第4話 華麗で可憐な修道女

 会議室カンファレンスルームにて皆の前で私は話を始めた。

 これから行うのは後ろ倒しにしていた問題。

 様々なことが起きた影響でなかなかどうして直ぐにはできなかったこと。

 というのは体の言い訳。

 純粋に私がすこしさぼっていたのもある。

 けれど、いよいよやらなければいけなくなってきた。

 ヴィゼさんからは助言を頂いて、そこまで急ぐ必要もないと言われたけれど、今できることをやらずにいるのはもったいない。どうせ後回しにしてしまえばそのまま行きずりでさらに後ろになってしまうからだ。

 だからこそ、今こうして私は動いたのだ。


「皆に集まってもらったのは、先だって話していた新たな配下の創造の件。先日、グラスという意志ある魔物ヴィレトゥスの存在が発見されたことで、ダンジョンの管理に一層の注意を払う必要ができたこと。それに伴い、今の人員では少し心もとないと思うの。だから、各階層守護者に直属の配下を創造し、管轄階層の管理を円滑に行えるようにしようと思うわ。それともう一つ。新たな外界派遣組を創造し、ダンジョン街への移住希望者を集めてきてもらおうと思ってる。正直なところ、まだまだやりたいことは沢山あるけれど、人手が足りていないのが現状だからね。活気ある街を目指すには、交易相手を増やしていくしかない。まあ、そのためにアメスたちには頑張ってもらっているところだけどね」


 会議室に置かれているのは守護者と私の席のみ。円卓によって、階層守護者ごとに席がきまっており、部屋の上座に私が座るようになっている。だから、今回のように配下全員を集めた際は席がないため、あらかじめ適当な位置に席を設けておいた。

 そんな円卓から離れた席に座るアメスが頭は下げながら立ち上がる。


「有難いお言葉なのですが、しかし、私はまだ何一つとして成果を齎していません……」


 酷く恥じたように語気が弱い。


「それは仕方のないことよ。アメスたちの所為じゃないわ」


 行商係として創造したウェストーラ三姉妹。その長女であるアメスは、最初の街を出たあとで悲惨な事件に遭遇し、行商どころではなくなってしまった。それはどうしようもないことだけれど、彼女の中では看過できないことであることは、今の表情をみれば一目瞭然だ。それに拍車をかけるように、他の二人は順調に別の街へと向かえているという報告を聞いている。


「とはいえです。実際に成果が無いというのは事実です。できる限り、早く外界へ出立し、マリ様に、そしてこのダンジョン街に貢献したいと思っております」


「私からも、出立の許可を頂きたく思います」


 アメスの言葉に、隣に座る漆黒の軍服姿のベネクが立ち上がり云う。


「例の件からもうかなり時間が経ったと思います。その間、私たちも技に磨きを掛けてきました。以前のような無様な敗北はもうしないと誓えます。ですので――」


「二人の意見はわかったわ。――そうね。既に、アカギリとカレイドたちにはもう伝えていたけれど、例の件に関わった者たちについては皆等しく、外出の許可を出すつもりよ」


 そう私が口にすると、心の底から安堵するように胸を撫で下ろすアメスと、それを優しくベネクが見つめていた。


「安全性に関しては、まだ怖い面もあるけれど、いつまでもこのダンジョンでくすぶっていても仕方ないからね」


 今回の件で、療養が終わったアカギリ、カレイド、ベネク。それと療養ではないけれど、危険のため一時的にダンジョンで待機してもらっていたアメスたちの外出の許可をちゃんとした形ですることができた。

 他にも関わった者と云えば、レファエナとディアータだけれど、彼女たちに関してはあまり心配していなかった。そもそも、レファエナに関しては階層守護者として、ダンジョンの管理を任せているため、外出することはめったにない。ディアータに至っては、その実力は十二分に高く、守護者と比較しても遜色ない。もしかしたらそれ以上の力を持っている。それに、彼女はコーネリアと共に外界の情報収集に再び出てもらう予定だけど、今はコーネリアが別の任務で不在のため、しばらくはまだここに滞在することになる。

 そのおかげで、彼女に戦闘訓練をしてもらった他のメンバーはみるみるとその力をつけていった。

 私も時折、様子を見に行ったりしていたのでよく知っている。


「さて、話を戻しましょう。守護者たちに直属の配下を創って上げるという話だけれど、私の独断で創るのじゃなくて、みんなの意見を踏まえて創っていこうと思うから、忌憚のない意見を聞かせてもらいたいわ」


