第7話 幻想の団欒
はい。ここで唐突だが、魔王の後継者について話をしようと思う。
それは俺がまだあっちの世界にいた時に得た情報。
そう、例の悲しい悲しいバッドエンドストーリーで知った話だ。
ゲームをやっていて分かった事なのだが、主人公達が打倒を目標に掲げている魔王さんはエンディング直前には寿命が尽きかけていた。放っておいてもこれ死ぬんじゃね、みたいな感じにかなり切羽詰まっていた状況らしかったのだ。
けれどそうはなるまいと頑張っちゃった魔王さんは、対抗策として自分の次の体となる後継者を特殊な培養層の中で成長させていた。
だが、だがしかし。
ここでちょっと考えてみよう。
魔王は、世界を混沌に貶め人類滅亡を企んだ自己中野郎だ。後継者作って、あっさり「よし後は任した」になるはずがない。
だから魔王は、自分が後も生きて行けるように、後継者が必要になった場合には才能のありそうな生き物を育てて、その生き物に己の魂を転写する事にしたのでした。
その後継者(と言うか魔王当人だろ)の姿が、検索したネットの中にはあって……。
どう考えても今のこの俺じゃねぇのそれって……。みたいな容姿でした。
バッドエンドに一瞬だけ出てきた白い髪の男児がそれじゃね? っていう考察と一緒に載せられてたんで、可能性高いと思います。
はい、練さんのお話終了。
エンディングで、人のいなくなった世界で高笑いしている姿を脳裏に再生。
すんげー、悪者の絵面。それが俺かよ。
魔王後継者に転生とか最悪だな……。
とりあえず話を戻す。
あの後、行きは利用する事の出来なかったショートカット装置の利用は成功。流れで彼女等に疑われはするが、記憶喪失だから何でそんな事知ってるか知らなーいみたいに誤魔化して、アビスダーク城から脱出した。
で、現在は命からがら逃亡してきて数時間後。
日の暮れそうな夕暮れ時だ。
俺達は森の近くで、せかせか動き回っている所。
ユリカ達としては、もっと安全なところに移動したかったらしいのだが、残念な事に詳しく場所を指定するだけの時間が存在しなかった。
そういうわけで、城からとにかく離れ身を隠す事を優先した結果、この森へ辿り着いたらしい。ちなみに魔王城からは約半日くらいの距離だな。
「えええっ、ネルちゃんって男の子だったのぉ!」
薄暗くなりつつある森の中でやるべき事と言ったら一つしかない。野営の準備だ。
せっせと手分けして行動している中、俺が周囲から焚火用の薪を集めていた所に、共に行動していたラクシャータがちょっかいかけてきた。
「信じられないわぁ」
さっきまで彼女と話をしていたのだが、内容は「女の子だもんねぇ」「いいえ、違います」みたいな感じものだ。ここまで聞けば、何に驚いてるのかお分かりだろう。(ちなみにその話になるに至った経緯は、ガールズトーク的に気になる人いる? みたいなの)
「ラクシャータ。お前、俺の事今までなんだと思ってたんだ」
「可愛い可愛い女の子?」
「違ぇ、嬉しくねぇっ!」
声の限り拒絶を示してやれば、それが冗談でない事を悟ったらしいラクシャータの表情がみるみるうちに深刻な驚き顔へと変わっていく。
「うっそぉ! ねぇねぇ、聞いてよ皆。ネルちゃんって実は男の子だったのよぉ!」
そして、とっておきの話題を披露でもするように仲間達へと打ち明ければ、なんと全員から先程のラクシャータのような反応が返ってきた。
「ネルさんが男の子……」
「驚いた」
ユリカやセリアも、驚きを隠せないようだ。そんなにか。
彼等勇者パーティーは、味方を装って近づいてきた人間の変装も見破った事があるのに、その目は節穴なんだろうか。
「お前らまで……、俺を何だと思ってたんだ」
「女の子です」
「女の子よぉ」
「女の子」
「……」
