第8話 大災害の予兆
ミーナ、アルベルトと別れ、ヒメルさんと廊下を歩いていた。
「で、どうするのだ?」
「あ、そこは考えてなかったのか……まずアルについて聞き込みをしてみようと思います」
現状、手掛かりとして唯一、かつ確実なことはアルが何かしら関係しているという事。身体中に描かれたあの魔法陣、時間が巻き戻る瞬間に光を放ち発動していた。まず偶然ではないだろう。
「彼は王族ですから、城の中に居る人なら彼のことは知っているはずです」
地道な聞き込み調査となるが、彼が地位のある人間なのが救いだった。少なくともまず彼を知っている人間を探すため奔走する、という手間は省く事が出来る。
「国王は……今アルについて聞くと誤解を招きそうなので、後回しにしましょう」
「そこらの雑兵に聞く訳だな?」
「失礼だし兵でもないですから」
「うーん、アルベルト様は……大人しい方ですね。お兄様とは対照的で」
使用人や城の中を歩いている人間、その全てに見境なく話しかけていく。流石に彼を知らないという人はいなかったが、有力な情報はまだ得られていない。
分かったことといえば、アルにはあまり仲の良くない兄、第一王子のエルク・ネルソンがいること。王位継承は兄が有力であること。そして。
「それは、まぁ……やはり魔法に関しては天才となんですけど……そうなんですけどねぇ」
彼について聞いた人間は皆同じような反応をする。彼の才能を褒めたり、当たり障りのない情報だけ伝えてきたり色々だが、必ず何処かで何かを言い淀む。彼を良く思っていないのだろうか、揃いも揃って妙に引っ掛かる物言いをする。
「奴のことを疎ましく思っているのか?」
「い、いえ!そんな、滅相もございません!」
ヒメルさんがどストレートな質問をすると、メイドは一目散に逃げてしまう。
「もう少しこう、優しく聞いてもらえませんか?」
「いや、ちゃんと聞かないと進まないであろう」
それもそうなのだが、逃げられてしまってはかなわない。背丈が高く、真顔でじっと相手を見つめるせいか相手に威圧感を与えているようだ。あまり交渉に向くタイプではないらしい。
「それにしても、アルは何というか……意図的に話題を避けられているような、そんな感じがします」
「第一王子である兄の派閥の人間が多いのかも知れぬ」
エルク王子との王位継承争いが水面下で行われているのが原因なのだろうか。兄が優勢とはいえ、そこまで露骨に場内の人間が態度を変えるとも考えづらい。心の中で何かが引っ掛かる。
「件の第一王子と面会できれば良いんですけどね。やっぱりすぐには無理みたいですし」
国王と面会出来るのは勇者として必要だからだった。会う必要もない人間がそう易々と王子様と会話することはできない。アルの母にあたるオリビア王妃も同じ理由だ。最も近い存在であろう家族の話を聞けないのは非常に痛い。一応面会したい旨を伝えてはみたのだが、王族故に簡単には会えず、それがいつになるのかは分からない。
「ここでダメなら、あそこに行くのがいいかな」
「何だ?まだアテがあるのか?」
王族としての彼の人脈をまず頼ってみたが、それだけで終わることはない。彼のもう一つの側面を考えてみれば、噂が流れる場所が思い当たる。
「酒場に行きましょう」
魔法使いというのは非常に流行に敏感な生き物だ。魔法の威力を求める者がいれば、実用性を求める者もいるし、美しさを求める者もいる。故に魔法は常に発展を遂げ、新しいものが生まれ続けている。時代に乗り遅れないためには、常に情報を仕入れて流行にのる必要があるのだ。稀に、一人で研究を重ね、独自の方向へ突き進む者もいるが、それは本当に偏屈な魔法使いだけ。新たな魔法が生まれれば、それを参考にまた別の者が新しいもの魔法を産む。ここはそういう世界なのだ。
ならば前代未聞の才能を持った人間が現れれば、すぐさま地を超え山を越え有名になるのは必然。噂は瞬く間に常識へと変わるだろう。
「魔法使いはいるでしょうか?」
「余からすればどれも有象無象だ、魔力の差など感じられぬ」
