第7話 化身の心胆

 今までの感覚的にまだ全然大丈夫だと思っていたのに。

 どうしてこんな急に……。


 唐突に訪れた魔力切れ。


 遠のく意識の中で私の体は後方へと倒れていく。

 しかし、重い衝撃は伝わらない。

 柔らかいものに包まれている感覚がする。


 もう視界はない。


 暗い世界の中で皆の声が聞えてくる。

 心配の声が聞えているのだろう。

 正直言葉を理解できるほど私の頭は回っていない。

 ただ、音として聞こえているだけ。

 そんな声も、次第に遠くなっていき、やがてプツリと途切れた。




 そして、私の意識が回復したのはそれから少ししてからだった。


 重い瞼を開けると、皆が私の傍に揃っていた。


 私は会議室の自分の椅子に座り、両側からアルトリアスとハルメナによって体を支えられていた。


 私が目を開けると、皆が安堵に肩を撫で下ろした。


「やはり、一度にこれほどの人数を創造するのには無茶があったのです。いくら日々の鍛錬により魔力が高くなったからといって、流石に無理があります」


 私の手を握るハルメナがその手を黒翼で覆いながらそういった。


「マリ様。本日はこれくらいにしませんか? 残りの守護者も皆賛成しております」


 心配そうに諭すアルトリアス。

 けれど、ここまで来て途中棄権は正直したくない。できることはできるうちに消化してしまいたい。


「いえ、やめないわ。始めたからには今日中にすべてを終わらせる。……けれど、さすがに連続は厳しいみたいね。オーリエもまだ来ていないし、彼女が返ってくるまで、すこし休むとしましょう。ちょうどテーブルにはお菓子もあることだし、ゆっくりしましょうか」


 その言葉に、皆自身の席へ戻っていった。

 私は椅子に背中を預け深く息を吐いた。

 さっきまでの急激な疲労感は今はもうない。

 ハルメナとアルトリアスが私の手を握っていてくれたおかげなのか、ある程度魔力が回復しているのがわかる。けれど、感覚的に、これだけではまだここから先の配下創造に魔力が足りるか心配だった。

 ふと、私はヴィゼさんからもらったネックレスを思い出した。

 たしかあれには彼女の膨大な魔力がためられているとか言っていた気がする。

 ヴィゼさんも魔力が枯渇したときにでも使ってと言っていた。なら、今使ってもいいだろう。

 もらったばかりでなんだか申し訳ない気もするけれど、仕方ないわ。

 そういって私はもらったネックレスを取り出すとそこから魔力を供給しようと手をかざすところで、横に立っていたエルロデアに腕を掴まれた。


「お待ちください」


「どうしたのエルロデア?」


「そのネックレスに込められた魔力を吸収するのは反対です」


「えっ!? どうして?」


「これから使われる魔力は守護者の配下を創造するのに使っていくのです。その中に、マリ様の魔力ではない他の魔力が介入するというのは如何なものでしょうか? それに、あのヴィゼという女の正体もいまだ不明瞭なまま、それを信じてその者の魔力を内に取り入れるのは危険です」


「危険? ヴィゼさんが?」


「素性が不明瞭なことが危険というだけの話です。彼女の安全性が確認できないまでは魔力の取入れはお控えください。それに……」


「それに?」 


「この後、オーリエ様と共に魔王テステニア様が来られるのです。その際に、異質な魔力をその身に宿すマリ様を見て、果たして友好的に思うでしょうか?」


「異質? ヴィゼさんの魔力が?」


「マリ様はまだ魔力感知の方は弱く、わからないと思いますが、彼女の魔力の質は他とは異なっています。底が見えない膨大な魔力量に圧倒的な存在感を持つ魔力。いくら魔王でも警戒してしまうのは必然です」


 そうなんだ。全然わからなかったわ。

 まあ、一瞬空気が変わり息が詰まるような魔力の波を感じたけれど、あれはそういうことなのかしら。

 とはいえ、彼女がそこまで言うのであれば今はそうしておく必要がありそうね。

 ヴィゼさんのことはわからないことだらけだけれど、まだここに滞在していくそうだからその間にいろいろと聞けることは聞いておくようにしよう。


「わかったわ。この魔力は今は使わない。でもそうなるとどうしようかしら、この枯渇した魔力の補填は……」


「そんなこと、わざわざ口に出さなくてもわかっているはずですよ」


 ……そうなんだけれど。

 果たしてどうしたものか。


「マリ様の口から皆に云うのがいやでしたら、私から皆に云ってあげますが?」


 無表情の中に意地悪さを感じる彼女の目。


「いや、ちょっと待って。私の口からいうわ。なんだか、貴方に代わりに言ってもらうのは私の立場的にもあれだし、どこか嫌な感じがするわ」


「それはひどい。私はマリ様の忠実な僕ですよ。マリ様を不快にすることなんてありません」


「もっと感情の乗った抑揚ある言葉をもらいたかったわ」


「これは私の性質上仕方のないものですのでご理解ください」


 ともあれ、ここで皆に盛大に募集をかけるとまた一騒動起きそうだからな。予め誰かに絞って個人的にメッセージで連絡を取った方がいいかもしれないわね。

 ということで、じゃあその相手を誰にするかという一番の問題に差し掛かったわけだけれど……。

 手っ取り早く魔力を回復させるにはある程度深い行為が必要なわけで、そのため、誰にしてもらうかが非常に悩ましい。

 魔力の波長が私と合うのはレファエナとオーリエだったけれど、オーリエは今魔王テステニア様のもとにいっていないし、レファエナは魔力の補填行為に一番貢献してきている。だからというわけではないけれど、他のものに頼むのが公平なのだろう。

