第9話 歳月によって
魔王テステニア様とオーリエの客人である鬼人ヴィースさんを食堂へと案内した。
ヴィースさんの腹の虫が我慢の限界を迎えているようで、道中何度も低い音が城内を響かせていた。
メイド長カテラが私たちの道の先を歩き先導する。
食堂の扉を開くとテーブルには既に豪華絢爛な食事が並べられていた。
やっぱり料理係の皆は仕事が早いわね。
席に着くなりヴィースさんの腹の虫が一層に騒ぎ出していたので、早速食べてもらうようにした。
ヴィースさんの食べっぷりはヴィゼさんを彷彿とさせるそれだった。
テステニア様は静かに、そしてお淑やかに食事をしている。ヴィースさんとはまるで対局な感じだ。
「魔王マリよ。これはなかなかに美味だな。手が止まらん。こんな食事、里では食べたことがない」
「本当に美味しいわ。毎日食べたいくらい」
「それはよかったです。お口に合わなかったらどうしようかと思っておりました」
「この料理を作っているのも――」
「はい。私が生み出した配下たちです」
「すごいわね……」
そんなテステニア様の感嘆を横に森妖精の少女たちは美味しそうに黙々と食べていた。
「テステニア様に関して聞いていた印象と大分違っていて驚きました」
「いったいどんな印象を持っていたのかしら?」
「ヒーセント様からは物静かで人見知りだと窺っていたのですが、こうして会って話してみると、そんな気は一切無い様に感じます」
「なるほどね。確かに昔は無口だった気がするわ。でもそれも今は昔、大昔の話。不老長命の妖精種である私なんかよりも長く生きているヒーセント様にお会いしたのは今から100も前のことになるわ。それほどの時が流れれば生き方も変わってくるものよ」
「そうだったんですね」
魔王ヒーセント様とテステニア様はいったい何歳なのか……。
「それに、私は興味のないことに関しては関心を向けない性格だから、惹かれない限りこんなに言葉を交わすことは今でもないわ」
「では、私はテステニア様のお眼鏡にかなったというわけですね」
「よかったわね」
「本当に嬉しい限りです」
そんな会話を交えながら、ある程度皆の食事が落ちき始めたころ、私はヴィースさんに尋ねた。
「ヴィースさん。オーリエに頼んだ依頼内容について、訊いてもいいですか?」
「おおそうだったな。美味しすぎる食事に本来の目的を忘れていたぞ」
食事と一緒に出した葡萄酒を豪快に飲み干すと、ヴィースさんは続けた。
「我はオーリエ殿に我の主を救ってほしいと頼んだのだ。我は隠里ヒュルームの戦士であり、里長である姫の守り火。そんな我が無様に姫の元を離れることとなってしまった訳。里近郊に突如として現れた、謎のダンジョン。底に潜む邪悪な存在。ヒュルームの精鋭が悉くその灯を奪われた。里最強である姫も勝てない相手。我ではどうしようもできなかったのだ。だから、里の者以外で姫よりも強者な存在を探し出し、助けをもとめていたのだ。そして、ザムスヘムという町で彼女に会った。姫よりも、我よりも強者のオーラだった彼女に声をかけさせてもらった。だが――」
仮面のせいで彼の目線がいったい何処に向いているのか不明だけれど、ふと、そんな仮面に描かれた目と合った気がした。
「あなたの方が彼女よりも断然に強いオーラを感じる。やはり、強者の創造主たる存在は計り知れない強者ということか。できることなら貴方に助けを求めたいところだが、どうやらそれはままならないらしい」
「残念です。ですが、私の配下は私なんかよりも遥かに強いので安心してください。その謎のダンジョンにいる恐怖の存在もきっと倒してくれますよ」
「おお! では力を貸してくれるのだな!」
「勿論です。しかし、オーリエだけではなく、私の配下である彼女もまた一緒に同行させてもらいます」
同行させるのは今回、オーリエと一緒に働いてもらったコーネリアにそのまま引き継いでもらうことにした。彼女の強さもなかなかだと私は思っているので十分対応できるだろうと踏んでのこと。
それに、既にメッセージでオーリエと話してしまっているから変更はできないものね。
「それはもちろん。助けてもらうのだ。我から拒むことはない。それに、少しの間共に生活させてもらった者の方がまだ我としても助かるというもの」
「そのヒュルームという里。確かに聞いたことが無いわ。本当に隠れ里なのね。いったいどこにあるのかしら?」
葡萄酒を嗜みながら、テステニア様が訊いた。
「里を追い出された身ではあるが、秘匿され続けた里の場所は言えない。だが、東大陸のその東とだけは言っておく」
「東……霊峰エンディエントの近くなのか?」
コーネリアが静かに訊く。
「確かに、霊峰は里から見えるな」
「そのダンジョンに関して、他に何かないのですか? 私の配下を送るにしてもある程度情報が欲しいところです」
「そうだな。我が持っている情報はダンジョンの階層がどれくらいかと、どういった階層かくらいだ」
「十分です」
「ふむ。件のダンジョンは多分28階層。例の化物がいた階層がそこだった。それ以上あるのかどうかはわからないが、あの化け物が階層主であることを願うばかりだ。ダンジョンの階層形態としては通常の洞窟型から人工建築物型になる。我が奴と対峙したのは建物の大広間のような場所だったと記憶している」
「その化物というのはどういった存在だったのですか?
