第8話 魔女の密談

 配下との会議は一時中断し、私は来賓室で魔王テステニア様を待った。

 

 来賓室には予め転移版を設置してあるため、向こうの場所から一瞬んでここへ来ることができるようになっている。転移版の対の物をオーリエに渡してあるので問題はない。

 私が来賓室に来てから少しして用意していた転移版に反応があった。

 転移版から現れたのはオーリエだった。

 彼女は転移するなり私の元まで駆け寄り声音を弾ませ云う。


「マリ様! こうして再びお会いできるのをずっと待ち望んでおりました!」


「確かに長かったものね。本当にありがとう。貴方のおかげでまた一歩進めそうよ」


 私は彼女の頭を優しく撫でる。

 頭を撫でると彼女自身も顔を赤らめて喜んでくれるけれど、それ以上に頭の蛇たちが喜びを表すように私の手に擦り寄り絡んでくる。

 そうなるとまるで逆さまにでもなっているかのようにすべての髪が上へ向いてしまう。

 そんな彼女の姿に私は少し可笑しさを感じ小さく笑ってしまう。

 彼女は守護者の中でもまだ若い方で、モルトレほど小さくはないけれど、幼く見える容姿をしている。いつもは少し気弱そうなところを見せているけれど、こと仕事となると確りと対応できる優秀な子だ。

 こうして愛でていると子を持つ親の気持ちがわかる気がする。

 まだ未婚だけれど……。


 そうこうしていると再び転移版が光始めた。


「安全確保のために、先に側近の者がこちらに来ることになっています」


 転移版から現れたのは背丈や表情からもまだ幼さを残す少女だった。

 しかし普通の少女ではない。


 あの耳……。森妖精エルフかしら?


「初めまして。私は魔王マリと申します。配下のオーリエから話は聞いています。魔王テステニア様の側近の方ですねよ?」


「は、はい。リィ・ティーリスと申します。先に来て安全の確認のため、私が先行してきました。問題なさそうなので、テステニア様をお呼びいたします」


 少女は一瞬たじろぐも、確りとした対応で再び転移版に乗って消えてしまった。

 そして再び少女が姿を現したあと、すぐに新しいものが転移版より現れた。

 美しい赤髪を靡かせ、綺麗な褐色肌を漆黒のドレスで纏う女性。佇まいからしてあれが魔王テステニア様だろう。雰囲気が明らかに違う。

 そんな彼女の後に続いてもう一人の森妖精エルフと驚くほどに背の高い、鬼人? そして最後にコーネリアが姿を見せた。

 私は魔王テステニア様の元へと向かう。


「初めまして。魔王テステニア様。遠路遥々ようこそお越しくださいました。心より歓迎感謝申し上げます。私は八番目の魔王となりましたマリと申します。どうぞよろしくお願い致します」


「丁寧なご挨拶ありがとう。私はテステニア・ハーマイン。森で静かに暮らす魔王です」


「早速ではございますが、どうぞこちらへお掛けください。ほかの方もどうぞこちらへ」


 魔王テステニア様の向かいに私が座り、彼女の両側に側近の森妖精が座った。

 そして向かって右手側に大柄の鬼人が座り、私の両側にオーリエとコーネリアが座った。鬼人側にはコーネリアが座る。


「マリ様、紹介いたします。この子たちは私の家族で、トゥとリィです」


 皆が席を座るのを確認してから、テステニア様が森妖精の少女たちを紹介した。


「お二方も、来てくれてありがとうございます」


 そしてそのあとに大柄の鬼人が席を立ち、大きな胸を掲げていう。


「我はヒュルームの戦士。ヴィースという。ある件でそちらの彼女に依頼をしていたので、ここまでついてきた。魔王同士の話が終わったのち、我の話を聞いてほしい」


「すでにオーリエから話は聞いております。かしこまりました。時間を作りますので、後ほど詳しい話をお聞かせください」


「うむ。感謝する」


 一呼吸おいてから私は話し始めた。


「遠路遥々、この辺境の地へお越しいただき誠に感謝いたします」


「マリ様。お堅い挨拶は抜きにして、本題をお願いできますか?」


「かしこまりました。では早速、単刀直入に魔王テステニア様と同盟を結びたく、本日こちらにお呼びしました。すでに魔王オバロン様と魔王ヒーセント様もこの同盟に加盟しております。これはこの勢力分断による長い蟠りがある世界で、私やそれに賛同してくれる全ての者が平穏な生活を得るためのものです。それにはできる限り、同じ魔王同士での意識の統一をする必要があります。そのため、こうして各魔王に同盟のお願いをしているのです」


「魔王同士の同盟。本当に叶うと思うのかしら? 魔王ヒーセント様は性格上賛同しても可笑しくはありません。魔王オバロン様に関しては少し意外ですが、他の魔王もその高い志を分かち合うことのできる常識者がいったいどれほどいるのか……」


