第9話 ハーツカルバート
辺境の村 ハーツカルバート
やってきました辺境の村。
ここ……ハーツカルバートという村は、意味ありげな名前に反して、本当に何もない村だ。
とくに変わったものがあるわけでもない、どこにでもあるような小さな村。
村にそんな洒落た名前を付けた人間はいったい何を思って付けたのだろう、訪れた誰もがそんな風に思うだろうくらいほんとに特徴がない場所。
その村は、特別他と比べて大きいわけでも、住んでいる人間が多いわけでもない。
ただ、そんな中で一つだけ、少し変わった決まりがあって、時を告げる鐘を鳴らさないとかいうそんな感じのもの。
よく言えば牧歌的、悪く言えばありふれている村……。
なのだが、俺達が訪れたその場所はそれらの想像が粉みじんになるくらいのひどい有様だった。
「これは……」
村の前にやって来たユリカ達は絶句している。
それくらいの、言葉を失くすしかない光景だったから。
それも当然の事だろう。
なぜなら俺達の目の前で、通りゆく人という人がアンデットとなって徘徊しているんだから。
大体の事情を想像していた俺はそんなに衝撃を受けないと思っていたのに、そんな自分ですら驚きを隠せない。
この村で、勇者達は一つのイベントを消化し損ねている。
それは、仲間になる味方キャラクターの参入イベント……であるのだが、もっと大元で言えばその原因となるある陰謀の阻止イベントからだ(仲間参入イベントは、重なるいくつかのイベントを全てこなして初めて達成できる様になっている)。
バッドエンド後のエンドロールでは、死体歩き周るこの村を魔王の寄越したモンスターが蹂躙しているようなシーンがあったんだが……。最終決戦で敗北後逃走した影響なのか、そんな事は起こっていないようだ。
だが、それでなくとも目の前の光景は衝撃だった。
通りを歩く者達の全てはモンスターとなり果てて、腐肉をまき散らして歩くゾンビがいれば、腐る肉体すらなくして白骨化したスケルトンの姿で彷徨う者もあった。
大人も、子供も、老人も、おそらく村の住人の全てがそうなっているだろう。
「……」
エンドロールはゲーム画面越しだったからともかく、現実で見ると結構きつい。
序盤で参入予定キャラを仲間にできないでイベントをスルーしてしまうと、アルガという人物が対魔王兵器を作る為に、村人を非道な研究に利用してしまう。そのせいでこうなっているんだと原因は分かっているんだが……。
割り切れるもんじゃないよな。
それが、人間の感情というもんだ。
「大丈夫ですか? ネルさん」
「平気だ。別に何とも思ってない」
ユリカに気遣われて強がるものの、正直長く見ていたい光景だとは思えない。
ええ、平和な世界でのうのうと生存してましたもんで、アンデット慣れしてないんですよ。
戦々恐々としてると、寄り添うようにセリアが近づいてきて、こっちに尋ねてくる。
「記憶に、引っかかる?」
そういえばそんな設定だったな。
引っかかる記憶自体がないので、首を振るしかない。
「まだよく見てないから分からない。もっと見れば分かるかもな」
「そう……」
とりあえずは、危ないから中に入らずにスルーっていうのが一番怖いんで、村を調査するように促すべきだ。
さて、見た目的に俺は小さな子供だが大丈夫だろうか。
断られても、強引にしがみ付いてってでも同行してうやろう、と改めて決意するのだが。
「一番良いのは、中を見て周るべきなんでしょうけど……」
「あー、子供にはちょっと刺激の強ーい、光景よねぇ。ネル君、ラクシャお姉さんがおんぶしてあげよっかぁ?」
何故かあっさりとそんな流れだった。いいのか、それ。
一体どういう心境の変化で、俺同行の規制緩和となったのだろう。
だが、まあスルーと言う最悪の展開にはならずに済みそうで良かった。
「どう? お世話されちゃう?」
「煩いからやだ」
「あはは、ふられちゃったぁ!」
背中におぶさってもらえば、見たくない景色も水に住むんだろうが男として情けなさすぎるし、あのラクシャータの近くにいたら耳が休まらなさそうだ。
「無理そうだったら、いつでも言っていい」
「あ、ああ。ありがとう」
最後にセリアの平坦な口調で気遣われて、その話題は一旦締められる。
けれど、こうして会話してて分かる事だが……。
「どうやら、向こうは襲ってこないようですね」
相手の様子を観察していたユリカが確認した事実を述べる。
そうだ。アンデット達が視認できる距離にいて、練達が色々と会話していたというのに、向こうは襲いかかる素振りをするどころか気にする様子も見せなかった。
襲ってきても大丈夫なように備えはしてあるし、相手の出方を探る意味でもアクションを待っていたのだが、怪我は負わかったものの収穫が少ないままだ。
ラクシャータが意見を求める様にセリアに言葉をかける。
「モンスターだったら、私達を襲ってくるはずなんだけどぉ。変よねぇ」
「気づいていないというより、周りの変化を気にしていないよう」