「あれは……云われてみれば異形なる存在のような影をしていたな。全体が黒くあやふやな状態だったのではっきりとは分らぬが、亜人ではなかった気がする」
異形なる存在。
であれば、アカギリやカレイドを襲った謎の少年という線は薄いわね。
だとしたら幾分かは安心できる。
とはいえ、敵の情報が不明瞭なままでは心配は拭え切れないけれど。
「そのダンジョンにあなたの、里の長を救いに行くというのが目的でいいのかしら? その道すがら化物を討伐してほしいと?」
「いかにも」
「マリ。私は今日あなたと同盟を結んだから、少しでも協力はしたいのだけれど、残念ながら戦いごとにはあまり戦力にならないのよね?」
テステニア様が頬に手を添えていう。
テステニア様は魔王であるものの、その実、あまり攻撃手段を持ち合わせていないそうだ。基本的には相手が近づかないように幻惑魔法をかけてかく乱するといったことしかしない為、本人もあまり戦力として協力できないと言っているのだ。
「気持ちだけでも嬉しいです。ですので助力は大丈夫です。私の配下だけで今回の件は解決させて頂きます」
「ごめんなさいね」
「マリ様。里の長を救いに行くついでにもう一つ、調査すべき対象があるのですが……」
オーリエが私の顔を伺いながら話す。
「何かしら?」
「例の里の近くに霊峰があるそうです」
「霊峰? そういえば先ほど云っていたわね。たしか……エンディエント」
「はい」
「それがどうかしたの?」
「噂によると、その霊峰では死者が蘇るという話です。この世界には蘇生魔法が存在していないのにも関わらず、そういった話があるというのは少し気になります。もし仮に蘇生できる何らかの方法がそこにあるのだとしたら、是非調査すべき内容ではないのでしょうか?」
死者が蘇る。
信憑性もない眉唾な話だけれど、なぜそういった噂が立っているのか。火のないところに煙は立たないと云うし、何かしらの理由がその山にはありそうね。
とはいえ、彼女たちに重労働を課し過ぎている気がするような……。
「マリ様。私たちのことを案じているのかもしれませんが、ご安心ください。帰りに少し寄って確認するだけですので問題はございません」
どうやら私の心は読まれているみたいね。
「わかったわ。オーリエたちにその調査も任せるわ」
「是非、有益な情報をお持ちします!」
「そんなに気張らないでね。ひとまず無事に帰ってくれればいいから」
「ありがとうございます」
私は仮面の鬼ヴィースに向き直ると彼に訊く。
「姫の救出なら、事は急いだほうがいいですよね?」
「ああ。力を借りる身で差し出がましいが、できれば急いで頂けると助かる」
「わかったわ」
とはいえ、オーリエたちも長旅で疲れているし、すぐに出発してもらうのは忍びない。
「けれど、ひとまず今日はこの城で休んで行ってください。出立は明日。準備ができ次第行ってもらいます。テステニア様も是非、お休みになってください」
「なら、そうさせてもらおう」
「私もお言葉に甘えるわ。先ほどのお店にもう一度行って一式揃えて貰うことにするわ」
「では、このあと直ぐ連絡するように致しますね」
「ありがとう!」
「それじゃあ、ひとまずお部屋へと案内いたします。カテラ、お願いできる?」
食堂の扉をあけながら、カテラが返事をする。
「かしこまりました。それでは皆様、こちらへどうぞ」
カテラの案内の元、魔王テステニア様とその側近の双子
皆を見送った後、私はオーリエとコーネリアを連れて執務室へ転移した。部屋に着き私は執務机の椅子に腰を掛けると、二人を座り心地の良いソファーに案内した。テステニア様を招待するまで長い間外界へ赴いた守護者であるオーリエから色々と聞きたかった。
彼女はとても真っ直ぐな子であり、定期的にメッセージにて報告をしてきていたけれど、そこにはあくまで任務に関して問題が発生していないかの報告くらいしかなく、彼女自身の外界の話は全くなかったので、私はそれを聞きたかったのだ。
けれどその前にテステニア様の為に、すぐに
私が行ってもいいけれど、ここにオーリエたちを呼んでいる以上、席を外すわけにはいかない。だとしたら誰かに行ってもらうことになる。
「お呼びですか?」
「いや、まだ呼んではいないけれど」
そんな私の思いに反応してくれたのはエルロデアだ。
こういうダンジョン内の連絡事項になると彼女の右に出るものはいない。
何を隠そう、このダンジョンで一番早く何処へでも瞬時に転移できる存在だからだ。
私や配下たちはある程度事前情報や記憶がないと転移はできないけれど、彼女に至ってはこのダンジョンの中であれば瞬時にどんな場所でも転移が可能であり、目的の人物が何処に居るのかを把握している。
そんな彼女にかかれば連絡事の伝達なんて私が直接赴くよりも早くことを済ませてくれる。
これ程の適任者はいない!
「丁度良かったわ。フローリアさんへ、テステニア様とその側近の人たちの服を無償で作ってあげるよう連絡をお願いできる?」
「かしこまりました」
「それと、キーナを呼んできてもらえるかしら?」
「はい」
「お願いね」
そうしてエルロデアが執務室から消えた後、私はオーリエたちへ向き直る。
「外界での旅の話を聞かせてくれる?」
その言葉に、オーリエは無邪気な笑顔を私に返した。
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