第2話 目覚めたら男の娘だった



 アビスダーク城 城内


 目が覚めたらそこは、絶体絶命の危険地帯でした。

 眠気を残しながら目覚めたその場所は、とてつもない場所であって、俺は絶賛現在進行中で命の危機に瀕していた。


「死ぬ。死ぬ死ぬ。マジ死ぬ。死んじゃうって。俺とか高校生さんとか練さんとかが、十七歳の春で短い生涯終わらせちゃうからぁっ!」

「グルアァァァァァァッ!!」


 もちろん俺は、全速力逃走中。

 なんか似たような事が最近あったような気がするな。

 デジャブという奴か。

 そういえばゲーム画面上で、ラストダンジョンに出現する狂暴な敵と戦闘するのが嫌で、キャラクターで逃げまくった事があった。それか。


「死ぬ。死ぬっ! 何だこれ、何だあれ、何じゃこりゃあぁぁぁ!!」


 バッドエンドのショックを引きずりながら自室で夢の国へ旅立ったはずなのに、何で目覚めたら変なとこいんの!?


 で、起きた後すぐにおかしな化け物と遭遇して、こんな感じで走り続けている最中だ。


 後ろを振り向く。


「っっっ!!」


 やっぱ夢じゃない!

 いた。いるよ。化け物が。何か普通の動物じゃない動物が、いなさってる。


 小型の竜……とでも言えばいいのか。爬虫類っぽい見た目をしたそいつは、退化したのか小さくなった羽を背中でばたつかせながら、こちらを追走。何かにお怒りになっているような鋭くも猛々しく、そして凛々しい目線をこちらにお向けになって、威嚇の雄たけびなどを上げてらっしゃる。


 何か見た事ある姿だな、と思いながらも詳しく考えてる余裕はない。


「グギュエェェェェ」

「生き物の鳴き声じゃねぇっ!」


 背中の近くから発せられた鳴き声に、恐怖心をあおられるが必死にごまかす。ここで心が折れたら、……絶対死ぬ。


「くそ、ふざけんな。どうなってる現実。仕事しろ!」


 あるいは現実さんは大変勤勉に仕事してらっしゃっているだけで、俺の脳みそがおかしくなっているだけなのかもしれないが、その場合は考えたくなかった。


 仕方なしに渋々無駄にもう一度よく現実さんを直視してみる。

 そうすれば、俺の周囲にある景色が……何かさっきまでやってたゲームのラストダンジョン……アビスダーク城とかいう物に見えてきたんだが、そ……そんな馬鹿な。嘘だあ。しかも追いかけて来てる奴も、さっき画面の中で見た気がするぞ。


 必死の思いでひいこら言いながら、(いつまで駆け回ればいいんだこんちくしょうめが!)……っと考えていると、ふいに自分が何か固い者を持っているのに気が付いた。大剣だ。大きい。それで、すっごいファンタジーな剣だ。


 黒色をベースに何か光るラインが走っている、レアリティの高そうな武器が俺の手に。

 見た目に反して重さを感じなかったんで、今まで気が付かなかったようだ。

 だって、後ろから得体の知れない何っかが追いかけてくる中で、手の中にある大して重要そうじゃないもんなんか、悠長にそんな細かいの気に止めてらんないし。


 何なのこの状況。

 あれなんだろうか。俺によくあるゲームの主人公の様になって、この剣で怪物倒せとでも言っているのか。そうか、無理。


「って、考えてるうちに、死ぬって!」


 ここで殺されるわけにはいかない。

 俺は、後ろ向き的な意思を引っ込めて、剣を振り上げた。


 手堅い感触で、ガンッ!

 やっぱり駄目でした的な状況を想像したのだが……。


 ズガグシャギャガアァァァ――――――――ッッ!


 っという感じの破壊の嵐が目の前で湧き上がった。


「?」


 本当に「?」だ。

 剣から衝撃波が出てるって。どうなってるんだ。さっきまで追いかけてきた化物、肉片になっちゃってるんだが。床に血だまりができとる。


 今度は心ごと直視しながら行動。


「……」


 脅威は何もないので、近くの壁に向かってもう一度剣を振ってみた。


 ズガグシャギャガアァァァ――――――――ッッ!


 壁に穴が開いて、別の区画と繋がってしまっている。


「うん、チートだな」


 なんか威力やばかった。

 チートと言えば、一つ思い当たる事がある。

 それは、ラストダンジョンに挑む際、ゲームデータがおかしな事になっていた事だ。


 記憶に新しい無茶な数値は、キャラクターレベルやステータスの超底上げ状態……とういうか天井到達状態。

 なんか、限界突破がどうとか言う感じのレベル200で、ステータス数値が999な感じになってたが……(それでもラストダンジョンはフラグ回収不足で苦労した。逆に凄い)。


 まさか、その影響?

 まじで?


