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第1話 ノーヴィスの民

 木々が風に揺らめき静かな葉の音を奏でる暖かな森。

 小鳥の囀りと川の潺が聞こえる中、草を掻き分けながら軽やかな足取りで森をかけていく影が二つ。

 長く靡く金髪に透き通る白い肌。木漏れ日が肌をキラキラと明滅しているように照らすのは美しき森の精だった。

 ここ、グローウィルの森にはノーヴィスの民が静かに暮らしていた。


「ユニ、まってってば!」


 少女が前方を走るもう一人に声を投げる。

 すると、もう一人の少女は小さく振り向くと口角を釣り上げて無邪気に笑う。


「競争なんだから待つわけないでしょ!」


 道のない森を躊躇うこと無く駆け抜けていく少女たち。

 森を抜けると、そこには大きな泉が広がり、宝石のような翡翠の輝きを反射させ、その周りをノーヴィスの民が生活していた。


「私の勝ね!」


 少女の一人が泉の前の大樹に手をついて誇らしげに言って見せる。


「ほぼ同時だったじゃない! 引き分け。引き分けよ!」


 同じように大樹に手を付けながら隣に立つ少女に呆れを魅せるもう一人の少女。


「往生際が悪いわねコルは。いいわ。引き分けにしてあげる」


 少女ユニが無邪気に彼女へ笑っていると、遠くから太めの声が届く。


「二人とも、さぼってないでこっちを手伝いなさい」


 身をいっぱいにした麻袋を抱える男が二人の少女を見て言う。


「ついさっき仕入れてきた食材を蔵に運んでくれ」


 彼の他にも多くの人が荷馬車に積まれている荷物を泉の近くに建っている蔵に運び入れていた。

 男も女も関係なく皆が等しく協力していた。


「はーい」


 半ば惰性の声も混じる中、ユニとコルは言われた通り荷馬車の荷物を運ぶことにした。大人たちと一緒に荷運びをしているな最中、ユニが大人たちの噂話に尖った耳を反応させた。子供というのは得てして噂話が好きなものなのだ。


「ねえ、コル?」


 彼女も同じように小声で耳打ちする。


「今、森外れの村に騎士団が来ているそうよ」


「アエレ村に? どうして騎士団が?」


「普通に見回りらしいけど、どうする?」


「どうするって?」


 そうコルが訊き返すと、ユニは喜々として悪戯な笑みを浮かべて言う。


「決まってるじゃん。見に行くの」


 ノーヴィスの民の子供はここグローウィルの森を子供だけで出ることを禁止されている。

 神聖な森の子を守るために昔から決められし不動の掟だった。外界は危険であり、ノーヴィスの民は非常に美しく貴重な存在なため、幼き子を誘拐するといった事件が後を絶たないのだ。

 けれど、抑制されると反発してしまうのは幼い子供の性と云うもの。

 一度は自制心が働きユニの誘いを断るコルだったが、根強いユニの説得に折れ二人は森をこっそり抜け出すことにした。

 掟まで破って見たいほど、騎士団というのは世界に絶大な支持と希望を与える存在だった。

 古の大戦から約1200年が過ぎた今。光側世界の平和を守ってきているのは各国に派遣されている聖王騎士団なのだ。安心が約束される強さを有し、規律正しい正義の元、統率された清き組織。皆が憧れ感謝を示す存在こそが、聖王騎士団という組織なのだ。

 平和を守るために各国に在中する聖王騎士団が頻繁に国内の村々を訪れ悪を働く存在を断罪している。首都以外に住んでいる者はその巡回の時にしか、基本的に彼らを拝むことはできない。つまり非常に貴重だということだ。

 それが今、グローウィルの森の近郊にあるアエレ村に来ているのだ。

 ノーヴィスの民の寿命は果てしない。時間などいくらでもあるから特段無理をしてみる必要もないのだが、そんなことは幼い子供には関係のないこと。

 大人たちの目を搔い潜り森の外へと出た二人は、アエレ村へと続く道へ向かった。

 街道沿いにあるアエレ村までは見晴らしのいい開けた道がないため、お忍びで向かうには最適な道だった。

 草木に身を隠しながら進みようやくアエレ村までたどり着いた二人。

 村の周りは大人の腰あたりまである木の柵に囲われ、村の入口には木の門扉がおかれていた。今はその門扉は開かれており、その両脇には白銀の鎧を纏う者が一人と、革鎧を纏う兵士が二人立っていた。