 とはいってもね……。

 じゃあ誰に頼むのって話なわけで。

 レファエナほど多く絡んであげられていないゼレスティアやメフィニア、それにサロメリアに任せてみるのがいいのかも。


「マリ様」


「なに?」


 彼女の方へ顔を向けると吐息がかかるほどの距離に彼女の顔があった。


「そんなに悩むのであれば――」


 エルロデアは私の頬に手を添えると無表情を貫いてそういって、私ごと別の場所へと転移させた。


 転移した先は私の自室だった。


「急に何するのよ。早く戻らないと皆が心配するわ」


「安心してください。先ほどの場所に幻影魔法をかけておきましたのでしばらくはもつでしょう」


「こんなところに私を連れてきて、強制的に休めというわけ?」


「何を言うのですか?」


 エルロデアは私の手を引いて寝台へ向かうと、私を座らせた後、自身も隣に座り、無表情ながらも少しいたずら染みた口元を見せ云う。


「魔力の補填ですよ」


 そして、私の顎に手を添え、私より少し背の高い彼女を見上げるようにさせた後、私の反応を聞く前に、彼女は私の唇を奪っていった。


 ダンジョンの化身である彼女の魔力は、私が生み出した配下よりも比べるまでもなく桁違いに多く存在している。それに、ダンジョンと契約している私との相性が非常に良いらしく、彼女から流れ込んでくる魔力は淀みなく滔々している。

 拒むことすら億劫に感じられるほどに満足感と安心感がある彼女のとキスは、驚くことに長く続いてしまった。

 そして、ほどなくしてそれが終わると、私はゆっくりと彼女から体を離す。


「まさか、貴方がこんなことをするなんてね。正直思ってもいなかったわ。でも、ありがとう。これで結構魔力が戻った気がするわ」


「より効率を求めた結果、私が行うのが合理的かと思いましたのでそうさせていただいたまでです」


「そう。それじゃあ、終わったなら早く戻らないとね」


 さっさと戻って続きをしなければ、オーリエが魔王テステニアを連れてきてしまう。

 私は寝台から腰を上げようとした時だった。

 私の腕を引き寝台へと連れ戻すエルロデアは、「まだです」と言い放ち、今度は私の体を押し倒して、そのまま私の上に覆いかぶさり、再び私の唇を奪っていく。それは先ほどよりも激しく、絡み合う舌が脳を溶かすものだった。

 その上、彼女は空いた手で私の慎ましい胸をまさぐり始めた。

 さすがにそこまでしなくていいと言おうとするも彼女の口でふさがれているため何も言えずに私はひたすら彼女の手によって体を弄ばれてしまった。

 彼女の攻めは終始激しい割には彼女の顔はムカつくほどに落ち着き払っていた。

 胸をもまれ始めてから、体がしびれるのを感じながらも、流れ込んでくる魔力によって暖かさを感じて嫌なくらいに気持ちがよかった。

 エルロデアは事を済ませた後、静かに体を離し妖艶に舌なめずりをすると何事も無ったかの様に無表情のまま云う。


「マリ様、服装が乱れておりますので整えてから会議室へ戻りましょう」


「い、いったい誰れのせいよ!」


 そんな私の返しに対して彼女は小首をかしげてくる。


「てか、ここまでする必要あったの?」


「先ほどので十分に魔力は回復されたかと思いますよ。あれがなければ完全回復までにまだまだ時間がかかったでしょう」


「まあ、確かに……」


 彼女のいう様に、私の枯渇した魔力は驚くことに完全に回復したように思う。

 他の守護者と比べるとやはりダンジョンの化身であり、私と契約しているということもあるので、魔力の伝達率はすごいのだろうか。短時間でここまで回復できるなんて正直思ってもいなかった。


「それとも、あのまま、私との熱い口づけをより長く堪能したかったのですか?」


「馬鹿言ってないで、もう終わったのだから戻るわよ」


 呆れるほどに彼女の本心はまったくもって見えてこない。

 本当に魔力の回復のためだけにあそこまでしたのか?

 効率を求めた結果と彼女は言うけれど、なんだか最近の彼女の絡みは、初めて会った時よりも柔らかく、フランクになった気がするわ。だからこそ、どこかほかの意図があったのではないかと思ってしまうのよね。


 まあ、彼女のあの表情からは何一つ分かりそうにはないけれどね。


 そんなことを思っていると、オーリエからメッセージが届いた。

 ようやく魔王テステニア様が来られるようだ。

 いったん会議室に戻り皆に報告を終えた後、会談するための席を設けなければいけないわね。


「さ、エルロデア。魔王テステニア様が来られるわ。席の用意を頼むわ。私は先に会議室に戻り、皆に報告してくるから。――あ、そういえば、貴方が掛けた幻影魔法だけど、どうやって解けばいいの?」


「それでしたら、マリ様があの席に着いた瞬間から解除されるようになっております」


「そう、なら私はもう行くわ」


「かしこまりました」


 エルロデアは姿勢よくお辞儀をして私を見送った。



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