第3話 どうもこんにちは、トラップです



「ぬわぁぁぁぁぁ――――、あああああああ――――、ぁぁぁぁぁぁ――――」


 大問題発生!

 木立練こだちねるの見た目が男の娘な件について……。


 これ、大変な。


 しばらくの間、まるで意味を成さないうめき声やら叫び声を上げまくって動揺していたが、数分もすれば精神的に疲れて来て、落ち着かざるを得なくなった。小難しい事に頭脳を長時間働かせられるほどできたもん持ってないんで。


 とりあえず、改めて鏡を見つめてみる。

 そこで見たやっぱりの事実はどこからどう見ても変わらない。


 時間差で解ける呪いの類いでもなさそうだ。

 

 にこり。


 気まぐれに笑ってみたら、あらかわいい。

 可愛い笑顔の女の子……ではなく男の娘一人だ。嬉しくない。


 それだけなら百歩譲って美形な感じになったと喜べなくもない事態なのだが、問題は別にあった。


「べ、別人……?」


 作りが違うのだ。

 すんごい戸惑う。


 ユリカに渡された鏡。その中の世界。いなさったのは、見覚えのない驚き顔の俺。

 驚く事にいそれは、子供の頃の顔ではなかったのだ。

 幼児化したとかそんなじゃない。


 元が違う。

 元から違う。

 元が何も残ってない。


 顔の鼻とか、目とか、口とか、眉、耳、凹凸加減、それらがまったく元の練の顔の造作くとは異なっていたのだ。それどころか全体的な色合いも違って、日焼け知らず。ちょっと色白っぽくなっていた。


「何だよ、これ……。何がどうなってるんだ」

「あの、ごめんなさい。そろそろ移動しないと……。さすがに生き残っていたモンスターが来てしまうかも……」


 とりあえず、手鏡を返した。

 確かに危ないですよねー。


 ふと見ると、手の甲に模様があるのが分かった。

 黒い角二つをモチーフにしたやつだ。

 なんだ、これ?


 首を傾げていると、しばらく隣で様子を見ていたユリカが、家にやって来たよそ猫に接するみたいな態度で言葉をかけてきた。


「あの……」

「あ。すいません」


 見ず知らずの人間の混乱に付き合わせてしまって、申し訳ない思いが湧き上がってきた。なので素直に謝る。

 無視してどっか言ってくれても良かったのに、傍にいて様子を見続けていたのだから当然だわな。


 そんな人間の好意に甘えるように、自分の事ばかり気にしていたもんだから、ちょっと少し恥ずかしい。


 まあ、誰だってこんな状況に放り込まれたら、狼狽するに決まってるけど……。


 それでも俺は、一般的な行動を盾にして厚顔無恥な態度を取り続けられるような人間ではない、と思う。


「俺の名前は、木立練こだちねるです。ええと、アンタは……」

「ネルさんですね。私はユリカ・シティリスです」


 知ってる。


 正真正銘の女に、女みたいな名前を名乗るのは気後れしたが、これ以上俺の我が儘で待たせてしまうのは申し訳ない。


 互いに名乗り合った後は、歩き始めたユリカの後をついていく。

 元の身長がそれなりに高かったのだが、こうして女性を見上げながら歩くのは変な感じだった。


「ユリカさん。ユリカさんか……。とりあえずよろしくお願いします」

「普通に喋っていただいて結構ですよ。私もネルとお呼びしますので」

「そっか、助かる……」


 自己紹介を終えて、周囲を観察する。

 先程は凶悪な生物に追いかけられて、逃げる事しか考えられない状況だったので気付かなかったが、何故かその光景には強烈な既視感があった。


 化物……モンスターのいない景色。

 周囲は、先程立て続けにエンカウントしたのが嘘の様な静けさだ。


 話しながら歩いていても、まったく遭遇しない。


 これってまさか、俺のやってたゲーム内容に似た世界なのか?