「コル! あれ、あれだよ。噂の騎士団」


 木々の物陰からユニが指をさす。


「あれが……」


 世界の正義の名のもとに平和と秩序を正す執行人。それがこの世界での聖王騎士団のあり方だった。

 子供の目から見れば憧れの存在だ。

 ユニとコルの目は騎士団員へ釘付けになる。

 そんな騎士団の中に一際異彩を放つ者がいる。

 鎧の装飾が他と違い、絢爛な装いの者。

 凛とした双眸に整った鼻梁。慎まし気な口元。世間では美形と称されるだろう存在だった。

 程よく日に焼けた健康的な肌と、少しばかり筋肉質な体躯が彼の存在感を大きく見せているのかもしれない。


「アブエル団長」


 男は部下からそう呼ばれていた。

 団長。聖王騎士団は今現在、五つの団に分かれており、それぞれを一流の騎士が率いることとなっている。彼女らの眼前にいるアブエル団長という男もまた、一流の騎士ということである。


「なんだ?」


「この村では特質した問題がないように感じます。早々に次の村へ向かった方がよいかと思います」


「カルステット。お前はいつも考えが堅いんだよ。急ぐのは当たり前だが、村に滞在することもまた同じくらいに大事なことだぞ」


 アブエル団長の手は正面に立つカルステットという団員の頭に置かれる。


「私たちは平和の象徴なのだぞ。少しでも暮らしに安心感を与えるのも私たちの仕事だ。私たちがこうしてここに滞在することで村民は安心できる。だから、急ぐからと問題のない村を蔑にしては私たちの信頼や象徴に傷をつけることになる。それは避けなければいけない。わかるよな?」


「はい」


「焦る気持ちもわかる。各地を確りと見て回らないといけないのも重々承知しているが、目の前の使命を全うできないものが他全ての使命を全うできるとも思えない。だからこそ、今という時が一番大事なのだ」


「かしこまりました。では私も今しばらく村民の手伝いをしてまいります」


「頼む。私は少し村の外を見回ってくる。その間の村の警備は任せたぞ」


 そういうと、アブエルは村の外へと向かっていった。

 街道に出る門扉を潜り抜けると、彼は森の中へと消えていった。

 そんな姿を見送りながら、ユニは笑顔でコルに云う。


「私たちも行ってみない?」


「行くって……もしかして跡をつける気? やめた方がいいって! 見つかったら、私たちが掟を破って村の外に来ているのがばれちゃうよ!」


 腰に手を当て、呆れた様子でユニは云う。


「コルは本当に憶病なんだから。コルが行かないなら私一人で行くから」


 返事も待たずに彼女は森へ消えていったアブエルを追いかけようとしていた。


「別にいかないとは云ってない!」


 彼女の後を追いかけるようにコルは駆け足で向かった。

 二人が森の中を進んでいると、街道を歩いているアブエルを見つけた。

 周りに注意しながら歩いている彼に、二人は静かに跡をつける。

 しかし、一流の騎士相手にまだ幼い二人がバレずに尾行するのは難しかった。


「そこにいるのは誰だい?」


 二人が隠れている草陰に向かってアブエルが云う。

 言葉に圧はない。

 敵意のない気配というのを理解しているからだ。


「別に怒っているわけじゃない」


 大方、村民の子供が跡をつけてきたのだろうとアブエルは思った。

 なら優しく接するべきだろうと物腰を和らげた。

 そんな彼の言動に、草陰に隠れていた二人はゆっくりと姿を見せた。

 その姿にアブエルは目を見開いた。

 想像していなかった存在が眼前に居るからだ。


「君たちは、もしかしてノーヴィスの民の子か?」


 基本的に外界との接点をあまりとらない種族のため、存在を目にすることも稀有なことだった。いうまでもなく、アブエルもまた例に漏れず見たことがない。


「そうよ!」


「ちょっとユニ! 言葉遣い! 多分偉い方だよ!」


 草陰からゆっくりと歩いてくる二人。


「いや、礼節など気にするな。――しかし、噂でしか耳にしなかったが、本当に綺麗な種族だな」


 まだ幼い二人だが、その容姿の良さは年齢関係なく世間一般的に惹かれるものを持っている。それがノーヴィスの民の特徴だった。透き通る白皙な肌と黄金の輝きを放つ髪がその存在感を強くする。

