バッドエンドが覆せない! ~詰んだゲーム世界に転生した魔王後継者は、フラグ回収を急ぎたい~

仲仁へび(旧:離久)

第1話 バッドエンドになりました



 ――badend――


 画面に表示されたエンドの文字を見届けた瞬間、俺……木立練こだちねるは叫び声を上げた。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 電源を切って暗くなった画面には不満げな顔をした自分の姿が映る。

 どこにでもいるようなありふれた顔をした高校生が、この世の終わりの様な表情でこちらを見つめ返していた。


 で、何に絶叫を上げたのかと言うと、今しがた世界の終わりをこの目で見届けてしまった事が原因だった。


「ぁぁぁー……」


 世界の終わりと先ほど言ったが、それは現実のものじゃない。

 架空の世界の、架空の物語……つまりは今目の前にあるテレビでやっていたゲームの中の世界が終了いたしました……と言う意味の話だった。


 高校から帰って来て、私室にこもってゲームの電源を入れて、はい二次元に没頭。

 そのゲームの中で俺が操作する主人公が、ラストダンジョンである魔王城を一歩一歩時間をかけて進んでいって、ラスボスである魔王サタンを倒したのは、ほんの数分前の出来事。


 けれど結果は今、貴方の目の前にある通りなのだ。ご存知ですね?

 バッドエンド。絶叫したくもなる。

 

「そりゃ、ねぇよ。勝たせてくれたって良いだろ……」

 

 学生の貴重な時間を消費して重ねに重ねられた努力は身を結んではくれなかった。

 見ての通り、俺の操作するキャラクター達はラストバトルで、ラスボスに敗北してしまったのだ。


「ぐあぁ……」


 喉からもれるのは意味のない言葉ばかり。

 俺の調子はずっとこんなだ。

 絶望を絵にしたような表情を晒したままで、動作不良品の一つみたく、やり場のない思いを発散する場を求めて変な声を出すがまま。


 こんな姿を他の人間、同級生や家族に見られたらたまったもんじゃないだろうが、しかし無理。我慢できない。だって、嘆きたくもなるじゃないか。


 最初から最後までの総プレイ時間70時間余り。


 手塩にかけて育て上げた愛着のあったキャラクター達が、つい先ほど大事な大事な場面でやられてしまったのだ。これが嘆かずにいられるだろうか。いいや絶対に無理。


「あぁ……」


 空虚な暗闇を移すのみとなってしまったテレビ画面。

 この世の闇を凝縮したような景色に見えて来たそれを見つめる事がだんだんと苦痛になってきたので、俺はそのまま後ろに倒れ込んだ。


 我が家の汚い天井が見える。

 だから何がどうなんだとなるが、なぜだか無性ににやりきれなくなってきた。

 

 こんにちは現実。

 はい、ただいま帰りました。

 ……って感じ。


 やっていたのは所詮ゲーム。暇つぶしでしかない。


「今夜の晩御飯は何だろうな」とか「明日の宿題やっちゃわわないとなぁ」とか、バッドエンドになったショックをもう忘れていて、俺の頭はもうそんな現実の事を考えてる。けどそれが嫌なんだ。


「所詮、仮想の世界が一つ滅んだだけ、か……」


 大体の人間は俺と同じような状況になった時、馬鹿らしくなるんだろう。

 何ムキになってるんだ、感情移入しすぎなんだよ……という具合に。


 けどなぁ。


 倒れた状態でもなおも握っていたままのコントローラー。

 右手を目の前に持ってくれば当然、手の中に納まった小さな機械が視界に入った。


「そりゃ、あんまりにも薄情じゃないかってんだ」


 都合の良い時は感情移入して娯楽の道具にして、いざ状況が変わって来ると手のひらをひっくり返したように距離をとるなどとは……。


「好きじゃないんだよなぁ」


 俺は左手で頭を掻く。

 別にかゆいとか、頭皮に見えない虫がいるとかそんなじゃない。

 ポーズだ。ポーズ。かっこつけだよ。悩める俺、カッコいいってそんなやつ。


 俺は、別に物やデータにも魂があるからとか、そんなスピリチュアルな事を言うわけではない。……ないのだが……。


 現実から逃げこんだ仮想にどっぷりはまった後に、手ひどいしっぺ返しをくらったからといって仮想からまた逃げるのは何か違うだろう。と、そう思ったのだ。難しい事は分からないが。「格好悪いぞ、それ」的な何か。


 さっきまでは割と楽しんでやってたんだが……、何でこうなったんだか。


 ゲームの箱、パッケージの表面を見る。


『ブレイブ・ファンタジー』


 一昔前に流行った、有名RPGタイトル。

 きっとうまくやれば、最高のエンディングを迎えられただろう、ゲームの題名。


 中身はそんなに複雑なもんでもない。

 プレイヤーは主人公を動かして、仲間のキャラクターと共に成長。レベルを上げて行って、フィールドを駆け抜け、ただ目障りだからという理由で「人間を滅ぼすとか言いながらモンスターをけしかけてくる魔王サタンをやっつけるという、そんなシンプルなストーリーだ。


