第10話 慕う者、そして告白へ

「それでオーリエ。外界はどうだった? 楽しめた?」


「はい! このダンジョンとはまた違った世界を味わえました。世界は広いのですね!」


「そうね。私もこの世界のことはよく知らないから何とも言えないけれど、文献や話を聞くとかなり広大な世界みたい」


「果てのない空と、遠くの遠くまで続く大地。そして海を見ました。このダンジョンにはない景色です!」


 語気を弾ませるオーリエに、私は穏やかな気持ちとなった。

 オーリエから語られる外界の話は非常に彩り豊かなものばかりだった。

 私同様に彼女もまたダンジョンという檻の中で暮らす存在。檻の外を知らない分、全てが新しく美しいものに見えるのは必然。かく云う私も配下たちの話を聞くだけで心躍らせているのだから。

 彼女の話は非常に細かく、ダンジョンを出てからどういった道を歩き、どういった人たちとであって何を話したのか。事細かい話をしてもらった。

 よくそんなにも覚えていられるものだと思うかもしれないけれど、楽しかった記憶というものは非常に強く残っていくのを私は知っている。

 私はこの世界、このダンジョン世界が前世の世界とそもそも違うので、全てが新しく興味を惹かれるものばかりだった。だから、今日までの事に関して、全て……とまではいかないけれど、基本的には全部覚えている。このダンジョンがどのように進歩しているのかや、いつ誰と出会ったのか。驚くほどに覚えているのだ。

 私のこの気持ちは今もまだ続いていて、今後も変わらず全ての進化と出会いに一喜一憂して生きて行くと思う。

 これは私だけじゃなく、私の元で一緒に暮らしていく皆が、同じように感じられるように私はしていきたい。

 ここでの生活を実りあるものに、楽しいものにしてもらえたら、私は幸せだ。

 危険だけれど、ダンジョンで生まれた彼女たちには、いずれ外の世界を自由に見て来てもらいたい。階層守護者も関係ない。自由な旅をさせてあげたい。

 オーリエのような無垢な笑顔を守りたい。

 彼女の話を聞きながら、私はそう気持ちを再確認した。

 彼女の無垢な笑顔は平和そのもの。

 それを守るために、私は確りと管理者として、魔王として動かなくてはいけない。

 その足掛かりとして、まずは魔王会議リユニオンの開催を近々考えている。

 揃った魔王と云えばまだオバロン様とヒーセント様、そして今回同盟を受けてくれたテステニア様と私を入れて4人だけ。

 それでも一応過半数は参加していることになる。

 私は八番目という位置づけになってはいるものの、現存魔王は7人。

 過半数が出席するのであれば十分会議としては成り立つんじゃないかしら。

 とはいえ、そのためにはまずそれぞれに連絡をしなくてはいけない。

 既に、魔王オバロン様と魔王ヒーセント様のところにはこちらで用意した転移盤を届けてあるため、連絡をすれば直ぐに集まるだろうけど、その連絡手段というのも少し考える必要があるかもしれない。

 今現状で出来るのはこちらの配下を転移盤を使って向こうへ送り連絡する方法しかない。もっと他に簡易的な、それこそ、携帯電話のようなものがあれば一番いいのだけど、残念ながらそういったものはこの世界にはない。だから、他の何かで代用できる方法を見つけるほかない。


「マリ様、どうかされましたか?」


「ん? どうして?」


「悩ましそうな顔をしておりましたので……」


「すこし考え事をね。今回、オーリエたちの働きで魔王テステニア様と同盟を結ぶことが出来たわけだけれど、それを踏まえて、今後の動きについて改めていこうと思ってね」


「次の魔王を探すということですか?」


 コーネリアの言葉に私は首を振った。


「違うわ。それも必要だけれど、まず先に今いる同盟済みの魔王を集めて話し合いをしようと思っているわ」


「確か魔王会議リユニオンでしたか? 以前、マリ様がそんな話をなさっていたのを覚えております」


「そうよオーリエ。その魔王会議を愈々進めることにしたわ。現存魔王の過半が同盟を結んだ今、動くべきだと思うのよ。私の知識ではまだまだこの世界の欠片しか理解できていない。それでは平穏なんて手に入らない。だからこそ、知恵ある他の魔王と話をして世界の把握を共有していきたいの」


「なるほど。では近いうちにそれが開かれるのですね」


「ええ。明日にでも開催日時をテステニア様に伝えようと思うわ。もちろんオバロン様やヒーセント様にもね」


 コンッコンッ。

 静かにノックの音が聞こえる。


「どうぞ」


 私が許可すると、白銀の美麗な姿をみせるキーナが部屋に入ってきた。


「マリ様。お呼びでしょうか?」


「丁度いいところに来たわキーナ。貴女に頼みたいことがあるのよ」


「うちでよければ何なりと!」


「同盟を結んだ各魔王へ連絡しに行ってもらいたいのよ」


「りょーかいです。どういった内容ですか?」


「魔王会議を開催するから一週間後に私の城まで来てもらうように伝えてくれればいいわ」


 明日やります!

