第5話 変わる今日

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 ミーナを置いて少し早めに外出してきた。アトラスト城で待ち合わせる予定だが……俺がやって来たのは城とは反対の方角に位置する場所、街と外を分断する門の前だ。門と言っても扉はなく、石造りのアーチ状の門が構えられており、その左右に門番が立っている。普段ならば仁王立ちして怪しい者を捕らえる役目をしている。が、どうやら今は二人とも椅子に座って何かしているようだ。

 直接歩み寄ろうとしたが、門を超える直前にふと、あの時の気持ちの悪い感覚が蘇る。そういえば二度巻き戻されたが、両方ともこの門を越えようとした瞬間のことだった。リスクを鑑みて足を引っ込めた。もっとも、理性以上に本能が嫌悪感をあらわにしているから、というのが一番の理由なのだが。

「何してるんですかー!」

「あれ? 君は……勇者の」

「もう時間だったか? 随分早いな」

 門番である鎧の騎士二人組が立ち上がって歩み寄ってくる。

「いえ、少し用事がありまして。……何してるんですか?」

 鎧の騎士、とは言ったが、二人は兜を脱ぎ武器を地面に置いている。しかもその状態で向かい合わせになり椅子に座っていた。そして二人の手には数枚のカードが。戦いに備えている、とは言い難い格好だ。

「いやー……だってここら辺は魔物も少ないし、こんな朝だと来訪者もいないからな」

「要するに暇なんだよな。いや、見られてしまったな。ははは」

 そしてカードゲームで遊んでいたと。魔物が街に入ってきた理由が少し分かった気がした。

「もう、ちゃんと仕事してくださいよー」

 肩をポン、と叩く。

「あぁ、ごめんごめぶべらっ!?」

 すると、門番は凄まじい勢いで下に叩き落とされ、肩が地面にめり込んだ。一瞬肩に岩石が落ちてきたのかと錯覚する程の衝撃。そこまでするつもりは無かったが、二度ファイアーベアの相手をさせられたことを思い出したため良しとした。

「……うん、ごめん。仕事する」

 立ち上がり、地面に置いていた斧と兜を装備して門の前へ。

「鎧めり込んだんだけど……」

「あの人も怪力だったからな……遺伝か」

「ちゃんと前見てくださーい!」

「分かったって。つったって何も来やしないけどなぁ」

「そうそう。魔物も滅多に……ん、なんだあれ」

 地平線近くで動く物体。遠くにいるせいでぼやけてよく見えないが、動いているのは確かだ。

「こっちに来てるみたいだが、馬車、じゃ無さそうだな」

「どうする?」

「どうせ大したこと無いだろ。でも見られてるから一応警戒はしとこうぜ」

「あれはファイアーベアです!!」

 その名前を聞くなり、顔を合わせる門番。ははは、と大声で笑いだす。

「山の主がこんな所に来ないって!」

「きっとただの熊だよ! 遠いから大きさが分からないだけで……って、なんかでかくないか?」

「だからファイアーベアですって!!」

 怒り気味に叫ぶ。話を聞いてくれない門番にも、ここからほんの一歩も踏み出せない自分にも苛立ちを感じてしまう。

「……分かった、とにかくアイツはまずいんだな?」

 二人の雰囲気がガラッと変わる。武器を構え、腰を落とし、戦闘体制へ。その単純にも見える構えは、見る人が見れば立ち方だけですぐにこの二人がやり手だと分かる。この街は国にとって政治的、経済的に重要な場所だ。やってくる人間は必ずしも真っ当な目的を持っているとは限らない。中には暗殺や諜報を目的とする敵国の人間がやって来ることもある。食料や金目の物を奪おうと企むならず者がやって来ることもある。そんな相手に対して貧弱な門番を見せればこう思うだろう。『力尽くでも入れそうだ』と。ならば簡単な話だ。強い者を門番にすればいい。

