第5話 バッドルートが確定しました
「……ふむぅ」
というわけで、他の人達はラストバトルに赴いてしまったので、練さん絶賛待機中。
「ふぁ」
欠伸が出た。
不真面目では決してない。
ちょっと酸素を吸引してみた。仕事しただけだよ?
しかし、それ以外にやる事がまったくない。
暇だなー。
室内からは戦闘音が発生して、聞こえてくる。
ゲーム画面で聞いた攻撃エフェクト音を聞き慣れていたもんだから、室内を見なくても誰が何をしているかがある程度想像できるのが幸いだった。
今のは……アッシュのレジェンド・ブレイブか。次はセリアの妨害魔法、そしてユリカの支援と治癒魔法……。ラクシャータの攻撃魔法は、アッシュの邪魔にならないように控えめにしてるみたいだ。
頭の中で、四人がどんな風に相手と渡り合っているのか想像していく。
攻撃力が一番高いアッシュが、前衛で敵に攻撃を加え。それに次ぐ威力を持っている、ラクシャータが得意分野である敏捷性を生かした動きで、相手を翻弄。期を見て攻撃魔法を打ち込んでいく。
そして後衛は……、その二人の前衛をサポートする為に、セリアが定期的にマキナボールを飛ばして、その合間で敵に妨害魔法をかける。
最後にユリカがダメージを埋めたものを治癒魔法で回復、ボス技によってかかった状態異常を治療しているのだろう。
目に浮かぶようだ。
それも考えれば当然の事。何十時間もプレイしてきたパーティーの事なのだから、ラスボスという強敵に相対すればどんな戦い方をするかは分かり切っている事だった。
それにしても……。
「なんか、歯がゆいな」
こう奥歯に物が挟まった的な感じがしてやまないのだ。
落ち着かないというか。
分かってる。
俺は関わりたいのだ。
何でもいいから、扉の向こうにいる彼らに少しだけでも関わりたい。
そう思って、だからもやもやしてるんだ。
だが、俺はあいつらの戦力にはならない。いくら強くたって、完璧なパティ―に雑音を紛れ込ませたら、足をひっぱるだけだ。そんな事なんて、わざわざ誰かに指摘されなくったって分かり切っている事だろう。
けれど、だからこそ。
この最後の場面に、力を持っている俺が何も関与できないというのはやりきれない。
たった数十時間と言えど、テレビ画面の向こう側の存在と言えど、共に旅をしてきた者達なんだから。
運命を決める一戦に肩を並べられないどころか、関わり一つない身を寂しく思うのは当然じゃないのか。
前ですら、コントローラ一つ分でも繋がってられたというのに……。
寂寥感に打ちひしがる中で、うつむいて拳を握っていると、ふとその手が妙な感触に当たった。
それは今来ている白い服の内側だ。
「ポケット……?」
体の見た目が衝撃すぎて詳しく調べていなかったが、確かに衣服ならば小物を収納できるポケットが付いていても不思議ではない。
あまり見慣れたくない、自分のそれ。子供の小さな手を中へと突っ込んで感触の主を掴み取る。
何やらごちゃごちゃ物が入っているらしいそこから取り出したのは、金色のメダルだった。
月が二つ描かれていて、ちょいヒビ入ってるメダル。
「何だ、これ……?」
そう言えば、とゲームのデータを思い出す。
ラスボスに挑む前に装備品をチェックしていたのだが、その時何に使うかよく分からない道具があった。
それは確か、ナントカのメダルとかって説明欄に書いてあって……。
ああ、
攻略サイトに載っていて後から気が付いたんだっけな。
内容を思い出そうとするが、うろ覚えのせいでちょっと時間がかかりそうだった。
だけど、まあ……気にしたって今更だ。
もう、債は投げられてしまったのだから。
ポケットに戻すが、またもやもやしてきた。
扉の先ではラストバトルだ。
きっと後で死ぬほど後悔する。行かなくていいのか、俺。
「……ろ、……じゃ…………ない」
ふと、気がつくと先程まではうるさく轟いていた戦闘音がやんでいた。
何か、あったのか……?