 俺、マップから敵がほとんどいなくなるまでゲーム内で、敵にエンカウントしてたからな。


 だとしたらこの後って……。

 まさかラスボス戦?


「良かった。やっぱりモンスターは殲滅していたみたいです。魔王のいる闇の間に向かう為とは言え、新しい区画を移動する度に相手をしていましたから」

「魔王……、闇の間……?」


 ユリカから聞くのhあ、脳裏に浮かんだ懸念を肯定する様なものばかりだった。

 信じ難かった。

 そうなると彼女の、いや彼女達勇者パーティの末路は決まってきてしまう。


「もうじき闇の間に着きます。そこに行けば私達の仲間と合流できるはずです。ですが……さすがに魔王との戦いに立ち合わせるわけにもいきませんから。申し訳ありませんが、私達が中で用事を終えるまで、部屋の外で待っていてくださいませんか」

「え、あ……」


 返答に困った。

 そんな事を言われて困らない奴は、ほとんどいないだろう。


 おそらく彼女は、これからラスボスである魔王を倒す為に、最終決戦を挑みに闇の間へと向かうのだ。

 彼女らは、ネルがやっていたゲームの登場人物で、世界の存亡を握っている勇者パーティーの一員なのだから、魔王を倒そうとするのは当然の事だろう。その行動に、おかしい所はどこにもない。


 だが、その努力は報われないかもしれないのだ。


「大丈夫です。城内に魔物はもういませんから、誰かに襲われる心配はありませんよ。怖がりですものね」


 しかし、俺のそんな反応を一人置き去りにされて恐怖する子供の反応だと勘違いしたのか、ユリカは安心させるように微笑んで言葉を付け足した。

 いやぁ、やっぱりあの情けない逃走ばっちり見られてたよな。これ。

 慈愛の目を向けるユリカを前にして、ちょっぴり情けなくなる。


 ふと、思うのだがラストダンジョンに突如現れた俺の事を、彼女は一体どう思っているのだろうか。


 彼女らの状況は分かっている。彼女は、俺が行っていたゲームの通りにラストダンジョンの仕掛けに掛かって仲間と分断されているようだ。この後は、ゲームでやった通りに闇の間で合流する事になっているようだが、合流できた後は俺の事をどう説明するつもりなのだろう。


「あのさ、ユリカは……」


 一体なんて思ってるんだ?

