第10話 地下研究所



 とりあえずは、歩き周る無害なアンデット達は無視。

 ハーツカルバートの中を調べていく。


 当然練さんは、元ありふれて牧歌的だった小さな小さな村を見回りながら、ユリカ達に記憶にあるかどうか聞かれていった。


 そんなもんあるどころか根本から存在しないので、ひたすら曖昧な態度を取り続けて「分からん」とか「気のせいかも」で通さなければいけないのは大変だった。


「これだけ見て分からなかったら、よく似た違う場所に住んでたのかもねぇ」

「似たような村、たくさんある」


 幸いにも彼女達は、目的地の特徴のなさが幸いして怪しむ反応を見せる事無くそんな反応だった。


 そして、そんな極めて個人的な私事と並行してやる事と言ったら、村がそんなになってる原因調査だろう。


「腐敗の進み具合からしてずいぶん前から、こうなっていたみたいですね」

「周囲の住人達はどうしてるのかしらねぇ」

「途中にある村々を観察する必要があった」


 アンデッド達はまだ肉が残っていてゾンビになってる者もいるが、大半は骨だけのスケルトンになっている。

 数日ばかりでこんなになるはずはないので、やはり序盤でスルーしてその後に悲劇が起きてしまったのだろう。


 魔王城から逃げのびた後は、余計な寄り道をしなかったものだから付近に住んでいる者達がどうしているか分からない。

 誰か対策をとろうとかしなかったんだろうか。

 村の外で、モンスターと戦ったらしい痕跡は実のところ数か所見つけているのだが、それはおそらく冒険者とかのものだろうし。村の中で戦闘が起こったらしい痕跡は、こうして見周って見ても全然見当たらなかった。


 だが……、


「あの小屋、少しあやしい」


 セリアの勘が告げたのか、気にあると彼女が言った建物を調べる事にした。

 村の中では、あまり目立たない場所に立てられた小屋。

 一見して不便で、しかし放っておかれたとみるにしては小綺麗すぎるのだと、彼女が言い張ったのだ。


 室内に入ると、農耕用の器具が乱雑に積まれている。

 俺達は手分けをして、それらをかき分けかき分け、怪しい所がないか見ていく


「お掃除したくなりますね」


 ユリカがうずうずしている。

 彼女はそうだ。綺麗好きな設定だったか。


「でも気合入り過ぎて、途中で疲れちゃうのがいつもなのよねぇ」

「細かいところ、気にしすぎ」


 意外にこだわるタイプで、凝り性。

 気に入った事はとことん極めたがる性格なのだが、そのペースに巻き込まれて周囲が疲れてしまう事もしばしば。


 そうそう、ユリカってそんな性格だったよな。


「気にしすぎなんて事ないです。常に清潔に保つのは当然の事じゃないですか」

「あー、わかったわかったわよぉ。だからそんなに声を荒げないでぇ。埃が舞っちゃったじゃない」

「あ、すみません。ふ、……ふぁ、くしゅんっ」


 会話をしながらかしましく作業をしているユリカ達とは違って、セリアはいつも淡々としている。

 手当たり次第に周囲を調べて言っている俺達とは違って、彼女はどこが調べるべきなのか分かっているらしく、効率よく動いて言っている。


 セリアさん、クール。


「何?」


 おっと、熱い視線を送っているのがばれてしまったようだ。


「いんや。くしゃみで埃が飛んできたからちょいと避難したいな、と」

「そう」


 ちら、とユリカ達の方を気にするが幸い聞こえていなかったようだ。

 どかした農機具を怪力で壊しているユリカに、ラクシャータが笑い転げている。


 そうだ、どさくさ紛れにセリアの横のスペースにお邪魔しよう。


「俺って、結構あやしい不審者だと思うんだ」

「その通り」

「そんな俺が勇者パーティーに交ざっている現状についてどう思う」

「……」


 良い機会なので聞きたかった事を尋ねたりしたのだが、ちょっといきなりすぎただろうか。


 うーん、俺的には、ちょっと仲良くなってきたかなぁぐらいからこう、「お? いつのまにお前そこにいた」的な感じでさらっと距離詰めるのが良いんだけど。相手、勇者パーティーだし。


