第4話 そして三度目へ
アトラスト城へやってきた俺とミーナ。ここでも夢の通りの流れだった。門番に快く通され、使用人に案内され、アルとヒメルさんが先に到着していた。
「やはり同じか……」
「何が?」
「いや、そのー、前来た時と同じ部屋だなって」
「たしかに」
待合室、としては破格の豪華さだろう。広さは言うまでもなく、椅子はふかふかで数え切れないほどある。いったい何人入るんだ、などと考えていたが、ふと、あることを思いつく。夢と同じ事が起こるなら、失敗した会話をやり直せるのではないか。出来事が同じでも、行動によっては初めての会話が発生していることを朝からこれまでの間で学習していた。結局分かっていてもミーナには振り回されていると自覚したために気付いた事実だ。要するに、これは仲間と親睦を深めるチャンスなのだ。利用しない手はない。
勇気を出してヒメルさんへ話しかけてみる。
「ヒメルさんってどんな技を使って戦うんですか? もし単独行動するにしても、参考にしておきたくて……」
席を一つ開けて隣に座り、距離を詰め過ぎないように注意した。相手へのリスペクトも交え、台詞も変えた。これならば少し変わるのではないか。しかし、彼女の反応は全く予想していない方向に変わってしまった。
「……」
「……あのー」
「聞こえている」
「あ、すいません」
質問に答えず、じっと顔を見つめてきた。よく見ると随分整った顔立ちで、可愛いというより綺麗、と表現するのが正しいか。その顔での無言の圧力はミーナにも勝るとも劣らない。
まだ『聞く必要はない』と一蹴された方がまだマシだった。無言は最も怖い反応だ。怒っているのか、よく聞こえなかったのか、付き合いの短い相手では分かりようがない。前回より悪い選択肢を選んでしまったのだとしたら……などと考えていると、彼女はフッと鼻で笑ってから、
「……聞く必要はない、と言った筈だが?」
「!」
二度目。その言葉は確かに俺にとって二度目だ。しかしそれが、彼女にとってもそうなのだろうか。聞き間違いかもしれないし、全く違う意図からの発言かもしれない。それでも俺は酷く同様せざるを得なかった。
「それって、どういう……」
「ヒメル」
いつの間にかミーナが背後に回っており、会話に割って入る。ほんの少し、これも俺にしか分からないレベルだが、少し声が低い。相手を威圧するような攻撃的な声色だ。
「さっきから返事になっていない。ちゃんと会話をするべき」
「余に指図するか? 面白い」
「え? え?」
そもそも、仲間と親睦を深めるためにヒメルさんに話しかけた筈だ。それがこんな、目の前で女性陣がピリつく結果を生み出すとは思いもよらなかった。
「人と話す上で当たり前のことを言っただけ」
「余の振る舞いは余が決める」
二人の視線がぶつかり合い、火花を散らしている。『ミーナもそんなに人との会話上手くないぞ』などとは言えない。アルの方をちらりと一瞥し、助けを求めるが、直ぐに目を逸らし素知らぬ顔で床を見始めた。これはまずい。誰が見てもまずい。
「……まあ人によって性格はまちまちだからね、うん。これからお互い理解していこう」
「……ヤマトが言うなら。分かった」
「せいぜい余のことを勉強するのだな。ふはは」
火に油を注ぐないでくれ。睨みつけるミーナと、小馬鹿にした態度のヒメルさん。ミーナも気難しいが、ヒメルさんも中々厄介な性格をしているようだ。そして、部屋の片隅でガタガタと震えて怯えるアル。本当にこんなパーティで大丈夫なのかと、また俺の胃はキリキリと痛み出していた。
儀式は予定通り遂行されている。夢の中と同じく、決められた台詞を口にする国王と勇者。
「打倒魔王。それが君達に託した我らの願いである。改めて聞こう。請け負ってくれるか?」
「はい、勿論です。全ての人間の希望となり、我々が未来を切り開いて見せましょう」
軽い受け答えを済ませ、金貨の入った袋を頂く。
「さぁ、旅立つのだ勇者達!君達の遥かなる旅路に、ご武運を!」
城を出ると、一堂に会した待ち人たちが道を作り送り出してくれる。本来ならこの光景に驚く場面だが、嘘はつけない。何度見ても凄いとは思う。けれど、感嘆の言葉は口から出せなかった。
「すごい」
素直にそう感想を述べるミーナが少し羨ましい。分かっているサプライズ程気まずいものはない。自然体でこの感動を感じたかったと夢を少し恨んだ。
飛び交う街人の歓声。手を振り返すくらいしか出来ないが、二度目でもこの応援は嬉しく感じるものだ。一人一人の笑顔を見る度に託されたものの重さを再確認し、必ず期待に応えると決意が固まっていく。