彼女等には危ないから決して覗くなと言われてはいたが、俺はその扉に手をかけた。そんで、大して葛藤することなく闇の間へと通ずる扉を開てしまう。
危機感がないとか、色々後で言われる事になるのだがしょうがないじゃないか。大して気を張りつめているわけでもない時に、考え事をしてぼんやりとしていたのだから。それに育ちが育ちだ。俺の地元……というか国は、物騒な事があまり起きないから。
そんなわけで、うっかり扉を開いてしまった俺だが、見たのは破滅の光景だった。
ボロボロになったパーティーメンバーが立っているのもやっとと言った様子で、ラスボスに向き合っている。
牛の頭に人の体をくっつけたような巨躯のモンスター。ラスボス。
ラストダンジョンにいる魔王サタンは部屋の天井に届かんばかりの巨躯で身の丈以上もある大斧を振り下ろしている所だった。
その攻撃を受けるアッシュは、反撃するどころか押し負けないようにするので精一杯だ。
今にも崩れ落ちそうな彼が、声を張り上げる。
「ユリカ、ラクシャータ、セリア! 聞こえなかったのか!? 今すぐ逃げろ!! 俺達じゃこいつには敵わない」
あ……。
聞いた台詞だ。
焦った声、余裕のないリーダーの声に反応するのは、ユリカ達。
「そんな、仲間を置いて逃げるなんて出来るはずがありません!」
「そうよぉ、何言ってるのアッシュ。あたし達はいつだって一緒だったでしょぉ!」
「最後まで、逃げない」
バッドエンドになる直前。
エンドロールが流れる少し前。
戦闘で敗北した直後に、主人公がパーティーの仲間に声をかけるのだ。
その後に、ラスボスは奥義の一段上の技、最終奥義を発動し…………。
パーティー全員を殺しつくそうとする。
俺にはこの後どうなるか分かってる。
ずっと考えていたんだから、当然だ。
分かってて、見逃していたのだから。
「……っ!」
まさか、同じなのか。
また俺の目の前で、こいつらがやられるのか!
ラスボスの最終魔王サタンがとうとう、斧でアッシュの剣を叩き割った。
アッシュは、さすが主人公と言いたくなるような身のこなしで、破壊された愛武器の上から迫りくる斧から身を避けたが、主武器を失った彼がこれからまともにダメージを与えられるはずはなかった。
詰んだのだ。
たった今。
俺はまさにその袋小路に行き遭っている。
最終魔王サタンが、牛頭の頭部についている角を光らせる。
知っている。見たから。
もうじき、あの攻撃で……ボスの最終秘技で……。
「アッシュさん!」
「アッシュぅ!」
「……っ」
サタンの真ん前にいる彼を心配して駆け寄ろうとするユリカ、ラクシャータ、セリアだが、その行動を止めるのは他の誰でもないアッシュ自身だった。
「来るな! 奴には敵わない! 逃げろと言ったはずだ」
彼は、反転する素振りを見せずサタンの前に陣取ったままで、折れた剣の柄を前へと掲げて見せた。
「セント・グローリー」
薄い障壁の様な物が、眼前に張り巡らされるが、それはおそらく焼け石に水。
折れた武器の状態を反映するかのように、壁は揺らめいて今にも消えてしまいそうな有様だった。
決死の覚悟。
決して振り向かずに魔王を睨みつけているだろうアッシュは、ただその背中だけで己の決意を語っていた。
彼は仲間を確実に逃がす為に攻撃の盾になろうとしているのだ。
自らの命を懸けて、全滅させないように選択した。
だから、けれど猶更その思いを受けた彼女達は……、
「そんなのまだ……っ」
そういう行動に出るのだ。
拒絶の……いや現実への否定の言葉を投げかけようとしたユリカに、俺は気づけば怒鳴っていた。
「馬鹿野郎っ、仲間ならそいつの気持ちを無視すんな!」
まったく、お前が言うなよな。
「――――っ!」
ユリカ達が驚いた顔で、こちらを振り返った。
普段なら人の気配に気づかないなんてヘマをするのはありえないが、今だけは状況の深刻さに彼女達の感覚が鈍っていた様だ。
それぞれは、美人だと間違えなく言えるだろう綺麗な表情を歪め、見ているこっちが泣きたくなるような色に染める。
そして彼女等は、決断したのだ。
その間、一秒もかからなかった。
彼女達はこちらへ、仲間であるアッシュへ背を向けて部屋の出口へと駆けだす事を決めたらしい。
「ありがとう。仲間を、生かしてくれて」
かけられた声の正体は考えずとも誰か分かった。
直後に、魔王の攻撃が放たれて部屋が閃光に包まれる。
練さんと言えば、パーティーの中でアッシュの次に体力のあるラクシャータに抱えられ、闇の間付近から退却させられるばかりで、何の役にもたたない。人に運ばれるお荷物だ。
アッシュは俺の憧れだった。
美女にいっつも囲まれてるし「爆発しろ」と言いたくなるような奴だったが、気持ちが良いくらい見てて良い奴だったのだ。
けれど、そいつはもうすぐきっと死ぬ。
主人公なのに。
まだ碌に言葉も交わしていないのに。
最後に声が聞こえた気がした。
――仲間を頼む。魔王の後継者。
そういうわけで、練達は仲間一人を犠牲にして、最終決戦場であるアビスダーク城……またの名をラストダンジョンから、練さん達は情けなくも逃走開始。
無駄に長いラストダンジョンの城内を駆け抜ける事になった。
知るか、馬鹿アッシュ。格好つけ野郎。
俺は悪態をつくので忙しかったので、その決定的瞬間の詳しい事など全く覚えていない。
覚えてなんてやらない。
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