「悪くはないと思う。ネルは料理を誉めてくれた」

「それだけ? 言う事聞くほど?」

「それだけじゃない。けれど、私にとってはそれでも十分」

「そっか」


 どうやら思った以上に初日の夜の出来事が、セリアの判断に影響しているようだった。


 そんなこんなで、背景で仲間二人がやんややんやと騒ぐのをBGMにしながらも、練さんにしてはちょっとだけ真面目に調べ物をしていく。

 セリアの目は狙いに見事当たったようで、数分後地下に怪しげな空間があると言う事をつきとめたのだった。





 そんで、場面移り変わって、探索は地下空間に引き継がれる。


 そこは、無機質な鉄製の壁が延々と続いているザ・研究所みたいな所だ。

 隊列は前衛のラクシャータが前、その後ろにユリカとセリアで、間に挟まれるようにして俺というシンプルな二列構造。幅がそこそこあるのでできる事だな。


 全体の地下空間の長さは、村と同じくらいの広さだろうか。ひょっとしたらそれ以上あるのかもしれない。


 いくら、どこにでもあるような小さな場所だと言っても村一つ分。どんな仕事したらこんなもんを村の下に作れるのやら。それも、住人に全く気付かれる事なく。(地下空間の存在に気が付いていたら、ユリカ達はここでこうしていないし、フラグをスルーする事も無かっただろう)


 どうやって作ったのやら、だ。本当に。建設費用なんかは、かなりかかっただろうに。こういうの、才能の無駄遣いじゃねぇ?


「なあ」


 誰に対してと言うわけではないが、ふと疑問に思った事を尋ねる。


「前にこの村に来た時、あんた達は何も気が付かなかったのか」


 こんな大規模な地下施設があるのに、勇者パーティーともあろう人間達が何も気が付かないものだろうか。


 ゲームでこいつらを操作していたのは俺だが、この世界ではこいつら自身が考えて動いてたんだろうし、と疑問に思ってしまう。


 村人は知らなかったのは、一般の方々だったからとして、勇者として魔王打倒の為に各地を回っている者達がこんな大掛かりなものに気づけないなんて事あったりするんだろうか。


 そう思っていれば、ラクシャータに肩をすくめられる。


「ネル君はラクシャさん達の事買い被りすぎよぉ。いくら国の未来を担う超重要人物だとしても、出来る事と出来ない事ってものがあるわけ。地中に埋まっている施設の存在を感じ取れなんて無茶無謀が過ぎるわねぇ」

「私達にできるのは人やモンスターの気配を探ることぐらいですが、たとえ地下に人がいたとしても、こうやって地中に居を構えられては地面に遮断されて掴みづらくなるんです」


 ラクシャータの言を補完するようにユリカが説明を述べる。

 一般人だからピントこないが、そういうもんなんだろうか。


 だがラクシャータの言った通り、俺は彼女たちの事を彼女達を過大評価してるのかもしれない。

 ゲーム画面越しだとキャラクターで登場人物でしかないと思わされていた彼女らと、こうして直にあって話せば生きた一人の人間だと言う事は分かる事だし。


 何でもできる超人ってわけじゃないのだ。

 じゃなきゃこんなどん詰まりの状況にはなってないんだし。


 何やらシリアスに傾いてきそうな話の気配だったが、幸いな事に俺がふざけるような事態にはならなかた。そういや、この世界にきてから心の中ではともかく、彼女等の前ではそんなおかしな態度採ってない気がする。それも当然か。魔王後継者だし、ははは。まったく笑えん。


 ともあれ、シリアス払拭要因となったセリアは、思い出話をしたいようだった。


「気配といえば、シグルディーア湿原では、苦労した」

「ああ、そんな事もありましたね。泥沼の中を移動するタイプとの戦闘は、本当に苦労しました」

「着物が汚れるから……」

「わ、私は別にそんな事気にしていませんでしたよっ」


 おそらくごく最近、魔王打倒中の彼女達の身ににあった出来事か。

 遮蔽物があるところではユリカ達も結構大変だったらしい。


 ゲームではなかった事だな。湿原は通って来たがそんなイベントは起きなかった。描かれなかった舞台裏……みたいなもんだろうか。


 まあ、当然だろう。ゲームみたいに簡単なマップを移動して、次の町へ……とは現実にはいかないんだから。


 たしかにここは、バッドルートに分岐した……俺の良く知っている知識ゲーム通りの世界のようだが、やはりまるっきりゲームの延長線上にある世界でもないのだ。確かに現実味をもってここにある、れっきとした一つの世界だ。


