第2話 精魂の儀

 語気の重圧に潰されてしまうほどの叱責を二人が受けたと、村の皆が知るには然程時間は掛からなかった。

 掟を破ったからと言って何か重い処罰が下されるわけではない。

 森の山菜取りの当番を一月任されるだけの事。

 とはいえ、これが彼女らにとってどれほど過酷なものなのかは、同じ種族である者しかわからないだろう。


 そうして任された仕事を満了して、晴れて自由の身となった二人はあの時の約束を果すべく、自分たちの実力を磨くことに集中し始めた。

 グローウィルの森に住むノーヴィスの民はいわゆる森妖精エルフだ。魔法に長けた種族であり弓術も秀でていた。だから、自分たちの得意な分野でまずは力をつけるようにし始めていた。

 ノーヴィスの民に限らず、多くの種族は強いものが村の長になるように、種族ごとに一定の戦力は確保されている。

 そしてこのノーヴィスの中にも、戦闘に秀でている戦士は多い。

 その中でも、彼女ら二人を見守り育ててきた男がいる。


「アラン! 稽古つけて!」


 早朝の朝日が木漏れ日から差し込む泉の畔で、木剣を振り汗を流す青年がいた。

 そんな彼に大声で駆け寄るのはユニたち。

 二人の声に振りかけた剣を止めて振り返る。

 青年の短く整えられた黄金の髪が健康的な汗で少しまとまりを見せながら、彼はそれを首に巻いていた手拭いで軽く拭うと彼女らに返事をする。


「おう、お前らか。懲罰は終わったのか?」


 アランは口元を緩めていう。


「そんなの余裕よ。もう遠くの昔に終わっているわ」


「満期は昨日だろ? すぐバレる嘘をつくなよ」


「知ってるならわざわざ聞かないでよ!」


「いやなに、ちゃんと反省しているか確認したくてな。どうやらユニの方はまだ反省が足りていないようだな」


「ひどく反省しております!」


 アランは今まで見たことないほどに姿勢を正すユニのその姿に笑いをこらえられなかった。


「揶揄ってすまないな。それより、どうしてまた俺なんかの稽古を望むんだ? マベリウスさんのところで習うだろ?」


 ノーヴィスの民は親が一人前になるまで責任をもって育てる風習がある。

 一般的な常識や情報、生活をする上で必要な狩猟方法。そして戦う術。

 ユニとコルはまだ幼く、いうまでもなくまだ親元で教育を受けている身だ。

 だから彼が云うように、わざわざ彼から戦闘のノウハウを学ぶ必要はないのだ。


「お父さんなんかよりアランの方が強いんだから学ぶのは普通でしょ」


 ユニの父親、マベリウスは決して弱いわけではない。

 しかし、彼女が云うようにアランは強く、現在、ノーヴィスの民の中では頭一つ抜けている存在だった。そんな彼は族長の娘であるコーネリアとその親友であるユニティスが幼いころから傍で育ててきた一人だった。

 問題児ではあるが、二人は村にとって特別な存在だった。

 族長の娘というだけの話ではない。

 ノーヴィスの民はこの地に生まれ落ちた際に、その身に精霊を宿すことになる。神聖な森に住む精霊との結びを得て、初めてノーヴィスの民となるのだ。

 そんな精霊の中でもひと際大きな力を持つ大精霊と結びを得る者が稀に居る。

 そんな稀有な結びを得たのが、コーネリアとユニティスだった。

 村では数百年ぶりの出来事であり、同時期に二人も授かるというのは歴代類を見ない事だったため、村にとってはこの二人は非常に特別で大切な存在だった。


「二人の父親より腕が立つと言われると悪い気はしないな。よし、わかった。でもその前に、今日の精魂の儀レギュメーラは済ませたのか?」


「そういえばまだだったわ。朝市から𠮟責の雨だったからまだいけてないわ!」


「なら急いで行ってこい。稽古はそのあとだ」


「わかったわ。行くわよコル!」


「ちょ、ちょっとー……」


 走り出したユニを追いかけるようにコルが彼女の後を追いかける。

 泉の湖畔の反対側に位置するところに、絢爛な装飾を施された石造りの聖堂が毅然と構えていた。

 湖畔からの反射光を取り入れるために、聖堂には採光用の窓が幾つもの施されているため、中は非常に明るい。

 聖堂の中を進むと、正面の入口から真っ直ぐ短い廊下を挟んでちょっと広い部屋がある。底が精魂の儀を行うための場所になっている。部屋の奥には天井まで頭を付けるある精霊を象った像が鎮座していた。

