第4話 これが勇者の仲間達



 恐怖で笑い出したり見えない読者なる存在に語りかけ出したりしながらも、回復特化であるユリカを庇いながら逃走。レベル200のステータスに物を言わせて、死に物狂いでちぎっては投げ、ちぎっては投げをしてその付近から無事離脱した。

 

 技術も経験もない俺とユリカで切り抜けられたのは、例のおかしなデータが反映されていたおかげだろう。俺のレベルがチートでなければとっくの昔にお陀仏だった事から分かっていたとはいえ、改めてその異常さがよく分かった。


 武術や剣術などかじった覚えがないのに、体が勝手に動いて剣の玄人のようにモンスターを自動でほうむり去るのだから、助かったとか考えるよりもまず先にその才能が別の意味で怖くなった。


「頭打って夢だったってオチなら大歓迎なんだけどな」


 それなら夢が覚めれば一件落着だ。


 だが、一回試しにモンスターに頭突きしてみてもそんな気配は全くなかったし、レベルに比例して体が頑丈になっていたせいか、碌に痛みがやってこなかったのだ。

 試すのも無理とか、この現実がひどすぎる。


 そんな感じで世の中の理不尽やら不条理を嘆きながら、魔王城の中を無我夢中で走る事数分。

 特に目的地を考えることなく進んでいたのだが、気が付けばもう闇の間の前まで来ていたのだから、結局俺達の運が良かったのか悪かったのか分からない。


 そこはラストバトルの発生地点。

 冒険の最後の終着点だ。


 大事な大事なその場所には、すでに先客がいたようだった。


 最終戦場所へと通じる扉。禍々しい血のような色で塗られたそれの前には、数人の男女が立っている。

 どれもこれも画面越しに見た覚えのある顔ばかりだ。


「あ、おっそーい。ユリカやっと来たわねぇ」

「合流予想時間より、数分の遅刻。何か問題でもあった?」


 そのうちの二人は女性。

 ラクシャータ・リングリングと、セリア・ベネットベイカーだ。


 褐色の肌に赤い髪をしたラクシャータが、片側で結んだ髪を揺らしながら、まずこちらに寄って来る。

 面積の少ない布地の服。踊り子衣装の彼女は、身に着けたリングや宝石などの装飾品をジャラジャラと鳴らしながら、興味深そうに輝きを放つ紫紺の瞳を向けてきた。


「やっだぁ、可愛い。なにぃ? この子拾ってきたのぉ? 魔王城のどこにこんな子が落ちてたのよぉ。やーん」


 自己紹介を終えると、すぐにラクシャータは行動。

 抱きつかれて頬ずりをされた。


 そんな急接近練さん困っちゃう。とかふざける余裕がなくなった。

 自慢じゃないが、俺の人生でそこまで女性に密着された事は片手で数えるほどしかない。自慢じゃないな! そのほとんどが、事故的な感じのパターンだから、色気はまったく皆無。


「ちょ、うわっ、よるな!」


 ちなみに現在進行形で怪しい感じの肉体言語で話し合おうとしている体格の方は……、非常に出るとこが出ていてへっこむところがへっこんでいる。

 だが、くっつかれても俺は別に嬉しくもなんともなかった。


 こいつはちょっと性格が遊び人気質と言うか、軽い奴なのでゲームをしていた頃から好かんのだ。

 別に古い時代の女性感に感銘を受けているわけでもないが、俺としては女性はもっと控えめで貞淑な感じが良いと思っているから、こういうタイプは好かなかった。


 たとえで言えば、俺はユリカみたいなタイプが一番いいんだけどな。


 と、視線を向けて見れば、オートマタをセリアに返却しているユリカが、鉄色の表面についた手形を指摘され、赤くなっている。


 怪力なんて説明、キャラクター説明欄にも、ゲーム本編にもどこにもなかったけど。

 やはり、あれはユリカのだったか。

 び、微妙かな……、やっぱ。


 とにかく、こっちに引っ付いてくるラクシャータがうっとおしくてたまらない。


「離れて。ラクシャータ、迷惑してる」


 言葉少なに抱きついてくる女を引きはがしたのは、セリアだ。


 短くまとまった青い髪をほとんど揺らさずに歩み寄ってきた彼女は、分厚いローブを見に纏っていて、一見して平坦な体格をしているように見える。だがここだけの秘密、それらを脱ぐと本領発揮して意外にすごかったりするのだ。


 彼女は、手に抱える様にして持っているそれ……大きくて長い杖を振り回し、ラクシャータの頭を小突いてみせた。


「ひゃん! いったぁい」


 そして、感情を全く匂わせない……陶磁器を思わせる様な色合いの、青磁の瞳でこちらを見つめてくる。


「仲間が、失礼した」

「いや……」


 涙目になっているお仲間を無視して頭を下げるセリアになんて言ったら良いか分からない。迷惑でしたとでも言っても良い気はされないだろうし、役得でしたとか思ってもない賛辞を言うのも気が引ける。


 そんなやり取りがあった後で、離れていた所にいた残りの一人がようやく声をかけてきた。


「それくらいにしておけ、これから大事な戦いがあるんだ。ここで余計な力を使って後でへたっていたら目も当てられないぞ」

「はーい」

「最も」


 黒髪黒目の長身の男。高価そうな鎧を見に纏った男性の名は、この勇者パーティーのまとめ役、アッシュ・ウォーカーだ。


 鍛えている事が分かるように、筋肉のついたガタイの良い大男。だが、そんな見た目に反して、パーティーでいざこざが起きても細やかな気遣いが出来る、主人公になるべくして生まれて正真正銘の主人公だ。


 クールな雰囲気を纏った一匹狼風の人物だが、その内に秘めた情熱はいつも彼の中でくすぶっていて、戦闘の時にタガが外れた様に表面化する、緊急時になると人格が変わるという二面性もあったりしてゲーマーでは女性層からの支持が厚い。

 女性ばかりのパーティーメンバーも、アッシュの言う事には基本逆らわなかった。


 う、お、……まじで本物だ。


 やっていたゲームの中、画面越しにしか見れてなかった存在が目の前にいると言う事に、今更ながら本日何度目かになる、己の目を疑うタイムに入る。超見るよ、俺。


 幻じゃない……のか?

