EXTRA8

第1話 悩める王

 執務室の扉を静かにノックし中へと入り、男は一礼をしてから王の元まで歩みよる。

 細やかで煌びやかな装飾品に彩られる黒服を着こなす細身の男は、手にもつ書類の束を確認しながら報告を始めた。


「先日、大陸北東に位置するヴォルムエントが壊滅したという報告が届きました」


 執務机で筆を走らせていた小柄な王はその筆を止める。


「ヴォルムエントといえば……確か、あの蜘蛛人の村だったか? それが、なに? 壊滅しただと?」


「詳しくはわかりかねますが、商人の間ではかなり有名な話になっているそうです。その商人の噂を基に、調査員を派遣したところ、実際にヴォルムエントは半壊した状態で、蛻の殻だったそうです」


「近年では平穏を貫いていた蜘蛛人とはいえ、種族的には極めて上位的種族だというのに、それを壊滅させてしまうとは……。いったい何が原因だ?」


 黒服の男は首を横に振った。


「分かりません。報告では凄まじい戦闘の痕が残っていたそうですが、それ以上の情報はまだありません。ヴォルムエントはそもそも秘境の地といっても差し支えない場所。加えて蜘蛛人が住まう村となります。他種族もそうそう寄り付かない場所です。行商人すらも寄らない村の情報はかなり少ないものです」


「確かにな。だが、今のご時世に他種族を攻め落とそうなんて輩が存在するとはな。相手勢力の種族を襲うこと、すなわち宣戦布告の狼煙となるというのに……」


「……もしかしたら、そういった柵の無い者がやったのではないのでしょうか?」


「そうは言うがボルノアよ。今この世界で、勢力争いに参加していないものがいったいどれほどいる?」


「そうですね。そう多くはないでしょう。私たち岩窟人を含めても片手で足りてしまうかもしれません」


「それに、犯人の目的も不明だ。いくら埒外な立場といえど、他勢力を攻撃すれば報復を負うのは必至。なのになぜそうした?」


「考えれば考えるほど意味を理解するのに苦しみますね」


 王は筆を再開させた。


「して、蛻の殻といったが、半壊した村には死体の一つもなかったのか?」


 男は手元の資料を確認する。


「そうですね。死体は見つかっていないそうです。ですが、現場には多くの血痕があったそうです」


「血痕があって死体が無いとはどういうことだ……。殺した相手を食べたということか?」


 独白するように小さな声で、ぶつぶつと漏らす王はふと思う。

 そもそも、蜘蛛人を捕食する者がいるのか?

 いるとしたらいったいどんな存在だ?

 思考を巡らせる王をみて、男は次の資料を確認する。


「詳しく調査を行いますか?」


「いや、下手に手を出して災いをこの国に呼んでしまっては一大事だ。手出しは無用だ。何かあれば事は向こうからくるだろう」


「かしこまりました。では、次の報告に移らせていただきます」


 男は、資料を変えて話を始めた。


「昨日、例の派遣に紛れ込ませた諜報員からの定期連絡が届きました」


「ああ、例の……」


「街の進展は著しく、多くの種族が今まさに街に滞在し、生活を始めているそうです。街の規模としては、おおよそ住居区画が完成して、他の街の商人や冒険者との商いが始まっているそうです」


 王は再び手を止めて、男の方を見る。


「いくら、我が国が誇る技術者が派遣されたからといって、そんなに早く成長するものか?」


「はい。しかし、現状ではそう伝えられております。どのような手法を使っているかは不明ですが、着実に勢力の拡大が進んでいるとのことです」


 眉根を寄せて、王は頭をかかえる。


「我らが手を出したことによって世界の脅威になり得る存在を手引きしてしまっているのではないのか……」


 そんな王の独白に男はピシャリと答える。


「そうかもしれません。ですが、その脅威となり得る存在を味方につけるいい機会でもあります。ドルンド王国は今はまだ中立国という立場を保持しておりますが、その安全性は絶対ではありません。例の事件により、それが明白となりました。そういったものからの助けとして、絶対的な力というのはあるべきです。今後この国を、安寧の輪につなぎ留めておくというのなら、絶対に友好的になっておいた方がいい相手だと思います」


「……ボルノアの云う通りだな。悪い方に考えるのはやめるとしよう」


 王は椅子に大きく背中を預けてから、男に云った。


「ボルノア。ガードンと関係者各位に連絡し、会議の準備をしてくれ。について、皆の意見をまとめたい」


「かしこまりました」


 男は深く頭を下げ、執務室を静かに出ていった。

 訪れる静寂にため息が漏れる。


 オーレリア山脈の袂に栄える交易国家ドルンド王国で、王であるロンダ・ギヌ・ドルンドは頭を悩ませていた。


 中立国家であるドルンド王国は、中立が故に、今まで様々な戦禍に巻き込まれず、その規模を拡大していった。数百年の間この地位を確立してきたが、ドラゴンの襲撃により、それが崩れ始めていた。

 正確にはドラゴン自体ではなく、ドラゴンを討伐した謎の存在との関係性によるものだ。

 今、世間の一部ではある噂が浮上している。

 それが幸か不幸か聖王国にも届き、件の話を聞きに聖王騎士団がドルンド王国に来たのがつい先日のことだった。

 全ての情報を恙無く開示すれば事もなしだが、如何せん現状が現状のため、例の存在との関係性を守るために、ロンダ王はそのことを秘匿したのだ。

 しかしその後、それが本当に良い決断だったのかと悩む羽目となっている。

 聖王国は光勢力の要。

 この世界で、どこよりも勢力を伸ばし拡大している組織。

 幾ら多くの同盟国を味方につけているとはいえ、関係性を悪くしてしまった場合の不利益ははかり知れない。経済的にも多くを聖王国に頼りきりになってしまっている現状、国の未来を考えるのであれば、新生の恐怖とを天秤にかけた時にもっと慎重になるべきだったのではないか。

 そう、騎士団に情報を秘匿してからずっと悩み続けている。


 多くの民と経済が廻る国だからこそ、こうした悩みは尽きない。


 ロンダ王は自らの頬をパンッと一喝するように叩く。


 ――これからのこと。確りと決めなければいけないな。



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