第2話 王宮会議

 ドルンド王国に籍を置く、重鎮たちが王と同じ席にて相対していた。


「では、今回の議題について」


 そう切り出したのは、ロンダ王の側近を務めるボルノアだった。


「先日、この国に来た聖王騎士団について。その内容の確認と、今後の対応について話し合いを始めてください」


「では初めに、私から」


 大臣のガードンが切り出す。


「先日、聖王騎士団団長のオギュステーヌ殿が来訪された際、我がドルンド王国に詰問してきた内容いついて改めて確認しておこう。内容としては例のドラゴン襲撃の事件についてと、誰によって助けられたのか。そして、その助けた者の正体について」


「此度の判断は本当に間違っていなかったのでしょうか?」


 国の財務を請け負う男が口を出す。


「今さら何をいうガルド。疑義があればその場で言えばよかろう」


「アズリーの云う通りじゃ。今さら考えたところで何も変えられん」


「然り。今我らが考えるべきは今後のことについてだ。聖王国に籍を置く聖王騎士団。その中でもかなりの切れ者であるオギュステーヌ殿に虚偽の報告をしてしまったこと。ことが知れればどうなるかは自明の理。なら、我らの今後は如何にするのか」


「とはいえ、聖王国に対しての裏切りとみなされたとしても、果たして同盟解除となるだろうか? 聖王国とて我らと敵対しても不利に働くだけだろう」


「規模自体は大きいかもしれないが、言ってしまえ、幾つもある同盟国の一つがなくなるだけの話。我らの安全は確立されているのだから、それほど困るものでもないだろう」


「それは早計ですオズン。聖王国は同盟国のひとつかもしれない。けれど、我が国に与える利益の大半を占めている。それが一つ抜けるだけで、我が国の経済は大きな打撃を受けてしまうでしょう。私が危惧しているのはそういうことです」


 ガルドが危惧しているのは国の経済の行く末についてだった。

 経済の傾きは国の傾きに繋がる重要な問題である。

 国の財政を管理している身からすれば、ゆゆしき事態だった。

 とはいえ、そのことについて、ロンダ王が考えていなかったわけではない。

 十分に思慮に入れたうえでの判断。それをわかっている大臣のガードンやボルノアは、その光景を達観してみていた。


「ガルド、貴様の云いたいことはわかる。だが、いまここですべき話はそこではない」


 ガードンが憮然に言葉を返す。


「趣旨を間違えるな。王の前だぞ」


 ロンダ王は眉根を寄せてその議論の場を見ていた。

 すぐさまガルドは、おのれの無礼を詫びた。


「つまりだ。今後のドルンド王国の指針について、我々で話し合いをしようではないか。近衛隊隊長アズリー。聖王国との関係にもし傷が入った場合、国の防衛的にはどのように変化するとみる?」


「まあ、まずもって問題はないだろうな。聖王国には多大な支援をもらっているが、それが途絶えたところで、今日明日で国が瓦解するわけではない。聖王騎士団は我が国の護衛として非常に助かってはいるが、それがなくなろうとも、他の国からの支援を受ければなんら問題はない。自国の兵では流石に何かあったときには対処ができないが、そもそも、そんな事態はまずおきんだろうよ。埒外なこと以外はな? それこそがこのドルンドの大きな強みだからな」


「確かに国の防衛的には、正直、吾らドルンド王国はあまり重要視していないからな。自国の戦力云々の話ではなく、安全が保障されているという観点からみれば、交易国家である我が国は、聖王国と相対しても問題はないだろう」


「では、他の観点から。財政の話はさっきも少ししたが、我が国ではすでにドルンドという確固たるブランドを確立しているため、財政的には独立できているといってもいいだろう。それに、もし仮に関係に傷がついたからといっても、我が国が誇る技術によって造られてた商品に関しては、従来と変わらず取引をしてくれるだろう。他では手に入れられない代物だ。ただ、その時はこちらとしての対応を変えることも検討するべきだろうが……」


「それに関しては、委細承知しました」


 ガードンの言葉の含意を理解したガルドはすぐにその意を示した。


「うむ。で、残るは資源の話だ。我が国で採れる資源は鉱石ばかりだ」


「寧ろ、それ以外はほとんどが輸入品だな」


「そうだ。だから、鉱石以外の資源の輸入がなくなれば、ドルンド製の商品ができなくなってしまう」


「それに関しても、他の話と同様に問題ないんじゃないか?」


 ガードンの話に交易管理官であるオズンが口をはさむ。


「というと?」


「資源に関して、他国との交易によって我が国は賄えている。その内訳で聖王国が占める割合はたったの1割弱だ。大国とはいっても、資源に恵まれているわけではない。あちらも光国同士での交易によってうまいこと循環させているだけ。だから、彼らが我が国にもたらす利というは資源ではなく軍事力になる。そのため、光国の加護がなくなろうとも、資源に困ることは何もないということだ」


「なるほど。だとしたら、今回の件で我が国が抱える問題というのはさほど大きくないということになるな」


 一同が顔を見合わせて頷く。

 聖王国との関係に傷がつき、交易に支障をきたしたところで、ドルンド王国にふりかかる不利益はいかようにも対処がかのうだということが分かった。


「ひとつ」


 話がまとまったところで、ボルノアが言葉を発した。


「今回の件。聖王騎士団の方に虚偽の報告をしたことによってもたらされる同盟関係解消の危惧。ただ、一つ認識していただきたいのは、あくまで、例の件でそのことが聖王国に伝わってしまっていたらという可能性の話になります。まだ、これからの歩みによってはそもそもそのような事態に陥らないように対策することができるのではないかということも熟慮していただきたく思います。ただ、今回の会議で、聖王国との関係について、もし問題が起きても我が国には特段不利益になりうる事態は起きないということが分かったということです」


