような見た目をしているが、アルガはそれなりに優しい性格だった。若くして才能を現したリズが他の者になめられたり、嫌がらせを受けたりしないように取り計らい、己の技術を教え、面倒を見るなどして色々と気を遣ってもいた。
だが、だからこそだった。
ある案を聞いた時、リズが裏切られたという気持ちになったのは。
「あたしは反対よ。いくら結果が大事だからって言っても、人を犠牲にしたら意味がないわ。私達の行う研究は誰かの為でなくちゃ」
対魔王兵器の研究の為といえど、村の人を犠牲にするのは許せない。
そう主張するリズに対して、アルガは鼻で笑うような態度だ。
「相変わらず青いなリズ。大人になれ」
「大人になるって、犠牲を許容しろってこと。そんなの出来るわけないでしょ。そんな事するくらいなら、私は子供でいいわよ!」
食ってかかるリズの態度をまるで気にも留めていないと言った様子のアルガは、そう言ったきり自分の研究へと意識を戻していってしまう。
「このっ。話を聞きなさいよ。犠牲を出して何の意味があるの。いい? あたし達科学者はただでさえ、偏屈な人間だとか頭のおかしな連中だとか嫌煙されてるんだから、もっと慎重に行動しなくちゃいけないのよ」
何をしているか分からない人間。
それがリズ達科学者の、周囲に対する評価だった。
物心つくかつかない内から研究にのめり込んでいるリズはともかく、新しく門を叩こうとする新参者が気後れしていては研究の発達が遅れてしまう。
そう考えたリズは、自分に研究の面白さを教えてくれた故郷の両親の事もあって、一般の者達にもリズ達の行っている事について広く理解を得なければならないと思っていた。
「普通の人にも、分かる様に。不信感を持たれないように開かれた環境に。そうしなくちゃいけないの!!」
なまじ若い頃から才能を発揮してしまった身だけに彼女は、この世界の狭さや風通しの悪さが身に染みすぎるくらいに染みていたのだ。
リズにはアルガがいた。だからまだマシな方だが、他の人間が運よく面倒を見てくれる人間に出会えるとは限らない。
このままでいいはずがないと、そう思い彼女は研究所のトップであるオルガにいつも口を酸っぱくして発言しているのだが、当の本人は結果第一で聞く耳を持ちはしなかった。
リズにとっては一大事、しかしアルガにとっては些末な事。
その問題に対して両者の価値観は、決定的な程ずれていた。
「どうしてよ、他の人の事も考えてあげてよ。あたしの事は気にしてくれたじゃない」
「別に特別目に駆けようと思っていたわけではない。お前の研究が評価するに値する物だったから、その付近にいただけだ」
「何ですって」
血も涙もない様な言葉を来たリズは、肩を怒らせる。
激情を覗かせ、感情を結界させそうになるのだが、彼女はかろうじてこらえたようで、深々とため息をつく。
そして、研究に没頭し続けて、こちらを真剣に気にする素振り一つ見せないアルガの様子を見て、悲しげな視線を向けるのみに留めるのだった。
「そんな風に思ってたの? ねぇ、アルガ……」
答えはなかった。
「そう、あくまで聞く耳をもたないってわけね。いいわ、気分転換にちょっと出かけてくる。とにかくあの研究だけは駄目って事が言いたかったの。それだけだから」
話を切り上げたリズは更衣室に向かうべくその場を後にする。白衣もスーツも着たままでは目立つので、外に出る時あ着替えなければならなかった。
定期的に訪れる旅の者を装って、村で食料やらなにやらを買い込もうと彼女は予定を立てながら部屋を出ていくのだが……。
そんなやり取りがあったわずか三日後にリズが、冗談で作ったお仕置き用の懲罰牢に、そのアルガによって押し込められる事になるとは、その時はまったく思ってもいなかった。
研究の為には、多くの犠牲が必要になる。
そんな事は分かり切っている事だったのだ、と。
そうリズは言った。
なのに、それを割り切る事が出来ない自分は研究者として間違っているのだろうか、とも。
ユリカに肩を支えられて、地下施設内を歩くリズ。
牢屋の中にも食料はあったが、ここ数日間はそれも尽きていたという。
俺達は今、懲罰牢からリズを出して地上へと向かっている最中だ(当然のごとく室内にいたアンデッド達は、部屋の生存者を牢の外に出した瞬間に襲い掛かって来た。はい、倒しましたとも)。
「俺はリズの言ってる事、間違ってるとは思えないけどな……」
「何? 安っぽい同情なんて要らないわよ!」
率直に思った事を述べれば、リズに言葉で噛みつかれる。
ユリカ達の様子を伺うが、表情から巻いてやはり俺と同じ様な気持ちだったらしい。彼女達はリズの言葉に賛成していく。
「私もネルさんの言う通りだと思います。リズさん。犠牲は確かにどんな事でも必要になるかもしれません。けれど、必要だからといってすぐにそれを許容するのはただの甘えです」
「そうよぉ。何の為に頭がついてるのって話。崇高な使命だか、正義感だかしらないけれどぉ、そんな大義名分は犠牲にされた側には関係ないわぁ」
「二人の言う通り、リズの考えは間違ってない」
そうそう。
だよな。やっぱそうだよな。
お前等ならそう言ってくれると思った。
「ふ、ふん。別に気を使ってもらわなくったって結構よ」
三者からの言葉を受け取ったリズは目を丸くし、視線をそらす。
ツンデレの、テンプレ的反応だ。
素直に謝罪が言えない人間は損だと思う。
ユリカ達は気にしていないどころか微笑ましげな感じに見ていたりしているから、懐が広いと思う。勇者パーティーの貫禄という物だろうか。
まあ、職業(?)柄色んな人間と関わるだろうし、あしらい方とか接し方が分かっているのだろう。
「それで、村の人たちは本当にアンタ達の言う通りの事になってるの?」
「はい……、残念ながら」
懲罰牢の前で説明したよりも詳しく事情を述べてやればリズは頭を抱えて呻き始めた。
「アルガ……本当に? どうしてそんな非道な事を。何を考えてるのよ」
先程大体の事情はリズから聞いていたので分かるが、彼女の立場からしてこの状況は辛いものだろう。
それからしばらく鋼鉄の地下施設を逆戻りして行って、再び地上へ。
分かり切っている事だがリズにとってそこは、見慣れた村の景色などではなく、アンデッドの徘徊する生者無き光景だった。
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