息をするように尊大なセリフを吐くが、もはや俺は気にしなくなっていた。
アトラストに複数ある酒場の一つ、『熊の右手』。仲間を集めることよりも、情報を交換し合うことを目的とした酒場だ。そのせいか、他の酒場と比べて客の魔法使い率が高い。魔法使い達の知的で落ち着いた雰囲気の酒場……と思いきや、全くそんなことはない。魔法マニア達が日々持論を展開し合い、ヒートアップして怒鳴りあうような場所だ。盗賊や戦士などよりずっと厄介である。
勿論、俺達はここの情報通な客を目当てにやってきていた。下手にただ近くにいるだけの人間よりも、こういった少々アウトローな場所にいる人間の方が情報に対してハングリーだ。報酬を取られる場合もあるが中々表に出てこない話も教えてくれる。聞き込みをするなら持ってこいの場所だ。それが魔法使いについての話なら、なおさら。
中に入ると、カウンターと机がいくつか置いてある簡素な作りの酒場だった。広さはほどほどだが、まだ夕方にも関わらず7割方席が埋まっている。しかも大きな声で騒いでいるところを見ると、既に出来上がっているようだ。
人が多いのは二人にとっては僥倖。早速話しかけてみることにした。魔道書を開き議論している二人組の男達を選ぶ。
「あの、すみません。少しお聞きしたいことがあるのですが?」
「あぁん?何だ何だ、見ない顔が来たぞ」
「お前も魔法秘密結社『イヌイカ』に入りたいのかァ!?」
この男達、ガラが悪い。魔法使いは学者に似た性質を持つ。そのため知的な者が多い印象があるが、どうしてもそれは人による。魔法の種類が多岐にわたるように、使う人間の性質もまちまちだ。元からなのか酒が入っているからなのかは分からないが、少なくとも今は紳士的に対応してくれなさそうだ。
「スルメイカ?汝、ネーミングセンス無いな!!」
「ちょっとヒメルさん!」
「おいおい、随分イキのいい素人が来たじゃねえか!」
「俺たちの力……見せちまうか」
「ふん、面白い!表へ出よ!」
騒がしい足音を立てながら、店の外へ出て行ってしまう。二対一では分が悪そうだが、もはや面倒くさくなり放置することにした。
「はぁ……アルの話を聞きに来たのにな……」
ヒメルさんは、ミーナやアルとは別のベクトルで扱いづらい。魔法使い組はあまり喋らないせいで何を考えているか分からないが、彼女は喋っていても何を考えているか分からない。魔王を自称するわ、やたら偉そうだわで、こうして他の人と話す際に高確率で問題を起こす。
だがそう考えている自分を客観的に見て、少し変だな、と感じた。ミーナは幼馴染で慣れているし、アルは子供だからと割り切れる。でもいい大人であるヒメルさんに困らされて、そこまで怒りをいないからだ。確かに俺はお人好しと言われることもある。それでも、理不尽には怒りが湧くし、人並みに苛立つこともある。彼女は怒りを覚える条件を満たしている筈なのだが……何故か、そこまで何も感じない。旧知の友が何かしでかしても、『あぁまたか』となるような、そんな感覚だった。既に彼女に対して無感情になるほど呆れているのか、と結論付けたが、どうも妙である。
「ね、ねぇ、アナタ……ふふふ。だ、第二王子のこと、聞きたいの……?ふふ」
部屋の隅で一人で座っていた人物に声を掛けられた。ボサボサの髪の毛で顔はよく見えないが、声からするに女性のようだ。
「何か知ってらっしゃるんですか?」
「知ってるも、何も……ふふ。だ、誰よりも詳しい。アル君のことなら……」
小汚い身なりに、不気味な話し方。王族という訳ではなさそうだが、『アル君』と。アルベルトのことをそう呼んだ。親しげにそう呼ぶのなら、近しい存在の可能性はある。
「僕は、その、勇者といえば話は早いですかね。仲間であるアルについて話を聞きたくて」
「あ、あなたが、勇者。そう、ふふ、ふ」
「失礼ですが、アルとはどのようなご関係で?」
「わ、私、は、しがない魔法使い……」
影になっている顔から、ちらりと口元が見える。ぎこちなく吊り上がった広角が不気味だ。確かに魔法使いならばアルの噂を聞いていてもおかしくは無いが、誰よりも詳しいと豪語できるレベルなのか、疑問が残る。