 そう皆に訊いてみたものの、静寂の間が続く。


「あれ? 何もないの?」


「何かといわれましても、吾ら守護者としては、マリ様に創造していただくだけで十分ですので、改めて要望を口にするということはないといいますか……」


 アルトリアスが静寂の中を割く。


「でも、配下が欲しいという要望があったのだから、何かしらの意見があるんじゃない? どういった配下がいいかとか」


 守護者同士が顔を見合わせる。

 そんな、守護者たちを見回しながら、ふと、OL時代のことを思い出す。

 こんなふうに会議で意見がなかなか出ずに渋面が並ぶ光景を何度も見たことがあるなと。


「ならこうしましょう。順々に聞いていくから、必ず意見を言うこと。これは命令よ」


 私も過去に上司にやられたことがあるものだ。

 何一つ意見が無い中で、意見を求められ、強制的に発言させられるという……。

 しかし、これは彼女たちのためで仕方なくそういう方法をとったに過ぎないわけで、本意ではないのだ。

 できることなら、こういうことはしたくないのだけど。

 なにせ、今後長い間共に過ごしていく自分の配下のことを他人に投げてしまっては、いい環境は生まれないわけで。

 だからこそ、彼女らの本当に求めている人材を聞く必要があるのだ。

 とはいえ、彼女らの顔は本当に過去の私を彷彿とさせる。


 ごめんねみんな。


「じゃあ、最初はレファエナ。貴女よ。どういった配下が欲しいかしら?」


 そう切り出したものの、今思えば、守護者たちは皆個として優秀なため、配下などいらない気もするし、孤立無援の存在な気もする。

 レファエナなんてまさに。

 けれど、過去に要望が出たのもまた事実。

 まぁ、守護者によっては本当に要らない子もいそうだけど……。


「そうですね。それじゃあ、私と同じような修道女を幾人か創造していただければと思います」


「修道女か。種族とかは同じの方がいいのかしら?」


「特に望みはありません。年齢も種族も、マリ様の思うままにしていただければと思います」


「分かったわ」


 管理ボードを開きキャラクター作成の画面を開く。

 様々な種族が羅列される画面をスクロールしながら、選ぶ種族と、どのような構成にしようか考えていく。

 数人の創造を前提に考えるのであれば姉妹設定の方がいいのだろうか。

 前回まとめて創造した時はウェストーラ三姉妹のように姉妹設定をしてみたり、姉妹の方が設定しやすいという面もあり、私的にはそっちの方が楽……いや、構成的にその方が望ましいわ。

 とはいえ、また同じようにするのもあれだしね……。

 とりあえず、レファエナの希望である修道女の設定で行くとして、中身をどのようにしていくかだね。

 修道女といえば、私の勝手なイメージだけれど、孤児院育ちの者たちが多いイメージがある。身寄りのない子供たちが神に祈りを捧げ、恵みを頂く、そういった場景が目に浮かぶ。そうして育った子供たちが、大人になり、今度は自分たちが孤児を導く修道女として働いていく、みたいな。

 孤児院育ちという設定で行くとしたら、皆家族として暮らしているため、血のつながりのない者同士時でも姉妹という設定があっても可笑しくはない。

 年齢もバラバラで種族も違う。しかし、幼いころからずっと一緒に暮らしているため、その絆は強く深い。


 よし、これで行こう!


 私は大まかな構成を考えたあと、画面上で羅列される種族の中から、次々と種族を選んでいく。

 そして、名前と年齢、性別、それから設定詳細を埋めていく。

 レファエナの配下のため、彼女への忠誠心はつけておくとして、それぞれの個性なども色々と設定していく。


 そうして、私はレファエナの配下を創造し終えた。

 画面上で作成ボタンをタップすると、レファエナの背後で五つの光の柱が出現する。

 煌々と光る柱はその輝きを一瞬強めると、次第に消えていき、その中からレファエナと同じ修道服を着た女性たちが現れた。

 五人の同時創造をしても特段疲労感はない。

 片膝を折り、首を垂れる五人は等しくレファエナにその身体を向けている。

 けれど、レファエナ本人は五人に背を向けたまま。静かに目を閉じていた。


「おお、なんか個性豊かだね」


 モルトレが声を弾ませ修道女たちをみる。


「それじゃあ、挨拶をしてもらえるかしら?」


 その私の言葉に、五人の修道女は顔をあげ立ち上がると、向かって左側、私から一番近い方の子から挨拶を始めた。


「初めまして、これからレファエナ様の元で働かせていただきます、5姉妹が一人、長女のプリメロと申します。レファエナ様、引いては創造主たるマリ様に大いなる貢献ができるよう努めてまいりますので、何卒、よろしくお願いいたします」


 非常に冷静であり、落ち着き払った子だ。

 流石は長女である。

 そんなプリメロは、ベールから顔を覗かせ伸びていく黄金色の髪が非常に美しく、聖女と呼ばれても可笑しくないほどに透明感のある肌をしている。レファエナも十二分に美しい肌をしているのだけれど、彼女とはまた違った美しさがある。高身長でスタイルがいい。貴族の令嬢。それが彼女を形容するに相応しいだろうか。

 そんな彼女だけれど、言うまでもなく亜人デミレントである。

 彼女の種族は影の指揮者シャトリーレン。また少し変わった種族を選択した。

 死兆の影ドッペルゲンガーとは全然関係のない種族ではあるものの、同じ影の名を持つ者として配下にしてみた。とはいっても、影の指揮者シャトリーンレンというのは闇のイメージがかなり強い。その理由として、彼女の種族はシャドという名の悪魔を使役し、自由自在に操る種族なのだ。どこからともなく影の悪魔を生み出し操り戦うその姿はまさに闇を躍らせる指揮者の如く。