 いやいや、そんなことを考えたら、『練さんがゲームの世界に来てしまった!』なんて突拍子もない仮説を信じざるを得なくなるではないか。思考中断。やめにした。


「グルアァァァァァァッ!!」

「グルゥゥ!!」

「とか考えてる内にまた来た!」


 しかも二体で、挟み撃ちだ。


 前歩から背後から、こちらに迫って来ていた二体の化け物(見た目は先程と同じ)だったが、何故か「えいっ」なんて言葉が聞こえて、そいつらは数秒もしないうちに視界から消失した。


 グギャッ。みたいな音がして、視線で追えば壁にドシャみたいな感じだった。

 おう、痛そう。


 当然ながら、剣は振ってないので犯人は俺ではない。


「……?」


 一体誰が、と考えると背後に気配を感じるのに気が付いた。

 恐る恐る振り返ると、近くではミニドラゴンっぽい生き物が、天へ召されているではありませんか。

 どうしたお前。さっきまであんなに猛り狂っていたというのに。


 俺は、冷や汗を流しながら視線を動かす。


「大丈夫ですか。セリアさんがつけて下さったオートマタが役に立ったようで良かったです」


 しかし、次の瞬間には予想外の人物が視界に入った。


 着物を着た女性がこちらを心配げに見つめていたのだ。

 長い金色の髪に、布の髪飾り。

 白を基調にした鮮やかな花模様の着物、外国人的な見た目に和装が似合うと言う奇跡のコラボレーションを成し遂げている女性は、華奢な体格で、荒事など向いていなさそうだ。

 その手には、水晶のはまった魔法の杖がある。


 端的に分かりやすく言えば、それは……。


 ユリカじゃねぇか。


 その人は先程までやっていたゲームの中で何度も見た人間だった。


 治癒魔法や支援魔法が得意な勇者パーティーの一人。


 そのユリカの周囲には、鉄のボールが浮かんでいる。

 あれはオートマタ・ボールと言い、組まれているプログラム通りに設定した人物を守ってくれる物だ。

 それ自体は、確か他のメンバーの持ち物だったか。


 あれが、俺を助けてくれたのだろうか。


 いや、何か投げた? オートマタ・ボールにへこんだ感じで手形が付いてんだけど。あれ掴んで投げて当てたの?


 見つめている先、鉄色の表面についているそれを見て、冷や汗を掻く。


 そう言えば直前にえいっ、とかいう可愛らしい掛け声も聞こえた気がするし。怪力?

 いやでも、まさかぁ……。


 信じられない思い出見ていると、もう一つ違和感。


 ユリカは、金色の髪を後頭部でまとめているのが常なんだが、今は髪を降ろしていたのだ。


「……?」


 気になるが、女性のチェンジを下手に言葉にしてはいけない。

 誉めたつもりでもグーパンチをもらった事のある練さんには、気の利いた正しい言葉など思いつかないのだ。


「確か……、目が悪くなったのか? だったよな」

「?」

「何でもない」


 それは記憶の中のセピア色の思い出だ。

 そっとしまっておきたいそれはツンデレっ子が勇気を出した、メガネっ子へのイメチェンだったのだ。


 とりあえず、こちらの妙な独り言をユリカは放っておいてくれるようだった。


 彼女は気遣わしげな顔をして、俺の方へ歩いてくる。信じられないくらい気安く近づいてくれるな! 美人だから嬉しいけど。


「あ、怪我をなさっているようですね。腕を出してください、治療します」


 そして何気なく俺の腕をとって、杖をかざした。


 どこからともなく出現した白くて暖かな光が、いつのまにか腕に出来ていた傷にまとわりついて治していく。どこかの壁ですったりしたんだろう。


「魔法だな」

「何か……?」

「いや、何でもない」


 怪訝な顔をする彼女に首を振る。


 これ、決まりじゃないか。

 ラストダンジョンに勇者パーティーの一人、そしてそのキャラの治癒魔法発動って……。

 俺は、どうやらファンタジーゲームの中の世界に入り込んでしまったらしい。


 治った後も、他に傷がないか見ていくユリカ。


 心配だったのか他にも怪我がないか見ているらしいが、そんな相手の行為をぼうっと眺めていれば自然と俺も俺自身の体を色々と見れるわけなので、腕を取られたり、服まくられて腹を見られて気が付いた。


 脱がすな破廉恥、とか考えるよりも前にまず疑問符が頭上に出現。


 ……。


「は?」


 ありえん。

 俺は自分の目で見たそれが信じられなくて、数秒間思考が停止していた。


「あの……、どうされましたか?」


 こちらの様子を怪訝に思って、女性が声をかけてくるが応じていられるような心境ではない。それどころではなかったのだ。


 誰だってこんなもの、目にしたら驚くし、思考が停止するし、口を開けて間抜け面を晒したくもなる。いや、後者はしたくてするようなもんじゃなく、ただなるだけか。


 とりあえず、俺は叫ぶぞ?

 良いか? 良いよ!


「な、な、な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 絶叫。

 そして確認。


 自分の体をペタペタ障って分かった事は、俺の体がちっこく縮んでいると言う事。そんでもって華奢な体格と言う事。

 

「か、鏡、鏡」

「ええと……、どうぞ」


 突如至近距離から何の前触れもなく放たれた大声に、一瞬身を引いて怯んだ様子だったユリカから、鏡が差し出される。

 さすが外国人風大和なでしこ少女。ハンカチとかも持ってそうだ。

 身だしなみが乱れた時のケア準備は完璧らしい。

 

 すぐさま鏡面を覗き込むのだが、そこにいたのは。


「おう……」


 白髪の、可愛い見た目をした小さな男の娘だった。

 それ、つまり俺。


 異議あり。

 どうなってるの、この現実。


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