「他の魔王に関しては、ヒーセント様から伺っております。なかなか癖のありそうな方ばかりと。ですが、それでも私はあきらめずに交渉していくつもりです。私はこの世界で平和に暮らしたい。愛する者たちと平穏を育みたい。ただそれだけを望んでいるのです。目下、勢力による抗争でそれが難しいことは理解しております。ですが、一枚岩になれば、この争いを終わらせることができるかもしれない。そう私は思うのです」


「どうやってこの長きにわたる終わらぬ争いを終わらせるつもりなの?」


「多くの国との同盟を築き、中立の立場になればいいのです。しかしそれでは根本的な解決にはなりません。最終的にはその中立的立場から、光側に対して和解宣言を行い、今後一切の争いを禁止する世界条約なるものを作れれば万事解決、になるのではないのでしょうか? まあ、かなり夢物語かもしれませんが、私が目指すのはそこです。そもそも、なんで勢力なんてあり争いが続いているのか私にはよくわかりませんが、そうやって、私はこの世界を変えていきたいのです」


 テステニア様は私の力説を聞いた後、少し考えるように顎に手を添えてから小さく微笑んだ。


「なかなか面白いわね。正直なところ、その夢物語はこの世界を本当に変革するようなこと。一筋縄ではいかないのは必至。何年かかるかもわからない長い長い、遠い未来かもしれないわ。それでもやり遂げるの?」


「無理も承知ですし、長期的な話になるのも承知しております。それでも私はやります。たとえ賛同者が少なくても平和のためにこの生涯をすべて捧げるつもりです」


「そう。なら、私もあなたの同盟に参加するわ。私自身、貴方と同じで争いごとは好きじゃないのよね。それに魔王である以前に私は長命の妖精種だから、時間はいくらでもあるわ。貴方の変革の日を気長に待つのも楽しそうね。それに、私も争いごとは嫌いなのよ。だから、幻影魔法を森にかけて静かに暮らしているの」


「いいんですか!? まだ同盟の詳細も話していないのですが……」


「最初も言ったでしょ。私はお堅い話が苦手なのよ。それに、堅物で有名な魔王オバロン様が賛同するということは悪くない内容ということなのでしょう。全然構わないわ」


「ですが一応、内容を把握してもらわなければいけません」


「なら簡単にお願いするわ」


「そうですね。この同盟は双方の危機に戦力の提供をしてもらうということです。それと、物資の取引をお願いいたします。とはいえ、物資は基本的に私たちからお送りさせていただきます。なにせ、ここは資源が無限に調達できる場所ですからね。それに、魔王という大きな戦力を貸していただけるのですからとても安い取引です」


「なるほど。本当に悪くない内容だわ。まあ、何かあったときに私も戦わなくちゃいけないってのは少し嫌なところだけれど」


 そこが一番欲しいところですけど……

 とはいえ、テステニア様も賛同してくれたのなら、私の魔王同盟はこれで3人目。残りは3人か。魔王テステニア様の同盟にたどり着くのに、あまり時間はかかっていない。この調子で進めていければ魔王全員の加盟もそう遠くないかもしれないわ

 ひとまず同盟の賛同を得られ、書類にも早々にサインしてもらえた。


「時に、マリ様」


「テステニア様。私に敬称は不要です。他の魔王もみなマリと呼んでいますので」


「わかったわ。じゃあ、マリ。先ほど、物資は無限に手に入ると言っていたけれど、あれはどういう意味かしら?」


「単純な話です。ここがダンジョンの中だからです」


「ダンジョンの中? それは冗談?」


「同盟相手に嘘はつきませんよ。ここは正真正銘ダンジョンの中なのです。もしよろしければ街を案内しますか?」


 目を開いて吃驚に顔を引きつらせた。


「まさかダンジョンの中に街を作り城まで建てるなんて。驚きました。正直信じがたいですね」


 テステニア様は部屋を子細に見てから続けた。


「これほどの建物をいったいどうやってダンジョンの中に建てたのですか?」


「それを説明するにはまず、私のことについて話さなくてはいけません。なぜ私がダンジョンで生活をして、わざわざテステニア様をここへ呼びつけているのか。自分が行かなくてはいけないのにそうできない理由を」


 そして私はテステニア様に私のことについて隠すことなくすべてをさらした。





「そう。マリはなかなか厳しい環境で生活をしてきたのね。それで平和を望んている。けれどダンジョンの管理者権限というの? それは正直神の御業のようなものね。そこのあなたの配下、オーリエと云ったかしら? その子もマリが創った存在ということなのよね?」


「はい。この子の他にもこのダンジョンを階層ごとに守護する守護者があと9人。そのほかにも情報収集や物資の調達、その他の仕事を任せている者をすべて含めるとおよそ20人はいます」