「一応確かな情報を探しているので、身元をはっきりさせていただくと助かるのですが」
「し、強いて言うなら、アル君、をいつも見守っている、人」
頭の中にストーカーの五文字が浮かび上がる。怪しい風貌や話し方がその印象に確信を与えていた。こうなってくると、君付けで親しげに呼んでいるのも若干意味が変わってくる。
「ま、まぁ、深くは聞かないでおきます……アルについて、何か変わった噂とか聞いたことありますか?」
ともかく、話を聞いてみることにした。話の信憑性よりも、今は沢山の情報が必要だ。そこからどれが真実か厳選していくのだ。
「う、噂なんかじゃ、無くても、私は本当のことを知ってる」
「と、言うと?」
「例えば、ア、アル君は、自分の力を忌み嫌ってる……な、仲間なら、そういう話、聞きたいんでしょ?」
話半分に聞くつもりだったが、少し興味を惹かれる。アルが凄まじい才能の持ち主と語る人は数多くいたが、彼の心情について語った人物はこれが初めてだったからだ。彼の能力も勿論今調べるべき事柄なのだが、仮に元凶が彼なのだとしたら、いずれその動機も調べる必要がある。今からその可能性を考慮しても損はしないだろう。
「本人がそう言っていたんですか?」
「そ、そんなところ、かな。あまり、力を振るうことを、良しとしてない。そ、そんな感じ」
「……確かに、戦いに積極的には見えませんね」
「アル君は、国王が推薦したの。だから、本当は、た、旅も嫌なのかも、しれない」
その話が本当ならば、筋は通る。自分の力を使うのが嫌で、旅に出るのも嫌だから出れないようにした、と。
「なるほど。あの魔法陣もそのために……?」
「ま、魔法陣って?」
「いや、少し調べているものがありまして……彼は魔法の天才ですし、オリジナルの魔法を作ったりも可能ですよね?」
「いや、それは難しいと思う」
謎の魔法使いは今までで一番ハッキリと、そう否定した。
「え?何故ですか?
「ア、アル君は、魔力こそ膨大だけど、魔法は初心者。出力が凄いだけで、使ってる魔法は、か、簡単なもの」
「じゃあ、例えば時間を巻き戻す魔法を作ったり出来ないんですか?」
「じ、時間を?流石に、そんな魔法は無理、だと思う……」
どこまで信用していいかは不明だが、彼女の発言がもし本当なのだとしたら今までの予想は全て間違っていたことになる。また振り出し、というのは考えたく無い事態だ。
「本人に聞いて確かめるべきか……」
「い、言っておくけど、嘘はついてないからね」
確かに発言におかしな所は無かった。アルの性格や年齢を考えても、旅に出たく無かったり、魔法の知識が乏しくても不思議では無い。調べてみる価値はありそうだ。
と、不意に魔法使いが急に顔を上げて何かに反応する。
「アル君の、気配がする」
周囲を見渡すが、酒の入った大人ばかり。それから、いつのまにか戻ってきていたヒメルさんと、気絶して横たわっている魔法結社ナントカの二人も。彼女の実力自体は確かなものらしい。
「どこにもいませんけど」
「そ、外にいる。で、でも、様子がおかしい。魔力が、不安定になってる」
魔法使い同士、魔力を感じたりでもするのだろうか。しかしアルが何故こんな所まで来ているのだろう。ここは酒場とはいえ大通りに面しているため居てもおかしくは無いのだが、彼は普段あまり自分の部屋から出ないと聞いていた。それに今は夕方、そろそろ日も落ち夜になろうとしている。かと言ってこの魔法使いの動揺の仕方、嘘とも思えない。
「本当にアルなんですか?」
「う、うん。間違いない」
「少し見てきます」
ここで本当に外にアルがいれば、彼女の発言にも少し信憑性が出てくる。試すくらいの気持ちで店を出て行く。
大通りは夕焼けに染まり、朝の喧騒とはまた違った一面を見せてくる。行き交う人々はずっと少なく、視界に入ったのは数人程度。だからすぐにアルを見つけることが出来た。
しかし魔法使いが言っていた通り様子がおかしい。いつも以上に俯きながら歩いており、ふらふらと足元がおぼつかない様子だ。