 

 幻じゃない。


 その正真正銘本物のアッシュの視線が、こちらを向く。


「ユリカ。そいつの説明を手短に頼みたい」

「あ、はい。分かりました」


 場をまとめたアッシュが、滞っていた紹介を進める様にユリカに促せば、彼女が何を思って俺をここに連れて来たのかが明らかになった。


 ユリカ曰く。

 初めて俺を見た時は、モンスターが擬態しているのではないかと警戒したらしい。当然だろう、彼女らは気を抜けない場所……敵の本拠地のど真ん中にいるのだから。

 で、しばらくは様子見をしていたのだが、俺がモンスターから本気で逃げている事に気が付いて救援に入り、保護する流れになった、と……。


「助ける前に、自力で対処されてしまいましたが」


 あの威力な。

 自分でもほんと、びっくりした。


 小さい自分、俺こと練さんが持っている大剣に視線が集まる。


 で、もともと魔王城には人間の奴隷を集めて閉じ込める為の牢獄施設があったので、ユリカはこちらの事はその関係の人間だと思い込んでいるらしい。


 なので……。


 俺、剣使えるんですけど。

 と、ここまで持ち運んできた剣を示して見せる。


「なぁ、これは?」

「え?」

「え……?」


 ユリカの間抜けな声。

 なぜそこで、そっちが驚く。


「護身の武器?」

「……」


 考えてなかったのかよ!


「あはは、面白ーい。ユリカはしっかりしているように見えても、ポンコツだものぉ。貴方もすぐに分かるわぁ」

「そう、ユリカは抜けてる」

「でも、さすがに今のはちょっとアレだったけどねぇ」

「確かに」


 おかしいな。そんなキャラクターだったっけ、ユリカって。

 俺の知ってるユリカはもっとこう、しっかりしてたぞ。こんなポンコツじゃなかったぞ。


 画面越しに良い感じに皆に意見言ってたし。女性だけど、かっこよかったぞ。

 聡明そうな見た目のセリアと並んで、パーティーの頭脳派のはずだったのだが、どうしちゃったの?

 

「それで、実際のところはどうなんだ」


 ユリカの説明……というか推測を聞いて、アッシュがこっちに尋ねてくる。


 そう言われましてもって所だ。

 こっちは見知らぬ状況に放り込まれたばかりで、どうすればいいのか分からない。情報がなさすぎる。

 この世界が百歩……いや一万歩譲ってゲームの世界だったとしても、俺の知っているゲームの内容に本当にそっている場所なのかどうか分からないだろうし。


 何も分からない内に下手な事を言って、頼りになる人間と険悪になりたくない。

 つーか、何か格が違う相手に言葉求められるとマジ緊張。

 的外れな事を言って幻滅させたくない、とそう思うくらいのかっこつけ欲望は俺にだってあるわけなのだ。


 ともあれ、ずっと黙ってるってわけにもいかないだろうしな。


「俺の主観だと、気が付いたら変なとこにいたって感じなんだが……」


 そんな感じに話しておく。ふわっとな。


「そうか、記憶喪失か」


 なるほど、それいいかもしれない。

 下手に説明しようとするよりは知らない、覚えてないで通した方が安全そうだ。


「気の毒だと思うが、俺達にも事情がある。ここで大人しく待っていてくれないか」


 魔王城のラスボスのいる部屋の前で待たされる。

 字面だけ見ればどんな悪質なイジメなんだと思うが、現状ではこれが一番ベストなのは分かり切っているしな。

 一緒にくっついて行ったとして、手助けできるわけでもないし、逆に足手まといになる事は目に見えてる。


「分かった……」

「よし、良い子だ」


 こくり、と頷いて見せると野郎から頭を撫でられた。

 テメェどんな嫌がらせだ。憧れてるがそれは嫌だ。と、一瞬思ったが今の自分の身長が縮んでいる事に気が付いた。


 これが大人だったらもっと怪しまれて所だろう。

 怪我の功名とはまさにこの事か。

 大手を振って喜べるような事柄ではないが、こんな敵だらけの場所で味方をつくる難易度が下がった事だけは、感謝した。


「やだぁ、子供扱いされてちょっとふくれっ面になってるのも可愛い。ラクシャお姉さんも撫でるぅ」

「私も。……偉いと思ったから」

「あ、ずるいです。お二人共、私も……」


 そんな風にしていれば羨ましげな三人娘にまとわりつかれて、一斉に頭を撫でまわされ、どさくさ紛れにもみくちゃにされたが。


 ラクシャータに揉まれ、セリアに頭を撫でられ、ユリカに手を握られ……。

 両手に華なのになんでこんなに嬉しくないのだろう。


「……」


 そんな中で、ユリカがふと複雑そうな視線をアッシュへと向けた。

 ほんの一瞬、ささやかで気のせいにできるような、そんな短い間の出来事だったんだが。

 その瞳の色は、なぜか凄く悲しそうだった。


 だが今は分からない。

 俺がその視線の意味が分かるのは、かなり後の事になる。


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