「勇者殿、下がっていてくれ」

「あんたの力は此処で使う程安くない」

 歯痒いが、ここは二人に任せる。門の柱の裏に身を隠す。二人の様子を見ながら、しっかり手はいつでも剣を抜けるように構えている。ファイアーベアが門をくぐったら自分が戦わなければ。

 遠くに見える小さな点だったそれは、いつのまにか炎を手足に纏った魔物だと認識できる位には近くへやって来ている。それだけ走るスピードが尋常ではないということだ。

「本当にファイアーベアじゃないのか、あれは」

「取り敢えず引き付けるか」

 門番の一人が兜の可動式になっている顔の部分を上げ、手に嵌めた手袋状の鎧を外す。そして指を二本口にくわえ、立派な音の口笛を吹く。その音は辺り一帯に鳴り響き、ファイアーベアの耳まで届く。

「グガアア!」

 これはただの口笛ではない。特殊な技術によって魔物を挑発する技だ。真っ向から受けて立つということか。

 ファイアーベアはより興奮し、真っ直ぐ門番に向かって走ってくる。速度から見てあと数秒でヤツは門へたどり着く。口笛を吹いた門番は鎧を再び装着し、武器を構える。しかしもう一人は棒立ちのまま。正直、相手の実力を見誤っているようにしか見えない。

「本当に大丈夫なのか……?」

「心配すんなって。ちゃんとあいつの事は勉強してるからよ」

「そうそう……『大防御』!」

 馬車が横転した時のような激しい音。ファイアーベアの牙と、門番によって正面に張られた目に見えない障壁がぶつかり合った音だ。ぶつかった瞬間にぐん、と門番の体が後ろに押されるが、それだけだ。上級の魔物相手に見事拮抗している。

「おお!」

「知ってるか、勇者殿。こいつの火炎袋は……ここにあるんだよ!」

 衝突に気を取られて気が付かなかったが、棒立ちだった門番は武器を構え魔物の右横に回り込んでいる。そしてガラ空きになった右脇腹に向かって槍を一刺し。腰の入ったお手本のような突きだ。

「グアア!」

 とはいえそれは小さな傷口を作っただけの筈だ。こんな風にファイアーベアが横転しもがき苦しむ程のものとは思えない。

「こいつの毛皮は耐火性だが、内臓はそうもいかない。火炎袋から漏れた炎で体の内側を焼かれるのは辛かろう」

「さっさと楽にしてやるか」

 取り出したのは一冊の本。まるでトドメを刺すかのような口ぶりだが、一体何をするつもりなのか。

 本を開き、一枚のページを破りだす。さらにそれをくしゃくしゃに丸め、ぽい、と投げ捨てる。およそ戦闘中にやるべき行動とは思えないが、勿論無意味ではない。それどころかこれが戦いの決着をつけた。

 丸めたページはファイアーベアの眼前でぱんと弾け、霧となってしまう。暴れて息を荒げていれば、呼吸とともに自然と体の中に入っていくのは必然だ。霧は口から吸い込まれ、効力を発揮した。まず手足の炎が消え、次に目がうとうとし始める。体が左右にゆっくり揺れ出し、最後には地に伏し大人しくなった。

「おお……!」

 自分が対処した時以上にスマートで無駄のない対応だった。力に任せての無力化ではなく、しっかりとした知識の上で作戦が成り立っている。戦闘の能力云々というよりも、職業として敵を止める事に特化した結果。やはりこの仕事は他の誰でもなく門番のものだと再確認した。

「魔法まで使えるとは、凄いですね」

「いや、これは宮廷魔導師殿から借りているだけだ。自分の技じゃない」

「考えて配備されてるんですね。これからも頑張ってください」

 激励の言葉を投げかけ、立ち去る。

「……そういえば勇者殿、何しに来たんだ?」

「さぁ。仕事してるか監視しに来たとか。ははは」

「いやまさか……え? そんなことないよな?」

「え?門番降ろされたりしないよな?」

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