「驚いたわ。生命の創造なんて力。きっと誰もが欲しがる能力よ。その管理者権限なんていうのがダンジョンに存在していたという事実、私は寡聞にして知らなかったわ。この事実が公になったら、各地のダンジョンをめぐって別の争いが起きてしまうかもしれないわね」


「確かに……。考えもしなかったです。では今後、このことは他言無用ということを外界へ出ている配下に伝えるようにしておきます」


「あら、私には釘を刺さなくてもいいのかしら?」


「テステニア様はそういう方ではないと思いますから。考えもしていませんでした」


「そう。過大評価はうれしいわ。ありがとう」


 そういうとテステニア様は席を立った。


「なら、マリ。街を案内してもらえるかしら?」


「勿論です」


 魔王テステニア様を率いて私はダンジョン街を案内した。

 外界からの冒険者や商人なんかが行きかうおかげで、街の雰囲気はもうすっかり落ち着いていた。本当に他の街と遜色ないくらいになっていると思う。

 テステニア様を案内していると常に驚きを露わにしていた。

 まあ、他の者も同じだった。

 街の景観や店の商品、そして町が存在しているダンジョン自体の空間に驚いていた。


「これが本当にダンジョンの中だというの? 信じられないわ」


「ダンジョンはもっと魔物がいっぱいいると思ってました」


「でも全然いない」


 テステニア様とその側近の森妖精の少女たちはそんな感嘆を零していた。


「これがと同じだというのか……ありえない」


 ぼそりと吐く大柄の鬼人。

 それもそうだろう。閉鎖されたダンジョンという存在の中で、明るく空と見間違うほどに高い天蓋と、そこを自由に飛ぶ幼鳥人ハーピィや、真新しい瀟洒な建物が立ち並ぶ大地に様々な種族が往来する光景。

 ダンジョンというのは元来、魔物が蔓延る畏怖すべき対象であり安全とはかけ離れた世界というのが常識だったのだ。なのに、こうして外界の世界とさして変わらない光景が存在していれば、驚きも疑問も出てくるだろう。

 だから、そんなみんなの疑問に応えるべく、このダンジョンについて話しながら、私は私たちの街を丁寧に紹介した。

 大柄の鬼人はメイン通りに立ち並ぶ商店の商品を見て、何度も何度も感嘆し声を震わせていた。

 そして、一通りの案内が終わり来賓室へ戻る際についでに城内も軽く案内してい置いた。

 今後とも長い付き合いになるのだから、基本的に包み隠さず伝えたいと思った。

 全ての案内が終わり一同が来賓室へ戻るなり、テステニア様が私のところまで歩み寄り耳打ちをした。

 

「少しいいかしら?」


「なんでしょう?」


「少しお願いがあるのだけれど。あの街で見かけた美しいドレスについて」


 それは、【蜘蛛の織物テプティノス】についてだった。


「あのドレス。私にも何着かいただけないかしら? 残念ながら、世界で出回っている通貨は持ち合わせていないのだけれど……ダメかしら? なにかと交換でも大丈夫よ」


 テステニア様が身に着けているドレスも美しく。シンプルな色合いの中でも瀟洒な飾りがあしらわれているので、十分なものを持っているとは思うけれど、そんなテステニア様が欲しいと思っていただけるというのは非常にうれしい話だ。

 そんなのそもそも交渉する必要のないこと。


「交換なんてとんでもない。テステニア様には幾らでも、あの店のドレスを差し上げますよ」


「まあ! うれしい! なら、このあとお店に行っても?」


「是非! 私の方から話はつけておきます。自由に注文していってください。商品の品質は私が補償いたします。何せ、この商人の貴服アフェールを仕立てているのがあの店、【蜘蛛の織物テプティノス】なのです」


 それを聞くと、テステニア様は私の服を確認するようにみると笑顔で答えた。


「素晴らしいわ。では後ほどお願いするわ」


「もしあれでしたら、彼女たちの分も大丈夫ですよ」


 私はテステニア様と一緒に来た森妖精の二人を見ていった。


「本当によろしいの? とても助かるわ。ありがとう」


「私にできるのはそれくらいですから。是非、今後とも懇意にしていただければ嬉しいです」


「マリとはとても仲良くなれそうな気がするわ」


「そう言っていただけると幸いです」


 そうして、私とテステニア様のとの密談が終わったのち、少し提案をした。


「それでは本来の主題は終わったのですが、時間も遅くなってしまいましたので、少しばかりの食事とお風呂をご用意いたしました。もしよろしければ是非堪能していってほしいのですが、いかがでしょう?」


「是非参加させていただきます」


「我もよろしいのか?」


「勿論です」


 その途端だった。

 盛大なお腹の虫の音が部屋に響いた。


「すまぬ。我だ。飯と聞いて騒ぎだしてしまった」


 それにより、部屋に小さな笑いが起こった。


「では、行きましょうか?」











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