俺、男の娘の素質があるのかもしれない。
まったく喜べない素質だが。
兎にも角にも騒がしく野営の準備を続けながら、本来死ぬはずだったの彼女達が主力を欠いて生きている現状について、改めて考えなおしてみる。
魔王討伐に失敗し、リーダーを失った彼女達はとにかくまずは支援を受けている国……アルフザードにある王宮へ戻ろうとするだろう。
ここで寄り道をしたりする暇はない。ダークアビス城で戦いを終わらせるつもりだったのだから、現在アイテムが尽きかけ、武器も壊れかけているからだ。
だがそれでは俺が困る。
いや、俺も困るし世界も皆も困る。
彼女達にはそれよりも先にやってもらわなければならない事があった。
それは、やりそこねたイベントフラグの回収だ。
詰んでるとしか思えない状況だが、生きてるからには何とか足掻かなければ。できるだけ急いでこなさなければならない。
序盤で仲間になるはずだったキャラクターを参入させて、中盤で解決するはずだった事件がまだなら解決、あとはあれもやって、これこれそれとか……。
元から確率の低い闘いだったが、それらのフラグを回収しない限りは絶対に魔王を倒せやしない。
だが、どうやって説得すればいいんだろう。
ゲームをやってたからその知識で……、なんて言っても信じてもらえないだろうし。
何か思いつかないだろうか。何とかしないと世界滅びるし。そしたら俺、ここにいるから死んでまうがな。
取りあえず、好みはともかく一番話しやすようなラクシャータに話しかけてみる。
「なあ、お前らって勇者御一行なんだろ? だったらハーツカルバートに寄ってくんないか?」
「ん? どぉして?」
「そこに、俺の知り合いが……」
いる、とか断言かけて記憶喪失にしてる事に気が付いた。危ね。
「何となくいる様な気がする。たぶん」
「ネルさん、ひょっとして記憶を思い出したんですか?」
ユリカに尋ねられて、返答で声が上ずらないように装うのに苦労した。
「いや、全然」
「どうします? ラクシャータさん」
「うーん、だってねぇ? ネル君には悪いけどぉ……」
どうする、と聞きつつももう答えは決まっているような様子だ。彼女達の様子は迷うのではなく、どう断ろうか困っている様な雰囲気が満ちる。
しかし、意外な所から、救いの手がさし述べられる。
「寄っても良いと思う」
それはセリアだ。
「えぇ? 本気なのぉ?」
「セリアさんが言うのなら私は反対しません」
「ええぇ? でも、理由は聞かせてよぉ」
ユリカが賛同を示して、驚いたラクシャータがその理由を尋ねる。セリアが二人に小声で何事かを囁けば納得の表情になった。
「確かめる。なるほどねぇ」
「そうですね……」
時間にして数秒。
たった、一言二言話しただけっぽいのに一体どんなやり取りをしたのだろうか。
だがまあ、望んだ方に状況が動いてくれるのなら今は何だってかまわない。
ここで躓いてると、後が大変な事になるし。
「分かったわ、ネル君はラクシャさん達が連れてってあげるから安心しててねぇ」
「良かった。すごく助かる」
頭を下げると、うふふと楽しげに笑いながら撫でられる。
その表情からは、考えがまるで読み取れない。
いつも余裕の態度でいるから、内心が読めないのだラクシャータは。
離れろと言いたいが、我が儘を聞いてもらったこちらは身だ。今だけは甘んじる事にした。
「そろそろ、ご飯」
そんな風にたまに雑談したり、考えたりしていたが今まで話に加わりつつも淡々と自分の作業をこなしていたセリアが、夕食の完成を伝えてきた。
気づけば確かに良い匂いが周囲に漂っていた。
「美味そうだな」
そういえば、彼女は料理が上手いという話がゲーム内でも何度も出てきた。
ユリカ達がセリアの振る舞う料理に、玄人並みと言う評価を付けていたシーンもあって、実際に食べられたらどんなもんかと気になっていたのだ。