 そんな内心をしてか知らずか……いや確実に知らんだろうが、会話に交ざったラクシャータが楽し気にユリカを弄り始める。


「着物って洗うの大変だものねぇ」

「もう、ラクシャータさんっ」


 それ以上言ってやるな。

 それはユリカにとって大切なもんなんだよ。練さん、知ってる。


「別に母親の形見なら大事にするのも当然だろ」


 意地悪そうな声音でユリカをいじる続けるラクシャータに大して、助け船をだすつもりでそう言ってやったのだが、直後二人が呆けたような声を上げた。


「えぇっ?」

「私、ネルさんにその事言いましたでしょうか?」


 あ、口が滑った。


 それは、ゲームの説明書に書いてあったキャラクター説明欄の情報なのだ。


 東にある。陽之国出身のユリカは、病気になった母親を看取って、譲り受けた形見をその身に纏って旅をしている……なんて具合に。


 父親も幼い頃に失くしていたユリカは、アッシュ達のいる国へやって来てそれで魔王やモンスターに困らされている人々を放っておけなくて、勇者パーティーに入ったというのが全文だが。


 そんな事は普通なら、出会ったばかりの人間が知っているような事じゃないのだ。


 どうやって誤魔化すべきか……。


「えー、あー……。寝言で聞いた」

 

 必死で知恵を絞ってみるがダメだった。そんなのしか出てこん。


 ついでに思い出してしまった。

 そうだよ、昨日テント同じだったんだよなぁ。

 誰と?

 馬鹿、決まってんだろ。

 美女三人とだよ。


 まあ、間違いなんて起きる雰囲気でも、起こせる気力もなかったから何事もなくお日様おはようになったんだが。


「私ったら、そんな事言ってたんですか? あ、でもそのたまに言うかも……いえ、そんなはず。あぅ……」


 てっきり猛烈な勢いで否定される物だとばかり思っていたのだが、もしや本当にそう?

 しかし、何だか困っているようにも見えるのだがこの反応、一体どう取ればいいんだろう。


「うーん、そうねぇ。アッシュさん好き好き、大好きぃとかよく言ってるわよ」

「っ、それはさすがに嘘です! 私はそんな事言いません。からかってますね」

「……この間、美味しそうな食べ物の、独り言を言ってた……かも」

「セリカさんまで!」


 お、普段は加わらない奴まで。

 ユリカは真面目だからからかうと反応が面白いんだよな。だからついつい悪乗りする奴が出てくる。分かる。俺もやりたいし。


「だけどぉ、真面目な話それって結構色がくすんできてるんじゃないのぉ?」

「そうかもしれませんね。常に着ているので、気が付きづらいですけど、この旅で結構ほつれてきてしまいましたし。もともと目的が達成されたら、別の形に修繕するつもりでしたから」

「魔王討伐後って事ね。でも、それでも捨てるって言わない辺りがユリカらしいわねぇ」


 賑やかしく会話に華を咲かせ続ける女性達。

 あんな怪しげな村の地下に、こんな意味ありげな場所があって、そこを今歩いていると言うのに、緊張感が全くない。


 数多の戦いを潜り抜けて来た者達とは感覚が違うのだろうか。


「怖いのなら、手を繋ぐ?」


 考え込んでいた様子を、セリアに誤解された。

 危うく本物の子供の様に手を引かれそうになったので慌てる。


「違うよ?」

「……そう」


 なぜだか凄く残念そうだ。


 そういえば、セリカは子供好きだったな。


 いつも仲間から一歩引いた場所で、出会った相手の事を冷静に観察している彼女だが、子供相手には弱いのだ。そこは男の娘で助かった。


 手ぐらい繋いでやればよかっただろうか。


 いやでも、見た目はこれでも中身はあれだし。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る