 結構なファンが付いてるらしいし、俺も好きなゲームだったのだが……。

 それがまさかのバッドエンドになるとは思わなんだ。


 視線を別の所に持っていけば、家の壁にある時計が目に入った。


 時刻は六時。


 怠惰な性格を自認するぐーたらな俺……練さんは、興味のある分野が極端に狭い。学校では何の部活も入ってないんで、授業が終わって速攻家に帰って今までゲームをやっていたわけなんだが、それも終わりだ。そろそろ夕飯の時間である。


 そろそろ我が家の母親が調理に掛かって、夕飯の匂いを漂わせ始める頃だから、ダイニングに行って皿ならべくらい手伝ったほうがいいのかもしれない。


 だがしかし!


「ぐぬぬぬぬ……」


 解せぬ。


 未だに俺は、テレビの前から動けないでいた。


 放心状態から脱した後にようやく脳みそが働き始めたのか、これまでのゲームプレイを頭の中で繰り返し再生させ、何がいけなかったのか考えるようになっていたから。


 どこが悪かったのか。何を見落としでもしていたのか。


 思い当たる不具合を上げれば一個おかしな事はあった。


「やぱあれが原因か?」


 バグかなんか分からないが俺がプレイしていたキャラクターのステータスが、最高値以上に達していた事だ。


 前にプレイしていた時は、操作するキャラクター達は大体60~70レベルくらいだったのだが、今回のプレイでは、なんかいきなり数値が跳ね上がってレベルが100……を超えて200になっていた。おまけにありとあらゆる能力値が最高値の999になってもいて……。


「ズルになるけどまあいいか」と細かい事は気にせずプレイしてみて、「いけるいける」となった時に最後でズドン。レベル200で勝てないラスボスとは何ぞや思った。

 楽をしようとしてバッドエンドになったと言うのなら、笑えないし完全に自業自得だろう。


 知り合いにこの手の事に詳しい人間がいるので、続きをプレイするならそいつに相談してからにすればよかったと後悔しまくるが、時すでに遅し。


 ふいに、そんなあれこれ考えていた思考を遮るように、携帯の着信音が聞こえてきた。


 画面を見ると知ってる人間の名前だ。男友達の悪友から。


「あいつか……」


 だが、まあナイスタイミングだった。

 ゲームに詳しい知合いというのがまさにこいつだからだ。奴ほどゲームに詳しい奴は、俺の知人にいない。


 俺は携帯を手に取り、耳へ。通話ボタンを押した。

 予想通り聞こえて来た声は、やっぱしあいつだった。学校の同級生でよく話す友人。


『携帯の電源を切って、両手を頭の後ろに。そしてゆっくり、その場に伏せるんだ。振り返るなよ』


 そういうのいいから。


「分かったじゃあさよーなら」

『おい、切るなよ。もしもーし』


 すげなくあしらって電話を切るフリをすれば、受話器から慌てた声が聞こえてくる。

 ちょうど連絡を取りたかった所だったのだが、あえて邪見にするのがこの練さん流の対人親交術。

 初対面の人間には推奨できないが、ある程度の仲まで進んだら、これで一線を超えて仲良くなれる……はずです。


『冗談に乗ってくれたっていいだろ』

「この上なく分かりやすい形で、親しみを込めて乗ってやったわけだが、何だお前か」

『「何だお前か」と言われて「はいそうですー」と答える奴はいないと思うぞ。名前を呼んで確認するっていう作業しねぇのかよ」


 それに対して俺は「お前なんぞお前で十分だろう」と返した。


 驚かないでほしいが、練さんと奴とはこんな風に無駄口を叩く間柄だ。

 電話口で口うるさく騒ぐ友人と俺はそれなりに気安い関係なのだ。一方通行の痛い思い込みじゃないよ? ホントだよ?