「アル」
数メートルしか離れていなかったので声をかけてみたが、無反応。
「アル、どうした?大丈夫か?」
近付いて肩を叩く。そこでようやく俺に気づいたようで、びくりと過剰に反応する。
「あ……」
「体調が良くないのか?もう夜だし、城に帰った方が……」
「どうして旅を延期したんですか」
背筋に悪寒が走る。アルの声には不安や恐怖、そして怒りが入り混じったような感情が込められていた。年の離れた小さな男の子が怒りを露わにしても、普通ならば宥めようと考える程度。威圧感など無いだろう。だが今は違った。五感の全てが異常を察知し、本能が危険信号を出している。
「ねぇ、どうしてなんですか……」
「ア、アル、どうしちゃったんだ。なんか、怖いぞ」
質問を繰り返し、会話にならない。その答え以外は耳に入らない、というような様子だ。悪い予感がする。彼がこのように取り乱した時、その時には十分気をつけるようにと口酸っぱく大臣の一人から伝えられていた。何故ならば、危険だから。近くにいる、全ての人間の身が。
「僕は早くこの街から出て行きたいのに……どうして、どうして」
その言葉で、頭に大きな疑問が浮かんだ。この街から出て行きたい?それはそれまでの考えを覆す発言だった。何故、どうして、そう聞きたい所だが、まずは彼を落ち着けるのが先決だ。
「ご、ごめんよ。でもどうしても今は駄目なんだ」
「どうして……どうして、どうして!!」
いつになく喋りが荒くなっていく。頭を爪で思い切り搔きむしり、地面に膝をつく。
「嫌だ、嫌だ!!どうしてみんな僕を、あああ!!」
「アル、落ち着け!な!」
背中をさするが、気休めにもならない。
「ヤマト君、どうしたの?」
「あ、サヤさん……」
いつものお店のお姉さんが、声をかけてくる。りんごをサービスしてくれた、サヤさんだ。店が丁度近くにあり、先程から二人の様子を見ていたのだ。
「ちょっとしんどいみたいで……大丈夫なので!お構いなく!」
「本当に?何だか普通じゃ無いけど……」
「いえいえ、気にしないでください!僕がお家に……」
パチリ、と何かが弾ける音。ほんの微かだが、俺の背後から、聞き馴染みのないその音が確かに聞こえてきた。
俺はサヤさんを押し退ける。側から見れば奇行に見えたかもしれない。けれど一刻を争う事態だ、そんなことは気にしていられない。サヤさんが目を丸くして驚いている。ごめんなさい。でも、こうしないとまずいんだ。だって、俺の後ろから、『ずっと気をつけていたあの音』が聞こえてきたから。あなたがそのまま立っていると、間違いなく死んでしまうから。
「あああああああああ!!!」
轟音。爆発?怒号?いいや違う。これは落雷の轟音。雲の中で溜まりに溜まったエネルギーが下に向かって流れていく自然現象。そう、本来ならば自然に起こるものだ。だが空に分厚い雲はなく、地上に落ちるほどの強力な電気が発生する筈がない。何より、人間一人を確実に狙って落ちてくることなど、神の仕業以外に存在しうるだろうか。
「あ……」
膨大な力の流れは俺という一点に向けて集中放火され、一瞬にして身体機能を奪われた。もはやまともな言葉を発することも叶わない。
膝をつき、そのままうつ伏せに倒れる。自慢の身体能力も、筋肉そのものを動かせなくては全くの無意味。立つ力さえ湧いてこない。
「きゃあああ!!」
サヤさんの悲鳴が聞こえてくる。さっき押し退けた時、サヤさんを怪我させてしまっただろうが、取り敢えず叫ぶくらいの元気は残っているようで良かった。そのまま逃げてくれれば、命は助かる筈だ。
ああ、段々と眠くなってきた。意識が持たない。頼む、誰が彼を止めてくれ。このままでは、街がまた壊滅状態になってしまう……。俺は……もう駄目だ。誰か………頼んだ……。
「あれは……もしかして……」
「おい、七年前と一緒じゃ」
「また来ちまうのか……? 『大災害』が……」
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