が、セリアも分からないと首を振るばかりだった。
彼女の言う通り、俺の目から見てもモンスター達は周囲を伺うという確認動作もせず、ただウロウロしているだけの様だった。
「こういう事ってよくあるのか?」
「ないわよぉ」
うん。俺もなかったな。
一応尋ねてみたが、返って来た返答にちょっとほっとなる。
俺がプレイしたゲームのモンスターの行動と同じような感じらしい。
ここで、モンスターの基礎行動が違うなんて事になったら、後が大変になるどころじゃないからなあ。
ゲームでもこの世界でも、フィールドを徘徊しているモンスターは大概が好戦的。
人間……アッシュ達を見たらいつだって容赦なく襲ってきて、即戦闘が常識なのだとラクシャータが述べる。
人を見ても襲わないモンスターの例外があるとすれば、力の持った個体で意思のある(城を住み家にしたり、罠を張って待ち構えたりする)存在だけだろう。
アルガは自分の研究に利用してできた元村人のアンデッドモンスター達の行動を操る事が出来るようになったのか。
じゃないと、モンスターがこんな行動取らないよな。
正規の最終決戦では、その技術が魔王城攻略の手助けになったらしいし。
ユリカ達にその事を素直に教えられればいいんだが、真っ正直に言ったところで怪しまれるだけ。この世も前の世もままならない所は同じだ。もう超大変。
だが、教えずとも似たような予測を立てるだけの発想があったらしい。
「何かをする素振りは見せませんね」
「誰かに操られているのかもしれないわねぇ」
不思議そうにするユリカにラクシャータがそんな発言。驚かれている。
「えぇ? モンスターが、ですか?」
「分からないわよぉ」
「信じられない」
ピンとこないと言わんばかりの表情で、首を傾げるユリカ。
ラクシャータは思考が柔軟なんだよな。
彼女は、人がモンスターを操るという可能性も視野に入れている様だが、ユリカやセリアは信じられないと言った様子で首を振っている。
それも当然の事だろう
今まで、魔王城以外で誰かの言う事を聞いて動いているモンスターを見た事が無いのだから。
本来は、フラグをちゃんと回収して行く事が出来ていれば、序盤でそれを匂わせる関連ストーリーもここで起きるはずだった。
この世界の勇者達は俺と同じく、ちょっと危機管理ができてなくて抜けてたんだな。そういう言い方すると、魔王城で罠を踏み抜いたユリカと同じになりそうで嫌だが。
「とりあえず、襲ってこないならそれに越した事はないんじゃなーい?」
「そうですね。慎重に行きましょう」
「考えていても、分からない事もある」
意見をまとめた所で、ユリカがこちらに何かを手渡してきた。
「ネルさんは、これを持っていてください」
渡されたのは、何から高価そうな鉱石が三つ程はまった分厚い円盤だった。
「これって、ソウルジェムか……」
「ご存知なんですか?」
まあ、知ってるよ。
ゲームで散々、調整したからな。
魔法が使えるキャラクターの為に、
持ち主ははめ込んだジェムによって、さまざまな魔法が使えるようになるという代物。
アッシュは聖属性の攻撃重視。
ラクシャータは炎属性の攻撃・陽動系統。
ユリカは回復・支援系。
セリアは、妨害系のジェムをはめてるんだったか。
「これを持っていれば、離れた所にいても私達に連絡が取れますよ」
そうそう、一つもジェムを入れなければ魔法は当然使えないのだが、前もって備わっている三つの機能がと、亜空間操作機能が
一つは先程言ったような通信連絡。
そして二つ目は映像送信。
最後の三つめは、これはまあ……戦闘ではあまり役に立たない日常支援系。
おまけのもう一つは、武器やら道具やらを入れて置く亜空間を操作する。
円盤は普通、王宮軍にいる兵士達に配られる物だ。
確か兵士の給料何か月分とか、ゲームで言っていた。
そんなのが練さんのちっちゃなおてての中に一つ。
良いんですかい?
ふざけるのが得意な練さんにそんなの渡したら「あっ、手が滑ったー」とかやっちゃうよ?
「こんなのもらっていいのか。結構高いんだろ?」
「ネルさんが気にすることではありませんよ。それに……その元の持ち主も、ネルさんの役に立つ事を望んでいるはずですから」
「……」
あー、これ……ふざけられなかった。
悲しげなその一言で、元の持ち主の正体が分かってしまったからだ。
元の持ち主なんて、アイツしかいないじゃん。
「こんな危ない所に連れてきてしまってごめんなさい。本当は安全な所に連れて行くべきなんでしょうけど」
「別に、俺が言い出した事だし」
気にするなと言いたいが、生真面目である彼女は納得できないのだろう。
彼女等がどうして、自分達の意見を捻じ曲げてまでここに来てくれたのかは分からないが、そう暗い顔をしないで欲しい。
こっちは我が儘を聞いてもらった事には変わりないわけだし。
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