だが皆が皆事をそうポジティブに捉えられる訳ではない。アルはこんな盛大なパレードのど真ん中を歩いているにも関わらず、浮かない顔だ。彼は十二歳の少年だ、使命の大きさに怖気付いてナイーヴな気持ちになるのは当たり前のこと。そういった精神面をもサポートするのが仲間の、勇者の責務だ。
「大丈夫だ、俺達が付いてる」
「ありがとう、ございます……」
彼だけでなく、全員の顔を見ながら、
「きっと長旅になる。でも、必ずまたここにみんなで戻ってこよう」
「うん。絶対」
「はい…」
「ふっ」
三人の顔つきが少し良くなった。それだけで責務の一つをしっかりと果たせている気がしてくる。ただ、ヒメルさんの笑いが少し何かを含んだような意味深な笑みであることだけが少し気になる。
「……行こう」
街と外を区切る門へ到着する。ここを一歩出れば、彼らの旅が始まる。もう後戻りは出来ない。今受けている声援の全てが、彼らの背にのしかかっているのだから。
「いざ!」
そして、その長い長い旅路の一歩目を。
踏み出そうとした。
その筈だった。
「魔王とうば」
魔王討伐の旅へ、と声を発したつもりだった。この感覚、この現象を体が覚えている。脳がそれを認識した瞬間、声の代わりに絶望にも似た感情が喉の奥から沸いて出てくる。
夢ではない。これは現実だ。そう、ずっと前から、これは現実だった。
体が自分の意思とは無関係に後ろへ歩き出す。最初はゆっくりと、徐々に早く。最後には人間に不可能なレベルの高速移動へ。城へ戻ってきて、扉は閉まり、金貨の入った袋を国王に返し、待合室へ戻り……。俺はようやく理解した。巻き戻っている。人も、動物も、物も。全てが元どおりに。北に位置していた太陽は東に沈み、水は上へと流れ落ちる。時間が巻き戻っているのだ。そうとしか考えられなくても、頭が納得することを拒絶する。仮にそれが魔法だとすれば、どれだけ大量の魔力が必要だろうか。ありえない。誰であろうとそう考える。
だが時間は無慈悲に巻き戻る。周りの景色が認識できないほど早く巻き戻り、数十分の拘束の後……パッと、ある時を境に眼前に見覚えのある景色が現れる。
「……安らぎの宿……」
仮の宿とはいえもう見慣れてしまった場所だ。部屋の備品はどれも細かな装飾に富み、灯の一つとっても高級感に溢れている。そして自分の下にあるのはふかふかのベッド。何一つ変わらない、変わらなさすぎる光景。それが体を震えさせる本能的な恐怖を与えてきた。
どういうことだ。さっきまでのパレードは確かに現実だった。あれは夢なんかじゃない、巻き戻されて存在が消えて無くなった現実なのだ。ならば今この瞬間はなんなのだ。無論、現実。何よりも恐ろしい事実を証明する、現実だ。
「そんな馬鹿な……」
月並みな台詞しか吐けない程度には頭が混乱している。手当たり次第物を触り出す。ベッドの感触、剣の鞘の硬さ、服の手触り。本物だ。幻覚などではない。
「……そうだ」
慌てて部屋を出る。すぐさま隣の部屋のドアにノックする。数回のノックの後、部屋の中でドタドタと歩く音が聞こえてくる。一分程待つと、ドアが開き、
「……ねむ」
寝ぼけ眼でふぁ、と欠伸をするミーナ。激しく動揺して忘れていたが、今は早朝だ。ミーナはノックに起こされ、仕方無く部屋から出てきているのだろう。
そんな彼女のことなど御構い無しに、いきなり両肩を掴んで、
「えっ」
「さっきまでのこと、覚えてるか」
しばしの沈黙。
「……寝てたらヤマトに起こされた」
「その前だ!」
「はぁ……歯磨きして寝た、けど」
「……ッ」
この落ち着きよう。それを見れば覚えていないことは見当がつく。前回と同じだ、巻き戻る前のことを、自分以外は覚えていない。
「もう寝ていい?」
「ま、待ってくれ、実は……」
と、事情を話そうと記憶を遡ったことで、一つ大切なことに気が付いた。もしまた今回も同じことが繰り返されるなら、あと数時間でアレが街にやってくる。今から行けば街に入る前に止められるだろう。それはただ街の人を守るというためだけではない。またアレがやってきてしまったのなら、まずあり得ないとされる事件が起きるのなら、それは時間が巻き戻ったことの証明となる。
「いや、起こしてすまなかった、何でもない」
行くしかない、真実を知るために。
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