 だからきてください!

 なんてのは相手のスケジュールも鑑みないダメな社会人のやり方。

 準備期間や、スケジュール調整をしやすい一週間後に設定しておけば基本的に、相手は合わせてくれる。

 急を要するわけではないので、このくらいの期間が妥当じゃないかと私は思う。


「一週間後ですね。なら、ささっと飛んで伝えてきますね」


「ああ、別に飛んでいかなくても大丈夫よ」


「そうなんですか?」


「ええ。実は先日、ヒーセント様の配下がこの街に来ていてね。その時に、転移盤を渡しておいたのよ。だから、態々飛んでいく必要はないわ。その転移盤にのって連絡してもらえれば大丈夫よ。オバロン様も同様にね」


「なるほど。りょーかいです。では行ってきますね」


 キーナはそう云って姿を消した。

 オバロン様もヒーセント様も配下をこちらに送ってくれたおかげで、事が順調に運んでいった。人員を派遣してくれなければまたキーナに飛んで行ってもらう必要があったけれど、そうならなくてよかった。

 基本的な伝達役として、キーナをメインに据えているけれど、今のところ問題なさそうかな。

 一応、連絡役として当初、外界の物資調達係として任命していたキーナ、レイ、ロローナがいるけれど、その実彼女たちの役割はダンジョン街の発展によりその任を変え、今では連絡役と転移門の防衛として任を分けていた。

 キーナとロローナが連絡役を担い、レイが転移門の防衛を行っている。

 そして、ロローナは外界の、光側の相手との連絡役としてその役を務め、キーナは闇側の連絡役としてその役を務めている。

 もっと言えば、ロローナは大陸の西側。キーナは大陸の東側という括りに成りつつある。

 まあ、まだそれほどまでに交流が盛んに成っている訳ではないので、あくまで現時点での彼女らの役割になる。

 彼女たちも機会が無ければ基本的には街の発展を手伝ったり、私の身の回りの世話をしているけれど、レイに関しては違う。常にダンジョン街と外界を繋ぐ唯一の転移門の防衛と、ダンジョン周りの森一帯の偵察をしているので、一番の功労者なのかもしれない。

 当初はそういった予定はなかったのだけれど、彼女の能力を鑑みて改めて任せている。


「キーナはすごいですね。マリ様に対してあんなにも気さくに話しかけれて……」


「オーリエも全然いいわよ。私はむしろ、彼女くらいの方がいいんだけどね」


「そ、それは、難しいです」


 私に対してキーナのように接してくれるのは、あと私の配下ではモルトレとシエルくらいかしら?

 今思えばみんな小さい子ばかりだな。

 幼さ故なのか。

 オーリエも私からしたらまだ幼い少女だけれど、彼女たちの中では一番のお姉さんになるから、一歩引くようになっているのかもしれない。


「残念。ところで、オーリエに訊きたいのだけれど」


「なんでしょうか?」


「オーリエは自分の配下ができるとしたらどんな配下がいいかしら?」


「配下ですか? 突然どうしてそんなことをお聞きになるのですか?」


「実はね、オーリエたちが帰ってくるまで、他の守護者たちに専属の配下を創ってあげていたのよ。それでまだ創ってあげれていないのが、貴女とゼレスティア、サロメリア、ハルメナ、アルトリアスの五人だけ」


「オフェスやモルトレは創ってもらったんですか?」


「そうよ。すごく喜んでくれていたわ」


「……それなら、お願いしてもよろしいでしょうか?」


「任せて! ――それで、オーリエはどんな子が欲しいの?」


 彼女は思いあぐねるように小首をかしげながら、頭の蛇と相談を始めた。

 小声で蛇たちと会話する彼女はとても愛くるしいものだった。


「マリ様」


「は、はい!」


 うっかり見とれていたので気が抜けてしまっていた。


「妹が欲しいです!」


 その彼女の言葉が慮外なものだったため、私は間抜けに口を開けてしまった。


「妹?」


「はい! 私と同じ石目蛇の頭メデューサの妹が欲しいです」


「わかったわ。でもなんで妹なの?」


 そんな私の質問に彼女は少し照れるように頬を赤らめながら答える。


「わ、私の周りにはお姉様的存在の方たちが多いので、どうしても私が妹みたいになってしまうんです。なので、私もできればお姉様達みたいな存在になりたいなって思い、それで……」


 なるほど。そういうことね。

 そうは言うけれど、オーリエは既にモルトレやオフェスなんかよりはお姉さんなんだけどな。でも、同じ守護者だから妹という感じにはならないのかな。あくまで職場の同僚か後輩感覚なのかも。

 それなら、彼女の望み通り、れっきとした確固たる妹を創造してあげたい!