「次女のセミスと申します。よろしくお願いいたします」


 次女のセミスはプリメロより少し小さな身体。けれど、私よりは高い。

 彼女は鹿人チェルヴォアという種族で、その名の通り、鹿のような立派な角が特徴の亜人だ。腰のあたりに小さな尻尾が生えている。

 セミスはそれほど口数が多くない。けれど無口というわけではない。非常におとなしく、冷静に物事を判断する性格だ。

 鹿人は有している角のサイズによって種族内の上下関係を分けている。けれど、それがどれほどのサイズで判断されるかは、まだ他を知らないので私にはわからない。

 彼女の角は私的には大きく見える。この場にいる角のあるものとして比較しやすいのがアメスだけど、形は全然違うけれど、大きさとしては彼女と同等くらいだ。


「三女のテローナと申します。精一杯頑張りますので、よろしくお願いいたします」


 テローナは5姉妹の中で一番背が低い。それは彼女の種族に起因する。

 彼女は幼獣精ビスファータという種族だ。この種族は成人しても私の腰あたりまでしかない。高身長の森妖精エルフと並ぶとかなり差が顕著になるだろう。

 低身長というだけでもかなりかわいい見た目だけれど、獣要素のある垂れたふさふさ耳がその愛らしさに拍車をかけている。

 また、修道服の丈が少しばかり大きいサイズのため、ぶかぶかな感じが背伸びした子供のようで私の心を擽ってくる。

 みんなの前でなければ、今にも飛びつきたいかわいさだ。


 ……本当にかわいい。


 とはいえ、彼女は成人している。

 成人していてこの見た目。

 いつか、部屋に呼んでひたすら愛でたいという願望は胸に秘めておこう。


「初めまして、四女のカルと申します。お姉さまたちにも負けないよう頑張ってまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします」


 四女のカルはまだ未成年。姉であるプリメロ、セミス、テローナを敬愛し、妹も寵愛する非常にできた子だ。

 日々姉たちの背中を追いかけ、肩を並べられるように邁進している。

 そんなカルは兎人コニルという種族で、ディアータと種族としては近いものになる。ディアータは黒兎人コーネロであり、名の通り、兎人の中でも黒い毛を有した種族である。そして、それ以外は全て兎人コニルと呼ばれる。

 そして、兎人の中にもいくつか種類があり、彼女はその中でも垂耳ロップ種に分類される。

 彼女の、ベールから垂れ下がっている大きな耳がそれを体現している。

 ロップイヤーの動物というのは等しくかわいいと思うのは私だけだろうか?

 背丈は私よりも小さいけれど、性格の影響か、見た目よりも少し大人びて見える。

 優秀な姉の背中を追いかけているからこそ、貫禄が感じられるのだろう。


「五女のクイントです。あ、あの……頑張ります!」


 姉妹最後の子。

 三女のテローナと背丈こそ近しいけど、クイントの方が幾何か高い。

 彼女の額には中央から小さく上へ湾曲した角が生えている。まだ幼いからこそ、その角は小さいものだけれど、成長するにしたがって、角は大きくなり、立派なものに変わる。

 そんな彼女の種族は犀人リッチェロンテといい、成人に向かうにつれて、堅牢な外皮を纏う様になる。外皮は肌というよりは鎧のようなもので、柔らかさはないという。とはいえ、完全な鎧の外皮に覆われるわけではないため、人間味は十二分にある。幼い彼女に関しては角以外は基本的に人間の子供そのものなので、全くもって亜人感はない。

 テローナよりもすこし背丈があるというのに、彼女の服装はそれほどぶかぶかではない。寧ろぴったりのサイズだ。

 まだ幼い年のため、あどけなさや自信の無さが顕著にみえる。

 それが非常に愛らしくもある。

 テローナと違う、にじみ出る純真さを感じる。


 こうして、五人の紹介が終わった。


 全て紹介を聞き終えたレファエナは静かに私の方を見て、頭を下げる。


「このような配下をお与えいただき、誠に感謝いたします」


「いえいえ。これから仲良く階層管理をお願いね」


「「「「「「かしこまりました」」」」」」


 レファエナ含め新たな修道女たちが声を揃え返事をする。


 さて、お次は13階層から20階層を管理するシエルの番だ。


 彼女の方に目を向けるとすぐに目が合った。

 期待に目を輝かせる彼女。期待を裏切らないように頑張らないとね。

 けれど、擬態液スライムである彼女のもとで働く配下として、いったいどういったものが適任なのだろう。

 擬態液という種族の特徴の一つで、固有スキル分裂というのがある。それにより、既に彼女自身による分身体で階層の管理を行っているのが現状だ。果たして新たな配下が必要なのだろうか?

 とはいえ、彼女の意見を聞かないことには考えることもできない。


「じゃあ、次にシエル。なにか要望はある?」


私の問いかけに、シエルは声音を弾ませて要望を口にした。



















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