 と、そんな間抜けなことを聞こうとしたのだが、結果的にその問いは発せられる事はなかった。


「きゃっ!」


 可愛らしい悲鳴を上げて、件の彼女が転倒。


「だ、大丈夫か?」


 勇者パーティーの一員らしからぬドジに駆けよれば、彼女の足元の床が少しへこんでいるのが分かった。

 何故かそこだけ四角く分けられたような床の一部、ユリカが踏んだことでへこんでしまったのだろう。


「……」


 これな、知ってる。 


「あ、すみません。大丈夫で……」


 起き上がったユリカの背後から徐々に音を大きくして、迫って来る巨岩を見つめて俺は叫んだ。


 つまりアレにはまったわけだ。うん。


「罠だっ!!」

「えぇっ?」


 先程の全力逃走からしばらくも経たないうちに、また第二の地獄に放り込まれる事になるとは。

 なんてツイてないんだ。


「逃げろぉぉぉっ!」


 ボケっとしているユリカの手を引いて一目散。


「走れぇぇぇぇっ!」

「――――っ!!」


 二、三区画走った後、脇道に避難して難を逃れるまでは生きた心地がしなかった。


 まさか生きてる内に転がってくる巨岩から逃げるような貴重な体験をする事になるとは。


 足がやばくなるまで走って、走って、走り続けて。

 何とか、逃走地獄から生還。

 そういう罠の時に限って、左右にそれる道が中々見つからないので、すんごい大変だった。

 どれくらいかというと心情描写で読書感想文が、十枚くらい書けてしまうくらいだ。


 だがまあ、結果として永遠みたいな数分だか数十分だかが経過した後、無事に難を逃れる事ができたのだから良しとしよう。


「す、すみません。本当に」


 まったくだ。

 これ以上ないくらいのまさかの連続で、心臓に悪すぎるだろ。


「気休めですけど、回復魔法かけましょうか」

「いや、いいよ」


 この後大事な戦いが待っているだろうに、こんなところで力を使わせるのはさすがに気が引ける。

 というより、息切れなど魔法を使ったところで治りはしないだろう。


 己の魔道具である杖を持ったままオロオロしていたユリカを見つめていると、何か変な物が視界に入った。


「ん?」


 ユリカの手にしているそれをひったくって、目を凝らす。

 何か変な文字が書き込まれているようだった。何て書いてあるかさっぱり分からない、ミミズがのたくったような、子供が適当に描いた落書きみたいな文字。この世界で一般的に使われている、ルーガルト言語でもなさそうだ。


 ゲームの説明書とか、サイトに載っていた武器の絵とかも見た事はあるのだが、こんな文字が書かれていたのは見た事がない。


「これ、何だ?」

「あ、それはよく分からないんですけど、呪いみたいです」

「はぁあ?」

「トラップに引っかかってしまって。詳しい内容は分からないんですけど、何かしらの悪影響を受けているような気がして……」


 お恥ずかしながらと、視線を落とすユリカを見つめて思う。

 それはひょっとしなくても怪力とか、不注意とかか?


 勇者パーティーらしからぬ失敗はこの呪いの性なのかもしれない。

 最終決戦前になんて厄介な。


 ゲームで呪いを解くには、高額な資金がいるのに加えて、大陸のどこかにランダムで出現する解呪士を見つけなければならなかった。


 さすがに、こんな所にはいないだろうしな。探し回っている時間もないだろう。

 何と不運な。


 そんな事を考えていたら、通り過ぎて区画の向こうへ行ってしまった大岩の行方を目に追っていたユリカが、近くにある部屋のドアを見つめて訝しがった。


「あら、ここはまだ訪れた事がない部屋みたいですね」


 そう言った彼女は何を思ったのか、自然な動作で迂闊に入ろうとするのだから、俺は慌てて止めなければならかったった。

 それ俺の役! ……じゃなくて、さすがに駄目だからね。今結構、危険な状況!


「ちょっと、待った。明らかにこの流れでその行動はまずいだろ。まず考えろ。そして二回目によく考えろ。で、三回目超えて最後にもっぺん考えろ。何も考えないで行動するのは一般人である俺の特権でもあるが、病気みたいに呑気にうつされてる場合じゃない」

「ええと、そうですねすみません」


 何だろう、と思う。

 この少女、勇者パーティーの一員のくせにちょっと抜けすぎではないか?


「ありがとうございます。今はとりあえず仲間と合流する事を優先しないと」

「いや、まあ分かればいいんだけど」


 殊勝な態度で頭を下げられて少し面を喰らった。

 律儀で丁寧な所はゲームと変わらないようで、そんなギャップに戸惑わざるをえない。


 しかし、そう簡単にこのダンジョンは、侵入者を先へ進ませてくれる仕組みになっていないようだ。


 振り返った先に、衣服の橋でもあたったのか、扉の方からカチャッという音がして、ススーっと開いていく。ホワイ?


「「あっ」」


 ネルとユリカの声が見事にシンクロ。


 タッチパネル式のドアか何かかよ!


 部屋の中からは、先ほどの様なモンスターが大量にこんにちはー。えへっ。


「「「「「グルルルルっ……」」」」」


 愛想笑いをして、健全なご近所づきあいをしようと思ったが無理だった。

 だって、相手はモンスター。俺は人間。


 一瞬後、こちらを視認した異形達は一斉に飛びかかって来るのだった。


「嘘だろお前、ふざけんなぁっ」


 この状況。練さんがどっちに文句を言ったかは、読者様のご想像にお任せする事にする。


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