第8話 綺麗な花には棘がある



 名もなき山道


 ゲームだったら、キャラクターを画面に表示されている分のフィールドだけ歩かせれば、サクサク進めるのだが、現実ならそうはいかない。


 とりあえずはハーツカルバートへと向かう事になったが、道中は険しかった。


 別に何故かオプションとしてついてきた所持品らしき剣が邪魔で重苦しいわけではない。

 ユリカ達の工夫……山のバーベキューも海の海水浴も身一つで楽々お出かけ、みたいな異空間収納できる便利魔法、があるので邪魔にはならなかったからだ。


 原因はもっと別の所にある。

 元の世界にいた頃は考えられない、けれどこの世界では当たり前の事。


「うわ、また出た」

「ネルさんは下がっててくださいね」

「そりゃあ出るものは出るわよ、安全な町の中じゃないんだものぉ」

「要警戒」


 険しい山道を歩いていれば、立ちはだかる様に現れたモンスター。

 ごつごつした岩肌の大きいトカゲみたいなモンスター、サラマンダーが一体。


 ここに来るまで何度も遭遇してきてはいるが、未だに慣れない。


 ラクシャにけらけらと笑われながらも、ユリカ達の背後へと避難する。

 非情になさけないが、こちらは人生年数イコールで安全の国に住んでいたのだ。


 異形の化け物前にして、堂々としていろというのはさすがに無茶が過ぎる。


「魔王城の中ではザックザックやってたみたいじゃない?」


 はい、やってました。


「けど、それはそれ。これはこれだ」


 あの時は緊急事態で殺るしか選択肢が無かったから殺っていただけ。

 格好悪いから言わないけど、結構内心冷や汗掻きまくってたし、正気度とか恐怖耐性値とかがギリギリだった。

 余裕がある時まで、自分に鞭打たなくてもいいだろう。ね、だよね?


