其ノ参――花神①

 ここで時間は少し遡る。

 五月七日の夜のことだ。

 場所は同じ新宿区、神田川と妙正寺川の二つの川の落ち合う場所近くの一軒家だ。

 語り手は野川藍――種子を宿した人間だ。

 

「店を閉める」

 前置きも何もなく父親が言った。

「は?」と聞き返すと、店を閉めるとくりかえした。聞き間違えじゃなかった。

「お父さん、なにも娘の誕生日の前日に言わなくてもいいじゃない」

 ちょうど風呂上がりにとっておきの缶ビールをあけたところだった。

「お前ももう四十だろう」

「今日はまだ三十九だよ」

 娘のむなしい抵抗を父親は軽くスルーして、同じ調子で言った。

「ここを潰したらワンルームマンションくらい建てられるそうだ」

 わたしは缶ビールにくちをつけるタイミングを完璧に見失った。

「ここ閉めて、お父さんはどうするの?」

「中里さんとこで働かせてもらう。三月末に若い衆が辞めたそうで、そっちに行くと言ったら大いに喜んでくれたよ」

 お父さんは言うだけ言ったというかおで風呂場へ足を向けた。つまり、お前の将来が心配だとかなんとか言って喧嘩になるのを避けたかったに違いない。父ひとり娘ひとりが上手くやる方法のほとんどは、実のところわたしじゃなくて父親が編み出した。えらいもんだと少し尊敬している。

 それに「中里さん」のところなら悪くなかった。染め物はもちろん販売までそれこそ手広くやっている。お父さんの手があれば、紋入れやしみ抜きその他色々とやれるだろう。

 うちは下落合に店をかまえる染色工房だ。曽祖父の代から染色やしみ抜きを営み、祖父の代から紋章上絵の仕事もした。

 この祖父がなかなかに達者な紋章上絵師で、なおかつ商才もふんだんにあった。昭和の好景気にのっかって広い工房をかまえ、ひとを使って仕事した。その当時は夜中まで紋入れをして、朝にはデパートや問屋の営業さんが待ち構えるようにして出来あがった反物を次の工房や職人さん宅へ運んだという。

 いちど見てみたかったものだけど、残念ながら、わたしはまだ生まれていない。

 ご存じのとおり着物はその後に廃れていき、まずは雇っていた職人さんをよそさまに紹介して頭を下げてやめてもらい、身内だけで細々と仕事をこなし、十年前に祖父が、つづいて祖母がなくなって今では父親ひとりになった。

 しかも、その手すら余る。

 父は絵手紙や水彩教室を営んでいて、下手をするとそちらのほうがずっと繁盛しているくらいだった。

 そんなわけで娘のわたしは呉服問屋に勤めてはいるけれど、たとえ優秀な職人を配偶者にもったとしても、工房をやりくりするだけの才覚も資金も、時代の後押しもないと踏んだのだろう。

 わたしもそれは理解している。

 いや、おそらく職人の父親よりよほど冷徹に業界を見ているつもりだ。

 ビールを呷り、ふう、と重いため息がもれた。

 ちょっと贅沢をしたはずのビールが味気なく、みょうに塩っぽく感じられた。こんなことなら安物のチューハイにしとけばよかったよ。

 のこり全部を一気に干しあげて、冷蔵庫からもう一本缶ビールを取り出した。

 お仏壇に供えるためだ。

 先に呑んじゃったけど、まあいいでしょう。おじいちゃんもおばあちゃんもわたしにはすこぶる甘かったし、お母さんも優しかった。

 やさしかった、と思う。

 居間の引き戸をあけるとテーブルに飾った花が、牡丹散つてうちかさなりぬ二三片、という与謝蕪村の俳句に似て散っている。 

 うちにある牡丹の最後の花だ。

 廿日草(はつかぐさ)の名のとおり、四月の半ばくらいに咲きはじめ、この五月の頭に盛りを終える。

 牡丹の異名を教えてくれたのは母親だ。

 牡丹には呼び名がたくさんあって、富貴草や富貴花ともいった。有名なところでは百花王や花の王、花神あたりだろうか。天香国色、深見草などというものもある。

 歌うようにその名をくりかえした母は、牡丹という名前に負けないほど美しかった。

 そんな母が、突然いなくなった。

 あれは忘れもしない、わたしの九つの誕生日のことだ。

 書置きも何もなくて、ただこの牡丹の鉢植えだけが玄関に無造作に置かれていた。

 父親が血相を変えて、この牡丹をしらべてくれと叫んでいた。なにか手がかりがあると思ったにちがいない。でも何も、なかった。

 いや、いちおう、母親が注文したことだけはわかった。

 夫婦仲は悪くなかったはずだ。

 祖父とも祖母ともうまくやっていた。うまくどころか、身寄りのない母を実の娘のように可愛がっていた。ご近所さんとのトラブルや出入りの業者さんとのそれもなかった。

 とはいえ、突然のことなので何か事件に巻き込まれた可能性も十分にあった。母は綺麗なひとだったから、男の人にストーカーされていたとか、そういう嫌な想像もたくさんした。けれども、最終的には失踪事件という扱いになった。

 七年たって、法律のうえで母親が亡くなってからも父は再婚しなかった。

 子供心に、お父さんは再婚しないだろうと思いもした。

 花のある季節だというのに仏壇の花立てには金色の蓮の常花をいれたままだ。毎朝毎晩きちんと手を合わせるけれど、さいきん疲れきっていて掃除もいいかげんになってる。せめてもテーブルの崩れた花だけは片づけることにした。

 お仏壇にビールをお供えして手を合わせる。工房の件はお父さんが報告しただろうから、わたしはしない。

 わたしが結婚しなかったのはお母さんのせいだ。そう文句の一つも言いたくなって、自分の幼さに笑ってしまう。

 笑えることにほっとして、部屋を出た。

 よく眠れそうな気がした。

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