 ボルノアの言葉は王であるロンダ王の代弁でもある。


 聖王騎士団に虚偽の報告をしたこと。これについてはそもそも報告内容が虚偽であるかどうかはわからないもの。例の事件と、魔王マリという存在がどこかで情報がつながった場合にだけ、その危険があるという話。

 先日の報告時では、魔王マリの存在について、まだ知らない様子であった。

 聖王騎士団が求めていたのは龍種を倒したのはどのようなものだったかということだけ。そこだけに注力していた。だからこそ、そのほかの可能性を見いだせていなかった。

 今でさえ、自身の判断についての成否を鑑みるようではあったが、当時はそういった思慮的判断で事を下していたのだ。


「では次に第八魔王マリとの関係について」


 その議題をガードンが口にした途端、皆の表情は一変した。


「悩ましい問題だな」


「ああ」


「炎龍を倒しえる実力を持つ配下を従わせている時点で、今世での実力は上位陣に並ぶだろう」


「同盟関係を結べるのなら、其れに越したことはないんだが。自身より格段に弱者である者との同盟を、果たして魔王である者が認めるだろうか?」


「世界に混沌を齎す魔の王たち。友好的な王もいるが、それは極一部と聞く。実力があればあるほど、同盟には手を出さない傾向にある。第四魔王だったゼレストに、第三魔王のオバロン、第六魔王ドットイヤー。かの者たちはこちらの提案をことごとく拒否した。魔王マリもまた同じではないだろうか?」


 アズリーの言葉に皆が口をつぐむ。

 しかし、そんな中、交易管理官のオズンがはたと表情を変えて云う。


「確か、魔王マリはダンジョン内に街を築こうとしているそうではないか? だとしたら、資源に関しては何かと不自由になるはず。ダンジョンといっても、物によっては貧しい資源しか出ないところもあるという。となれば、我が国で仕入れている商品を提供すれば、快諾してくれるのではないだろうか?」


 その言葉に、ガードンとボルノアは首を振った。


「すまんな。情報の共有を先にすべきだったな。現在、魔王マリのもとに、ドルンドの誇る技術者を派遣していることはすでに周知されていると思うが、その中に諜報員を忍ばせており、その者の情報から、魔王マリのダンジョンは非常に資源に富んだ場所だということが分かった。また、どのようにしているかは不明だが、現在、近隣諸国との交易も始めているそうだ。とはいっても、まだほんの小さなものと聞くがな。そのことを踏まえると、先の話はあまり意味をなさないだろう」


「確かにな。それに、技術者が向こうにいるんだったら、こっちで創る商品が向こうでも作れてしまうということじゃねーか。なら、こちらから渡せるものは何一つないんじゃないか?」


「「「……」」」


 魔王マリとの関係に関して、他国と同様に交易関係を結めれば、事問題なしなのだが、なかなかどうして簡単にはいかない。


「いや、ちょっとまってよ」


 オズンが表情を明るくして云う。


「近隣諸国との交易が成されているのだな? だったら、我が国もそれに参入することができるのではないか?」


「というと?」


「近隣諸国がどこの国かはわからないが、我が国より発展している国は大陸東側にはないだろう。だとしたら、そんな国との交易を良しとしているのなら、より交易価値のある我が国の方が拒否される可能性はないんじゃないか? もしかしたら、その交易相手には我が国にはない特別な何かがあるのかもしれないが、他国との交易に関して、寛容の色がうかがえる以上、可能性は非常に高いように思う」


「確かに」


「ああ」


「なら、そのように取り計らう必要があるだろう。先の件で、聖王国との関係も踏まえると、事を急いでおいた方がいい」


 ガードンは王に視線を送る。


「では近日中に、魔王マリのもとへ交易交渉のための派遣を行うことにしよう。その手筈をボルノア」


「かしこまりました」


 ロンダ王はボルノアに目配せをすると、ボルノアは会議を閉めた。

 ロンダ王が先に離席してから、すぐ後にボルノアが続く。

 廊下を歩きながら、ボルノアは王に訊く。


「交易交渉に関して、正直なところ、王の見解は」


「どうだろうな……。ちと厳しいきがする。他国との交易をおこなっているとはいえ、快諾するかどうか別の話。魔王とは気まぐれな存在。だからこそ、この世界では対立関係にあるのだ。我らとは根本的に考えが違うだろうし、交易をおこなっているのは同じ闇側に属する国との話。中立国や光側の国では難しいだろう」


「それは、確かにあると思います。ですが、こちらは技術者を貸している身。少し有利に運ぶ気がするのですが」


「ふっ。今考えたところで無意味だな。交渉してみないことには先はわからない」


「はい」


「交渉には私も参加しよう。重要な交渉だ。王である私が出ないわけにはいかないだろう」


「かしこまりました。ではそのように取り計らいます」


「頼んだ」


 ボルノアはその場で頭を下げ、王の歩みを見送った。

 すると、ボルノアの後方から何者かが走ってくる。

 その者は城の門を警備する兵士の一人だった。

 酷く慌てた様子の兵士は、ロンダ王の名を叫ぶ。


「ロンダ王! 大変です!」


「何事だ?」


 ボルノアが兵士を止めて訊く。


「例の、が再び訪ねてきました!」












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