「うーん、セリアってホント凄い。ありあわせの材料で相変わらず凄いの作るねぇ。早く食べましょぉ!」
「本当ですね。いつもありがとうございます」
その時ばかりは、変わり映えのないセリアの表情が少しだけ嬉しそうに見えるのだから、おそらく料理の腕はきっと好きで上達していったのだろう。
彼女はこの世界の中央にある機術都市の出身で、幼い頃は、将来を有望された機械設計士の卵だった。
だが、その才能に目をつけた闇組織に攫われて、彼らに脅されて無理矢理に犯罪に使う機械の設計図を作らされていた。そんな灰色な日々に嫌気が差して、彼女は設計の仕事を嫌いになってしまったのだ。
だが、そんな過去を持つセリアが料理好きになったのは、同じように攫われてきた子供達の為にご飯を作って喜ばれた事があったからで、それで新しい趣味が芽生えたのだ。
「美味しいな、ホント。セリアの心がこもってる」
「それは本当?」
「うわっ」
セリアからの返しがあってビビる。いつの間に近くに来ていたのか。控えめな性格だからか、他二名と違ってあんまり気配がしないせいだろう驚いた。
独り言を言ったつもりだったのに、バッチリ聞かれてて気まずい。さてどうしようか。深く尋ねられると、色々ボロが出そうで困る。
「まあ、愛情は最高のスパイスだってよく言うからな」
とってつけたような台詞だが、セリアは気に入ってくれたらしい。
「その通り、真心こめた」
「そ、そっか」
ほんのりひっそりと小さく笑顔を見せるセリアに、ちょっとだけ見とれてしまう。
料理を誉められたの、そんな嬉しかったのか……?
何となく一人で勝手に決まずくなっていると、救いを差し伸べるかのようにセリアが身動き。
スプーンに食べ物をのっけてこちらに突き出す。
「ご褒美。あーん」
何故に!?
「美味しいって、言ってくれた。だから多めに」
ああ、そういう……。
まあ、変な下心があるわけではないし、とぱくっと前進。料理を口に放りこむ。少し冷めてしまったが、変わらず美味しい。
「ほふほふ……」
「私の、味わって食べて」
「あむ……。お、おう」
もうひとさじ差し出された。なんだこのプレイ。
戸惑っていると、離れたところが騒がしくなった。
「あー、もうユリカ何やってるのよぉ。スプーンが曲がってるわよぉ」
「ええっ、どうしてそんな事に」
「ぶきっちょさんねぇ。ぐにゃぐにゃじゃない。器まで壊さないでよぉ」
「いくら何でもそこまでは……あっ」
「あらあらぁ、言ったそばからぁ」
ほんとユリカはどうした。
炊いた火を囲んで暮れた空の下で夕食を取る美女達の光景は、賑やかしくも幻想的な光景だった。
目の保養とはまさにこんな光景の事だろう。
そんなこんなで楽しい雰囲気の中で美味しい料理を頂いた後は、見張りの順番を決めて(俺はもちろん見た目が子供なので、選択肢に上がらなかった。子供でなくても、さすがに慣れてないので無理だ)、食器の片付け。
表面上は穏やかに幕を下ろした一日だが、怒涛の展開を経た一日でもあった事に変わりはない。練が知っている半日だけでも色々あったのだから、その倍の時間活動していた彼女等にとってはなおさらだろう。
結局……幻想は正しく幻想であって、彼女らは練に気を使って無理をしていたにすぎない。ここにパーティーリーダーであったアッシュがいてくれたのなら、それをさりげなくカバーできていたのだろうが、残念ながら代わりにいるのはつい半日前までただの高校生だった練さん。
翌朝、彼女達の目周りが少しだけ赤くなっていたが、俺は気づかないフリしかできなかった。
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