 コツコツと二人の足音が誰もいない聖堂内に響く中、ユニの声がさらに反響を呼ぶ。


「さすがに遅いから誰もいないね」


「そうだね。早く済ませよ」


 像の前まで来た二人は石床に膝をつき像に向かって手を合わせる。

 それぞれがその身と結んだ精霊の名を呼び、日々の感謝の祈りを捧げる。

 この精魂の儀はその身に精霊を宿すものは必ず一日一回、この聖堂にて身に宿した精霊と対話して感謝を伝える為のもの。精霊の力がなければノーヴィスの民は健康でいられない上に力が扱えなくなる。だからこそ、そんな力を貸してくれる精霊に感謝を示すための儀式が必要になるのだ。


「おや、コルにユニじゃないかい? こんな時間に珍しいねぇ」


 祈りを終えて帰ろうとしたところに、箒を手に持つ女性が入ってきた。


「カムイル! 今日は掃除当番なの?」


「何を言ってんだい? ここ最近は私がこの聖堂の清掃担当だよ。忘れたのかい?」


 彼女は村の大人の一人で、若く健康的な容姿をしているが、年は優に400を超えている長命者だ。森妖精の年齢で見ても大分大人な方になる。そのため、二人のこともよく知っている。


「あれ? そうだったっけ?」


「ま、あんまりここでは顔を合わせないからね。わかんなくても仕方ないか。でも、こんな時間に来るなんてね。――ああ、例の件だね? それでこんな時間に……」


 カムイルは二人が遅れた時間にここにいる訳を瞬時に理解して少し目を細めた。


「何よその目は……」


「にしても、いつの間にか大きくなったわよね。ついこの間までは父親の後ろを静かについていくような子だったのに。気が付けばもう掟を破って外に出ちゃうんだもの。子供の成長は恐ろしいわね」


「いつの話よ! 大分昔の話でしょっ! もう立派な大人よ!」


 まだ大人には程遠いとユニに訂正を入れようとしたコルだったが、その言葉は喉元でせき止めた。

 そんなユニの言葉に微笑みを返すカムイル。


「そうだったね。あと数百年もしたら立派な姫巫女様にもなりそうだ」


「そんな何百年も掛からないわ。あっという間になって見せるわ」


「それはとても楽しみだね。それよりも、二人は大精霊様と確りとお話はできたのかい?」


「どうなんだろう……全然わかんない。一応想いは伝わっているとは思うんだけど、意思として何かが返ってきたことはまだないわ」


「私も同じです。なんだか温かい気持ちになるくらいです」


「精霊と心を通わすと、精神に安らぎを貰えるわ。二人が感じているそれはちゃんと意思疎通ができている証拠だよ。もう少し成長すれば精霊の伝えたい気持ちが明確にわかる日が来るかな」


「そうなんだ。ねえ、カムイル。精霊が私たちの元を離れてしまうことはあるの? せっかく大精霊様と結びを得たのに、何かの拍子でそんな大精霊様が離れてしまっては私は里に居られなくなってしまうわ」


「心配しなくても大丈夫よ。私たちノーヴィスの民は一生涯結ばれた精霊と離れることは無いわ。彼らが私たちの身から離れるときは、私たちの肉体が死んだときだけ。それ以外で離れていくことは無いわ。精霊を宿した者が死ぬと、宿った精霊は器から離れて、この森へと帰ってくる。そして、新しい生命に再び宿る。それを繰り返していくのよ」


 精霊ついての話は存外若い者たちは然程詳しく知らない。

 ある程度の話は親から聞き及ぶことになるけれど、長命者のようなものの知識を得なければいつまでも曖昧な存在のままになってしまう。


「だから、私に宿っているこの精霊もきっと先祖の誰かに宿っていた子なのかもしれないわ」


「知らなかった……。やっぱり物知りだね高齢者は!」


「誰が高齢者だって!」


「やばい! 逃げるよコル!」


「え、私関係ない……」


 箒を掲げながら怒号を上げるカムイルから逃げるように、足早に聖堂から出る二人。

 二人の後姿を見送ってから、カムイルは嬉しそうに溜息を吐く。


 彼女らが次代の村の導き手になっていくんだなと、孫を見るような面持ちで彼女は掃除を始めた。

 聖堂内の埃や落ち葉を掃きながら、精霊を象った像にカムイルも祈る。


 ――どうか、あの二人が立派に育つように見守っていただきますように……。



















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