第11話 リズ・シャルロッテ
それからは少しだけ気を引き締めて先へと進んで行く。
奥へ向かって行くうちに分かった事は、この地下施設がやはり研究所だという事だ。
ちょっと前の外国風って感じの世界観だけど、やっぱファンタジーだよな。
鋼鉄製で出来たメカメカしいメタリックな建物の中を歩いていると、ここが別世界であると言う事をほんの少し忘れそうになる。
ゲームの設定では、古代に一つ文明が滅びてそこから始まりの魔女とやらが現れ、人間とモンスターの争いを仲裁。
そして魔女は、驚異的な力を持ったモンスター達と対等でいられるようにと、その当時は全くの無力であった人間達に魔法を伝えていった。
それから人々は、滅びた全文明の残りを有効活用しながら魔法を磨き続け、今に至る……というのがこの世界の歴史設定だ。
そんななんで、この世界の中央らへんにある機術都市はそれらの発達を磨きまくって煮詰めたような場所でもあったりし、俺のいた世界よりも先を言ってそうな発展しちゃってたりするんだが……。
「結局のところそうまでしても、やっぱ争いはなくなりませんでした、と」
「ネルさん?」
呟きを聞きつけたユリカが訪ねてくるが、詳しく説明する気が起きなかったので適当にごまかしておく。
「何でも? ちょっと、世界に対してシリアスになってただけだから」
「はぁ」
バッドエンドフラグを苦労して折ったとしても、争いはボチボチ続くんだろうなぁ。
まあ、競争するのが生物だし、仕方ないんだろうけどな。
俺にできるのは、俺達が生きてる時代がうっかり滅んじまったりしない様に努力する事だけか。
それすら危ぶまれるうちに、先の事なんて考えてられん。
通り過ぎた区画。その脇の壁には、現在位置を識別する記号みたいなものが書かれたプレートがあるのが分かった。かなり細かく分けられているようだ。
これだけの規模の建物だ。リズ達だけで作れたとは思えない。
たかが研究者が数人集まっただけの集団に、地下にこんな大層な代物を築く事が出来たらそっちの方が仰天物だ。
強引な討伐方法にも一定の賛成票が集まってたって事ですね。分かります。
世界の命運がかかってるんだしな、個人だけに任せてのんびり日和ってるわけにはいかなかったんだろう。
任せっぱなしというよりは全然良いんだが、やり方がまずかった。やり方がな。
地下施設の内部には人の気配はまったくない。というか物音一つすらしなかった。
嵐の前の静けさと言えばいいのか、とにかく状況からして凄く不気味だった。
その中で、通り過ぎる部屋の名前が視界に入って声を上げた。ここ見逃したらあかんとこ。
「……ちょっと待ってくれ」
部屋のプレートは懲罰牢と書かれている。
陰惨な雰囲気がするな!
明らかに思わせぶりというか、他の所はただの実験室その一その二とかだったのに、何かあると言っているようなもんだろう。無視するわけにはいかない。
俺の別に勘がどうのとか素晴らしい考えがあるかで言ったのではない。確かな情報があるからそれに基づいて行動しただけ。
だって、立ち止まりたくもなる。
なぜならここに、仲間として参入するはずだったキャラクターがいるのだから。
上にある村をモンスターが蹂躙した後は、ここも同じ運命をたどってしまう。魔王がどういう行動に出るか分からない以上放っておけるわけないし、そもそもこんな所にいる人間をそのまま放置とか後味悪すぎだろ。
「どうしたのぉ?」
声を上げて足を止めた俺に注目が集まる。
「何か、人の声が聞こえたような気がするんだ。気のせいかもしれないけど」
「えぇ、本当ぉ?」
「ああ」
嘘だ。
彼女達が聞き取れなかった事を、俺なんかが聞き取れるわけがない。
けれど、何か理由がないと引き留められないと思ったから、仕方なく嘘をつくしかなかった。
「どうするぅ」
「覗いてみましょう」
「私も、気になる」
ユリカ達は練の言葉に乗ってくれたようで、注意深く扉を開いていく。
村では開放的だったし、無害だと言ってもそんなに近づかなかったからそんなにきつくはなかったが、室内からは鼻が曲がりそうな腐臭(これでもオブラートに包んで言った)がした。
「これは……」
「人の気配」
ユリカは漂て来た匂いに顔をしかめ、セリアは扉と言う遮蔽物がなくなった結果分かる様になった事実を告げた。
「生きている人間は一人、ですね。この建物の主でしょうか……それとも」