『誰に言ってんだよ』


 おっと、漏れてたか。

 それより、用事用事。


「今良いか、お前に聞きたい事がある」


 誰のって、もちろん俺のだ。


『かけてきたのはこっちだが?』

「問題ない。大丈夫」

『こっちはありまくりだっ』


 毎度のコントをやってないでさっさと本題に入らせろと言いたい。

 勝手なのは、承知。

 それが練さん、俺なのだから。


『他の人間には普通の態度なのに。お前、俺にだけアタリがきついぞ』


 特別って事だよ。と心の中だけで言う。

 間違っても口に出しては言わない。餌なんぞやらない。


 何やら電話口の向こうでウソ泣きの気配が聞こえてきたが、俺は無視。先程のゲームの話を伝えていく。


 テレビゲームでバッドエンドを迎えた事。

 そして、何がいけなかったか分からないと言う事。

 一つだけ思い当たる事がある事。


 俺は適度に節度を守ってゲームをしているが、奴は超ど級のヘビーゲーム。

 嬉々として三度の飯を抜いてテレビ画面にへばりつきにいくような変態である。

「俺に知らないゲームはない(本人談)」とのたまくくらいゲーム知識があったらしく、内容を説明し終えたらすぐに反応が返って来た。


『それたぶん、チートデータのせいじゃないな。それ、俺の改造のせいだから』


 おい。

 何人のデータ勝手に弄ってくれちゃってんの?

 おかげで攻略助かったけど、人の愛着あるデータ変えるんじゃないよ。ありがとう。殴らせろ。


『まあまあ、ほら質問に応えれやるから。とりあえず、お前の通ったゲームルートの内容を教えてくれよ』

「違うのか?」

『違わなかったら、今頃は全世界でそのゲームの攻略者が泣いてるぞ』


 それもそうか。


 とりあえず、ざっと数分かけて話てやると、どうして俺がバッドエンドを迎えてしまったのか判明した。


 理由はフラグ不足、だ。

 ゲームをハッピーエンドに導くために用意されたフラグを回収せずに、最終決戦の場所まで来てしまった事が原因だったらしい。


『まあ、詳しい事は攻略サイトでも見るんだな。ていうかこっちの用事が済んでないんだが。宿題が……』

「そうか、分かった。ありがとう」

『ちょ、おま……』


 これ以上は長くなりそうだったので、通話を切った。

 頭の悪い奴の宿題なんてそんな物は知らない。

 そういう練さんの成績は中より下ら辺をさまよっている状況で、人の事は言えない身分なんだが、あえてそう考えるのも練さん流だった。


 しばらく放置でいいだろう。

 まずひいこらいって、泣きそうになって努力してからだ。助力するのは。

 その前に自分のが終わるのかって所が微妙なんだが。


 持病の頭痛がしてきたので、逃避する。


 サイト、サイト。


 さっそくネットで検索して、そのゲームの攻略サイトへ。


「あー……、これはバッドエンドになるわけだ」


 自分用のパソの前で、椅子に座りこんで、ちょろっと操作。

 そこで見たものは、液晶画面にうっすらと映りこむ練さんの情けない顔。と……。


 傷口に塩を塗りこむ様な事実だった。泣き面に蜂すぎる。


「こんだけフラグ足りてなかったらバッドエンドになって当然だよな」


 ハッピーエンドに辿り着くために足りなかったフラグを挙げていけば、それは三つだ。


 序盤で仲間になるはずだったキャラクターを仲間にしてなかった事。

 中盤で起こる事件に気づかず素通りしてしまった事。

 終盤で訪れる敵の本拠地ダンジョンの、ショートカット法を発見できなかった事、だ。


「はぁ、頑張ってやったんだけどなぁ……」


 これでは、ボス戦前に行ったセーブも意味を成さないだろう。

 最初からやり直しした方がいい。


 けれど自慢じゃないが俺は、ついさっき撃沈した身だ。原因が分かったからといって、そう簡単に行動に移せるはずがない。


 完璧でなかったとはいえ、長い時間苦楽を共にした仲間達が初期化されて、何も知らない状態から始めるなど、そんなの寂しすぎだろ。ノーだ。嫌すぎる。


「何でゲームって、結末が確定してしまうんだろうな」


 そこからは、無理。

 どうあがいてもハッピーエンドには行けない。

 ……という状況に何故なんのだろうか。


 ゲームは現実ではない。だからそれゆえに、辿る道筋が決まりきってしまっている。


 詰んだ時ほど、その事実を思い知らされる事はない。


 あー……。


 なんていう、頭良さげな難しい事を考えてみたが、分からないものは分からない。

 何でも分かる便利な脳みそを持っているわけではないので、練さんは。


「しばらくは、勉強でもするか」


 ちょうどテスト期間が迫っている事だし、良い機会かもしれない。

 テスト勉強をしている時に、ゲームに夢中になれば結果がどう悲惨な事になるかなんて分かり切っているしな。

 テスト終了後に赤点の暴嵐に襲われたくない。


 だが、たとえ勉強が終わったとしても、ここまでやってきたデーターはもう二度と使わないだろう。

 どう頑張ってもハッピーエンドへたどり着けないゲームのデータなんて、ロードしたって意味がないのだから。


 パソコンの電源を切って、机に突っ伏す。


 悔しい。悔しい。非常に悔しい。ああ、悔しい。


 そんな事をぼんやりと考えながらぼーっと物思いにふけっていれば俺は、いつの間にか深い眠りについていた。



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