第6話 決死の逃走
アッシュの事は嫌いじゃない。
俺はむしろ好意的に見ていた。
現実に存在しない人間だが、困っている人間には手を差し伸べる、間違っている事にはノーと言う、相手が誰だろうと自分の考える正しさを絶対に曲げない。
こんな人間現実には絶対存在しないだろっていうぐらいの性格だった奴。
だからこそ俺は、憧れていたのだ。
そんな強い人間みたいに、自分もと。
そのゲームをやり始めたきっかけは偶然だ。
数年放置していたゲームだが、何かの拍子で思い出し、押し入れから引っ張り出した。
それで、試験勉強があるにもかかわらず、なつかしさと好奇心に負けてしまいパッケージを開けていたのだ。
説明書を読んで、キャラクター説明を見たりしたら発売当時の事とか、たまに聞くクリアしたプレイヤーの感想とかが脳裏に蘇って来てつい……、と言う流れだ。
でも、そのゲームの主人公は……、
もういないんだよなぁ。
出会ってまともに言葉も交わさない内にいなくなってしまうなんて。そんなのアリだろうか。
憧れのゲーム世界にたぶん転生! でも主人公はいないの……。って、そんなんじゃ八割損だろ。八割。
そんな風に俺としてはらしくもなく、ちょっぴりシリアスに浸っていたんだが、意識を現実に引き戻す声が近くから発生。びっくらこいた。
先導する様に前を走っていたラクシャータが何かに気が付いたようだ。
「ちょっとぉ、誰よぉ。このお城のモンスターはほぼ全滅ぅ、なんて言ってたのぉ。いるじゃないのぉ」
視線の先には大変見覚えのある御方達。
決戦の前にユリカが引っ掛かった罠の分だ。
「もぉうっ、無視無視! とんずらこいて逃げるわよぉ。ネルちゃんは大人しくしてて頂戴ねぇ!」
いちいち相手にしてられないとばかりに、一行は方向を変えて走る。
しかし、何で、ちゃん付け?
練さんこんな見た目だけど、心まで女になったわけじゃないんだが。
ラクシャータに抱え込まれながら俺は全力移送中。
何とも情けない姿だが、彼女らにとってはか弱い子供でしかないのだから当然なのだろう。
「なあ、降ろせば走れるぞ」
「冗談! ここではぐれたら、次合流できる保証ないものぉ」
あー、確かに。
ラストダンジョンだけあって、アビスダーク城の構造はそれなりに複雑だし、パーティー分断のトラップもある。
この緊急時に何かの拍子に別れたら、集合できない可能性があった。
そんなやり取りを経て魔王戦の衝撃がわずかに抜け、彼女達はしだいに冷静に戻ってきたようだ。
「すみません。ラクシャータさん。前を任せてしまったままで。セリアさん、先導お願いします。マキナはラクシャータさん達の方がいいでしょう」
「了解」
そうしてようやく彼女等本来の状態へ戻っていくのだ。
パーティーリーダーがいなくなったのだから、しばらく混乱するのは無理もない事だったけど。ラクシャータのフォローがなければ、もう少し時間がかかっていたかもしれない。無駄口もたまには役に立つと。こういう時こそ、俺達みたいな人間の番ってか。
すぐさま隊列を組みなおして、周囲を警戒しながら魔王城を逃継続。
手形のついたマキナボールは、宙を浮きながらラクシャータの周りへやってきた。
俺を抱えているので、優先的にこちらを守る様にしたのだろう。
主人公はたぶん死んだ。この期に及んでありえもしない希望を持ち続けない方が良いだろう。
だとしたら、その内ラスボスが次の手を打って来る。
ラストダンジョンで律儀にずっと、世界を救う勇者パーティーを待っていたくらいだから、たぶんそう簡単には動けないんじゃないかと想像するんだが……。
大魔王ともあろう御方が、逃走者に打つ手を用意してないはずがない。
その具体的な方法については、画面に出てこなかったので残念ながら分からないけども。
一体これからどうすればいいのやら、と考えていたら……前方を走っていたセリアがラクシャータにある事を確かめる様にと言う。
「ネルの体から、魔法力の気配。ずっとしてる」
そうだ。彼女は確か人一倍に魔法力(そのまんま魔法を使うエネルギーみたいなもん)に敏感でその力がどこでどれくらい発生しているか感じ取れるんだったか。
ラクシャータは不思議そうに声を上げる。
「ええ? 別にこの子何もしてないわよぉ?」
「そう、でも調べて」
「分かったわよぉ」
全力疾走している中で、担いでいる人間の体を調べるのは大変らしいが、そういう事に慣れているのかラクシャータの手つきに迷いはない。何をやったらそう言う事に慣れるのかは、深く考えないでおく。あ、変なとこ触ったテメェ、おい。
「むひゃ……」
「あら、かわいい声ねぇ」
いかん、変な声が出てしまった。くすぐったいだろ、馬鹿お前。
ラクシャータは謝ることなく余裕の笑みで、くすくすと笑い声をあげている
やがて作業が終わった彼女が俺の服についていたポケットから、それを出した。
「ヒビの入ったメダル……、とちょっとしたアイテムだけねぇ。メダルは魔道具みたいね」
さっき見たやつだ。背後、こちらに振り返ってユリカが視線を向けてくる。
「ラクシャータさん、それは……」
「護身用のアイテムみたいなものかしらねぇ」
