第3話 鉄紺と紫苑
燕尾服を着こなすエルロデアは、私の姿を見るなりそう云った。
「ええ。ただ、先に支度をしたいわ。そろそろロローナから連絡が来ると思うから」
「かしこまりました。ではこちらへ」
彼女は衣裳部屋へと私を案内すると、部屋の中央に置かれているテーブルへと向かう。そこには金色の綺麗な装飾が施された黒い薄手の箱が三箱積まれていた。
衣裳部屋には衣服を広げられるように広いテーブルがいくつかある。そのうちの中央のテーブルに箱は積まれていた。
装飾されているどの箱にも蜘蛛と毛玉のシンボルマークが印字されてあった。
「いつの間に届いていたの?」
「つい先日納品されました。マリ様が蔵書室で籠られている間に、店主自ら足を運んでこちらの品を届けてくれました」
「そうだったの。それなら連絡をくれればよかったのに。そうしたらお礼が云えたじゃない」
「そうしても良かったのですが、マリ様は酷く集中しておられましたので、お声掛けするのはと思い、こちらでお礼を伝えておきました」
「そう。気を使わせたわね。ありがとう。私からもフローリアさんに後でお礼を言っておくわ」
ダンジョン街に店を構える【
私がOLの時分は目も当てられない話。フローリアさんの爪の垢を煎じて飲ませたい。
とりあえず、私はテーブルに置かれている箱を崩し、ひと箱ずつ開封していく。
全てが蜘蛛人の糸によって編まれたものとなっており、そこに様々な染料を使って鮮やかに仕上げているらしい。一見して本当に蜘蛛の糸で造られているのか疑いたくなるほどに、私の知っている服と遜色ない。とはいえ、この世界では蜘蛛人の糸が服や装備でよく用いられると聞き及んでいるので、今の私はもう驚きはしない。それに、既に来ている服も彼女らが仕立ててくれたものだから、尚のこと。
今回作ってもらったのは、動きやすさを重視した物と、カジュアルなタイプの物。そして、これから必要となる飾らないシンプルでいて瀟洒な物。色彩は基本的に向こうに任せているけれど、私は落ち着いた色が好きなので、すこし暗めというのか深めという、そういった系統で揃えてもらった。
「ほう、どれもなかなかのものだな。これ程に上等な品は私も目にしたことがない。いったいどこの物なのだ? かのドルンド王国でもないだろ? あそこには、こういった品の扱いがないからな。あるとしたらロファイだろうが……」
「このダンジョン街で生産したものです。最初に街を案内したときに案内もしましたが、蜘蛛人が経営している【
「ああ、そういえば紹介されたな。なるほど、あそこで……。これは非常に高値での取引がされそうだな。需要もかなりありそうだ」
「まあ、実際に商人にはかなり評判がいいらしいですよ。ただ、価格的に結構する方なので、購入する商人は限られるのですが……」
「それは仕方のないことだ。まだ交易しているところが少ないのだからな。これから交易国を増やしていくにつれて需要が確実に増えていくだろう」
「これだけの品ですからね。世界に通用すると、私も思います」
私は三つの内の一つ。鉄紺の
部屋の照明により少し光沢を見せる繊維の細やかさ。裏地は紫苑色に染め上げられ、全体的に康寧としていた。
「そちらを御召しになられますか?」
エルロデアの言葉に私は頷きを返す。
そして、私は部屋の一角にある仕切りによって設けられた着替えスペースへと行き、新たな服へと着替えた。
服装の準備もして、支度を整えるのに然程時間を要さなかった。
私が服装を整えている間に、メイドの一人であるデモンを呼んでおいた。
大きな商談の際はできる限り飾らなければいけない。
派手なものは嫌いだけど、印象というのは大事だ。
だからこそ、デモンの手が必要になる。
彼女の化粧の腕は私のどの配下よりも上手いだろう。
娼館で磨かれた彼女のスキルだ。
だから私は彼女に頼んだ。
少しでも上品に見えるように。
私も社会人だ。化粧のノウハウは理解している。けれど、デモンの方が私よりも遥かにメイクスキルは上だった。プロのメイクアシスタントといっても過言ではない。
そうして、服装が整った頃、時間よくデモンが私の部屋に訪れた。
彼女の仕事は早い。
熟練した者の技というべきなのか。無駄がなく、非常に早いものだ。
そうこうしている内にロローナからの連絡が届いた。
ドルンド王国から使者が来るとのこと。
「そろそろしたらドルンド王国から使者が来るそうよ。会談が終わったら直ぐに例の話し合いを行おうと思うから、皆に連絡をお願いするわね」
「かしこまりました。終わり次第、ご連絡いただければ速やかに集まるように皆に連絡をしておきます」
「よろしくね。それと、グラスのことだけど貴方に任せるわね。私が離れている間は貴女がこの子のことを見ていて頂戴」
「かしこまりました。マリ様の妻として、その役目は必ず」
「いや、妻じゃないから。よかったわね、ここに守護者たちがいなくて」
「マリよ、私も、その話し合いとやらに参加しても良いか?」
「申し訳ございません。今回ばかりは参加を許可することはできません。あくまで身内での話となりますので」
今回の話は合いは正直、私の配下以外に聞かせる内容ではないから難しい。
ダンジョンの防衛の内情も含まれるから、他者に聞かれるわけにはいかないのだ。
ヴィゼさんとはまだあって間もないけれど、そうじゃなくても、私が生み出した配下以外が参加することは極力避けておこう。
少し前に、ヒーセント様から助言を頂いた。
国の内情や防衛に関するものの話し合いに、他者の介入はご法度だと。
確実な信用がある者以外は基本的に、裏切るという可能性を秘めている。だからこそ、確実に信用のできる自らが生み出した配下以外は参加させないように、と。
すこし機嫌を損ねてしまうかもしれないけれど、これは譲れない問題。
私はヴィゼさんの顔色を伺うと、驚いたことに憤怒の兆しはなく、どこか悲し気な面持ちだった。
「そうだろうな。ダンジョンの防衛が最重要案件となるダンジョン管理者。その話し合いは手の内を晒すのに等しい。マリの判断は正しいものだ。――わかった。なら、私はまたすこし街へ出るとしよう。まだまわれていないところもあるしな。気にするな。君は存分にドルンド王国の者と話を、その後の話も充実したものにするといい」
「申し訳ございません。御計らい感謝いたします」
「マリさま。そろそろ」
「分かったわ。では、グラスをよろしく」
私の傍にくっつくグラスを優しくエルロデアの傍へと預けると、私は笑顔を送り自室を後にした。
私は応接室へと向かい、そこでドルンド王国の者と会談した。
そして事は恙無く終わり、速やかに皆が顔を合わせ待っている会議室へと向かった。
「急遽呼び出してしまってごめんなさい。それじゃあ、始めましょうか」
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