「セリア、やっちゃえるぅ?」

「余裕、一人で十分」

「よろしくねぇ」


 ラクシャータの言葉に応じる様にセリアが一人でモンスターの前へ。

 宙に浮かせていたマキナボールを動かして、ぶつけていく。


 敵の方はそれほど強くなかったようで、二、三回の攻撃であっという間に吹っ飛ばされてしまった。


 傾斜のついた坂をゴロゴロ転がって、視界からフェードアウト。


「倒さないのか?」

「えぇ? そんなの、面倒なだけよぉ。死体にしちゃったら血がついちゃうし、臭いで他のモンスターが寄ってきちゃうものぉ」

「ああ、なるほど」


 ゲームだったら経験値を貯めるために、エンカウントしたモンスターはきっちりと倒していくのが常識だが、現実ではそうはいかない。

 敵を倒しても分かりやすい経験値が入るわけでもないし、無駄に殺生をしてもただ厄介事を量産するだけなのだろう。


 モンスターを強制排除したセリアを労っていたユリカが会話に加わって来る。


「それに、今はネルさんもいますしね……」

「そうそう、野蛮な戦闘をして、ラクシャさん達は狂暴だったなんて思われたくないものぉ」

「いや、そんな事思ったりしないけど?」


 他の理由は、一応少年姿であるネルを気遣っての事だったらしい。

 別に敵の一体や二体倒したくらいで、野蛮だ狂暴だなんだのと騒ぐ程ではないと思うのだが。グロ耐性がないんで、見た目的には衝撃を受けるかもしれんけど。


「ふむふむ、ネル君はお金持ちのボンボンじゃないみたいねぇ」

「殺生にも、耐性あり」

「…………」


 気遣うフリして分析されていたらしい。

 ここは、さすが勇者パーティーと言うべきか、それとも純粋に心配されなかった事を怒るべきか、悩むところだな。


「えういえばセリアさん、例の物はどうですか?」

「渡すのはちょっと早い、修理が必要」

「ちょっと壊れちゃったものねぇ」


 ユリカ達が何か彼女等にしか分からない話題で話しているが、その内容に突っ込んでいくよりも視界に気になる物があった。


 視線の先にあったそれは湯気っぽかった。

 今まで無風だったが、風邪が吹いてきたのかその湯気がこちらに向かって流れてくる。


 わずかな温もりを内包するそれはまぎれもなく蒸気。

 お肌が少しみずみずしくなった。


「あらぁ?」

「もしや、これは……」

「そういえば、前にここを通った時ありましたよね」


 三人の女性たちは何やら吹き込んでくる湯気の向こうに、期待に満ちた視線を向け始めている。

 そして、何だ何だと思っている内に予定したルートを外れ、足早に進路変更し始めた。

 先を急いでいるんじゃなかったのか? いいのかこれ。


 彼女らがなぜにそんな風に喜び勇んでいるのか分からない俺は、抱いた疑問を口にして尋ねるしかない。


「なあ、この先に何があるんだ?」

「ネルさんは何があると思います?」


 疑問を疑問で返されてしまった。


「それは……」

「決まってるじゃなぁい」


 心なしか得意げな様子でいたセリアが何かを口にしようとするのだが、ラクシャータがその声にかぶせる様に発言しだしたので、杖で叩かれていた。


 とにかく彼女の中では湯気と言ったらそれ、と決まってるらしい。


「ここまでずっと、水辺に寄り付きませんでしたからね。飲料水はかろうじて確保できましたけど……」


 そんな二人のやりとりを背景に漁夫の利を得る形となったユリカが説明してくれる。

 水辺、と聞いてピンと来た。

 そりゃそうだ。

 年頃の娘が、魔王城で汗流して野宿して、土埃の中歩き周って気にならないわけがないだろう。


 得心の言ったようなネルに、肯定する様に詳しく述べるのはユリカ。


「温泉です。いつもは水の魔法で最低限身を清めるようにしているんですけど、昨日は色々とありましたので……」


 そうだった。昨日俺は横になるなり、泥の様に眠って他の事をする労力なんて微塵もなかった。

 彼女らもそれは同じなのだろう。

 なにせ、魔王討伐と言う大役を果たそうとし、失敗して逃走してしまったのだから。


 体力的な事はどうだか知らないが、精神的には相当きつかったかもしれない。


 つまりは、あれだな。お風呂タイムってわけだな。桃色桃源郷と言うわけだ。

 急がにゃならん状況であるのは確かなんだけど、年頃の娘さんに身なりを整える時間を削れっていうのもひどい話だもんなあ。彼女等もこんな開けた場所で、長時間気を抜こうとは思ってないだろうし、まあ良いか。


 湯気の中を突き進んで行く女性三人の姿を見つめながら、そういえば男の自分はどうするつもりなのだろうと疑問に思った。







 湯気の中に侵入してって湿気ながら考える。

 さて、男の娘である練さんの運命やいかに。


 女の子としてカウントされてどさくさまぎれに一緒に混浴になるか、それとも小さくとも異性として扱われて荷物版やら見張りやらにされるのか。


 結果は……。


「器用っすねー……」


 男湯と女湯にしきられた岩を挟んでのご入浴。

 ちょうど真ん中ぐらいの決断だった。


 だが、まあ考えてみれば当然だ。

 彼女等は以前もここに来たような口ぶりだったのだから。

 その時はパーティーには唯一の男性アッシュもいたはずで、何も対策が取られていないわけがなかったのだ。全然悔しくないよ? ほんとだよったらほんとだよ?


 一人寂しくするために俺を外にほっぽり出さないあたりが、彼女らの優しさなんだろうが、逆に誰か一人くらい警戒しなくて良いのだろうかとも思う。


「心配しなくとも大丈夫よぉ。モンスターなら、セリアのマキナが浮いて見張っててくれてるものぉ」


 そう言う意味じゃない。

 それも心配ですけれども。ねえ?


「大人としてカウントされてない件が濃厚だな……おぅわぁっ!」

「なーにがぁ?」


 心に浮かんだ疑問に対する答えが割と近いところから返って来てぎょっとする。

 いつの間に境界にある岩を超えたのか、背後にラクシャータがやって来ていたのだ。


 肌色が危険ですが!?


「えいっ」

「にょわっ!」

「あはは、にょわっだってぇ」


 背中に表現しがたい感触が衝突してきて、意識が飛びかけた。


「ふぅー」

「ひぃあっ!」

「きゃー、かっわいぃー」


 次いで耳に息を吹き込まれてまた変な声が出てしまう。

 この悪戯女めぇぇぇ!