 青々と生い茂る森の中に居れば、その存在はまるで神が降臨したのかと錯覚するほどだ。

 だからこそ、アブエルもまた感嘆の声を漏らさずにはいられなかったのだ。


「それで、何か私に用事かな?」


 そんなアブエルの問いかけにユニが毅然に応える。


「騎士団は世界各地の平和を守っているんでしょ? それってとっても凄いことだよね? 私たちも、そういう存在になりたいの! なれるかな? 騎士団のように!」


「平和を願う者じゃなくて、平和を掴む者になりたいのかい?」


「そう!」


「なら心配はいらない。その意思がある限り、君たちはきっと成れる。騎士団はどんな種族であろうと平和を共に掴もうと志していれば歓迎する。君たちが大きくなって、強くなった時、その気持ちが変わらないのであれば、また騎士団を訪ねてみればいい。願わくば、私のイーリス騎士団へね」


 優しく笑って見せるアブエル。

 そんな彼の言葉に表情を明るくさせるユニと、少しの心配を浮かばせるコル。


「けれど、君たちはノーヴィスの民。外界への接触が許されるのかい?」


「種族の掟に縛られていては平和はつかめないわ! 掟なんて破ってこそよ!」


「あっははは! そういうの嫌いじゃない。でも、規律を守るのも必要だよ。独断行動で、救えるものも救えなくなってしまう。時と場合で使い分けなければいけないよ」


「わかったわ! 覚えておく!」


「ちょっとユニ。だから言葉遣い……」


 諭すようにコルがユニの服の裾を引っ張る。


「君も彼女と同じように平和を掴みたいのかい?」


 ふいに向けられた言葉に戸惑うコル。

 少しばかり目を泳がせながら彼女は応える。


「はい……。私も憧れていました。世界を守る騎士団様の姿に。私もいつか、なりたいと思っています。騎士団様のような立派な存在に……」


 アブエルはそんなコルの目を見ながら悟った。

 彼女の底にある芯が、強い思いが宿っているのを。


「そうか……。なら君たちの名前を覚えておくとしよう! 近い将来、世界の平和を掴むことになる英雄の名をね」


「私はノーヴィスの民。ユニティス・フラッチャ・ノーヴィス。いずれ私の名前を知らない者がいない程、偉業を成して見せるわ!」


「……私は、コーネリア・ヴィレンツェ・ノーヴィス。ノーヴィスの民、族長の娘です。私も、必ず争いのない平和な世界を作って見せます!」


「ユニティスとコーネリアだね。覚えたよ。それにしてもユニティスか……偶然なのだろうけれど、縁というのはあるのだな」


 独白するようにアブエルは零す。


「では私も名乗っておこう。私は聖王騎士団の一柱、イーリス騎士団の現団長を務める、アブエル・クラニスだ。見ての通り、私はただの人間だ。しかし、騎士団には数多くの種族が混在する。けれど、皆志は一つ。君たちもいずれ入ってくれるのなら、大いに歓迎する」


「勿論! 私は入るわ! コルも入るわ!」


 コルの分まで声明したユニに呆れをみせるコル。


「君たちは仲がいいね。そういう仲間がいて羨ましいな」


「アブエルにはいないの?」


「ユニ!」


 相も変わらず恐れしらずのユニに対して肝を冷やすコル。


「そうだね。居た、かな。親友と呼べる奴が昔ね。――おっと、こんな話はつまらないね。それよ二人とも、村に戻らなくてもいいのかい?」


「そうだよ! そろそろ帰らないと!」


 ユニの腕を掴みながらコルが云う。


「た、確かにまずいわね」


「なら急いだほうがいい。ここで話したことは秘密にしておくよ。私たちだけの秘密だ。だから、次会う時にでもここでの出会いを昔話で語らえる日を待っているよ」


「わかったわ! ありがとうアブエル!」


「ありがとうございました。失礼します!」


 二人は駆け足で街道から外れた森の中へ消えていった。

 まるで幻を見ていたように、二人が消えた後は静けさだけが残るただの森となった。

 神々しい二人の存在の余韻に浸りながら、アブエルは口元を緩めた。

 そして、道をなぞりながら、独白を零す。


「イーリス様。貴女と同じ名を持つ者が、貴女と同じ志を持って私の前に現れましたよ。これは運命ですかね……」


 イーリス騎士団、創設者。イーリス・ユニティス・アヴロアナ。

 聖王騎士団の中でも慈悲深く慈愛に満ちた人であったと広く知られる有名な女性騎士。その志を継ぎし者が次代団長へとなっているのが、彼が今率いているイーリス騎士団である。


 そして、このイーリス騎士団を含む聖王騎士団に起こる凄絶な事件が世界を震撼させることとなる。













 

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