魔道具とは、普通のアイテムとは違って、特殊な効果を発揮する道具の事だ。
それなりの値がついていて、容易には手に入れられないものだが、勇者パーティーだけあって彼女たちはそれらにも詳しいようだ。当然だろう。
アッシュの特殊能力の一つが、魔道具やアイテムの性能を上げる、なのだから。
ちなみにもう一の特殊能力は武器に聖属性をつける、だ。
「見た事ない」
「ほんとにねぇ」
セリアの言葉にラクシャータが同意する。反応を見る限り、俺の持っているメダルと似たようなものを見たのは、これまでにないようだ。効果もさっぱり分からないといった様子。
だが俺だけには分かる。サイトで見た情報を今思い出した。
イベントのやり直しってアレだったな……。
それは
回収しそこねてしまったフラグを回収するための魔道具で、効果は二回。
イベントを起こし損ねたプレイヤーを救済するための物で、そのイベントが終わってしまっていても、次の町に行くまでに使用できるというもの。
しかしゲームでプレイしてた時の俺は、そんな便利効果に気づかないままラストダンジョンであるアビスダーク城に来てしまった。
最終戦に必要ないアイテムは、数個を残して全部商人に売り払ってしまったんだが、何の為に使うか分からなかったんで、念の為に残しておいたんだったか。
俺が転生してきて、状態が200レベルのチート仕様だったので、アイテムもそのままゲームデータ通りに持っている事になってるみたいだ。
だがそんな効果が分かっても、ラスボス戦後じゃ宝の持ち腐れだな。
「はぁ……」
ため息をついて、ちょっと不幸になってみた。
だが、気がすむどころか、さらなる不幸を呼び寄せそうな気分。これはいかん。
とにかく、このまま逃げた所で安全に脱出はできない事は分かり切っている。なぜならバッドエンドにいたる流れは、画面越しに一度見ているのだから。
「セリア、今から言う部屋に道のりをショートカットできるかもしれない装置がある」
俺自身のプレイではまったく使われることのなかった、ダンジョンの仕掛けを彼女等に教えていく。
ラスボス戦後に使えるという保証はないが、このまま逃げ切れる保証がない以上、頼りにするしかない。
「それを使えば、安全に城の外に逃げられるはずだ。信じてくれ」
言われたセリアは、当然仲間に意見を求める様に振り返った。
「良いんじゃなぁい? 他に逃げ切る当てがないんだしぃ」
「そうですね。魔王サタンの能力は驚異的です。おそらく遠くない内に追いつかれてしまうでしょうし」
ラクシャータは楽観的に、ユリカは冷静に同意してくれた。
若干怪しまれた感じがしなくもなかったが、彼女らも状況は分かっているようだ。
このままでは確実に詰んでしまう。
同意がとれた事で、俺達は魔王城の行先を指示していく。
その際、途中で培養室みたいなのを通り過ぎた。
「あそこは……」
「どうしたのぉ?」
ユリカが複雑そうな顔をしていたのでラクシャータが心配そうに尋ねたが、彼女は首を振って先を急ぐように促しただけだった。何なのか。
後、変わった事と言えば部屋の近く、モンスターの残骸があった事か。
ボロボロの黒いローブを纏ったゾンビモンスター。
確か、レア武器を持っている珍しいモンスターだったか……。
「うーん……」
あいつって俺が今持ってる剣みたいな武器、持ってたよな確か。
いや、確かにそうだ。
黒くて、何かレアそうな光る剣持ってた。
それがなぜ、俺の手にあるのだろうか。
数分後。目的地へ到着。
部屋に着くと、足を踏み入れたと同時に中央にあった転送装置台が起動する。
オート作動仕様だったらしい。助かった。
「なるほどねぇ。これで、アビスダーク城から各地にモンスターを送ってたのぉ。謎が一つ解けたわぁ」
「壊しておきたいところですけど、そうすると私達が逃げられませんね。ジレンマです」
興味深げに装置を眺めるラクシャータとユリカ。
肩の上から降ろされた俺は、装置の傍にある制御盤に指を走らせているセリアに目を向けていた。
視線で追っていけるような速度ではない。超プロだ。かっけぇ。
セリアはこういう機械関係に詳しいんだよな。
機械技術の発展した。機術都市の生まれだから。
「出来た。装置の近くに来て」
作業の終わりを告げられて、転送台の上に集合。
ちょうどそれと同じくらいに、遠くから地響きのような音がしてきた。
来てる。来てる。
やばいの超来てる。
考えなくても分かる、魔王様の打つ手的なアレだろう。
追いつかれたら死んで、正真正銘のバッドエンドだ。
もうこの時点で詰んでるようなものかもしれないが、だからと言って大人しくやられるのは好かん。
転送台の床から光が漏れ始める。
周囲を淡い燐光が満ち始めるころには、遠くから響いていた音がかなり近くになっていた。
「頼んだ、か……」
「何か言いましたか?」
少し前にアッシュに言われた事を思い出して呟けば、ユリカに聞かれていたようだ。
「何でもない」
一体彼はどんな気持ちでそんな事を、俺なんかに言ったんだろう。
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