警戒しながら先へと進んで行くが、奇襲などの心配がない事はすぐに分かった。
そこは何の変哲もない部屋。
ただの鋼鉄製でできた室内。
その中で動く物は、アンデッド化したモンスター。
それらは全員白衣を着ていたり着ていなかったりだが、おそらく場所を考えてこの研究所で働いていた者達なのだろう。
「う……」
腐って本体から剥がれ落ちた腐肉のかけらがあちこちに散らばっている。
匂いの元はこれだ。
「アンデッドは嫌いです」
「死んでもなお、こんな風に動かされちゃうからよねぇ」
ユリカがぽつりとこぼした呟きのそれは、実に彼女らしい理由だった。
彼女はそうだ、いつでも真っすぐに人を思いやれる優しい心を持っている。
常と変わらない態度のラクシャータが慰めるようにその肩を優しく叩いた。
そんなアンデッドがうろつく研究所の中で、
「だれ……アンタ達。まさか生きてるうちにまた人に会えるなんてね」
牢屋に入れられたユリカたちと同じ年頃くらいの少女が、自嘲するような表情で出迎えたのだった。
懲罰牢に入っている彼女は、俺達に言葉を投げつけてくる。
「アルガの企みに気が付いてやって来た正義の味方ってところかしら? あたしを助けてくれでもするつもり? ふん、よした方がいいわよ。こいつらはあたしを牢屋から出そうとしたら襲いかかる様になってくるから」
短くそろえられた短髪はチョコレート色で、小さな桃色の花の髪飾りが控えめに存在を主張している。
身に着けている服は白衣だが、その下には身動きしやすそうな体の線にぴったりと合うボディースーツがある。あまり類を見ない異色のコーディネートだ。
「これが、噂のリズ様か……」
聞こえないように小さく呟く。
勇者パーティーの一員になるはずだった人間。
リズ・シャルロッテ。
バッドエンドの後で知った事だが、彼女は結構男性ゲームプレイヤーには人気のキャラクターだったらしい(鞭を持って罵られたい、足で踏まれたいとかそんな願望で)。
新進気鋭の天才研究者であると言う設定の彼女は、ファンの間で人気が高いらしく誰にもこびない姿勢だとかちょっと強気の態度とか、けれど時間経過とともにデレてくるところとかが受けて、リズ様ファンクラブというものが出来あがるまでに、その人気は熱を帯びていったらしい……。
おそらく世間で言うツンデレとかいう奴なんだろうと俺は思っているが、こうしてみる限るどこがいいのかさっぱりだ。なんか生意気そうだし、こっちの事を攻撃的に睨んでくるし。
それとも、ひょっとしたらこいつもユリカみたいにゲームとはちょっと違うのだろうか。
「ふん、別にあんた達に助けてもらわなくったって結構よ。そんな事をする余裕があるのなら、ゾンビ騒ぎで困っている上の連中の力にでもなってやればいいじゃない」
そっぽを向いた風に強がるリズは、上……つまり村の惨状を知らないでいるらしい。
騒ぐ様子を通り越して、声を上げて困るような人間が一人もいないんだが。
リズの言葉を聞いた俺達は、さてどうしたもんかと互いの顔を見合わせる。
「あ、あんた達もどうせあれなんでしょう。小娘のクセに粋がって研究の真似事なんかに首を突っ込むからこんな事になるんだって、罰が当たるんだって、あたしを笑いに来たんでしょう。いいわよ。笑えばいいじゃない。別に邪魔なんかしないわよ。どうせできないし」
強気の口調で喋り続けるリズなのだが、段々涙目になって悔しそうな表情になってくる。見ていると、なんか口の悪さなんか気にならなくなって、むしろ可哀そうになって来た。
あれか、こんなにツンケンしてるのは自分の不安とかを紛らわす為とか。
こいつ、どうしてこんなに卑屈に自分を下に潜り込ませようとするんだろうか。これではとても鞭なんて振って罵ったりはできない。いや、してほしくなんてないけど。練さん、そんな変態じゃないし。
なおも言いつのろうとするリズの言葉を遮って話すのは予想通りの人物。
「申し訳ないけどぉ……」
誰もが事情を話す事を躊躇う中で、ラクシャータだけが口を開いた。
パーティーの中で、そういう損な役回りを積極的に背負うのが彼女の思いやりだった。
「事情を説明してくれないかしらぁ。それと、上の人達はおそらく一人残らず死んでるわよぉ。アンデッドになってぇ。研究所内もおそらくそうねぇ」
「え……」
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