 背中に乗っかっている重量を堪能、役得役得……。とか思ってる場合じゃない。

 ラクシャータが相手だと面白い玩具として遊ばれ尽くされるだけだ。


「はーなーれーろーっ!」

「あは、怒った顔もかわいいわぁ。それとも照れてるぅ。ほら、ぷにぷに」


 言葉の最後に頬をつつかれて、照れとか恥じらいとかが吹っ飛んだ。


 もがいて振りほどこうとするのだか、どう力を入れているのかぴっとり密着したままで膠着状態。全然離れてくれない。


 温泉の中で、格闘戦ってどうなの?

 汗を流す為の入浴なのに、逆に掻きまくってしまった。意味がないじゃんか。


 そんな事をしていると、岩の向こうからユリカの声が届く。


「ちょっと、ラクシャータさん。様子を見たらすぐに戻って来るっていいましたよね。何してるんですか?」

 

 こちらの様子を聞いていたらしいユリカが介入してくるが、ちょっと遅いよ!


 ざぶざぶとお湯をかき分ける音がして、湯気の向こうから気配が近づいてくる。


「何って、別にねぇ?」


 俺に聞かないで。


「くんずほぐれ?」

「く、くんず……っ!?」


 ラクシャータのふざけた物言いに反応したユリカの上ずった声。


 だいぶ近くになって来た気配がいったん立ち止まったかと思うと、一瞬後岩がぶっ壊された。

 殴ったね? 君。


「は、破廉恥ですよっ」


 何という事でしょう。

 顔を真っ赤にしたユリカが、破壊された岩の向こうに現れた。


 大丈夫。

 大事なとこは見えてない。偉大なる湯気の力のおかげだな。

 いや、残念がった方が良い? でもほら、鼻の下伸ばしてたら俺に矛先が向く確率上がっちゃうし。

 

「破廉恥なのはユリカの方じゃないのぉ?」

「そ、それは。私は良いんです、注意しに来ただけですから」

「あらぁ、そう?」


 ユリカは頭のてっぺんから湯気でも吹き出しそうな勢いでこっちに近づいてくる。

 ちょ、それ以上近づいてくると湯気の力がなくなっちゃうから、やめて!


 あ、そうだ。

 練さん、紳士になります。

 ざぶざぶざぶーっと。


「あ、どこに行くのよぉ。今から面白そうになしそうなのにぃ」

「おぶあっ! ぶぐぼごぼごご……っ!!」


 その場を急いで離脱しようとしたら、ラクシャータに絡まれて湯の中にダイブ。

 溺れかけたぞ、今!


「やめろ俺を女同士の修羅場に巻き込むんじゃない、はなせこのっ!」

「やぁだ」


 やぁだじゃないよ、ちょっとお姉さん。

 こう見えても俺、結構いい年の男の子だからね! 言えないけど!


 つい昨日まで、世界の危機的な感じでシリアスしてたじゃないですか。

 それがこんなドキドキコメディ混浴タイムだ。

 切り替え早いよなぁ。こいつら。


「……あらぁ、この模様」


 逃走を図ろうとする練を抱きついたまま、押さえつけているラクシャータは俺の右手を取って訝し気な声を出している。かと思えば一転、妖艶そうな声音で耳元に語りかけてくる。余ったるい感じので。


「ねぇ、ネルくぅん、ラクシャお姉さんとい・い・こ・と・しない?」

「!!」

「ラクシャータさんっ、こんな小さな子供に何してるんですかっ」


 ユリカと、俺から離れたラクシャータが何やら言い争っているが、それどころではない。

 こっちは割と限界だっった。


「あ、ちょっと今から倒れるから俺の死体回収しといて」

「「?」」


 二人が疑問符を浮かべるのを見てから、お湯の中にダイブ。

 のぼせた。


 朦朧とする意識の中で、慌てる二人をセリアのマキナがケンカ両成敗するのを見届け、意識がブラックアウトしていった。


 結論。

 綺麗な花には棘がある。


 数時間後、意識を取り戻した練さんだが、看病という名目でおかゆやらひざまくらやらで更にもう一波乱巻き込まれる事になったんで、尚更そう思う。


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