「そういうことなら、私に任せて! 今から、オーリエの望むあなたを慕う妹を創ってあげるわ」


 私は管理ボードを展開すると、いつもの手順でキャラクター作成を始めた。

 彼女の望み通り、彼女と同じ石目蛇の頭メデューサで作成。性格はオーリエをお姉さまと慕う妹であり、甲斐甲斐しく姉の世話をしてしまう感じで――。

 私の設定心に火がついて指が世話しなく走っていく。

 デスクに座り、早い手さばきでキーボードを打つ、如何にも仕事できるオーラを纏わせてはいるが、その実それほどのことはしていない私。

 ただ趣味に没頭しているヲタクなのだ。

 とはいえ、これはオーリエのための仕事。手を抜くことはもってのほか。だからこそ、真剣にやらせてもらっている。


 ――っと、こんなところかな?


 それじゃ、さっそく創造しますか。


 私とオーリエたちの前に、光の柱が二本立つと、光の中からウネウネと髪の毛を蠢かす存在が姿を現した。


 オーリエよりも小柄な少女二人。

 白銀に輝く蛇の髪を蠢かせて、その華奢な体を縮ませ膝をつく。


「はじめまして。この世に生み落としていただき、ありがとうございます。私は石目蛇の頭メデューサのセリス・ベレーナと申します。オーリエお姉さまの元で、魔王であるマリ様を支えていきたく思います。よろしくお願いいたします!」


「ジゼル・ベレーナと申します。同じく、一緒に支えていきたく思います。よろしくお願いいたします!」


 黒を基調とした厚手の生地の服に、センターとサイドにスリットが刻まれ、その中に見えるバイオレットのインナーが見え隠れしてアクセントとして服を魅せていた。そして胸元にあるフリルのついた少し大きめのリボンが二人の少女の可愛さに拍車をかけている。モルトレのような身の丈に合わない大き目の服を着ているわけではないけれど、全体的には少し大きいサイズの服となっている。袖も手首が少し隠れる程度。服と同じ生地で出来たフレアスカートは足首まである。

 勿論、二人の首には【特質封じの首飾り】が下げられている。

 これで石目蛇の頭の石化能力を封印している。


「こ、これが私の……」


「ええ。これからあなたの下で一緒に過ごしてもらう子たちよ。よろしくねオーリエ」


「はい! かしこまりました! ありがとうございます。マリ様!」


 オーリエは二人の前に立つと手を伸ばす。

 同じ石目蛇の頭が顔を揃えると本当に姉妹そのものだった。


「お姉さま。これからよろしくお願いします!」

「お願いします!」


「うん! よろしくね!」


 髪の蛇たちが会話をしているみたいに、蠢くのを見ながら、私は微笑みを零した。


「喜んでもらえて私も嬉しいわ。折角だから、二人に城や街、ダンジョンの案内なんかをしてきたらどう?」


「いいんですか?」


「勿論よ」


 そう私は言いながら、彼女の元まで歩み寄り耳打ちした。


「お姉さんとしての姿を見せるチャンスじゃない?」


 ハッと目を見開く彼女の瞳は美しく、そして無邪気に輝いていた。


「ありがとうございます。それでは二人にここの案内をしてまいります。マリ様の貴重なお時間を私に割いていただきありがとうございました!」


 オーリエは丁寧に挨拶をしてから、妹の二人を連れて、部屋を静かに出ていった。

「失礼します」と妹たちも小さく挨拶をして出ていった。


「やっぱり喜んでもらえるのって良いわね」


「マリ様が配下の為に何かすれば皆等しくお喜びになるかと思います。でも、あまり無理をなさらぬようお気を付けください」


「心配ありがとう。そういえば、コーネリアの話をまだ聞いていなかったわね。オーリエから旅の話を聞いたけれど、コーネリアはどうだった? ……って貴女に聞くのも可笑しいかしら? 貴女は外界の旅が多く、よく知っている世界だったわね。――そうね。何か変わったことはなかったかしら? 仕事っぽい話になって申し訳ないのだけれど」


 そんな私の問いに、コーネリアは少しの間沈黙を続ける。

 すこし表情が強張っているように見える。

 膝の上に置かれた手も何時しか強く握られていた。


 何かあったのだろうか?


 心配になり、私が口を開こうとしたとき、コーネリアが先に声を発した。


「マリ様に云わなければいけないことがあります」


 これ以上なく姿勢を正し立つコーネリアは私の目を真っ直ぐ見てそういった。


「いわなければいけないこと?」


「はい。私が今まで内に秘めて隠してきていたことです。ですので、マリ様。私に少し時間をいただけないでしょうか? 私が今からするを聞いていただきたいのです」


 彼女の今まで見たことのない程に真剣な眼差しに、私は相応に応える。


「わかったわ」


 先ほどまでの甘い空気は霧散して、少しばかりの緊張が立ち込める。

 彼女の心を整える呼吸が聞こえる。

 そして、彼女はその口を開いた。





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